プロテアーゼのプロ配列の機能としては従来から生物自身へ悪影響を及ぼさないように活性を制御するためのものと考えられてきた。しかし、近年一部のセリンプロテアーゼにおいてプロ配列が成熟部分の正しい高次構造の形成を促進する機能があることが報告されている。一方、同様に生物界に広く分布し重要な生理機能を持つ一群の酵素であるアスパルティックプロテイナーゼのプロ配列の機能については、未だ明らかになっていない部分が多い。そこで本研究ではアスパルティックプロテイナーゼのプロ配列の機能を解明することを目的とした。 糸状菌Rhizopus niveusの菌体外aspartic proteinase-I(RNAP-I)は、分泌シグナル配列(21残基)と成熟酵素部分(323残基)との間にプロ配列(45残基)を持つプレプロ酵素として合成される。当研究室では、酵母Saccharomyces cerevisiaeにおいて、RNAP-Iが、自身のプレプロ配列を用いて菌体外に多量に分泌されることを明らかにした1)。又、同じくR.niveusの分泌シグナル配列のみを持つ菌体外酵素RNase Rhの分泌を、S.cerevisiaeにおいてRNAP-Iのプレプロ配列を用いることにより、RNAP-Iの分泌シグナル配列を用いた場合の8倍増大させるという結果も得た2)。本研究は、このRNAP-Iのプロ配列が成熟部分のfoldingを促進する機能を持つこと、プロ配列の変異により分泌されなくなったRNAP-I改変体がS.cerevisiaeの小胞体(endoplasmic reticulum,ER)内で分解されることを明らかにするとともに、これら改変体のS.cerevisiaeのER内での分解機構について解析を行ったものである。 1RNAP-Iのプロ配列の機能3) まず、プロ配列の種々の欠失型改変体、アミノ酸置換型改変体を作製し、それぞれの菌体外への分泌について検討した。その結果、プロ配列の全領域、前半1/3、後半1/3を欠失させた改変体(それぞれpro、1、2)では菌体外への分泌は認められず、プロ配列の欠失により成熟部分の分泌が阻害されることが示された。又、アミノ酸置換型改変体の同様の解析から、活性中心の2つのAspと相互作用すると考えられるプロ配列中の52Lys、53Tyrが成熟部分の分泌に重要であることが示された。 一方、プロ配列が成熟部分と共有結合していない状態で機能できるかについても解析を行った。GAL1プロモーター下にRNAP-Iのプレプロ配列のみを連結し、これを上に述べたpro又は全く分泌されないアミノ酸置換型改変体M1(49Ala-50Leu→49Asp-50Pro)と共にS.cerevisiaeで発現させRNAP-Iの分泌について検討した。炭素源をガラクトースにしてプレプロ配列の発現を誘導した場合にのみどちらも分泌が認められたことから、プロ配列はRNAP-Iの分泌をtransにも促進できることが示された(図、(1))。以上の結果から、RNAP-Iの分泌にはプロ配列が必須であることが示された。この場合その機能として、分泌されやすい高次構造の形成の促進が推定された。 そこでRNAP-Iのプロ配列に成熟部分のfoldingを促進する機能があるのかを解析した。精製した成熟型RNAP-I、及びプロ配列の切断されていないプロ型RNAP-Iを6M塩酸グアニジン中で変性させた後、in vitroでのrefoldingによる活性の回復の有無について検討した。成熟型RNAP-Iでは活性の回復は検出されないのに対して、プロ型RNAP-Iでは活性の回復が認められた。この結果からプロ配列には成熟部分のfoldingを促進する機能があることが示された(図、(2))。更に、大腸菌に合成させた野生型プロ配列及びM1型プロ配列をin vitroで一度変性させた成熟型RNAP-Iにtransに加え、そのrefoldingについても検討した。野生型プロ配列を加えた場合には活性の回復が認められたのに対して、M1型プロ配列では活性は検出されなかった。これらの結果からプロ配列による分泌の促進とfoldingの促進に相関関係が認められ、RNAP-Iプロ配列がin vivoにおいても成熟部分のfoldingを促進し、その結果として分泌を促進していることが示唆された。 2S.cerevisiaeによる異種遺伝子産物の分泌におけるRNAP-Iのプロ配列の機能 序でも述べたようにRNAP-Iのプロ配列がRNase Rhの分泌を促進する機能の解析を行った。RNase RhをRNAP-Iのプレ配列或いはプレプロ配列に連結して発現させた場合のノーザン解析から、RNase Rhの発現量はプロ配列の有無に関わらず一定であることが示された。一方、菌体の全蛋白質に対するウエスタン解析から、プロ配列の存在下では非存在下と比較して菌体内のRNase Rh蛋白質の量が多いことが示された。それぞれの形質転換体に対して、パルス-チェイス実験を行った結果、5分間パルスラベルした段階でプロ配列の存在下では菌体内のRNase Rh蛋白質の量が多いことが明らかとなり、プロ配列の非存在下ではRNase Rhは速やかに分解されていることが示唆された。 一方、RNAP-Iのプロ配列がRNase Rh以外の遺伝子産物の分泌を促進できるかを解析するために、大腸菌の-galactosidaseをRNAP-Iのプレ配列或いはプレプロ配列に連結してS.cerevisiaeにおいて発現させ解析を行った。その結果どちらも分泌はされなかったがRNase Rhと同様にRNAP-Iのプロ配列が-galactosidaseの菌体内での分解を防ぐことが示唆された。以上の結果からRNAP-Iのプロ配列には少なくとも連結した蛋白質の分解を防ぐ機能があることが示唆された。又、プレプロ配列に-galactosidaseを連結した場合、膜画分のトリプシン処理、細胞抽出液の分画、間接蛍光抗体法による観察から-galactosidaseはER内に蓄積していることが示唆された。 3RNAP-Iプロ配列改変体の細胞内における分解4) pro及びM1を発現させたS.cerevisiaeの全蛋白質の抗RNAP-I抗体によるウエスタン解析において、M1と比較してproは細胞内の蓄積量が少ないこと、並びにパルス-チェイス実験の結果より、proがM1に比べより速やかに分解されていることが示された。そこで、酵母抽出液を分別遠心法により分画したところ、pro及びM1は、共にERのマーカー酵素と類似した分布のパターンを示した。又、抗RNAP-I抗体による間接蛍光抗体法によりproの局在を検討したところ、核の周囲に典型的なERの蛍光パターンを示した。S.cerevisiaeの液胞の主要なプロテアーゼであるproteinase A、B欠損株においても同様の蛍光パターンが認められ、proの分解には液胞のプロテアーゼは関与していないこと示唆された。以上の結果から、proはプロ配列の欠失によりERで正しい構造をとることができず、そのためにER内で分解されていると考えられた(図、(3))。 図 Folding of RNAP-I in the lumen of the endoplasmic reticulum of Saccharomyces cerevisiae4S.cerevisiaeのERでの蛋白質分解に関与する変異株の取得と解析 ERには正しい高次構造がとれないような分泌蛋白質などを特異的にER内にとどめ、又はER内で分解し、質的な制御を行う(quality control)機構があると考えられているが、そういった異常な蛋白質がどのように認識され、どのようなプロテアーゼによって分解されるのかについては未だ不明な部分が多い。そこでS.cerevisiaeにおいてERでの蛋白質分解に欠損を持つためにproを蓄積するような変異株を分離し、解析を行った。 proを発現させた.S.cerevisiaeのコロニーをニトロセルロースメンブレンに付着させメンブレン上で溶菌させた後proの蓄積を抗RNAP-I抗体で検出するという方法で約41,000株についてスクリーニングし、proの蓄積量が増加していると考えられる変異株4株を得た。得られた変異株はいずれも温度感受性は示さなかった。このうち最も表現型のはっきりしたNo.30株について解析を行った。この変異株において変異は劣性の1遺伝子変異であること、パルス-チェイス実験によりproの分解が遅くなっていることが明らかとなった。 一方、RNAP-Iのプレプロ配列に連結した-galactosidaseを野生株及び変異株No.30で発現させたところ、X-galを含むプレート上でよりコロニーが青くなることが明らかとなった。変異株では野生株と比較して菌体内での-galactosidase蓄積量が多くなっていることを考えあわせると、-galactosidaseがS.cerevisiaeによって異常であると認識されたためにER内で分解されていることが示唆される。そこでこの系を用いてX-galを含むプレート上でよりコロニーの青色が薄くなるコロニーをスクリーニングすることにより変異を相補する遺伝子をS.cerevisiaeの多コピー型遺伝子ライブラリー1,2000クローンより1クローン単離した。サブクローニングし部分塩基配列を決定したところ、16番染色体上のすでに塩基配列が決定されている機能未知の877アミノ酸からなる蛋白質をコードするORFが見いだされた。ホモロジー検索の結果、機能が既知の蛋白質との相同性は見いだされなかった。このORFを含む断片を単コピー型のplasmidで変異株に導入しても変異が相補できなかったことからサプレッサーであると考えられた。この遺伝子を破壊した結果生育には必須ではなかったが、proを野性株以上に蓄積していた。現在この遺伝子破壊株の諸性質の解析を行っている。 5まとめ 以上、本研究によってセリンプロテアーゼだけでなくアスパルティックプロテイナーゼであるRNAP-Iにおいてもそのプロ配列が成熟部分のfoldingを促進する機能を有していることが初めて明らかとなった。又RNAP-Iのプロ配列は少なくとも2種の異種遺伝子産物の分解を防ぐ機能を持つことが示唆され、分泌型異種遺伝子産物の分泌生産への応用が考えられる。又、S.cerevisiaeにおいて正しい構造をとることができない分泌蛋白質(pro)がER内で分解されることを見いだし、S.cerevisiaeにおけるERでのquality controlに関わる部分に欠損が生じたと考えられる変異株の単離、解析を行った。更に変異を抑圧する遺伝子をも単離した。本研究によって単離された遺伝子産物がどのようにER内での蛋白質分解に関わっているかは不明であるが、これを足がかりにER内のquality controlについての理解が進むことが期待される。 1)Horiuchi,H.et al.Agric.Biol.Chem.,54,1771-1779(1990) 2)Ohgi,K.et al.,J.Bichem.109,776-785(1991) 3)Fukuda,R.et al.,J.Biol.Chem.269,9556-9561(1994) 4)Fukuda,R.et al.,submitted |