学位論文要旨



No 111960
著者(漢字) 竹内,潤
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,ジュン
標題(和) A-ファクター依存性たんぱく質によるストレプトマイシン生合成の調節
標題(洋) Regulation of streptomycin biosynthesis by A-factor-dependent protein in Streptomyces griseus
報告番号 111960
報告番号 甲11960
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1676号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨

 放線菌は、抗生物質をはじめとする種々の二次代謝産物を生産することで知られるダラム陽性の細菌である。放線菌により生産される抗生物質は非常に種類が豊富で、既知の約9千種類の天然抗生物質のうちの約6割を生産することが知られている。また、放線菌は、固体培地上で胞子から基底菌糸として生育し、基底菌糸が気中菌糸へと分化し、その後気中菌糸の先端に連鎖状の胞子を形成するという複雑な生活環を持ち、形態分化という面においても興味深い微生物である。

 Streptomyces griseusにおいては、放線菌における二大特徴である二次代謝(ストレプトマイシンおよび黄色素生産)と形態分化(気中菌糸への分化、それに続く胞子形成)が、A-ファクターと名付けられた低分子物質により誘導されており、A-ファクターによる複雑な調節ネットワークが提唱されている。本研究では、上流からのA-ファクターシグナルをストレプトマイシン生合成遺伝子クラスターに直接伝達するステップの解明を目的とし、まずはじめに、A-ファクターレセプターより下流でストレプトマイシン生合成遺伝子クラスターまでの経路における変異株を取得し、その性質を検討した。これと併行して、既に存在が明らがになっているストレプトマイシン生合成遺伝子クラスター内のstrR遺伝子の上流領域に結合するA-ファクター依存性たんぱく質の精製を行い、そのたんぱく質の機能解析を行った。

(1)変異株HO1の取得と変異の解析

 A-ファクター合成遺伝子の欠失変異株S.griseus HH1は、ストレプトマイシン非生産、胞子形成不能という形質を示す。このHH1株の紫外線照射により形質の変化したものをスクリーニングしたところ、ストレプトマイシン生産能と胞子形成能を同時に回復する変異株を11株取得した。その内の形質の安定している5株について解析したところ、4株はA-ファクターレセプターを発現していなかった。残りの1株は、A-ファクター結合活性を保持していた。この変異株をHO1と名付けた。HO1株は、A-ファクター結合活性を保持していたので、A-ファクターレセプターの変異ではないと当初考えられたが、その後、当研究室でクローニングされたA-ファクターレセブター遺伝子(arpA)をHO1株に導入したところ、ストレプトマイシン非生産、胞子形成不能という形質を示した。このことから、HO1株の変異点はA-ファクターレセプター遺伝子内のA-ファクター結合ドメイン以外の部分にあり、A-ファクターレセプターの他の遺伝子へのリプレッサーの役割が果たせなくなった変異であることが推定された。したがって、ArpAのアミノ酸配列を考えあわせると、A-ファクターレセプターはC末側のA-ファクター結合ドメイン(センサードメイン)とN末側のDNA結合ドメイン(制御ドメイン)の二つの独立した機能ドメインから成り立っていることが示唆された。

(2)strRの上流転写調節領域内の97bp断片に結合するたんぱく質群

 strR遺伝子は、ストレプトマイシン生合成遺伝子クラスター内のstrA,B1,G,F,H,I,K,S,T,stsCの転写を活性化する転写因子をコードしていて、クラスター内の発現調節のkeyの遺伝子であり、いわゆるpathway-specific transcriptional activatorである。この遺伝子はA-ファクター依存性プロモーター活性を持ち、その領域は転写開始点から-241〜-371bpであること、また、-188〜-285bpの97bpのDNA断片にAファクター依存性たんぱく質が結合することが分かっていた。この97bpのDNA断片をRI標識し、野生株S.griseus 13350とA-ファクター合成能欠失変異株HH1とについて、60%硫安沈澱後DEAEクロマトグラフィー(0〜1M KClグラジェント)を行い、ゲルシフト分析によりA-ファクター依存性たんぱく質の存在を確認した。

 97bp内の様々な長さのDNA断片を合成し、これをRI標識した97bpと共に加えゲルシフト分析を行い、競合的にシフトバンドが消失することを指標に結合領域を狭めていったところ、A-ファクター依存性たんぱく質は-256〜-285bpの30bp内に結合し、どちらの端においてもこれより3bp欠けると結合しなくなることが分かった。さらに、DNaseIフットプリントによりDNA上の結合領域を確認したところ、Coding鎖においては-246〜-279b、Non-coding鎖においては-252〜-285bという上記の30bpを含む40bpに結合していた。

 これとは別に、A-ファクターには依存しないものの97bp領域の-189〜-241bpおよび-241〜-285bpに結合する2種類のDNA結合たんぱく質も同定したが、これらの機能については、今後の課題である。

図表
(3)A-ファクター依存性たんぱく質の精製

 野生株S.griseus13350 30L培養を集菌し、マントンゴウリンにて細胞を破砕し、遠心上清を40%硫安沈澱した。遠心分離後上清をプチルカラム(40〜0%硫安)にかけ、次にヘパリン・アフィニティーカラム(0〜1M KCl)、次にFPLC・DEAEカラム(0〜1M KCl)にかけた後、結合領域30bpを含む35bpをタンデムに連結したものを結合させたDNAアフィニティービーズにより、最終的にSDS-PAGE上で40kDa付近に近接した二本のバンドを得た。

 今回精製したたんぱく質は、A-ファクター調節ネットワークの中で、上流からのA-ファクターシグナルを直接受容するstrRプロモーターの塩基配列(レシーバー)に伝達する役割を有している。今後、本たんぱく質のアミノ酸配列決定および遺伝子のクローニングにより、このステップの詳細が明らかになると期待される。また、このたんぱく質をコードする遺伝子はA-ファクターに応答するはずであり、その発現調節を検討することによってネットワーク中の上流の制御ステップも明らかにできると考えられる。

図表
審査要旨

 Streptomyces griseusにおいて、二次代謝(ストレプトマイシンおよび黄色素生産)と形態分化(気中菌糸への分化、それに続く胞子形成)の制御機構としてA-ファクターによる複雑な調節ネットワークが提唱されている。本研究は、上流からのA-ファクターシグナルをストレプトマイシン生合成遺伝子クラスターに直接伝達するステップについて、いくつかの変異株の性質を検討し、さらにストレプトマイシン生合成遺伝子クラスター内のstrR遺伝子の上流領域に結合するA-ファクター依存性たんぱく質の精製と機能解析を行ったものである。

(1)変異株HO1の取得と変異の解析

 A-ファクター欠損株S.griseusHH1は、ストレプトマイシン(Sm)非生産、気菌糸・胞子形成不能という形質を示す。このHH1株の紫外線照射により、Sm生産能と胞子形成能を同時に回復する変異株を5株取得した。そのうちの4株はA-ファクターレセプターの欠損株であったが、残りの1株(HO1)は、A-ファクター結合活性を保持していた。HO1株は、A-ファクター結合活性を保持していたので、A-ファクターレセプターの変異ではないと当初考えられたが、A-ファクターレセプター遺伝子(arpA)をHO1株に導入したところ、Sm非生産、胞子形成不能という形質を示したことから、HO1株の変異点はA-ファクターレセプター遺伝子内のA-ファクター結合ドメイン以外の部分にあり、A-ファクターレセプターの他の遺伝子へのリプレッサーの役割が果たせなくなった変異であることが明らかとなった。このことから、A-ファクターレセプターたんぱく質のA-ファクター結合ドメイン(センサードメイン)とDNA結合ドメイン(制御ドメイン)の両ドメインは独立して機能していることが強く示唆された。

(2)A-ファクター依存性転写因子が結合するDNA領域の同定

 strR遺伝子は、Sm生合成遺伝子クラスター内の他の遺伝子の転写を活性化する転写因子をコードしており、クラスター内の発現調節のkeyの遺伝子である。それまでの研究では、strR転写開始点から-188〜-285bpの97bpのDNA領域にA-ファクター依存性転写因子が結合し、その発現調節に関与することが明かであった。

 97bp内の様々な長さのDNA断片を合成し、これをRI標識した97bpと共に加えゲルシフト分析を行い、競合的にシフトバンドが消失することを指標に結合領域を狭めていったところ、-256〜-285bpの30bpが競合に必須であり、どちらの端においてもこれより3bp欠けると競合能が失われることが判明した。さらに、DNase Iフットプリントによりcoding鎖においては-246〜-279bp、non-coding鎖においては-252〜-285bpという上記の30bpを含む40bpがDNase Iから保護された。

(3)A-ファクター依存性たんぱく質の精製

 野生株S.griseus IFO 13350 30L培養の菌体から出発し、マントンゴウリンにて細胞を破砕し、遠心上清を40%硫安沈澱した。活性は、ゲルシフト分析により追跡した。遠心分離後、上清をプチルカラム(40〜0%硫安)、ヘパリン・アフィニティーカラム(0〜1M KCl)、FPLC・DEAEカラム-(0〜1M KCl)にかけた後、結合領域を含む35bpをタンデムに連結したものを結合させたDNAアフィニティービーズにより、最終的にSDS-PAGE上で40kDa付近に近接した二本のバンドを得た。

 以上、要するに本論文はA-ファクター調節ネットワーク中で、A-ファクターシグナルを直接Sm生合成遺伝子クラスターに伝達するステップについて解析を行ったものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた次第である。

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