セルロースは再生産が可能で、環境調和性が高いために、地球環境保全が強く求められる現在および将来において特に重要な材料である。しかし現在のように原料を森林資源に依存しすぎるのは問題で、新たなセルロース生産の方法が強く求められている。 最近酢酸菌によるセルロース生産が注目されており、バイオリアクターによる工業生産も小規模ながらすでに始まっている。しかし基本的な問題としてセルロースの生合成経路の解明や高次構造形成の機構に関する諸問題は未解決のままであり、本格的な工業生産に移行させるには未解決な問題が多い。 本論文は、まず酢酸菌の基礎的な性状と生産されるセルロースの性質を明らかにし、更に高次構造形成機構への洞察を深める目的で酢酸菌の培地の条件を種々に変化させ、生成されるセルロースの特性の検討をめざした。更に固体構造としてのセルロースの諸特性を調べ、セルロースの微細構造に関する情報を得ることをめざした。またバクテリアセルロースの応用実験から実用化の応用の可能性を検討した。 第1章は序論であり、バクテリアセルロースに関する従来の知見、その研究の歴史、更に本研究の目的を総括している。 第2章(本論I)は本論文の中心で酢酸菌を用いた基礎研究を扱っており、8部より構成されている。 第1部は酢酸菌の培養について記述しており、酢酸菌は培養中の物理的刺激に敏感であり、回転培養により気液界面を増大させることによりセルロース生産の最適化を図れることが示唆され、工業化への基本的な問題を解明した。 第2部は溶質排除クロマトグラフィーによるセルロースの分子量評価について記述しているが、誘導体化したセルロースのクロマトグラムからセルロース分子量の分布を評価する手法を確立した。 第3部は酢酸菌培地への試薬添加について記述しているが、セルロース・染料錯体を透過電顕により観察し、染料分子がフィブリル凝集を阻害し、また錯体は酵素分解性が減少し、錯体内での強い分子間力の作用が示唆された。 第4部はバクテリアセルロース・染料錯体の組成分析について記述しており、熱分解ガスクロマトグラフィーによると、セルロースの高次構造内の染料分子の不均一熱分解またはセルロース・染料間の二次的な熱分解作用が示唆された。 第5部はバクテリアセルロースの酸加水分解挙動について記述しており、残査重合度に相当する周期性が存在する可能性があり、特に酢酸菌の作る帯状セルロースでは折り畳み構造の存在が強く示唆された。 第6部はバクテリアセルロースの酵素加水分解挙動について記述しており、帯状セルロースは難分解性を示し、折り畳み鎖によって形成される逆平行鎖構造の非能率的分解または折れ曲がり部分を酵素が認識できない可能性を示唆した。 第7部はバクテリアセルロースのマーセル化について記述しているが、アルカリ処理により酸加水分解挙動が異なり、微結晶長が減少し、マーセル化の際の収縮と膨潤挙動から分子鎖が折り畳まれる可能性が示唆された。 第8部は帯状セルロースの固体構造について記述しているが、シャドウィング法によりミクロフィブリル厚さの測定の結果、リボン状バクテリアセルロースでは6〜9nm、帯状セルロースでは9〜12nmの出現頻度が高いことが分かった。 第3章(本論II)はバクテリアセルロースの応用を扱っており、今後の実用化の可能性を検討したもので、2部より構成されている。 第9部は透析用分離膜への応用を記述しており、水系でのバクテリアセルロース膜の検討結果を扱っているが、緻密な分離膜の形成が可能で、アルカリ処理条件より溶質の最大透過分子量を制御可能なことが示された。 第10部は製紙用機能化材料への応用を記述しており、木材パルプヘバクテリアセルロースまたはシオグサセルロースを混抄してシート特性を調べた結果、シート弾性率や紙力強度の向上には特に微細繊維の形状や柔軟性が重要であり、結晶性のみが制御因子ではないことが示唆された。 第4章では本論文の総括を行っている。 以上本論文は多様な条件下で酢酸菌を用いたバクテリアセルロースの構造や組成の分析を行い、また実用化のための諸条件を明らかにしたもので、バクテリアセルロースの新たな応用可能性を開いたといえる。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。 |