No | 111987 | |
著者(漢字) | 中村,紳一朗 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカムラ,シンイチロウ | |
標題(和) | 老齢動物の老人斑および血管アミロイド症の比較病理組織学的研究 : 特にカニクイザルを中心に | |
標題(洋) | Comparative histopathological studies on senile plaques and cerebrovascular amyloid of aged animals,especially of aged cynomolgus monkeys | |
報告番号 | 111987 | |
報告番号 | 甲11987 | |
学位授与日 | 1996.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第1703号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 現在、日本をはじめとする先進諸国は高齢化社会を迎え、老年性痴呆症およびアルツハイマー病が社会的に大きな問題になってきている。同疾患群の患者は記憶障害と知能低下を主徴をする進行性の神経症状を示し、社会生活に著しく支障をきたす。神経病理学的には、重度の神経細胞の脱落、神経原線維変化、老人斑、脳血管アミロイド症などの病変が観察される。 これらの病変のうち老人斑と脳血管アミロイド症は、生化学的に40〜43個のアミノ酸から成るアミロイドタンパク(A)が主構成成分であることが知られている。Aの由来については、膜通過性を示すA前駆体タンパク(APP)のC末端とN末端がプロテアーゼにより切断され、Aとして細胞外に分泌されるものであると考えられている。APPの遺伝子は21番染色体にコードされており、その一部が点突然変異を起こした場合は早発性家族性アルツハイマー病(FAD)の危険因子となることが知られている。すなわち、突然変異遺伝子が子孫に受け継がれることにより、その家系内に多数のFAD患者が出現することになる。FAD患者は中年期から痴呆性神経症状を呈し、老人斑、脳血管アミロイド症などの組織学的変化も高頻度に観察されることが知られている。 しかし、その病理発生については依然として不明な点が多く、これらの原因を解明するための動物モデルの開発が望まれている。前述した病変のうち、老人斑および脳血管アミロイド症は、ヒトのみならず、老齢のサル、イヌおよびクマ類で、また、神経原線維変化はヒツジとクマで確認されている。サル、イヌおよびクマ類の老人斑および血管アミロイド症の病理組織学的所見には動物種間で差が認められることから、様々な動物を比較病理学的な側面から検索することは老人斑の形成機序を明らかにする上で有意義である。一方、これらの病変の主構成成分であるAの沈着に遺伝的要因が関わっているとされながら、これまでの動物を用いた研究では動物の系統および繁殖歴等が不明であった。本研究では、老齢カニクイザル、イヌ、ネコおよびフタコブラクダの老人斑および血管アミロイド症の比較病理学的検索を行うと同時に、カニクイザルについては、家系およびすべての繁殖歴が明らかな国立予防衛生研究所筑波医学実験用霊長類センターの動物を主に用いて、老人斑および血管アミロイド症の病理組織学的および免疫組織化学的研究を行った。 第一章では、老人斑および血管アミロイド症の出現がすでに知られているカニクイザルおよびイヌ、これまでそれらの出現が報告されていないネコおよびフタコブラクダの脳を検索し、それぞれの動物の老人斑と血管アミロイド症を比較病理組織学的に検討した。 カニクイザルの老人斑は形態学的にヒトの形態に一致し、成熟型老人斑と瀰漫型老人斑が認められ、前者の方が多く観察された。血管へのアミロイド沈着はその多くが毛細血管に認められ、しばしば成熟型老人斑と近接している像が観察された。イヌの老人斑もサルと同様にヒトの形態に一致するものであったが、サルとは異なり瀰漫型老人斑が高頻度に認められた。また血管へのアミロイド沈着は髄膜血管に頻繁に観察された。ネコの老人斑は18歳以上の著しい高齢動物にのみ認められた。ネコの老人斑はこれまで報告されているいずれの型の老人斑とも異なり、銀染色で境界不明瞭なまばらで細かな細線維状構造を呈していた。また、A沈着が老人斑形成部以外にも認められた。この様な所見は他種動物では確認されておらず、これまでにAの初期沈着像として考えられている瀰漫型老人斑とは異なるAの初期沈着像であると考えられた。フタコブラクダの老人斑の多くは瀰漫型老人斑に分類されるものと考えられたが、円型、小型で比較的境界明瞭である点がこれまで他の動物種で報告されているそれとは異なっていた。今回の検索でネコおよびフタコブラクダに老人斑が確認されたことによって、これまで知られているより多くの動物種に老人斑が形成されることが明らかになった。多くの動物種に老人斑が形成され得るという考えは、老人斑の主構成成分であるAのcDNAを比較した場合、齧歯類を除く多くの哺乳動物でホモロジーが高いという事実からも支持される。以上の結果から、それぞれの動物の病理学的特徴を生かしたAの沈着機構の解明へのアプローチが可能であると考えられた。 第二章では、第一章で検索した動物の中で、唯一、家系および繁殖歴が明白である国立予防衛生研究所筑波医学実験用霊長類センターのカニクイザルについて、より詳細な病理組織学的検索を行った。カニクイザルの老人斑は20歳以上の動物に認められ、成熟型老人斑が多く、瀰漫型老人斑は少数であった。老人斑はおおむね年齢の増加に伴い増数する傾向にあったが、最高齢動物(29才)の老人斑は少数であった。このことは、一般的な傾向とは別に、老人斑の出現頻度に個体差が強く影響することを示唆している。成熟型老人斑は側頭葉の扁桃核と上および下側頭回を中心に分布していたが、瀰漫型老人斑の分布には一定の傾向は認められなかった。また、毛細血管へのアミロイド沈着は成熟型老人斑が密に分布する部位に観察され、両者の近接する像がしばしば観察されことから、両者は非常に密な関係にあることが示唆された。 免疫組織化学的には、A1-40ペプチドに対するポリクローナル抗体とA8-17ペプチドに対するモノクローナル抗体との反応性が異なることが明らかになった。すべての瀰漫型老人斑と一部の成熟型老人斑がモノクローナル抗体では染色されなかった。この原因は不明であるが、A抗体の認識するエピトープの違いが染色性に影響することが明らかになった。 Aの沈着機構を解明するための動物モデルの確立には、その動物の遺伝的背景が明らかであることが重要であり、本研究で家系の明らかなカニクイザルの病理組織学的所見を詳細に検索したことにより、今後、病理組織変化に対応した横断的な遺伝解析、およびそれらの子孫に対する系列的遺伝解析に対応できると考えている。 第三章では、老人斑および脳血管アミロイドの様々な構成成分について検索を行った。最近その遺伝子が危険因子として知られているApo Eは、Aと同様の局在性を示すことが明らかになった。成熟型老人斑では強陽性像を示し、瀰漫型老人斑でも微弱な陽性像が確認された。瀰漫型老人斑はA沈着の初期像と考えられていることから、Apo EはAの初期沈着に重要な役割を担っているとともに、amyloid fibrilの成熟に重要な役割を果たしていることが推測された。1アンチキモトリプシン(ACT)も成熟型老人斑ではAと同様の局在性を示したが、瀰漫型老人斑では染色されなかった。ヒトのすべての老人斑でACTが認められているが、イヌの老人斑にはACTの沈着が確認されていない。これらの検索ではいずれも、ヒトのACTを免疫抗原として作製された抗体を使用しており、ACT抗体が動物種間で交差性に乏しいことが推測される。一方、成熟型老人斑の腫大神経突起では、ヒトと同様にAPP、微小管関連タンパク2(MAP-2)およびユビキチン(Ub)が認められ、これらの蛋白質の出現はAの神経毒性により引き起こされたものと考えられた。タウはヒトの腫大神経突起に認めらるが、カニクイザルには認められなかった。老人斑でのタウ出現にはヒトと同様の長い経過時間が必要か、もしくはその出現がヒト特有の現象であると考えられた。成熟型老人斑の周囲にはしばしばGFAP陽性のアストログリアとその突起が観察された。この変化はAの神経毒性に起因する腫大神経突起に対する反応性変化と考えられた。 さらに、Aの性状を明らかにするためにc末端が異なるAのサブタイプ、A40およびA42(43)、を検出するモノクローナル抗体を使用した免疫組織化学的検索を行った。A42(43)はすべての型の老人斑に沈着していたが、A40はすべての瀰漫型老人斑と約2/3の成熟型老人斑には認められなかった。一方、血管アミロイド沈着部では毛細血管にA42(43)が高頻度に観察され、髄膜及び実質動脈にはA40がしばしば認められた。A42(43)陽性の成熟型老人斑と毛細血管は組織学的に近接して観察され、両者の間に密接な関係があることが示唆された。これは、第二章で述べた組織学的所見に基づく推測を生化学的に支持するものである。 各種動物の老人斑に関する比較病理組織学的研究から、サルは老人斑と血管アミロイド症の相互関係を明らかにするために、イヌは瀰漫型老人斑の成因を明らかにするために、ネコは瀰漫型老人斑とは異なったAの初期沈着を明らかにするためにそれぞれ非常に優れたモデルであることが明らかになった。また、家系及び繁殖歴の明らかなカニクイザルの病理組織学的所見を明らかにすることによって、この動物モデルは今後の遺伝学的解析に寄与できるものと考えられた。最近、アルツハイマー病に関連するいくつかの新たな遺伝子が発見されている。これらの遺伝子にコードされる蛋白質が老人斑および血管アミロイド症の形成にどのように関わっているかは、まだに不明である。今後、このカニクイザルのモデルは、老人斑形成およびA沈着に関するこれらの新たな遺伝子の役割を解明するためにも寄与できるものと考えている。 | |
審査要旨 | 本研究では、老齢カニクイザル、イヌ、ネコおよびフタコブラクダの老人斑および血管アミロイド症の比較病理学的検索を行うと同時に、カニクイザルについては、家系およびすべての繁殖歴が明らかな動物を用いて、老人斑および血管アミロイド症のより詳細な病理組織学的および免疫組織化学的研究を行った。 第一章では、老人斑および血管アミロイド症の出現がすでに知られているカニクイザルおよびイヌ、これまでそれらの出現が報告されていないネコおよびフタコブラクダの脳を検索し、それぞれの動物の老人斑と血管アミロイド症を比較病理組織学的に検討した。老齢カニクイザルにはヒトと同様に成熟型老人斑と瀰漫型老人斑が認められ、前者の方が多く観察された。血管アミロイド沈着はその多くが毛細血管に認められ、しばしば成熟型老人斑と近接している像が観察された。イヌの老人斑も同様にヒトの形態に一致するものであったが、サルとは異なり瀰漫型老人斑が高頻度に認められた。また血管へのアミロイド沈着は髄膜血管に頻繁に観察された。ネコの老人斑は18歳以上の著しい高齢動物にのみ認められ、これまで報告されているいずれの型の老人斑とも異なり、境界不明瞭なまばらで細かな細線維状構造を呈していた。また、A沈着が老人斑形成部以外にも認められた。このネコの所見は瀰漫型老人斑とは異なるAの初期沈着像であると考えられた。フタコブラクダの老人斑の多くは瀰漫型老人斑に分類されるものと考えられたが、円型、小型で比較的境界明瞭である点が他の動物種での報告とは異なっていた。今回の検索でネコおよびフタコブラクダに老人斑が確認されたことによって、より多くの動物種に老人斑が形成されることが明らかになった。 第二章では、カニクイザルの老人斑を詳細に調べた。カニクイザルの老人斑は20歳以上で認められ、おおむね年齢の増加に伴い増数する傾向にあった。成熟型老人斑が多く、瀰漫型老人斑は少数であった。成熟型老人斑は側頭葉の扁桃核と上および下側頭回を中心に分布していたが、瀰漫型老人斑の分布には一定の傾向は認められなかった。また、毛細血管へのアミロイド沈着は成熟型老人斑が密に分布する部位に観察され、両者の近接する像がしばしば観察されたことから、両者は非常に密な関係にあることが示唆された。 第三章では、カニクイザルの老人斑および脳血管アミロイドの構成成分について検索を行った。最近その遺伝子がアルツハイマー病の危険因子として知られているApoEは、Aと同様に分布し、成熟型老人斑では強陽性像が、瀰漫型老人斑でも微弱な陽性像が確認された。瀰漫型老人斑はA沈着の初期像と考えられていることから、ApoEはAの初期沈着およびamyloid fibrilの成熟において重要な役割を果たしていることが推測された。1アンチキモトリプシンも成熟型老人斑ではAと同様の局在性を示したが、瀰漫型老人斑では染色されなかった。一方、成熟型老人斑の腫大神経突起では、ヒトと同様にAPP、微小管関連タンパク2およびユビキチンが認められたが、これらの蛋白質の出現はAの神経毒性により引き起こされたものと考えられた。タウはヒトの腫大神経突起に認められるが、カニクイザルには認められなかった。成熟型老人斑の周囲にはしばしばGFAP陽性のアストログリアとその突起が観察された。この変化は腫大神経突起に対する反応性変化と考えられた。さらに、A性状を明らかにするためにC末端が異なるAのサブタイプ、A40およびA42(43)、を検出するモノクローナル抗体を使用した免疫組織化学的検索を行った。A42(43)はすべての型の老人斑に沈着していたが、A40は瀰漫型老人斑すべてと約2/3の成熟型老人斑で陰性であった。一方、血管アミロイド沈着部では毛細血管にA42(43)が高頻度に観察され、髄膜及び実質動脈にはA40がしばしば認められた。A42(43)陽性の成熟型老人斑と毛細血管が組織学的に近接して観察され、両者の間に密接な関係があることが示唆された。 以上、本研究によって、サル、イヌ、ネコは老人斑の生成機序を明らかにするための非常に優れたモデルであることが明らかになった。このような家系および繁殖歴の明らかなカニクイザルの老人斑、脳血管アミロイド症の研究は、ヒトアルツハイマー病の遺伝学的解析に多くの知見を提供することが期待される。よって審査委員一同は、申請者が博士(獣医学)の学位を受けるにふさわしいと判定した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54531 |