アクアライシンIはThermus aquaticusYT-1が菌体外に分泌するセリンプロテアーゼである。アクアライシンIは4つのドメイン(N末端シグナル配列、N末端プロ配列、成熟酵素部分、C末端プロ配列)からなるユニークな前駆体として生成される。N末端プロ配列(Nプロ配列)はアクアライシンIのフォールディングに関与していることが分かっている。本研究は、アクアライシンIの菌体外分泌におけるC末端プロ配列(Cプロ配列)の役割を明らかにすることを目的としたものであり、序章とそれに続く5章よりなる。 第1章では、Thermus thermophilusの発現系によるアクアライシンIの菌体外分泌におけるCプロ配列の役割について検討した。遺伝子上でCプロ配列部分に変異を導入した変異型プラスミドを作製し、T.thermophilusで発現させた。Cプロ配列の完全欠失及び部分(10から39アミノ酸残基)欠失変異型では野生型の約10〜20%しか菌体外へ分泌されなかった。この結果は、Cプロ配列がTthermophilusの発現系でアクアライシンIの菌体外分泌に重要な役割を果たしていることを示している。 イムノプロッティングの結果、野生型ではCプロ配列を持っている前駆体として培地へ分泌された後、成熟酵素にプロセシングされることがわかった。しかしながら、欠失変異型では少しの成熟酵素しか培地に検出されなかった。この結果は、欠失変異型の場合、前駆体が速やかに菌体内で分解され、分泌量が減少したものと考えられた。 第2章では、E.coilの発現系におけるアクアライシンI前駆体の内膜通過の際のCプロ配列の役割について検討した。E.coilの発現系では、野生型の場合、Cプロ配列をもつ前駆体が外膜に止まっていることが分かっている。そこで、発現を誘導後、大腸菌をペリプラズム、細胞質、細胞膜の各画分に分画し、熱処理後の各画分のプロテアーゼ活性を調べた。野生型では膜画分に、Cプロ配列の5個以上のアミノ酸欠失変異型では細胞質画分に多く局在していた。これらの結果から、アクアライシンI前駆体の内膜通過にもCプロ配列が関与していることが示唆された。 第3章では、前駆体のin vitroプロセシング及び酵素の活性化に対するCプロ配列の変異の影響を検討した。野生型とCプロ配列変異型をE.coilで発現させ、熱処理し、プロセシングの様子を観察した。野生型では65℃で12時間の熱処理により完全に成熟酵素へプロセシングされた。しかし、5個以上のアミノ酸欠失変異型では、わずか1時間の熱処理により完全に成熟酵素へプロセシングされた。そして、Cプロ配列のプロセシングが速い変異型は活性ある酵素への活性化も速かった。この結果から、Cプロ配列はアクアライシンI前駆体を活性化されにくい状態に維持しているものと考えられた。 第4章では、Cプロ配列の役割を酵母の発現系により検討した。S.cerevisiaeの発現系で発現させた時、Cプロ配列をもつ野生型前駆体ではCプロ配列を欠失した変異型の約30%のアクアライシンI活性しか菌体外に検出されなかった。そして、野生型で分泌されなかったアクアライシンIは菌体内の小胞体(ER)に前駆体として止まっていた。この前駆体を70℃で6時間熱処理しても成熟型酵素へのプロセシングは行われなかった。このことは、アクアライシンI前駆体がERにおいてミスフォールディングした蛋白質となっている可能性を示唆している。したがって、Cプロ配列はERでの前駆体のフォールディングを妨げているものと考えられた。 第5章では、以上の結果とこれまでの知見をまとめ、アクアライシンIの菌体外分泌機構のモデルを提案している。Cプロ配列の役割は細胞質で合成されたアクアライシンI前駆体を不活性状態で、膜通過可能な、柔軟性のあるコンフォメーションに維持して、内膜と外膜の通過を助けていると考えられた。このC末端プロ領域は、アクアライシンIの分泌のために分化した高い特異性を持つ分子内シャペロンと考えられた。 以上要するに本論文は、アクアライシンI(耐熱性セリンプロテアーゼ)の菌体外分泌におけるカルボキシル末端プロ配列の役割を解明したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |