学位論文要旨



No 111940
著者(漢字) 神田,優
著者(英字)
著者(カナ) カンダ,マサル
標題(和) ニザダイ科魚類の摂食に関わる機能形態学的研究
標題(洋)
報告番号 111940
報告番号 甲11940
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1656号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 沖山,宗雄
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 助教授 谷内,透
 東京大学 助教授 渡邊,良朗
内容要旨 内容

 藻食性魚類にとって、食物である藻類は動物のように逃避することはなく、見つけることは容易である。従って、かれらの摂食面での適応は、食物の探索面ではなく主に食物の処理方法の側面に向けられるため、顎や顎歯、消化管などの構造に現われやすいと考えられる。摂食に関わる形態の多様化に伴って、藻食性魚類の摂食行動も様々に変化する。

 魚類の歯の形や配列は多様性に富み、古くから多くの関心が寄せられ、食性や摂食行動との関係について様々な論議がなされてきた。しかし多様な形態を伴った歯がいかにして形成され、どのように交換されるかといったメカニズムについては必ずしも充分な研究は行われていない。

 ニザダイ科魚類は、浅海サンゴ礁域では最もよく目につく生息数の多いグループのひとつで、ニザダイ属、テングハギ属、クロハギ属、ナンヨウハギ属、ヒレナガハギ属、サザナミハギ属の6属から構成される単系統群であるが、同科内に藻食性および動物プランクトン食性といった食性、さらに摂食行動の異なるタイプが存在することなど、系統類縁関係と機能(摂食行動)を検討する上で、優れた特徴を有している。

 本研究では、ニザダイ科魚類を主な対象として、顎歯の交換様式と系統あるいは機能(摂食行動)との関係を明らかにする事を目的とした。まず6属17種について顎歯を中心とした口部の形態および顎歯の交換様式を解剖学的、組織学的手法を用いることによって明らかにし、さらにこれらの結果と摂食行動および食性との関係を検討した。

1.摂食行動および食性

 ニザダイ科魚類は食性と摂食行動で以下のように分類された。

 A)藻食性:

 A1)Grazer:ニセカンランハギ、モンツキハギ、クログチニザ、サザナミハギ

 A2)Browser:ニザダイ、テングハギ、ミヤコテングハギ、シマハギ、ニジハギ、ナガニザ、スジクロハギ、ヒレナガハギ、ナンヨウハギ

 B)動物プランクトン食性:ヒラニザ、テングハギモドキ、ボウズハギ、ツマリテングハギ

 なおGrazerは基質表面を削り取るか擦りとることによって基質から藻類を分離し、遊離した藻類を口で吸い込む。もしくは基質の一部を噛みとる、餌の選択性が低い摂食方法を示す魚を意味する。Browserは餌をかじり取ることに関して行動学的特化がほとんど見られず、一般的に藻類葉状体を食べ、植物の一部を効果的に噛み取る為に適応した様々な口や歯を持つ魚のことで、餌の選択性が高い摂食方法を示す魚を意味する。なお摂食時の顎および顎歯の使い方は、それぞれの種によって違いが見られた。

2.顎歯の形態および配列2.1顎歯の形態

 1)テングハギ属では湾曲せず、不倒の多数の顎歯をもつ(テングハギ、ミヤコテングハギでは上顎下顎にそれぞれ約30本づつ、テングハギモドキでは約60-80本づつ、ボウズハギでは上顎約80-90本、下顎約70-80本)。ボウズハギ、テングハギモドキの顎歯歯冠部は尖っており細かい鋸歯縁が形成されているが、テングハギやミヤコテングハギでは鋸歯縁はほとんど無いかあるいは全くなく、先端部はテングハギでは尖っているが、ミヤコテングハギでは鈍くなっている。

 2)ニザダイ属、クロハギ属、ヒレナガハギ属、ナンヨウハギ属の顎歯は、幅広く内側に湾曲し、不倒である。これらの顎歯は一般に大型で、上下顎歯ともほとんど20本前後である。顎歯歯冠部には複数の尖頭がみられる。尖頭数は種ごとに、また上顎・下顎間で、あるいは成長段階によっても異なることがあるが、上顎歯が下顎歯よりも多くの尖頭をもつ場合が多い。これらの顎歯の各尖頭部は丸く鈍くなっているが、各尖頭と尖頭との間(cusp gap)ではやや鋭い切縁を形成している。これらの顎歯の形状は糸状藻類などの細かい藻類をcusp gapに挟み込んで引きちぎって摂食するのに適したものである。

 3)サザナミハギ属の顎歯では、歯軸部は可倒で細長く、歯冠部は広く内側に湾曲する。また歯冠部に複数の尖頭を有するが、上顎下顎ともに遠心側(後側縁)にのみ存在し、片側のみ基質と接触する。このような顎歯の形状は糸状藻類等の細かい藻類を鋤取るだけでなく、デトリタスなどの堆積物をかき集めて摂食するのにも適したものと考えられる。

 4)ニザダイ科に近縁なアイゴ科魚類(ハナアイゴ、アミアイゴ、ゴマアイゴ)の顎歯は、上顎歯は3尖頭(ほぼ2尖頭)で遠心側が長く近心側(顎骨縫合部に近い側)が短い尖頭を形成するのに対し、下顎歯は2尖頭で上顎歯とは逆に、近心側が長く遠心側が短い尖頭を有する。両顎歯とも切縁は鋭く、鋭利なノミ状を呈す。上顎歯と下顎歯はお互いに咬合する際に、鋭利な切縁で藻類を切り取るのに適した構造をしている。

2.2顎歯の配列および結合様式

 ニザダイ科魚類の共通した特徴として、(1)顎上に唇側列(外側)と舌側列(内側)の2列の歯列をもつ。しかし顎歯は2列のどちらか一方から萌出しており、見かけ上1列の歯列を形成している。(2)各歯列の構成顎歯数は種ごとに異なっている。(3)顎歯は顎骨近心部付近では大きく、遠心部に向かうに従って小型化する傾向にある。(4)顎歯は基部にある歯足骨で顎骨と結合している、などの点があげられる。またニザダイ属、クロハギ属、ヒレナガハギ属、ナンヨウハギ属、サザナミハギ属では、顎歯は近心傾斜(顎骨縫合部方向に傾斜)し、歯冠部の尖頭部分が隣り合う顎歯同士で互いに瓦状に重なり合う。一方テングハギ属では顎歯の近心傾斜は見られず、隣り合う顎歯同士は重なり合わない。

 アイゴ科では、顎歯は顎上に1列に整然と隙間なく並ぶ。

3.顎歯の交換様式

 本研究では、顎歯がどのように形成されるのかという(1)顎歯の形成機構と、顎上に並んだ顎歯がどのような順序で交換されてゆくのかという(2)顎歯の交換順序の2つをあわせて顎歯の交換様式と定義した。顎歯の交換様式を明らかにするために、両顎骨を顎骨に対して水平方向と、垂直方向の2方向から切り、連続組織切片を作成した。

 (1)顎歯の形成:歯胚の形成機構はニザダイ科魚類全ての属で同じであった。つまり顎歯は顎骨上の唇側か舌側のどちらかに位置する。古い顎歯が唇側に位置している場合では、舌側の口腔上皮が顎骨内に陥入する事によって、新しい歯胚が形成される。その歯胚が成長して、古い顎歯の歯髄周辺の血管を圧迫し、その結果歯髄の萎縮がおこる。またそれと併行して、破骨細胞が顎歯の基底部で歯足骨(ニザダイ科魚類は顎歯基部にある歯足骨で顎骨と結合している)を吸収し、顎歯の脱落を容易にする。その結果、新しい顎歯は舌側に萌出し、古い唇側の顎歯は脱落する。このようにニザダイ科魚類の顎歯の萌出は、唇側と舌側から交互に行われる。

 (2)顎歯の交換:顎歯の交換順序に関しては、種ごとに違いが見られた。ニザダイ科魚類では、顎骨上の唇側もしくは舌側から顎歯が生え歯列が形成されるが、この歯列を構成する顎歯の数はほとんどの種で種ごとに規則性が見られた。各顎歯の次に生えてくる歯胚の発達度を調べた結果、各顎歯列の近心側に位置する歯胚は、遠心側のものよりもより発達段階が進んでいることから、ニザダイ科における顎歯の交換は、各歯列ごとに近心側に位置するものから順に生えかわるものと考えられた。また多くの場合、各歯列を構成する歯数に変化が無く、かつ最も近心側に位置する歯胚の発達段階がほぼ等しいことから、それぞれの歯列の近心側に位置する顎歯はほぼ同時に交換されると推測される。

 一方アイゴ科魚類ではニザダイ科とは異なり、歯列は一列であった。顎歯の交換は、顎骨の舌側下部に並ぶ多数の発達段階の異なる歯胚の"車輪交換"によって行われることが明らかとなった。

4.総合考察

 ニザダイ科魚類は摂食に関わる器官(顎歯や、口部の構造など)に関して、極めて多様性に富んだグループで、さらにそのような形態に応じて様々な摂食行動および食性をもつことが明らかとなった。また顎歯の交換様式において、顎歯の形成機構はニザダイ科全てに共通であり、近縁のアイゴ科とは異なることが明らかとなった。このことから顎歯の形成機構は、科レベルでの系統を反映した形質である事が判明した。また、顎歯の交換順序には多くの場合種ごとの規則性が認められたが、特に摂食行動を反映しているとは思えなかった。つまり顎歯の交換様式には、機能(摂食行動)的側面よりも系統類縁関係がより強く反映されることが示唆された。

審査要旨

 ニザダイ科魚類は、浅海サンゴ礁域に多い藻食性の単系統群であるが、同科内に藻食性および動物プランクトン食性といった食性、さらに摂食行動の異なるタイプが存在することなど、摂食に関わる機能形態学的性状を検討する上で、優れた特徴を有している。

 本研究は、ニザダイ科魚類6属17種を主な対象として、顎歯の形態や交換様式と系統あるいは機能(摂食行動)との関係を明らかにする事を目的としており、顎歯を中心とした口部の形態および顎歯の交換様式を解剖学的、組織学的手法を用いることによって解析し、さらにこれらの結果と摂食行動および食性との関係を検討したものである。

1.摂食行動および食性

 ニザダイ科魚類の食性と摂食行動は潜水観察と胃内容物調査から以下のように分類された。

 A)藻食性:

 A1)Grazer:ニセカンランハギ、モンツキハギ、クログチニザ、サザナミハギ

 A2)Browser:ニザダイ、テングハギ、ミヤコテングハギ、シマハギ、ニジハギ、ナガニザ、スジクロハギ、ヒレナガハギ、ナンヨウハギ

 B)動物プランクトン食性:ヒラニザ、テングハギモドキ、ボウズハギ、ツマリテングハギ

2.顎歯の形態および配列

 顎歯の形態:ニザダイ科6属は主に歯冠部の特徴などによって(1)テングハギ属、(2)クロハギ属他4属、(3)サザナミハギ属の3群に区分された。

 顎歯の配列および結合様式:ニザダイ科に共通した特徴は、(1)顎上に唇側列と舌側列の2列の歯列をもつが、顎歯は2列のどちらか一方から萌出しており、 見かけ上1列の歯列を形成している、(2)各歯列の構成顎歯数は種ごとに異なっている、(3)顎歯は顎骨近心部付近では大きく、遠心部に向かうに従って小型化する傾向にある、(4)顎歯は基部にある歯足骨で顎骨と結合しているなどであった。

3.顎歯の交換様式

 顎歯の形成:歯胚の形成機構はニザダイ科魚類全ての属で同じ"垂直交換"であった。また顎歯は顎骨上の唇側か舌側のどちらかに位置し、顎歯の萌出は、その脱落と相補的に唇側と舌側から交互に行われる。

 顎歯の交換:顎歯の交換順序に関しては、種ごとに違いが見られた。すなわち、ニザダイ科では、(1)顎骨上の唇側もしくは舌側から顎歯が生え小歯列が形成されるが、この小歯列を構成する顎歯数には種ごとに規則性が見られる、(2)顎歯の交換は、各小歯列ごとに近心側に位置するものから順に生えかわる、(3)またそれぞれの歯列の近心側に位置する顎歯はほぼ同時に交換される。

 なおアイゴ科では、歯列は一列で顎歯の交換は"車軸交換"であった。

4.総合考察

 ニザダイ科魚類は摂食に関わる器官(顎歯や、口部の構造など)に関して、極めて多様性に富んだグループで、さらにそのような形態に応じて様々な摂食行動および食性をもつことが明らかとなった。また顎歯の交換様式に関連した顎歯の形成機構にあいてニザダイ科は、近縁のアイゴ科とは異なることが明らかとなった。このことから顎歯の形成機構は、科レベルでの系統を反映した形質である事が判明した。また、顎歯の交換順序には種ごとの規則性が認められたが、摂食行動との関係は明瞭でなく、顎歯の交換様式には、機能(摂食行動)的側面よりも系統類縁関係がより強く反映されることが示唆された。

 以上要するに本研究は、藻食性魚類の中で多様化した摂食行動がみられる単系統群ニザダイ科を対象に、顎および顎歯の機能形態学的特性を明らかにし、あわせてその系統学的および生態学的側面についても考察をくわえたもので、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位に価するものと認められた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54526