本論文は80年代の初期に安徽省の農村地域で行われた各戸請負制(包産到戸、包乾到戸)の実施方法及びその結果に対する整理分析を通じて、現在中国農地問題の原点を考えてみたい。 1979年からそれまで集団が経営してきた土地の経営方法について様々な試みが行われた。1983年に各地とも基本的に農地の利用権を各農家に請け負わせる形に落ちついた。安徽省の場合は他の省に先駆けて多様な経営方法が試みられたので、早くも1982年6月に95%の生産隊が"包乾到戸"という経営方法を導入した。ところで、各戸請負制の実施に当たって各農家の請負土地とその面積がどのように決まって、そして、どういう状況が生まれたのか、これらのことは後に起きた農地を巡る様々な動きと密接に関係していると考えられるので、明らかにされる必要があると思う。 安徽省東部の除州市(稲作地域)、中部の肥西県(稲作地域)及び北部の固鎮県における農地請負権の配分方法と配分結果について整理分析を行って、そして、その配分方法を規定する諸要因と見られる人民公社時代の農業生産構造、経営管理と労働報酬配分方法及び当時農家経済の状況から配分方法の背景(広く言えば、各戸請負制の行われる背景)を探ってみた。 配分方法について。(1)殆どの地域では、農地請負権配分が村民小組(旧生産隊)の範囲で行われた。(2)行政担当者の思惑が実際の配分に殆ど影響しなかったので、配分基準と分割方法が農家の話し合いを通じて決められたのは普通である。(3)大部分の村は世帯人口数だけを配分基準にしたが、都市周辺部とそれまで比較的に豊かな地域には人口と労働力との組み合わせを配分基準にした村もある。(4)各地域にも優等地、中等地、劣等地(好地、中等地、差地)をそれぞれ平等に分割し、各農家に配分するという共通点がみられる。(5)安徽省と全国を比較すると、配分時期には差があるものの、配分方法には大差がないことが分かる。 配分結果について。地域によっては農地の賦存状況が様々である。特に水田地域と畑作地域の間にその差が大きい。にもかかわらず、徹底的な耕地分割と平等配分が一様にこられの地域の農地分散度及び零細度を極めるように働いた。その中で、配分方法の性格に規定されて人口と農地の対応関係が厳しい地域ほど農地分散度及び零細度が際立っている。 配分方法と結果を規定する要因について。このような配分方法と結果をもたらした要因として農村人口と農地の厳しい対応関係が一番注目されてきた。しかし、要因がそれだけではないし、それだけでは世帯人口数による平等配分が必ずしも実施されるとは限らない。(1)耕種部門とりわけ食糧作物生産への傾斜を特徴とする当時の農業生産構造、(2)労働点数の合計によって年間の労働報酬(現金と現物の組み合わせ)が支払われる分配制度とくにその現物(食糧)の分配方法(3)伝統的な家庭副業が厳しく制限されて収入源と就業の場が極度に集団経営(食糧生産)に集中させられた農家経済の状況及びその農家経済における農地の位置づけ。主にこれらのことは人口と農地の厳しい対応関係の下に農地の平等配分が行われざるをえなかった必然性を形成したと見られる。 今日の農地利用調整問題の原点としての農地請負権配分における方法と結果について、次のような特徴を指摘することができると思われる。 第一、農地配分と世帯人口との連動。農地請負権配分が世帯人口あるいは世帯人口と労働力との組み合わせに基づいて行われたため農地と世帯人口(労働力)が連動するようになった。農地(面積、優劣及び距離)の不平等配分が農家間の収入格差につながり(一般的な地域)、或いは租税公課諸負担の不公平につながる(先進地域)ので、人口(労働力)あるいは土地に増減が起きると、直ちに農地請負権を再配分する必要が出てくる。現実には農外流出が進んでいるにもかかわらず、農村人口も農村労働力も増加しているし、農地転用、農地潰廃などによって農地面積が急激に減少しているため、初期の平等配分の原則を貫くためには農家の保有農地の変更が余儀なくされるに違いない。そうなると、農業生産と農家経済は共に不安定な状況に置かれることになる。しかしながら、農家の就業構造と収入構造及び二重戸籍制度に規定されて成立した農地と世帯人口との連動関係はこれからも大部分の地域では容易には解消されないと思われる。 第二、零細化と分散化。世帯人口と農地の厳しい対応関係の下で、すべての農地を対象にして、農地請負権配分が行われたため、零細化と分散化の極まった農地状態が生まれた。今後、人口増と農地減による農地請負権再配分が予想されるので、農地の細分化がさらに進むであろう。 第三、自給飯米的農地利用。世帯人口或いは世帯人口と労働力との組み合わせに基づいて農地請負権配分が行われたので、どの農家にも大差のない農地が配分された。しかし、どの農家も限られた農地で自給飯米と国の買付食糧を生産する以上、農家の自主的な経営余地は大きく制約されざるをえない。農外収入を主とする兼業農家にとってはあまり問題にならないかもしれないが、高い生産性の農業を展開し、市場販売率の高い農業経営を目指す専業農家にとっては、自給飯米と市場価格よりかなり低い価格の国の買付食糧しか生産できない農地の制約が大きな問題であるにちがいない。そして農外就業と収入の不安定性及び都市・農村二重戸籍制度によってもたらされる経済的・心理的不安感が存在するかぎり、農地の流動化は進まず、その制約も容易に解消されないであろう。 第四、農地請負権配分の規定要素。80年代初期には農家経済における地域的格差があったものの、農地請負は全ての農家にとって生存権的な意義を有していた。このことは農地請負権配分の方法と結果を強く規定したのである。この初期の農地請負権配分の規定要素(農地の生存権的な位置付け)は今後も農家経済の、農業とりわけ耕種部門依存率の高い地域における農地請負権再配分に影響を及ぼすに違いない。 第五、地域性と農地請負権再配分。集団分配水準及びそれに規定された農家経済水準の比較的に高い除州市、農村工業と集団副業が発展した上海市及び江蘇省南部の各農村地域で、労働力にも配慮した農地請負権配分が行われた。こうした一部の地域では、農家の就業構造と収入構造の変化にともなって地域内部の農家経済格差が広がっていく中で、農地請負権の意味合いが農家によって一様ではなくなってくるとも考えられる。補論でみられるように、現に農外就業に恵まれた都市近郊及び郷鎮企業の発展した一部の地域では農地の生存権的位置づけが低下し、集団経済が郷鎮企業からあげられた利潤に支えられたことを背景として、様々な形の農地請負権再配分を行おうとする動きもみられる。こうした動きは単なる初期配分の延長線ではないとみられるが、農地利用調整の新しい方向性をしめすものにはまだなっていないと思われる。 80年代初期の農地請負権の配分方法と結果に対する以上の分析を通じて、農地配分の不安定化、零細化と分散化及びその利用上の制約などのような、今日の農地利用調整問題の原点としての特徴を示したが、国民への食糧安定供給と農家経済の向上を実現するために中国農村の農地利用がいかに行われるべきかを考えるときに上述した問題点を解決しなければならないであろう。農業構造の実態と変化を的確に捉えた上で農地請負権再配分がいかに行われているかという継続研究を通じてその解決法を考えていきたい。 |