学位論文要旨



No 111937
著者(漢字) デ・ゾイサ,マンガラ
著者(英字)
著者(カナ) デ・ゾイサ,マンガラ
標題(和) スリランカにおける社会林業 : 多面的な分析 : ヌワラ・エリヤ地方を事例に
標題(洋) Social Forestry Program in Sri Lanka : The Multi-Dimensional Perspective : A case study in Nuwara Eliya district
報告番号 111937
報告番号 甲11937
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1653号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 助教授 藤田,幸一
 東京大学 助教授 井上,真
 筑波大学 教授 熊崎,實
内容要旨 ●序

 1970年代に登場した社会林業は、現在、国際的な関心を集めている。スリランカにおいては、激しく劣化した環境の中で生活を営む多くの零細農民の貧困の軽減を目的に、農村開発政策の一環として社会林業が導入された。本研究の目的は、社会林業事業の長所と短所を考察することであり、この事業が技術的に実行可能かどうか、経済的に利益をもたらすかどうか、社会的に受け入れ可能かどうかを評価した。

●研究対象地と方法論

 ヌワラ・エリヤ地域における社会林業事業は統合農村開発事業(IRDP)の土地利用改善事業として始められた。事業は、2,106.03haの土地に住む7,244世帯の小規模農家を主な対象としている。調査にあたってデータと情報は、文献調査、踏査、そして事前調査を踏まえて吟味された質問票を用いた詳細な聞き取り調査から得た。

●スリランカの林業:概観

 紀元前543年には、村々の森林はよく管理されていたということが明らかにされている。1794年、島の80%は森林に被われていたが、森林破壊が続き現在は25%となっている。粗放な茶栽培、移動耕作、単一作物栽培、巨大潅漑事業、計画不十分な土地改革等により、たくさんの生産地が破壊された。そして森林破壊によって、環境への様々な悪影響が既に表れている。1980年、森林政策の改革がおこなれ、社会林業事業がとりいれられることになった。現在、13の地域で15の異なった社会林業が計画ないし実行されており、社会林業は既に国全体の用材需要の50%、国全体の林産燃料需要の80%をまかなっている。

●社会林業事業:調査データ

 聞き取り対象農民の内訳は、69%が参加者、25%が非参加者、6%が脱落者であった。非参加者の大部分(92%)が、事前に事業を知らされなかったことを非難していた。脱落者の75%が、期待していたほどの収入が得られなかったことを理由に参加の続行をとりやめていた。参加者の所有地面積の平均は0.52haであり、2%の者は土地を所有していなかった。参加者の88%が自分の土地において土壌侵食を経験しており、その期間は平均9年であった。79%の参加者はすでにSALT(Sloping Agricultural Land Technology:傾斜農地技術)を採用することによって土壌侵食を防いでいた。

 農民は、指導された技術に従って樹木を育てる一方で、従来の栽培技術によって作物を栽培している。彼らの多く(56%)が3年間の事業期間中に平均で2回の技術指導を受けた。事業期間終了後その活動を引き継ぐべき農民の自助組織を作ることは、事業に含まれていないし、作られてもいない。参加者の36%が、事業を実施するために借金をしていたが、主な(76%)貸し手は親戚や近所の者であった。参加者の68%は、公的な信用を受けることに対して興味を示さなかった。多くの農民(78%)が天水を用水として農業を行っていた。全ての農民が事業による悪影響はないとしていた。そして彼らの多く(68%)が農地を改善できることに自信を持っていた。

●運営的観点

 地区レベルにおいて上級の諮問者を含む計画立案チームが置かれ、さらに現地レベルに事業監督者たちが置かれている。しかしながら、彼らの間の協力体制が不充分であり、村の役人たちの農業知識の乏しいので、事業履行において多くの問題を生み出している。社会林業のすべての事業は、オランダ政府からの資金提供を受けている。事業資金のうち、55%が村落農業部門に使われており、そのうちの35%は社会林業事業に投資されている。

 この事業により導入されたSALTは、非参加者を含む大部分の農民たちにすぐに受け入れられた。しかし社会林業事業は、利益をもたらす農業システムを推進するためには不十分な試みであった。

 農民たちは、事業の初期段階以降、研修は受けていない。彼らは「農民所得発展区分」によって、150人ずつのグループに分けられている。しかし、事業の立案や運営は、役人たちだけが決めている。役人たちは村社会やNGOとの間に緊密な協調関係を持っていない。

●経済的観点

 費用-便益分析:IRDP(統合的農村開発事業)に対する事業の費用は、3年間で約17百万ルピーであった。総農業支出の増加分は、費用として計算した。また、生産の増大と土壌浸食による肥沃度減少の防止は、事業の便益と見なされる。

 社会的ないし経済学的な割引率は12%として計算したが、私的ないし金融市場での割引率は20%であった。本研究では、事業からの便益が受けられるまでの時間を20年間とした。また分析の結果、12%と20%の割引率でのNPV(純現在価値)はそれぞれ5,536,740ルピーと、-1,312,474ルピーであることが明らかになった。

 社会林業事業の地区別影響については、それぞれの地区ごとに評価した。ハンクランケタ、ワラパネ、コチマレ、アンバガムワの4つの地区のIRR(内部収益率)は、それぞれ19.03%、23.18%、12.78%、11.46%となった。

 前提条件を変化させて費用便益分析の結果がどれだけ違うかを見たが、以下の通りであった。生産量の増加率を5%ないし20%とすると、内部収益率の値は、それぞれ16.16%と24.29%となった。土壌浸食による収穫減少が20%と60%とすると、内部収益率はそれぞれ14.52%と24.72%となった。価格傾向を-5%と5%に変化するとすれば、内部収益率は、それぞれ17.71%と18.07%となった。便益が受けられ期間を10年間と50年間とすると、内部収益率はそれぞれ10.17%と18.85%となった。

 社会林業の成功に対するいくつかの重要な評価:事業の開始前と開始後の社会林業参加者の純収入の変化には、4つの地区の間で大きな違いがあった。地区毎の違いは有ったものの、参加者が得た年間の1ヘクタール当たりの総収入は、どの地区においても事業によって著しく増加した。参加者と離脱者と非参加者の間に純収入の違いは認められなかった。

●農民からの観点

 側面および基準:計画立案、地元参加、事業運営、社会林業技術、普及、農民研修、投入物、気候土壌条件、植生、販路、土地所有、インフラの12の側面を評価するために、それぞれについていくつかの具体的な基準を設定し、農民に面接調査を行った。すなわち、事業を成功させる上でのそれぞれの側面の現況と重要性について農民たちの印象を聞いたのである。

 計画立案に関しては以下のようであった。充分に役人が農民の見解を聞いたり、農民と会ったりしているかに関して、農民たちは良い印象を持っていないが、事業が成功するためには大変重要だと感じていた。自発的組織を作ることは社会林業事業にとっては非常に重要であるが、その実行に関しての農民たちの印象は良くない。参加者の貧富はほとんど関係ない。

 事業運営に関して言えば、現場役人の数、農民たちの組織集団、他の組織との協力や農民たちの参加の実態について農民たちは不満を持っている。

 農民たちが社会林業の概念に関して持った印象は概して良いが、技術を理解するのには困難を伴うこともあることがわかった。普及啓発に関して重要な点としては、農業技術に関する普及が不充分であること、役人が実際に農民たちの所へ足を運ぶ頻度が少ないということがあげらる。また伝達内容も不充分と感じており、訓練の期間に関しても農民たちは不満を持っている。家族労働は農業にとっては大きな手助けであり、社会林業にとって非常に重要と理解されているが、雇用労働は事業にとって重要とは感じられていない。この地域内の学校、飲料水、病院や公衆便所といった施設は、事業を成功させるためには"重要でない"

 影響評価:農民たちは、社会林業事業の総合的な影響について良い印象を持っている。樹木や特に、非木材産物から得られる利益が、農民たちに社会林業事業に対する良い印象をもたらしている。社会的な影響という点についてみれば、集団での仕事と動機付けが、農民たちに社会林業事業に対する良い印象をもたらしている。農民の社会林業に対する総合的な印象と、組織およびインフラストラクチャーに関する評価との間に関連は認められなかった。土壌浸食防止、土壌水分保持能力や天候の緩和といった、事業が環境に与えた影響が、農民たちに社会林業事業に対する良い印象をもたらしている。

審査要旨

 1970年代に登場した社会林業は今日国際的な関心を集めており、熱帯地域の国々で様々な形態の社会林業が取り入れられている。スリランカにおいても、激しく劣化した自然環境の中で生活する、多くの零細農民の貧困を軽減するために、農村開発政策の一環として社会林業事業が導入されている。

 本論文は、こうした実状を勘案して、スリランカにおける社会林業事業の実行可能性を評価することを課題としている。具体的には、聞き取り調査などをもとに技術的側面、経済的側面、社会的側面から社会林業事業の長所と短所を考察した。

 第1章では、上述の内容を含めた研究の背景と課題の設定が述べられている。

 第2章では、対象地であるヌワラ・エリヤ地域の概況と社会林業事業の概要が把握され、特に社会林業事業が統合農村開発事業(IRDP)の土地利用改善事業として始められた背景について述べられている。さらに、聞き取り調査の方法と関連するデータが示されている。

 第3章では、スリランカの森林・林業の変遷を概観している。スリランカでは、粗放な茶栽培、移動耕作、単一作物栽培、巨大灌漑事業、計画不充分な土地改革等によって森林破壊が続き、様々な悪影響が表れてきた。こうした状況で、1980年に森林政策の変革が行われ、社会林業が取り入れられるようになった。現在13地域で15の異なった社会林業が計画ないし実行され、用材や林産燃料需要の大半を賄っている現状が示されている。

 第4章では、調査の結果から社会林業事業の概要をみている。特に、事業の告知が農民に対して不充分であったこと、充分な収入を得られずに脱落者が出たこと、活動の継続のために必要な農民組織が編成されていないこと、農民達は事業の実施に必要な資金を公的な金融ではなく身近な人から調達していること、傾斜農地技術(SALT)の採用によって土壌侵食が防がれたこと、また事業による悪影響はないと農民が判断していること、などが示されている。

 第5章では、調査データを事業運営の側面から考察している。地区レベルでは上級の諮問者を含む計画立案チームが、また現地レベルでは事業監督者が置かれているが、彼らの協力体制は不充分であり、村役人の農業知識の乏しさも相俟って事業の履行に多くの問題が生じている。また事業資金は、オランダ政府が提供している。事業の立案や運営は役人が独自に決めており、村社会やNGOと連携していない。ここでは、非参加者を含む大部分の農民達はSALTを受け入れたが、利益をもたらす農業システムという意味では、現行の社会林業事業は不充分である、と判断している。

 第6章では、経済的側面を考察するのに費用便益分析を用いている。事業費と総農業支出の増加分を費用、生産の増大および土壌侵食に伴う肥沃度低下の防止を便益と見做し、事業から便益の得られる期間を20年と仮定して分析し、内部収益率として9.1%という値を得ている。さらに、生産量の増加率、土壌侵食による収穫量の減少、土壌流亡後の土地価格の変化、土壌流亡までの期間、価格変化率、便益の得られる期間に関する前提条件を変えて、内部収益率変動の範囲を推定している。

 また事業開始の前後における社会林業参加者の純収入の変化を比較して、社会林業事業の行われている4地区間に差異のあることが確認されている。また、参加者の得る1ヘクタール当たりの総年間収入は、いずれの地区でも増加しているが、参加者と離脱者と非参加者の純収入に違いがないことも判明している。

 第7章では、面接調査をもとに事業に対する農民の評価を分析している。計画立案に関しては、農民達は事業を成功させるには自らと役人との意志の疎通が重要だと考えているが、実際には意志の疎通がはかられているとは思っていない。事業運営に関しては、彼らは現場役人の数、農民達の組織集団、他の組織との協力や農民達の参加の実態などに不満を抱いている。彼らは、これらを農業技術の普及が充分に進んでいない原因とも考えており、伝達の仕方や技術習得の場の充実を望んでいる。一方、林産物以外からの収入の増加や共同作業による効率の向上、土壌侵食防止・土壌水分保持能力といった自然・生産環境への好影響などを要因として、彼らは社会林業事業の総合的な影響をよく評価している。

 本論文は、以上のようにスリランカの1地域における社会林業事業を総合的に詳細に分析・評価し、特に事業の土壌侵食防止作用などの経済的効果を明らかにしている。これまでに社会林業に関する総合的な研究は充分に行われておらず、本研究の成果は学術的貢献が大きい、。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の論文に充分値すると判断した。

UTokyo Repositoryリンク