1970年代に登場した社会林業は今日国際的な関心を集めており、熱帯地域の国々で様々な形態の社会林業が取り入れられている。スリランカにおいても、激しく劣化した自然環境の中で生活する、多くの零細農民の貧困を軽減するために、農村開発政策の一環として社会林業事業が導入されている。 本論文は、こうした実状を勘案して、スリランカにおける社会林業事業の実行可能性を評価することを課題としている。具体的には、聞き取り調査などをもとに技術的側面、経済的側面、社会的側面から社会林業事業の長所と短所を考察した。 第1章では、上述の内容を含めた研究の背景と課題の設定が述べられている。 第2章では、対象地であるヌワラ・エリヤ地域の概況と社会林業事業の概要が把握され、特に社会林業事業が統合農村開発事業(IRDP)の土地利用改善事業として始められた背景について述べられている。さらに、聞き取り調査の方法と関連するデータが示されている。 第3章では、スリランカの森林・林業の変遷を概観している。スリランカでは、粗放な茶栽培、移動耕作、単一作物栽培、巨大灌漑事業、計画不充分な土地改革等によって森林破壊が続き、様々な悪影響が表れてきた。こうした状況で、1980年に森林政策の変革が行われ、社会林業が取り入れられるようになった。現在13地域で15の異なった社会林業が計画ないし実行され、用材や林産燃料需要の大半を賄っている現状が示されている。 第4章では、調査の結果から社会林業事業の概要をみている。特に、事業の告知が農民に対して不充分であったこと、充分な収入を得られずに脱落者が出たこと、活動の継続のために必要な農民組織が編成されていないこと、農民達は事業の実施に必要な資金を公的な金融ではなく身近な人から調達していること、傾斜農地技術(SALT)の採用によって土壌侵食が防がれたこと、また事業による悪影響はないと農民が判断していること、などが示されている。 第5章では、調査データを事業運営の側面から考察している。地区レベルでは上級の諮問者を含む計画立案チームが、また現地レベルでは事業監督者が置かれているが、彼らの協力体制は不充分であり、村役人の農業知識の乏しさも相俟って事業の履行に多くの問題が生じている。また事業資金は、オランダ政府が提供している。事業の立案や運営は役人が独自に決めており、村社会やNGOと連携していない。ここでは、非参加者を含む大部分の農民達はSALTを受け入れたが、利益をもたらす農業システムという意味では、現行の社会林業事業は不充分である、と判断している。 第6章では、経済的側面を考察するのに費用便益分析を用いている。事業費と総農業支出の増加分を費用、生産の増大および土壌侵食に伴う肥沃度低下の防止を便益と見做し、事業から便益の得られる期間を20年と仮定して分析し、内部収益率として9.1%という値を得ている。さらに、生産量の増加率、土壌侵食による収穫量の減少、土壌流亡後の土地価格の変化、土壌流亡までの期間、価格変化率、便益の得られる期間に関する前提条件を変えて、内部収益率変動の範囲を推定している。 また事業開始の前後における社会林業参加者の純収入の変化を比較して、社会林業事業の行われている4地区間に差異のあることが確認されている。また、参加者の得る1ヘクタール当たりの総年間収入は、いずれの地区でも増加しているが、参加者と離脱者と非参加者の純収入に違いがないことも判明している。 第7章では、面接調査をもとに事業に対する農民の評価を分析している。計画立案に関しては、農民達は事業を成功させるには自らと役人との意志の疎通が重要だと考えているが、実際には意志の疎通がはかられているとは思っていない。事業運営に関しては、彼らは現場役人の数、農民達の組織集団、他の組織との協力や農民達の参加の実態などに不満を抱いている。彼らは、これらを農業技術の普及が充分に進んでいない原因とも考えており、伝達の仕方や技術習得の場の充実を望んでいる。一方、林産物以外からの収入の増加や共同作業による効率の向上、土壌侵食防止・土壌水分保持能力といった自然・生産環境への好影響などを要因として、彼らは社会林業事業の総合的な影響をよく評価している。 本論文は、以上のようにスリランカの1地域における社会林業事業を総合的に詳細に分析・評価し、特に事業の土壌侵食防止作用などの経済的効果を明らかにしている。これまでに社会林業に関する総合的な研究は充分に行われておらず、本研究の成果は学術的貢献が大きい、。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の論文に充分値すると判断した。 |