アクアライシンIはダラム陰性高度好熱菌Thermus aquaticus YT-1が菌体外に分泌するセリンプロテアーゼである。本研究は、アクアライシンIの構造と機能について解祈した結果をまとめたものであり、序論とそれに続く三部よりなる。 第一部は、アクアライシンIのカルシウムイオンの結合に関する研究をまとめたものである。 第一章では、アクアライシンIの熱安定性に対するカルシウムの効果について検討した。精製アクアライシンIをゲルろ過し、Apo-1酵素を調製した。また、EDTA処理後の酵素標品から同様にAPO-2酵素を得た。プラズマ発光分光分析の結果、Apo-1及びApo-2酵素に結合しているカルシウムは、酵素1モル当たり、それぞれ1.0モルと0.33モルであった。Apo-1アクアライシンIを試料として、断熱型示差滴定熱量計を用いてカルシウム溶液を滴下して測定した結果、カルシウムの結合数は酵素1モル当たり1.01モルであり、この結果からアクアライシンIに結合するカルシウムは酵素1モル当たり2モルであることが分かった。さらに、カルシウムの結合定数K=3.1×103M-1、結合エンタルピー△H=3.23kcal/mol、結合エントロピー△S=24.1 e.u.が得られた。また、Apo-2酵素とQuin-2との間のカルシウムに対する競争的結合実験により、強い結合性をもつカルシウムの結合定数は106M-1より小さいと推定された。Apo-2酵素はApo-1酵素よりやや不安定であったが、1mMカルシウム存在下では両酵素とも80℃、3時間後の残存活性は90%以上であった。したがって、アクアライシンIの構造の安定化には、結合性の弱いカルシウムの結合が必須であることが分かった。 Apo-1酵素の熱安定性に対する希土類金属の効果を調べた結果、金属の電価(2価と3価)にかかわらず、金属元素のイオン半径(0.93〜1.06オングストローム)に依存して、カルシウムと同様、酵素を耐熱化した。耐熱化効果を持つ金属はLa3+、Sr2+、Nd3+、Tb3+であった。更に、90℃、30分の熱処理により、La3+はCa2+より高い耐熱性上昇効果を示した。 第二章では、カルシウムイオンの結合により、アクアライシンIのトリプトファン残基を含むポリペチド鎖が微小な構造変化をすると考えられる結果について述べている。 第三章では、Apo-1アクアライシンIとLa3+の結合を189La-NMRにより解析した。その結果、La3+のアクアライシンIとの結合定数は2.2×104M-1でカルシウムイオンの3.1×103M-1より一桁大きいことが分かった。 第二部は、アクアライシンIの変異型酵素を解析し、構造-機能相関についてまとめたものである。 第一章では、部位特異的変異の導入により作製した、Asn219のSerまたはThr置換変異型酵素の酵素活性について検討している。Thr置換型酵素は野生型酵素と大差なかったが、Ser置換型酵素の活性は測定した全温度範囲(10〜90℃)にわたって野生型酵素の2倍以上であった。Asn219はアクアライシンIの触媒能に大きな影響を与える残基であることが示唆された。 第二章では、常温または酸性側で高い活性を示す変異型酵素のスクリーニングについて述べている。PCR(polymerase chain reaction)法によりアクアライシンIの成熟酵素領域を含むDNAを増幅し変異を導入し、大腸菌を形質転換した。約25,000株の中から、42℃あるいは酸性側で高い活性を示す変異型酵素を生産すると思われる形質転換株21株を得た。 第三部では、アクアライシンIのin vitroフォールディングに関する研究について述べている。アクアライシンIのN末端及びC末端プロ配列のHis-Tagとの融合タンパク質の発現系を作製し、融合タンパク質を精製した。8M塩酸グアニジン溶液(pH2.2)を加えて、アクアライシンIを変性させ、その後、N末端プロ領域を添加し、脱塩カラムにより塩酸グアニジン溶液を除き、室温でアクアライシンIをリフォールディングさせた。変性アクアライシンIの活性回復は約10%であった。 以上要するに本論文は、アクアライシンIの熱安定性とカルシウムイオンとの関係、酵素の構造-機能相関と構造形成(フォールディング)について解析したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |