学位論文要旨



No 111942
著者(漢字) 小出水,規行
著者(英字)
著者(カナ) コイズミ,ノリユキ
標題(和) 人為的環境改変の魚類資源への影響に関する数理学的評価手法
標題(洋)
報告番号 111942
報告番号 甲11942
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1658号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松宮,義晴
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 杉本,隆成
 東京大学 教授 塚本,勝巳
 東京大学 助教授 中田,英昭
内容要旨 1.序章

 沿岸や河川における人為的環境改変(例えば,埋立て・水質汚濁・河川改修・ダム湖造成など)は魚類資源をはじめとする生物の生息場所ひいては生態系全体にわたって大きな打撃を与える。近年,環境に対する人々の関心が高まり,より多くの生物が生存でき,かつ人間生活も潤うような環境開発技術の導入が切望されている。環境改変の魚類資源への影響に関する数理学的評価手法の開発と確立は,新たな開発技術の効果を評価するためにも,社会的・学術的に極めて強く要請されている。

 本論文では,環境改変にともなう魚類資源の変動を時間的あるいは空間的に捉えることにより,数量的な評価が得られる手法について検討した。環境改変は生息している多くの魚類に影響を与えることから,特に,複数種の取り扱いができる数量的指数による評価手法を考案した。様々な環境要因との関連性を精査して,魚類資源への影響要因を摘出する手法について模索し,数量的指数と環境要因との関係を客観的に評価する統計学的手法も考察した。

2.Change-In-Ratio法による2魚種の相対評価

 2魚種を取り扱った相対的な影響評価の手法として,個体数組成の時間的変化に基づく’環境影響相対指数’を考案した。本指数は野生動物全般の資源評価法の一つであるChange-In-Ratio法(以下,CIR法と呼称する)に基礎をおく。本指数は環境改変に対する2魚種の相対的な耐性(生残率)や生息環境への指標値として,簡便かつ迅速に計算できる指数である。X種とY種の2魚種をとり挙げると,環境影響相対指数SはS=[(1-p1)p1]/[p2(1-p2)]で計算される。ここで,P1とP2は環境改変の施行前と施行後に関する2魚種の合計個体数のX種の割合(比率)である。p1とp2の差異が施行中の環境改変に起因しているとすれば,X種はY種に比べてS倍の環境改変への耐性力をもつことが推察できる。

 河川での現場調査を想定して,p1とp2の標本値が2組以上得られた場合の環境影響相対指数および比率の平均と分散をサンプリング理論により導出した。堰の建設がオイカワとウグイに与える影響を仮設データに基づき評価した。河川の地形的形態に準拠した層別ランダム抽出と単純ランダム抽出による環境影響相対指数の平均と分散を比較した。抽出法の違いにより平均に差は生じなかったが,分散は層別ランダム抽出の方が小さくなり,平均の精度を向上させた。比率についても計算し,同様の結果を得ることができた。ブートストラップ法により環境影響相対指数の分散は,保守的なものとして活用できることを検証した。

 2魚種の不等採集確率が環境影響相対指数に及ぼす影響を見積もった。環境改変の施行後の更なる等確率時の比率p3と施行にともなう変動個体数を把握すれば,環境影響相対指数に影響を与える不等採集確率を簡便に推定できることを示した。計算例として,上記と類似の堰の建設評価をとり挙げた。p3と仮定的な変動個体数を設定し,不等採集確率の推定値により環境影響相対指数や比率などを補正した。

3.Index of Biotic Integrityによる群集評価

 魚類群集を取り扱った影響評価の手法として,群集構造の変化を総合的に評価する数量的指数を考案した。Karr(1981)とKarr and Dudley(1981)により提唱され,’人間活動が群集に与える影響評価指数’として定義されているIndex of Biotic Integrity(以下,IBIと呼称する)を応用した。IBIは種の豊富さ,量的多さ,種や個体数の組成,魚の健全性などの群集構造を評価する合計12個の項目で構成される。魚類データを利用して各項目の実測値を求め,その実測値が従来の群集に近いものから順に5・3・1の評点を与える。IBIは評点付けした全項目の総和に相当し,高得点から順にExcellent,Good,Fair,Poor,Very Poor,No Fishの評価を与えることができる。IBIの得点が高いほど,群集は環境改変による影響が少ないことを意味する。

 関東地方における7つの一級河川の下流域から中流域(河口から40km上流)を対象に,各河川のIBIを算出し比較検討した。魚類データとして『河川水辺の国勢調査年鑑(1990・91年度)』を活用した。IBIの構成要素として6つの概念をもつ合計10個の項目を設定した。アメリカやカナダのIBIに準拠して,魚類の生物学的・生態学的特徴を鑑み,日本の河川魚類群集にふさわしい次の項目を規定した:(1)在来魚の種数,(2)遊泳魚の種数,(3)底生魚の種数,(4)弱耐性種の有・無,(5)強耐性種の個体数組成,(6)移入種の個体数組成,(7)魚類斃死事故の発生件数,(8)昆虫食性種の個体数組成,(9)植物食性種の出現率,(10)1投網当たりの採集個体数である。全10項目の評点の総和(60点満点)をIBIとし,各河川のIBIを評価すると,久慈川が40のGood,那珂川・富士川が36・34のFair,江戸川・多摩川は32・30のFair〜Poor,鶴見川は20のPoor〜Very Poor,中川は18のVery Poorとなった。各河川は評価の高い地方型河川(久慈川・那珂川・富士川),評価の低い都市型河川(江戸川・多摩川・鶴見川・中川)に区分できる。

 IBIと具体的な環境改変との関連性を模索するため,河川流域内や河畔の土地利用の状況について検討した。土地利用の把握には地勢図と地形図を利用して,緑地(森林・畑・水田など)と都市(工場や住宅の建物密集地など)の面積を自ら読み取り数値化した。IBIは河川流域の緑地面積の割合と有意な正の相関関係(r=0.813)をもち,河畔における建物密集地の割合とは負の関係(r=-0.735)を示した。

4.Generalized Linear Modelによる影響評価

 環境改変に関連する影響要因の模索の手法として,Generalized Linear Model(一般化線形モデル,以下GLMと呼称する)を活用した。GLMはNelder and Wedderburn(1972)とMcCullagh and Nelder(1989)によって確立され,従来の線形正規モデルにおける正規分布の枠組みを緩和し,正規分布の仮定になじまない線形モデルに対しても,統一的に線形的推測が可能となるよう拡張したものである。

 都市化要因として,宅地や工場建設,河川改修や護岸整備などのいわゆる都市再開発に関連する数量的・質的な環境要因をとり挙げて,河川の群集や水産魚類の生息に与える影響を空間的に評価した。東京都内24河川の30定点を解析対象とし,東京都の水生生物調査報告書(1985〜93年)および地形図を資料とした。定点ごとの資料期間の平均(代表)値を使用して,回帰分析型のGLMによる解析を行った。目的変数yには群集に与える影響評価指数である第3章のIBI,水産対象4魚種の魚種別と合計個体数をそれぞれ採用した。要因変数xには,数量的要因として(1)建物密集地面積率(%),(2)畑・果樹面積率,(3)森林面積率,(4)護岸率,(5)BOD,質的要因として(6)下水臭気,(7)透視度,(8)水の流れの有無をとり挙げた。GLMの有効性を確認するため,(1)〜(5)の要因を取り扱える従来の重回帰分析,(6)〜(8)の要因が利用できる数量化I類と比較検討した。

 要因選択をさせながら,3つの手法の妥当性をAICの大小により目的変数別に判定した。AICは全ての目的変数でGLMが最小となり,従来の2手法よりもGLMが優れていることを明示した。IBI,オイカワ,4種合計のモデルでは,比較的大きな寄与率が得られ(R2=0.488〜0.725),各モデルの構成要因を総合的に解釈すると(5)BODが高く,(6)下水臭気が有り,(8)水の流れが無い場所は生息環境として好ましくないという結果が得られた。

 河川改修の評価例として,季節的な時間要因による影響を取り除き,河川改修が魚類生息場所に与える空間要因の直接的影響評価をとり挙げた。中部地方のA川における1991〜92年の河川改修行程別・時期別の魚類調査を資料とした。生息場所の数量的価値指標として優占種であるオイカワの個体数を代表させた。対数線形モデル型にGLMを応用した結果,河川改修途中区や終了区の生息場所としての価値は河川改修のない対照区の32〜53%に過ぎなかった。

 人工構造物として堰の構造特性をとり挙げ,アユの遡上に与える空間的な影響評価を行った。落差(大・小)と魚道(無・有)の構造特性が全て異なる4つの堰を想定し,アユ稚魚の放流-再捕による実験的調査の回数が各堰で異なる仮設データを解析した。GLMを活用すると繰り返し数が不揃いでも2元配置の分散分析が可能となり,落差が大きく魚道の無い堰は,アユの遡上を大きく妨げることを例証できた。

5.総合考察

 各手法との関連性をとりまとめ,影響評価を行うための調査計画を提言した。評価手法に関しては,長期の時間的変動を精査できる時系列解析,漁業と環境の因果関係を模索可能な水産資源解析学の一般的手法も導入する必要性があることを論じた。展望として,影響の予測評価手法の確立に向けて,Instream Flow IncrementalMethodologyに導入されている魚類生息場所の概念,Geostatistics Inforamtion Systemなどを活用した環境要因の数量化についても考察を加えた。最後に,本論文のような手法による沿岸生物資源の評価が急務であることを強調した。

審査要旨

 沿岸や河川における人為的環境改変(埋立て・水質汚濁・河川改修など)は魚類資源の生息場所ひいては生態系全体に大きな打撃を与える。環境改変の魚類資源への影響に関する数理学的評価手法の開発と確立は,社会的・学術的に強く要請されている。本論文では,環境改変にともなう魚類資源の変動を時間的・空間的に捉えて数量的評価が得られる手法について検討した。

1.序章

 環境改変に関連する影響評価の必要性を述べ,水産分野での位置づけ,過去の研究事例の問題点,評価手法のあり方について論じた。

2.Change-In-Ratio法による2魚種の相対評価

 2魚種の個体数組成(比率)の時間的変化に基づく’環境影響相対指数S’を考案した。SはChange-In-Ratio法に基礎をおき,環境改変に対する2魚種の相対的な耐性(生残率)や生息環境への指標値となり得る。X種とY種を設定するとSは,X種はY種に比べてS倍の環境改変への耐性力をもつことをあらわす。

 河川調査を想定して,比率の標本値が2組以上得られた場合のSおよび比率の平均と分散をサンプリング理論により導出した。堰の建設がオイカワとウグイに与える影響を仮設データで評価し,地形的形態に基づく層別抽出によるSおよび比率の平均は,単純抽出よりも精度が向上することを示した。ブートストラップ法により,Sの分散は保守的なものとして活用できることを検証した。2魚種の不等採集確率がSに及ぼす影響を見積もり,不等採集確率の推定値によるSや比率などの補正例を示した。

3.Index of Biotic Integrityによる群集評価

 魚類群集の総合的な数量評価指数として,Karr(1981)によるIndex of Biotic Integrity(IBI)を応用した。IBIは群集構造を評価する12項目で構成され,項目ごとに整理した魚類データの実測値に対して,5・3・1の評点を与えた全項目の総和に相当する。IBIの得点が高いほど,群集は環境改変による影響が小さいことを意味する。

 魚類データとして『河川水辺の国勢調査年鑑(1990・91年度)』を活用して,関東地方の7つの河川の中・下流域のIBIを算出し比較した。魚類の生物学的・生態学的特徴を鑑みて,日本の河川魚類群集にふさわしい10項目を設定した。各河川のIBI(60点満点)は,久慈川40,那珂川36,富士川34,江戸川32,多摩川30,中川20,鶴見川20となった。地形図を利用した河川周域の土地利用とIBIとの関係を調べた結果,IBIは河川流域の森林面積と正の関係,河畔の建物密集地とは負の関係を示した。

4.Generalized Linear Modelによる影響評価

 環境改変に関連する影響要因の模索手法として,Generalized Linear Model(一般化線形モデル,GLM)を活用した。GLMは従来の線形正規モデルにおける正規分布の枠組みを緩和し,統一的な線形的推測が可能となるよう拡張したものである。

 都市化が河川魚類の生息に与える空間的な影響評価として,東京都内24河川を対象に回帰分析型のGLMによる解析を行った。目的変数yにはIBIと水産対象4魚種の魚種別・合計個体数,要因変数xには5個の数量的要因と3個の質的要因をとり挙げた。数量的要因による従来の重回帰分析,質的要因による数量化I類も同時に行い,3手法の妥当性をAICの大小により判定した。AICはすべての目的変数でGLMが最小となり,従来の2手法よりもGLMが優れていることを明示した。IBI,オイカワ,4魚種合計のモデルでは寄与率が大きく,生息環境としてBODが高く,下水臭気が有り,水の流れが無い場所は好ましくないことを示した。

 河川改修の評価例として,季節的な時間要因による影響を取り除き,河川改修が魚類生息場所に与える空間要因による直接的影響評価をとり挙げた。中部地方のA川における1991〜92年の河川改修行程別・時期別の魚類調査を資料とした。生息場所の数量的価値指標としてオイカワの個体数を代表させた。対数線形モデル型にGLMを応用した結果,河川改修は生息場所としての価値を32〜53%に減少させた。

 人工構造物として堰の構造特性をとり挙げ,アユの遡上に与える空間的な影響評価を行った。落差と魚道の構造がすべて異なる堰を想定し,実験的調査の回数が各堰で異なる仮設データを解析した。GLMによる繰り返し数が不揃いな2元配置の分散分析を行い,落差が大きく魚道の無い堰はアユの遡上を妨げることを例証できた。

5.総合考察

 各手法の関連性をとりまとめ,影響評価を行うための調査計画を提言した。水産資源解析学の一般的手法,環境の数量化,時系列解析も評価手法に導入すべきことを論じ,今後の方向性を展望した。影響の予測評価手法について考察を加え,本論文の手法による沿岸生物資源の評価が急務であることを強調した。

 以上,本論文は数理学的手法による環境改変の影響評価に新境地を開いたものであり,今後,評価手法を開発・確立するための方向性を与えるという大きな成果を収めたものと云える。よって,審査員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与する価値があるものと認めた。

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