学位論文要旨



No 111994
著者(漢字) カモルチャイ,トロンヴァニッナム
著者(英字)
著者(カナ) カモルチャイ,トロンヴァニッナム
標題(和) 血管拡張薬慢性経口投与後の血管平滑筋収縮性の変化に関する研究
標題(洋) Studies on the effects of chronic oral administration of vasodilators on in vitro contractility of arterial smooth muscle
報告番号 111994
報告番号 甲11994
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1710号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 菅野,茂
 東京大学 助教授 西原,真杉
 東京大学 助教授 尾崎,博
内容要旨

 薬理学の一つの目的は、薬物の作用点を解明することである。このために動物への薬物投与、あるいは摘出臓器・組織への薬物の投与が行われ、その反応が測定されている。このような目的で行われる薬物投与は比較的短時間で終了する。他方、毒科学の分野では、薬物の副作用の有無の検討を目的として薬用量より高濃度の薬物を長期間投与し、主に動物の死亡率と臓器、組織の形態学的変化が検討されている。このような高濃度の薬物の長期曝露は、臓器・組織の機能にも影響を与える可能性がある。

 ニトログリセリンやイソソルビドジニトレートなどの亜硝酸化合物は、古くから知られている血管拡張薬であるが、現在でも狭心症や鬱血性心不全なと多くの心血管障害に用いられている。これらの薬物は細胞内cGMPを増加させることにより細胞内Ca2+濃度を減少させ、さらに収縮タンパク系のCa2+感受性を減少させることで血管収縮を抑制する。しかし亜硝酸化合物を長期にわたり投与された患者では、亜硝酸化合物による治療効果が低下することが知られ、これがこの薬物の治療薬としての限界になっている。生体内で起こる耐性は、摘出血管を用いた試験管内の反応でも再現され、血管を亜硝酸化合物で長期間処置すると、その後の亜硝酸化合物に対する感受性が低下することも知られている。

 亜硝酸化合物以外の血管拡張薬も長期に投与されることが多い。レブクロマカリムなどのK+チャネル開口薬、亜硝酸化合物とK+チャネル開口薬の作用を合わせ持つニコランジルなども、長期に投与した場合には耐性が発現することが報告されている。このように薬物を長期投与して耐性を起こした動物から摘出した血管は、薬物に対する反応性が変化している可能性が高い。しかもその変化は、薬物の作用点に起こる可能性が高いと考えられる。従って、薬物耐性が起こる部位を特定することは、薬物の作用点の解明に直結する可能性がある。

 本研究は、この可能性を検討するために、薬物として代表的血管拡張薬であるイソソルビドジニトレート、レブクロマカリム、ニコランジンル、電位依存性Ca2+チャネル阻害薬であるベラパミルを選び、これら血管拡張薬を長期投与した後に血管収縮がどのように変化するかを知ることを目的とした。

第1章イソソルビドジニトレート長期経口投与の影響

 ラットにイソソルビドジニトレートを1日3回、3日から2週間経口投与し、最終投与の12時間後に胸部大動脈を摘出して実験に使用した。ノルエピネフリン収縮に対するイソソルビドジニトレートの抑制作用は、イソソルビドジニトレート(90mg/kg/day)を3日間経口投与しても変わらなかったが、2週間投与により有意に減弱した。低濃度イソソルビドジニトレート(3mg/kg/day)の2週間経口投与ではこのような差は認められなかった。一方、90mg/kg/dayを2週間経口投与しても、ニトロプルシドや膜透過性cGMPアナログの8-bromo-cGMP、レブクロマカリム、ベラパミルのノルエピネフリン収縮抑制作用にはほとんど変化が認められなかった。またノルエピネフリンに対する感受性および絶対張力にも変化が認められなかった。イソソルビドジニトレートは細胞内でNOを放出し、これがグアニル酸シクラーゼを活性化し、cGMPを増加させ、弛緩作用をもたらすと考えられている。高濃度(90mg/kg/day)イソソルビドジニトレートの長期投与による耐性には、インソルビドジニトレートからのNO産生過程に脱感作が起こる可能性が考えられた。

第2章レブクロマカリム長期経口投与の影響

 ラットに高濃度レブクロマカリム(2.25mg/kg/dayを1日3回に分割投与)を2週間経口投与すると、レブクロマカリムのノルエピネフリン収縮抑制作用は有意に抑制された。さらにニトロプルシドや8-bromo-cGMPの抑制作用も減弱したが、フォルスコリンやベラパミルの作用は変わらなかった。一方、高濃度K+、ノルエピネフリン、テトラエチルアンモニウムの収縮作用は増強(感受性の増加)された。レブクロマカリム長期投与は、非選択的ホスホジエステラーゼ阻害薬である3-イソブチル-1-メチルキサンチンやニトロプルシドによる細胞内cGMP量の増加には影響しなかった。15.4mMK+の投与により膜を軽度に脱分極させると、レブクロマカリムやニトロプルシド、8-bromo-cGMPのノルエピネフリン収縮抑制作用は減弱し、これらの弛緩薬がK+チャネルを開口して膜を過分極させる作用を持つことが示唆された。また、15.4mMK+投与により、ノルエピネフリンへの感受性は増加した。本態性高血圧ラットに高濃度レブクロマカリムを投与すると、大動脈は自発性収縮を発生し、この収縮はベラパミルにより抑制された。対照の本態性高血圧ラットの大動脈ではこのような自発性収縮は観察されなかった。

 以上の結果、高濃度レブクロマカリムの長期投与により、おそらくK+チャネルの薬物への反応性が低下し、その結果、レブクロマカリムやcGMP関連薬物の弛緩作用を減弱させるとともに、K+チャネルが閉鎖し、膜が脱分極して収縮薬の作用を増強させるものと考えられた。しかし、低濃度レブクロマカリム(0.45mg/kg/day)では、2週間経口投与してもこのような作用は認められなかった。

第3章ニコランジルの長期投与の影響

 高濃度ニコランジル(60mg/kg/dayを1日2回に分割投与)を4週間経口投与すると、ニコランジルのノルエピネフリン収縮抑制作用は有意に低下した。低濃度ニコランジル(2mg/kg/day)投与ではこのような作用は認められなかった。グアニル酸シクラーゼを活性化するニトロプルシド、NO、内皮由来血管弛緩因子あるいは8-bromo-cGMPの作用も、高濃度のニコランジル投与により抑制された。さらにレブクロマカリムの作用も抑制されたが、ベラパミルの作用には影響しなかった。一方、ノルエピネフリンに対する感受性や絶対張力の大きさは、ニコランジル投与により変化しなかった。ニコランジルおよびニトロプルシドによる細胞内cGMPの増加は、ニコランジル投与により抑制された。

 これらの結果から、高濃度ニコランジル投与はグアニル酸シクラーゼを抑制するだけでなく、cGMP産生以後の経路も抑制することが示された。また、K+チャネルの薬物に対する感受性も抑制される可能性が示された。

第4章ベラパミルの長期経口投与が摘出ラット血管の収縮性に及ぼす影響

 高濃度ベラパミル(15mg/kg/dayを1日3回に分割投与)を4週間経口投与したが、ベラパミルやニトロプルシド、レブクロマカリム、ニコランジルによるノルエピネフリン収縮抑制作用には影響を与えなかった。このため、ベラパミルの長期経口投与は電位依存性Ca2+チャネルを変化させず、またcGMPやK+チャネルを介する血管拡張作用にも影響を与えないことが示唆された。

 本研究の結果は、薬物を高濃度、長期間投与するとその作用点あるいはその薬物が活性な型に変化する過程を脱感作することがあることを示す。従って、この方法は薬物の作用点の特定に極めて有用であると考えられる。

審査要旨

 薬理学の一つの目的は、薬物の作用点を解明することである。このために動物への薬物投与、あるいは摘出臓器・組織への薬物の投与が行われ、その反応が測定されている。このような目的で行われる薬物投与は比較的短時間で終了する。他方、幾つかの薬物は長期投与により耐性を生じるが、このように耐性を起こした動物から摘出した血管は、薬物に対する反応性が変化している可能性が高い。しかもその変化は、薬物の作用点に起こる可能性が高い。従って、耐性が起こる部位を特定することは、薬物の作用点の解明に直結する可能性がある。

 本研究は、この可能性を検討することを目的として、薬物として代表的血管拡張薬であるイソソルビドジニトレート(ISDN)、レプクロマカリム(LCK)、ニコランジル(NIC)および電位依存性Caチャネル阻害剤のベラパミル(VER)を反復投与した後に血管収縮がどのように変化するかを検討している。

第1章ISDN長期経口投与の影響

 ラットにISDN(90mg/kg/day)を2週間経口投与し、最終投与の12時間後に胸部大動脈を摘出して実験に使用した。ノルエピネフリン収縮に対するISDNの抑制作用は、2週間投与により有意に減弱した。一方、ニトロプルシドや膜透過性cGMPアナログの8-Br-cGMP、LCK、VERのノルエピネフリン収縮抑制作用にはほとんど変化が認められなかった。ISDNは細胞内でNOを放出し、これがグアニル酸シクラーゼを活性化し、cGMPを増加させ、弛緩作用をもたらすと考えられている。ISDNに対する耐性には、ISDNからのNO産生過程に脱感作が起こる可能性が考えられた。

第2章LCK長期経口投与の影響

 ラットに高濃度LCK(2.25mg/kg/day)を2週間経口投与すると、LCKのノルエピネフリン収縮抑制作用は有意に抑制された。さらにニトロプルシドや8-Br-cGMPの抑制作用も減弱したが、フォルスコリンやVERの作用は変わらなかった。一方、LCK反復投与は細胞内cGMP量の増加には影響しなかった。カリウムイオン(K)の投与により膜を軽度に脱分極させると、LCKやニトロプルシド、8-Br-cGMPのノルエピネフリン収縮抑制作用は減弱し、これらの弛緩薬がKチャネルを開口して膜を過分極させる作用を持つことが示唆された。以上の結果、高濃度LCKの反復投与により、おそらくKチャネルの薬物への反応性が低下し、その結果、LCKやcGMP関連薬物の弛緩作用を減弱させるとともに、Kチャネルが閉鎖し、膜が脱分極して収縮薬の作用を増強させるものと考えられた。

第3章NICの長期投与の影響

 高濃度NIC(60mg/kg/day)を4週間経口投与すると、NICのノルエピネフリン収縮抑制作用は有意に低下した。グアニル酸シクラーゼを活性化する薬物あるいは8-Br-cGMPの作用も、高濃度のNIC投与により抑制された。さらにLCKの作用も抑制されたが、VERの作用には影響しなかった。NICおよびニトロプルシドによる細胞内cGMPの増加は、NIC投与により抑制された。これらの結果から、高濃度NIC投与はグアニル酸シクラーゼを抑制するだけでなく、cGMP産生以後の経路も抑制することが示された。また、Kチャネルの薬物に対する感受性も抑制される可能性が示された。

第4章VERの長期経口投与の影響

 高濃度VER(40mg/kg/day)を投与すると1週間以内に動物は死亡した。より低濃度(15mg/kg/day)を4週間経口投与したが、VERやニトロプルシド、LCK、NICによるノルエピネフリン収縮抑制作用には影響を与えなかった。このため、高濃度VERの経口投与は電位依存性Caチャネルを強く抑制し、これを脱感作した結果、あるいは逆に脱感作されないために動物は死ぬものと考えられた。動物が死なない程度の量のVERの反復投与はcGMPやKチャネルを介する血管拡張作用にも影響を与えないことが示唆された。

 以上を要約すると、本研究の結果は、高濃度の薬物を反復投与すると、その作用点あるいはその薬物が活性な型に変化する過程を脱感作することを示し、この方法が薬物の作用点の特定に極めて有用であることが明らかとなった。これらの成績は学術上、応用上貢献するところが少なくなく、よって審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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