学位論文要旨



No 111956
著者(漢字) 佐久間,博文
著者(英字)
著者(カナ) サクマ,ヒロフミ
標題(和) 長軸ボルトを用いた新しい集成材構造の開発
標題(洋)
報告番号 111956
報告番号 甲11956
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1672号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 林産学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大熊,幹章
 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 助教授 有馬,孝禮
 東京大学 助教授 太田,正光
 東京大学 木質住宅研究所長 安藤,直人
内容要旨 緒言

 構造用集成材を主たる構造部材として用いた大規模・中規模木質構造の建設は,近年,わが国でもさほど珍しいものではなくなってきている。集成材の特徴は,ラミナ(ひき板)を構成要素としているため,原料として小径材でも利用可能であること,再構成材料であるため強度部材としての断面設計が可能であること,製品の強度的バラツキが小さくなることなどがあげられる。これらの特徴は限りある木材資源の有効利用という見地から非常に大切な点であり,また強度設計が可能という点は,集成材を鋼材やコンクリートなどの材料と比べてもそれほど遜色のない建築材料たらしめている。当然のことながら早急に解決されるべき問題点も少なからず存在し,大きなものを挙げれば集成材強度の推定評価方法,集成材接合部の構成方法と強度的評価方法などである。実をいえばこれらの点は集成材に限らず,木材・木質材料全般に共通する問題点でもある。強度推定については構成要素たるラミナの強度評価方法の見直しや,新たな非破壊的強度評価法の確立についてのさらなるの研究が必要であり,またこれに関連して異種材料との複合化による部材強度向上の研究も必要である。接合部に関しては,特に木質構造においては構造物の強度や剛性を規定するのは接合部特性であるといっても過言ではない状況に鑑み,従来には得られなかった特徴を持った新たな接合方式を開発することが急務である。現在主流となっているボルト,ドリフトピンや鋼製プレートなどを用いた機械的接合には,施工時における作業の複雑さや防火上,美観上の問題など多くの問題があり,さらに脆性的破壊についての対策を講じる必要がある。以上のような状況を踏まえ,本研究では新しいタイプの複合集成材である軸ボルト締め集成材の部材としての強度性能,さらにこれを利用した新たな接合システムの強度性能について実験的に検討した。

軸ボルト締め集成材の概要

 軸ボルト締め集成材とは,材軸方向にいくつかの貫通孔を有する集成材(これを有孔集成材と呼ぶ)に鋼製長軸ボルトを通し,端部にて(ナットによる)機械的締め付け固定を施すことによって得られる構造用部材である。まず有孔集成材試験体の製造時の留意点について考察した結果,実際の有孔集成材製造時には,あらかじめ溝付け加工したラミナを接着積層する製造法を採用するのが実用上は望ましいこと,また通常の集成材と同様製造前のラミナの段階でのヤング係数測定に基づく断面設計が有効であるという結論を得た。有孔集成材に長軸ボルトをほどこして軸ボルト締め集成材とする際の軸ボルトの締め付け力管理については,ボルトの締め付け理論に基づく換算式(ボルトに生じる張力とトルクファクター,ボルト径の積が必要締め付けトルクに比例する)の妥当性について検証し,その結果,軸ボルトの初期締め付け力の管理にはトルクレンチによる締め付け法を用いても差し支えないという結論を得た。また,軸ボルトを締め付けてから一定時間(1時間程度)後に所定のトルクによる増し締めを行う必要性が明らかになった。さらに,軸ボルト締め集成材における比較的長期の軸ボルト張力変化が,温湿度変化にともなう木材(集成材)の寸法変化の影響を大きく受けるとの示唆を得た。

軸ボルト締め集成材梁の曲げ性能

 異種材料との複合材の一種である軸ボルト締め集成材を梁として用いることにより,通常の集成材と比べて向上が期待できると予想される曲げ性能について検討したしたところ,軸ボルト締め集成材梁の曲げでは,軸ボルトを用いない単体と比べて曲げ剛性および曲げ強さにおいて向上が見られるという結果を得た。軸ボルト締め集成材梁の見かけの曲げヤング係数は,梁が横荷重を受ける際に生じる内部軸ボルトの張力変化によって材端部分に外力モーメントに抵抗する形のモーメント(これを材端抵抗モーメントとした)が発生するという力学モデルを仮定することにより十分予測が可能であった。また初期圧縮力(初期軸ボルト張力)の大きさを変えることにより見かけの曲げヤング係数が変化することに関しては,軸方向圧縮の影響(beam columnとしての挙動)を考えることにより説明可能であるという結論を得た。軸ボルト締め集成材の見かけの曲げ強さは,本論文の実験の範囲では軸ボルトを用いない場合と比べると10〜40%程度増加するという結論が得られた。その増加割合に関しては,前述の軸ボルトの張力変化に対応した軸方向圧縮力の影響を考慮したモデルにて解析を行ったものの,残念ながら正確に予測することはできなかった。非破壊的強度推定の方法の研究も含めて,今後のさらなる検討が必要であると考えられる。

軸ボルト併用フィンガージョイントにより縦継ぎされた集成材の曲げ性能

 現在,厳密な意味では認められていない構造部材の現場接着だが,これに近い形で構造用集成材の全断面フィンガージョイント(FJ)接着接合を行った集成材縦継ぎ梁が示す曲げ性能と,この縦継ぎ材に軸ボルトを併用した場合の効果について検討した。その結果,全断面FJによる縦継ぎ接合は,FJの形状に留意すれば集成材の縦継ぎ構造接着に関して比較的問題の少ない方法であるという結論が得られた。現場接着において適度な圧締圧力を材軸方向に作用させうるという点では,有孔集成材と軸ボルトを併用していることが,施工上は有利に作用する。縦継ぎ材の曲げ性能について,FJ接着接合のみの縦継ぎ材では曲げ剛性は十分な大きさを維持できたものの,曲げ強さの点では明らかに不十分であった。それに対して,軸ボルトを併用した縦継ぎ材では明らかに軸ボルトの効果による強度向上が認められた。特に曲げ強さに対して大きな効果を持つのは曲げ引張側軸ボルトであり,曲げ圧縮側に配置した軸ボルトはそれほど効果を示さないが,軸ボルトを曲げ圧縮側にも配置することによって,集成材木部(またはFJ部)の破壊後の梁全体の荷重保持能力をある程度維持可能なことが判明した。つまり,この工法を実際に構造体に組み入れれば,最大荷重を受けた後にもある程度構造体要素としての機能を維持できるというフェイルセイフ的要素を組み込むことにつながり,軸ボルトを併用した全断面FJ接合による縦継ぎ方法が,構造部材としての縦継ぎ材の安全性,信頼性を高める上で,かなり効果の高い方法であるということが示唆された。

軸ボルト締め集成材を用いた仕口接合部の変形挙動

 軸ボルト締め集成材の軸ボルト部分を仕口接合にまで拡張して利用することを考え,柱型試験体,コーナー型試験体および門型フレーム試験体を構成して各種力学的試験を行った。脚部固定を軸ボルトの締め付け力に依存した柱型試験体の水平加力試験では,柱材の変形に関して前述の材端抵抗モーメントモデルと柱脚固定部分の回転変形性状の両方を考慮することによって,実際の変形の様子を再現できることがわかった。2方向からの軸ボルトの締め付けによって構成されるコーナー型試験体の加力試験では,接合部の靭性性能において著しい性能向上が観察された。これは外力を接合部のみで負担するのではなく,内部に配置した軸ボルトを通じて材全体に伝えて負担するという,本接合形式の特徴の表れであると考えられる。門型フレーム試験体の加力試験では全体に複雑な変形性状を示し,厳密な解析はできなかったが,この試験体を壁体要素として考えた水平加力試験においては,単独では耐力壁として十分な性能を示すとはいえないものの,内部に配置された軸ボルトの効果として終局時耐力の向上の可能性が示唆された。また同試験体に対する鉛直加力試験により,この試験体の変形を主に支配するのはコーナー接合部の変形性状であるとの結論を得た。これら一連のモデル実験を通じて,軸ボルトを利用した本研究のような接合形式は,それ単独で(他に何の接合形式とも併用せずに)用いるにはいささか強度的に不安が残るものの,それがこの接合形式の否定につながるものではなく,逆に従来型の接合方法に対して適切に組み入れることによって,接合部への靭性性能,あるいは終局時のフェイルセイフ的特性など,これまでに得られなかった特徴を木質構造体に対して付与することが可能であるという結論を得た。

結言

 本論文全体を通して,軸ボルトと有孔集成材との組み合わせによる軸ボルト締め集成材が構造用の部材として優れた性能を持っていること,各種接合に軸ボルトとの併用方式を取り入れることによって,従来には見られなかった靭性的性能,フェイルセイフ的性能を付加できることなどの結論が得られた。今後は実大形式の実験を中心に,本論文では課題として残された問題点についての検討をさらに深めることが不可欠である。

 木質構造体の強度性能に関しては各接合部や部材など個々の構成要素についての研究がこれまでは多く行われてきた。阪神・淡路大震災の被害についてはいまだ記憶に新しいが,構造物の完全崩壊のような悲惨な例を木質構造に関して今後絶対に繰り返さぬためにも,構造体の終局耐力以降の最低限の安全性確保という観点からの研究が必要となるのではないかと考える。

審査要旨

 大規模木質構造、特に集成材構造においては、大スパン構築のための部材の縦継ぎ施工方法、大断面化にともなう各種接合部の合理的接合形式の確立が大きな課題になっている。本論文は、軸方向に孔をもつ有孔集成材に鋼製軸ボルトを通して締め付けた複合梁、および部材の縦継ぎ、仕口接合にこの長軸ボルトの締め付けを用いる方法を考案し、これを集成材構造に適用することによって上記の問題点の解決を図ることを目的としている。本論文は7章からなっているが、以下に論文の内容の概要を示す。

1.軸ボルト締め集成材梁の構造と曲げ性能(第3章、第4章)

 軸ボルト締め集成材梁とは、材軸方向にいくつかの貫通孔を有する集成材(有孔集成材)に軸ボルトを通して材両端部で締め付け固定を行うことによって得られる複合梁材料である。まず、特殊な断面を有する有孔集成材を実際に製造して断面設計の有効性を確認後、軸ボルト締め付け時の張力管理方法について、ボルトの締め付け理論を適用してその有効性を認めた。次に軸ボルト締め集成材を梁として用いる際の曲げ性能について検討した結果、通常の集成材と比較して曲げ剛性、曲げ強さともに性能向上が認められた。この強度性能の向上については、有孔集成材と内部に配置された軸ボルトの間の力の伝達機構に関して、軸ボルトの張力変化に起因する「材端抵抗モーメント」の発生という力学的モデルを適用し、さらに有孔集成材軸方向圧縮の影響を考慮することで定量的な予測が可能であるという結論を得た。

2.軸ボルト併用フィンガージョイントにより縦継ぎされた集成材の曲げ性能(第5章)

 フィンガージョイント(FJ)を断面にほどこした有孔集成材を接着接合した縦継ぎ集成材梁を製造し、その曲げ性能について検討した。その結果、FJによる縦継ぎ接合は、FJの形状に留意すれば縦継ぎ構造接着に関して強度的に問題がない方法であることが判った。また現場接着を考えたとき、適度な圧締圧力を材軸方向に簡易に作用させうるという点で有孔集成材と軸ボルトを併用することが施工上の利点となる。FJ縦継ぎ集成材の曲げ性能は、曲げ剛性は十分な大きさを維持できるものの、曲げ強さの点で不十分な場合があった。これに対して軸ボルト締め付けを併用することにより曲げ強さの維持が可能となる。これは曲げ引張側に配置した軸ボルトが木部に対して与える圧縮の効果が曲げによる木部引張変形を拘束し、最大曲げ耐力を増大させるためであって、このことは接着縦継ぎ集成材の部材としての強度的信頼性を確保するという点で重要である。一方、曲げ圧縮側の軸ボルトは強度的に寄与する効果は大きくはないが、これを配置することによって最大荷重の半分程度の荷重保持能力を維持できる。つまり、本工法を実際の構造体に適用すれば梁の完全破断を防止し、構造体要素としての機能維持が期待できること、すなわち、フェイルセイフ的要素を構造体に組み入れることが可能であると結論できる。

3.軸ボルト締め集成材を用いた仕口接合部の変形挙動(第6章)

 軸ボルト締め集成材の軸ボルト部分を構造体の仕口接合部分にまで拡張することを考え、柱型接合部、コーナー型接合部の各試験体および門型フレーム試験体の加力試験を行ってこれらの変形性状を検討した。柱型接合部試験体の水平加力試験では、前記材端抵抗モーメントの考え方に加えて柱脚固定部分の回転変形性状を考慮することにより、実際の変形の様子を再現できることが判った。コーナー型試験体の加力試験では、軸ボルト締め付けによって構成された接合部試験体において、外力によるモーメントに対する抵抗性能の向上が認められた。これは有孔集成材内部に配置した軸ボルトによって外力が部材全体に伝達されるためであり、接合部のみで外力を負担する従来型の接合には見られない本接合形式の特徴である。門型フレーム試験体の加力試験では、フレーム全体の変形性状に関して、水平せん断力に対しては柱脚固定部の変形が、鉛直力を受ける場合にはコーナー接合部の変形が、それぞれ支配的であるとの結論を得た。

 以上、要するに本研究は軸方向に孔をもつ有孔集成材に長軸ボルトを挿入し、これを締め付けることによる新しい構造部材、新しい接合システムを開発することを試みたものであって、集成材構造の今後の展開に学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54528