Bacterial translocation(BTL)とは、腸管内に生息する細菌が宿主側の条件の変化により、腸管内から腸管上皮を通過し腸管以外の臓器へ移行する現象である。その原因となる生体側の要因は複雑であり、特定菌種の腸内異常増殖、腸管粘膜バリヤーの物理的崩壊、免疫能の低下、さらに重度の火傷や出血、糖尿病などの全身性消耗性疾患により引き起こされると言われている。 本研究では、この様な宿主側の多くの要因のうち、免疫機能の役割とBTLとの関係について検討を行った。近年、パイエル氏板(PP)や腸管粘膜固有層における免疫担当細胞の役割や、腸管吸収上皮間に多数存在するリンパ球の特性に関して多くの研究がなされているが、BTLとこれらの腸管免疫系との関連を調べた研究は少なく、BTLと免疫系との関係はいまだに明かではない。これまで、ヌードマウス(nu/nu)はヘテロ(nu/+)に比べて高いBTLを生じることや、Propionibacterium acnesをSPFマウスに接種するとBTLが抑制され、無菌マウス(germfree mouse、GFマウス)にP.acnesを接種してもBTLは抑制されないことなどが現象的に知られているが、その原因については十分に明らかにされてはいない。腸管免疫担当細胞のなかでもPPに存在するM細胞やマクロファージは腸管内の細菌を採取する働きが知られており、これらの細胞の働きがBTLの原因の一つとなっている可能性がある。本研究では、これら腸管免疫系細胞の中でも特にPPのM細胞とマクロファージに的をしぼり、これらの細胞がBTLに関して果たしている役割について検討した。 第一章では、免疫抑制剤であるcyclophosphamide(CY)を投与して免疫抑制マウスと免疫昂進マウスを作製し、マウスの免疫状態の変化ならびにBTLの変化について検討した。これらの免疫抑制マウスおよび免疫昂進マウスにpenicillinとstreptomycinを飲水から投与することにより腸内細菌叢を排除し、その後、E.coli C-25を単独投与してBTLを誘発させた。菌投与4日後にマウスを屠殺して腸間膜リンパ節(MI,N)を採取し、MLNに移行した菌数を測定した。免疫能の状態は、血中白血球数の増減を計測することにより調べた。その結果、CY投与8日目には血中白血球数が減少し、同時にBTLも減少した。CY投与14日目には血中白血球数は増加し、同時にBTLも上昇した。さらに、CY投与16日目には血中白血球数は投与0日目の水準まで減少し、BTLもまた0日目の水準まで減少した。その原因について、M細胞とマクロファージに注目し、走査型電子顕微鏡と透過型電子顕微鏡によるPPの観察を行った結果、CY投与8日目の免疫抑制状態ではPPは顕著に萎縮し、M細胞数も顕著に減少した。また、通常の状態ではM細胞に内包されているリンパ球やマクロファージの数も減少した。しかしながら、免疫抑制状態から回復するCY投与14日目には、M細胞の数およびそれが内包する免疫担当細胞数が増加したが、M細胞数は0日目の水準には回復せず、BTLとの間に乖離が見られた。CY投与16日目にはBTLは0日目の水準にまで減少したが、M細胞数は増加を続けた。これらの結果から、BTLにはM細胞以外に他の要因が関係することが示唆された。血中白血球数の増減がBTLの増減と一致することから血中単球の関与が考えられ、PPマクロファージがPPで細菌を貪食し、そのままMLNへと移行する結果BTLが発生するとの仮説もあり、マクロファージ/単球系細胞のBTLへの関与が強く示唆された。 第二章では、マクロファージの機能に差があると言われるC57BL/6 BcgrとBcgsのcongenicマウスを用い、BTLを検索した。このマウスはマクロファージが感染の防御において重要な働きをすると考えられているMycobacteriumやSalmonella typhimurium等の感染に対して、明かな感受性の違いが見られ、Bcgrマウスはこれらの感染に対して抵抗性を持ち、Bcgsマウスは感受性があると言われている。今回の実験ではBcgrマウスではBcgsマウスの約8倍のBTLが生じ、この結果、マクロファージがBTLに関与しているのが明らかとなった。さらに、これまで考えられてきたのとは異なり、感染への抵抗性の高い系統のマウスで高いBTLが生じ、感染に感受性のある系統で低いBTLが生じたことから、マクロファージとBTLとの関係は、Mycobacteriumにおけるマクロファージの役割とは異なるメカニズム、あるいは異なる種類のマクロファージが関与していることが示唆され、PPに存在するマクロファージの機能的解析が必要となった。 第三章では、BTLへの関与が考えられるPPとMLNのマクロファージに焦点を当て、その貪食と殺菌の機能についてin vitroでのアッセイ系を確立した。PPおよびMLNのマクロファージは酵素処理により採取した。同定はギムザ染色により形態的に行い、12-wellのslide chamberに接種して付着させた。抗Gr-1モノクローナル抗体とウサギ血清処理により顆粒球を排除した後、E.coli C-25を菌:マクロファージ比100:1の割合でwellに接種した。貪食後、gentamycin処理により細胞外の菌を除去し、Triton-X/PBSで細胞を破砕してDHL寒天培地に接種した。生じたコロニーを計測し、これを0時間でのマクロファージの貪食を示す値とした。1時間後に同じ手順を繰り返し、1時間後の値と0時間の値との差をマクロファージの殺菌能と見なした。この系を用いてPP、MLNのマクロファージを調べ、腹腔マクロファージと比較した結果、PPマクロファージの貪食能は腹腔マクロファージに比べて非常に弱く、殺菌能を欠如していることが示された。MLNマクロファージは、貪食、殺菌能ともにPPマクロファージと腹腔マクロファージの中間の値を示した。PP、MLN、腹腔マクロファージにslide chamber上で菌を貪食させ、ホルマリン固定後ギムザ染色をほどこし、貪食された菌数ならびに貪食したマクロファージの数を数えた。その結果、上記の結果と同じく腹腔マクロファージに比べて顕著に低いPPマクロファージの貪食能が確認された。MLNマクロファージは染色標本での結果においても腹腔マクロファージとPPマクロファージの中間の値を示した。PPマクロファージの低い貪食、殺菌能の原因に関しては不明であるが、腸管からもたらされる日常的な抗原との接触が抑制的な作用を及ぼしていることも考えられる。また、PPマクロファージの貪食能は、菌:マクロファージ比を増加すると菌を貪食したマクロファージの割合も顕著に上昇したことから、PPマクロファージの多くは潜在的には貪食能を有していると考えられる。さらに、PPマクロファージとBTLとの関連においては、これらのマクロファージの弱い殺菌活性の結果、貪食された菌が生残し、BTLとして検索されることが考えられ、前述したPPマクロファージのMLNへの菌のcarrierとしての役割を強く裏付ける結果であると思われた。 第四章では第三章で確立した貪食、殺菌アッセイ系を用いて、P.acnes投与マウスや、CY投与マウスのPP、MLN、腹腔マクロファージの貪食と殺菌能を測定した。その結果、P.acnes役与群ではPPマクロファージの貪食、殺菌能の昂進が見られ、特に殺菌能の上昇は顕著であった。P.acnesをSPFマウスに接種するとBTLが抑制されることが知られており、この現象は、今回見られたP.acnes接種マウスのPPマクロファージの殺菌能の上昇によるものであることが示唆された。さらに、CY投与群のPP、MLN、腹腔マクロファージについて調べた結果、第一章で示した血中白血球数とBTLとの相関がPPにおけるマクロファージ数ときわめて良く一致することが示された。一方、CY投与後の各群でPPマクロファージの貪食と殺菌能には差が見られなかった。従って、CYによるBTLの増減は、PPマクロファージの機能的変化によるものではなく、PPへ流入する血中単球数の増減によって生じるものであることが考えられた。このことは、血中単球が菌のcarrierとして働く結果BTLが生じるという仮説を強く裏付けるものであると考えられた。一方、GFマウスのPPにはほとんどマクロファージが存在しないこと、GFマウスにE.coli C-25を接種したex-GFマウスでもPPマクロファージは増加しないこと、さらにこれらのマウスにP.acnesを投与しても結果は変わらないことから、GFマウスにP.acnesを投与してもBTLにはほとんど影響を及ぼさないことを考え合わせ、GFマウスで生じるBTLにはPPマクロファージの関与は少なく、SPFマウスにみられるBTLとは異なるメカニズムで起こることを示唆した。 今回、in vitroでの腸管免疫系のマクロファージの貪食、殺菌能のアッセイ系を確立し、PPにおけるマクロファージの役割を明らかにしたことは、BTLの研究に新たな方向性を示したものと考える。また、同じマクロファージでも、PPに存在するものと、MLNに存在するものでは機能面で異なることが示された。今後は、リンパ系細胞、特にT細胞との関係を明らかにする必要があろう。 |