米生産調整政策は戦後の日本農業の歴史のなかで一つの大きな画期をなすものであり、個別農家経営、農業政策、農業団体などの農業の各側面に複雑な影響を及ぼしつつある。それはその影響の深刻さのゆえにしばしば『農地改革に匹敵する農政上の大事業』と称せられることもある。水田転作に投入された予算は累計で4兆円になる。そして転作割当は、100%以上の実績で消化されてきている。しかし、それによって水田利用構造が再編され、新しい農業生産構造が確立したといえるだろうかという問題点がある。それに対して、台湾では、現在の食糧管理の中心的な課題は、米の価格安定のほかに米の転作となっている。これは、米消費量の減少により、米が構造的な過剰となっている一方で、小麦、大豆、とうもうこし等の輸入が急増しているからである。このため、1984年より6年計画の転作政策が実施されてきた。その結果、台湾の農業部門における米政策および水田転作に投入された食糧安定基金(糧食平準基金)は1993年12月までに累計で1,105億台湾元(約4,200億日本円)の収支赤字になった。また、台湾の食糧予算は1988年から90年までの3年間には、農業総予算に占める割合が高く、50%以上を占めていた。一方、政府持越米在庫量は、1982年以降、平均で年間100万トン以上の米が過剰化になっている。いま、台湾政府は危機的な財政負担と過剰在庫に悩まされているのである。このような転作の現状において、日本においても、台湾においても、米の生産調整は、現在の重大な農業問題であると思われる。したがって、米の生産調整が、転作作物の定着を通じて、どのように産地形成と地域農業の振興につながるのか、その条件と問題点を明かにすることは非常に重要なことだと思われる。 それゆえ、本論文はこのような問題意識を踏まえて、台湾の転作政策の展開に即しつつ、台湾における転作実施地域を実態分析を行い、転作作物の定着条件を解明することによって、転作の効果の分析と問題点を明かにすることである。そして、その研究を通じて、転作政策と転作補助事業の機能の解明を試みることにある。本論文の研究課題は次のよう視点をおきながら、考察することを課題としている。第一に、主要な水田地域における転作奨励金などの誘導要因の効果が転作農家にどのような影響を与えるかという問題を究明する。第二に、調査地域の実態分析に基づき、転作農家の転作対応の実態および転作の問題点を明らかに解明する。第三に、実態調査と分析に基づき、転作農家の農業経営において転作の効果および経済性を明らかに解明する。危機的な財政負担と米過剰在庫に直面している台湾政府の大きな転作課題について、転作実施地域を対象にして転作の問題点を究明し、新しい土地利用方式という課題に実証的研究を通じて接近することである。 以上の課題に対し、本論文は以下の方向から研究を展開した。第1章では、台湾における水田転作の背景、展開、内容などを歴史的に要約した。第2章では、日本における米生産調整の展開過程を歴史的に概観した。第3章では、台湾における地区別の転作現状の問題点を明らかにした。そして、第4章及び第5章まで、実態調査と事例解明として取り上げた転作地域を実証的に分析した。そのうち、第4章では、台湾南部にある台南県塩水鎮の穀物転作農家を対象として実態調査を行った。そして第5章では、台湾中部にある雲林県元長郷の落花生転作農家を対象として実態調査を行ったものである。それぞれの地域分析をふまえて地域の転作効果と経済性を階層別に比較して検討した。第6章の第1節では、転作問題の原点である農業構造問題から考察し、価格政策・生産政策・構造政策の側面に視点をおきながら、転作の問題点を析出することを課題としている。 台湾の農業構造問題は日本ときわめてよく似た展開をたどっている。こうした台湾の農業構造の中で、東アジアでほぼ共通して提起されているのは次のような政策課題である。第一に、農家主義からの脱却。ペザント(自作小農)から本来的家族経営(ファミリーファーム)への止揚。第二に、農場制の実現。灌がい稲作農業のもとで形成され、農地改革で強化された分散錯圃制の止揚。合理的土地利用可能なシステムの実現。第三に、企業的農業経営者の育成と農業への農外からの新規参入の助成及び経営者能力の発見の条件整備。第四に、農業経営における多様な企業形態の選択の自由。多様な企業形態・組織形態の併存と競争の制度的整備と保証。競争原理と地域協調原理の調整。おおよそ以上の諸点に、台湾農業構造改革についての政策的提言は要約できるであろう。 他方、国内的に農業保護の是非が問われるのは、農業保護が顕著に拡大するか、もしくは保護を支える国内経済に問題が生じた時ということになろう。現在のところ国民党にせよ伸び悩みのみられる民進党にせよ、70数万戸の農家の既得利益をおびやかしかねない農政の見直しは、正面きって提起しにくい状況にある。国際環境の変化と大陸情勢の変化にともない、内戦の緊張感は希薄になっているが、台湾にとって有事に備えた食糧の自給は、一面で日本以上に重要な課題であることは疑いない。したがって、農業保護には安全保障上の根拠がそれなりに存在することになる。台湾経済にゆとりがある限り、農業保護を緩和する根拠は乏しいといわざるをえない。これに農家の意向を踏まえるならば、外圧の限度にもよるが、農政の転化は漸次的なものにならざるを得ないと判断される。新しい農業政策の体制の確立が緊急の政策課題であることを指摘して総括にかえたい。 転作政策に対する今後の展望方向としては、地域的・集団的調整に基づいた農業の総合的土地利用を基本とした望ましい地域農業再編の展開が必要であるということである。言い換えれば、集落を一つの単位とした共同作業や協業、機械施設の共同利用、集団的土地利用等の集団性に支えられることによって成立する複合経営のことであり、それはまた、田畑輪換など水田の輪作体系の形成による土地利用高度化をベースとして前進する経営である。ここでは、台南県塩水鎮及び雲林県元長郷という特定地域の農業を素材にして、水田転作展開の実態と転作の課題について検討してきた。両地域のにおいては、異なる地域課題と経営類型にしても今後の再編方向にかかわる共通な問題点がある。それは比較的零細な所有耕地を経営する農家が多く、土地の賃貸借があまり進んでいないということである。すなわち、分散化した農地のもとで、個々農家の労働生産性を高めるために、いかに農業の組織化を推進するか、言い換えれば、地域農業の組織化をいかに政府の誘導によって強化されうるのかということである。また、個々の農家の穀物経営を維持し、発展させるために、いかに地域のサービス体制を最構築するのか。さらに、転作奨励金や価格保証等の政策が撤廃される予想の中て、いかに生産コストを削減させるかが今後産地の生き残りにかかわる重要な問題である。さらに、農業技術の開発と普及体制の強化は農家経営の生産性向上と農業経済の成立ちにとってますます重要な役割を果たすようになってくるのであろう。調査結果を通じて学んだことを基に、地域農業の生産維持・発展方策確立に向けた検討課題を述べておきたい。(1)政府がGATTに加盟する意向の状況下で、転作奨励金や保証価格制度等の政策が次第に撤廃されることも予想されるのが現実であろう。従って、保証価格に依存せず、輸入穀物の価格に競争できるような作物生産及び転作奨励金が無くなっても、転畑輪換による適正な転作対応を応じることができる生産体制等がますます重要なことになってくるだろう。(2)農作業の機械利用は、経営規模の差によって効率が異なっている。経営面積の拡大によって作業時間が節約されるようになり、生産コストを削減させることに役立つことはいうまでもないだろう。また、機械作業費用についても、大規模面積の機械作業費用が各作業項目においていずれも小規模および一般委託作業平均費用より大幅に減少できるようになった。従って、生産コストを削減させるため、経営規模の拡大が非常に重要なことになってくる。(3)調査結果をみると、多くの農家が民間の作業受託営農に依存するのが現状である。従って、いかにして零細分散の農地をまとめて大規模集団経営をすることにより、コストを削減させるかということは、今後、台湾の地域農業にとって検討すべき課題になってきていると思われる。規模拡大の方法は委託経営、共同経営、集団経営等様々あるが、農家が農地保有を根強く意識している現実の中でも、「集団経営班」のような経営体を組織することにより、零細分散の農地をまとめることによって、生産コストを削減できるようになるだろう。つまり、大規模集団経営を推進するのは、今後、地域農業にとって検討すべきことだと思われる。いわゆる今後の生産力の展開は集落を基礎とした新しい土地利用調整や直接的生産過程における経営要素の共同利用を不可欠なものとしている。ここに『地域資源利用調整組織』、『地域営農組織』という二つの組織の育成、再編の課題が存在している。このように、農業組織化の推進、地域サービス体制の強化、大規模経営の確立、技術開発による生産コストの削減と農家の農業収入の向上は、産地の地域農業の重要な課題であると同時に、今後、地域農業の持続的発展にかかわる重要な課題でもあろう。 |