学位論文要旨



No 111996
著者(漢字) マルセロ リカルド ペコラロ
著者(英字) Marcelo Ricardo Pecoraro
著者(カナ) マルセロ リカルド ペコラロ
標題(和) ネコT細胞表面抗原CD8分子に関する研究
標題(洋) Studies on the Feline T-Cell Surface Antigen CD8 Molecule
報告番号 111996
報告番号 甲11996
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1712号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 教授 大塚,治城
 東京大学 教授 小野寺,節
内容要旨

 CD4とCD8は細胞表面糖蛋白であり、胸腺と成熟T細胞に発現されている免疫グロブリンスーパーファミリーに属し、T細胞抗原レセプター(TcR)のco-receptorとして機能している。成熟T細胞はCD4あるいはCD8分子の発現により機能的に2つに分けられる。CD4陽性成熟T細胞は主要組織適合複合体(MHC)class IIに拘束され、結合し、一方、CD8陽性成熟T細胞はMHC class Iに拘束され、かつ結合することが知られている。これらの糖蛋白はT細胞を活性化することより"補助分子(accessory molecules)"と呼ばれ、またT細胞分化におけるその発現様式から"分化抗原(differentiation antigens)"と呼ばれている。

 CD8は胸腺細胞と成熟T細胞においてホモ二量体あるいはヘテロ二量体として発現される。しかし、ほとんどの末梢CD8陽性T細胞はCD8ヘテロ二量体のみを発現している。ヒトのCD8ポリペプチドは単一ポリペプチド鎖から成るホモ二量体あるいはホモ多量体として成熟T細胞に存在すると考えられていたが、1988年に鎖のcDNAクローンが単離され、ヘテロ二量体の存在が示された。マウスのCD8ポリペプチドLyt-2,3は’、鎖の3つの異なる分子から構成される。これらの3つの分子はジスルフイド結合して、あるいはヘテロ二量体、そして多量体を形成している。1986年にラットのCD8鎖の遺伝子が胸腺細胞からクローニングされ、その遺伝子は免疫グロブリンスーパーファミリーの抗原レセプタ-J断片と高い相同性を有していた。このことは、これらのCD8分子とTcRの2つの鎖は、共通の分子から由来していることを示している。最近、ウシのCD8鎖がウシの胸腺由来cDNA libraryから同定され、その糖蛋白はヒトのCD8鎖と61%の相同性を有していた。

 CD8を認識する抗体はT細胞による細胞傷害性の最初の過程であるeffector-target複合体の形成を阻害することより、CD8抗原はT細胞による細胞傷害性において重要な役割を担っていると考えられている。CD8遺伝子の導入により細胞傷害性T細胞ハイブリドーマとその標的細胞との相互作用の結合活性が増し、T細胞複合体の反応性が増強される。

 CD8鎖はMHCclassIの3ドメインに結合するばかりでなく、CD8鎖の細胞質内領域を介したシグナル伝達がポジティブ選択に要求されるため、CD8の機能的解析は、胸線分化において特異的な役割を担っている鎖の効果に集中していた。しかし、CD8鎖のノックアウトマウスにおいて末梢CD8陽性T細胞が殆どなくなるため、CD8鎮はCD8陽性T細胞の成熟において必須であることが示された。更に、CD8transfectantあるいはCD8鎖の細胞外領域と鎖の膜貫通領域と細胞質内領域の融合体はCD8atransfectantよりもインターロイキン-2の産生が多かったことより、CD8鎖は免疫学的に重要な役割を担っていることが示唆された。

 ネコ免疫不全ウイルス(FIV)の発見、そしてFIVはヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)と生物学的あるいは遺伝子レベルで多くの相同性を有していることから、FIVは後天性免疫不全症候群(AIDS)の重要なモデルとして考えられている。HIVのレセプターがCD4分子であることより、ネコのCD4分子がFIVのレセプターとして機能するか否かが研究されてきた。しかし、FIVはin vitroでCD4陽性Tリンパ球とCD8陽性Tリンパ球両方に感染することが報告され、また我々はネコのCD4(fCD4)をコードする遺伝子をクローニングし、その発現がリンパ向性FIVの感染に必須でないことを報告した。このことはFIVのレセプターは、HIVとは異なりCD4ではない可能性を示唆している。近年、FIVのレセプターとしてCD9分子である可能性が報告されている。一方、FIV感染ネコにおいてCD4陽性細胞の減少、末梢血単核球における表面抗原の発現異常などの免疫系の重篤な傷害が見られる。更に、感染ネコにおけるCD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞の割合(CD4/CD8 ratio)の減少、そして感染の経過とともにCD8陽性リンパ球の急激な増加が観察されることから、CD8分子のFIV感染における重要性が明らかである。そこで、FIVの急性あるいは慢性FIV感染における細胞傷害性Tリンパ球(CTL)応答の研究、あるいは持続感染細胞に対する細胞性免疫を刺激するウイルス因子の同定を目的に、ネコT細胞表面抗原CD8分子の研究を行った。

 本研究は3章より構成される。

第1章ネコのCD8鎖をコードするcDNAのクローニングと同定、並びにその発現

 ネコの胸腺から抽出したmRNAを鋳型にcDNA libraryを作製し、マウスのCD8鎖をコードするcDNA(Lyt-2)をプローブとして、less stringentな条件下でプラークハイブリダイゼーションを行った。その結果、4つのクローンが単離され、そのうちの1クローン、FT8-10のシークエンス解析並びにその発現を検討した。シークエンス解析の結果、FT8-10は239アミノ酸残基をコードする717塩基からなるオープンリーディングフレーム(ORF)を有していた。塩基配列から予測されるCD8分子には疎水性の高いleader(L)領域と膜貫通(TM)領域が存在し、膜蛋白の性状を有していた。N-リンクの糖鎖付加部位は存在しなかった。アミノ酸配列を他の動物のCD8と比較した結果、ヒトのCD8(Leu-2)と65.6%、ウシのCD8(BoCD8)と62.3%、ラットのCD8(OX8)と51.0%、マウスのCD8(Lyt-2)と49.3%の相同性を有していた。特にL、TM、細胞内(CY)領域には高い相同性が見られた。免疫グロブリン構造を形成し、ジスルフィド結合して二量体あるいは多量体の形成に関与していると考えられているシステイン残基は良く保存されていた。シグナル伝達に関与している蛋白p56lckが結合するコンセンサス配列Cys-Lys-Cys-ProはすべてのCD8に保存されていた。FT8-10 cDNAをプローブとして用いてノーザンブロット解析を行った結果、ConA刺激したネコの末梢血リンパ球から抽出されたRNAにおいて2.6と1.2kbの二つのバンドが検出された。コントロールとして用いたネコ腎由來CRFK細胞からはバンドは検出されなかった。発現プラスミドpME18SにFT8-10由来のNcoI-XhoI断片を挿入したプラスミドpMSFT8-10を作製し、COS-7細胞に導入してその発現を検討した結果、ヒトのCD8に対するモノクローナル抗体OKT8と反応したが、ネコのCD8を認織するモノクローナル抗体FT-2とは反応しなかった。また、発現プラスミドpRVSVにFT8-10由来のNcoI-SalI断片を挿入したプラスミドを作製し、ネコ腎由来CRFKf細胞に導入してその発現を検討したところ、陽性細胞率は低かったがCOS-7細胞と同様の結果が得られた。この結果、ネコのCD8に対するモノクローナル抗体FT-2はCD8鎖単独を認識できないことが示された。

第2章ネコのCD8鎖を安定に発現する形質転換細胞の作出

 第1章で同定したネコのCD8鎖を更に解析する目的で、CD8を安定に発現するネコ腎由来CRFK細胞の作出を検討した。

 安定発現のために選択マーカーであるネオマイシン耐性遺伝子を含む発現プラスミドpRVSVneoに、ネコのCD8遺伝子を含むNcoI-SalI断片を挿入したプラスミドを作製した。このプラスミドをネコ腎由来細胞であるCRFK細胞に導入した後、ネオマイシン(G418)存在下で培養し、ネオマイシン耐性の細胞を3回クローニングした。その結果、ヒトのCD8鎖を認識するモノクローナル抗体OKT8で70%の陽性率を有する細胞(Cf8)が得られた。この細胞はネコのCD8に対するモノクローナル抗体FT-2では認識されなかった。更に、CD8の発現を確認するためにノーザンブロット解析を行った結果、1.9kbのバンドが検出された。コントロールとして用いたCRFK細胞にバンドは検出されなかった。以上の結果、ネコのCD8鎖を安定的に発現するCRFK細胞は作出されたものと考えられる。

第3章ネコのCD8鎖遺伝子のクローニング

 ヒト、マウス、ラットCD8はジスルフィド結合からなる鎖と鎖のヘテロ2量体を形成している。ネコの免疫系においては、まだCD8鎖の報告しかない。そこでネコのCD8鎖をコードする遺伝子の同定を行った。

 ヒトのCD8鎖をコードする遺伝子をもとに2対のプライマーを設計した。これらのプライマーを用いてネコの胸腺由来cDNA libraryからnested PCRを行った。その結果、約430bpの遺伝子が増幅された。この増幅された遺伝子の塩基配列を決定した結果、ヒトのCD8と83%の高い相同性を有していた。この増幅された遺伝子をプローブとしてネコ胸腺由来cDNA libraryのスクリーニングを行った。その結果、3つのクローンが単離された。3.8kbpのcDNAを含むクローンFTb-6の制限酵素地図を作製し、CD8鎖をコードするORFの塩基配列を決定した。CD8は630塩基がコードする210アミノ酸残基からなっていた。塩基配列から予測されるCD8には疎水性の高いleader(L)領域とTM領域が存在し、膜蛋白の性状を有していた。アミノ酸配列を他の動物のCD8と比較した結果、ヒトのCD8と71.2%、ラットのCD8と54.5%、マウスのCD8(Lyt-3)と48.8%、ニワトリのCD8と32.2%の相同性を有していた。特にJoining領域、TM領域に高い相同性が見られた。また、ネコの末梢血リンパ球からRNAを抽出してノーザンブロット解析を行った結果、約1.7kbのRNAが特異的に検出された。

 以上の結果、得られたcDNAはネコのCD8鎖をコードしているものと考えられた。

 以上の成績から、ネコT細胞表面抗原CD8分子の鎖および鎖の遺伝子が世界に先駆けて単離され、更に今回作出されたCD8を安定に発現しているCf8細胞は、ヒトやマウスでCD8鎖の発現にはCD8鎖の存在が必要であることより、ネコのCD8鎖の発現解析において有用であると考えられる。今後、ネコの免疫系で重要なCD8並びにCD8や我々の教室で得られたネコのCD4の機能解析、FIV感染ネコでのそれぞれのサブセットの役割や相互作用の解明などの研究が進むことが期待される。

審査要旨

 ネコ免疫不全ウイルス(FIV)感染ネコにおいてCD4陽性細胞の減少、抹消血単核球における表面抗原の発現異常などの免疫系の重篤な傷害が見られる。更に、感染ネコにおけるCD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞の割合の減少、そして感染の経過とともにCD8陽性リンパ球の急激な増加が観察されることから、CD8分子のFIV感染における重要性が明らかである。そこで、FIVの急性あるいは慢性FIV感染における細胞傷害性Tリンパ球応答の研究、あるいは持続感染細胞に対する細胞性免疫を刺激するウイルス因子の同定を目的に、ネコT細胞表面抗原CD8分子の研究を行った。本研究は3章より構成される。

 第1章 ネコのCD8鎖をコードするcDNAのクローニングと同定、並びにその発現では、ネコの胸腺から抽出したmRNAを鋳型にcDNA libraryを作製し、マウスのCD8鎖をコードするcDNAをプローブとして、less stringentな条件下でプラークハイブリダイゼーションを行った。その結果、4つのクローンが単離され、そのうちの1クローン、FT8-10のシークエンス解析並びにその発現を検討した。シークエンス解析の結果、FT8-10は239アミノ酸残基をコードする717塩基からなるオープンリーディングフレーム(ORF)を有していた。アミノ酸配列を他の動物のCD8と比較した結果、ヒトのCD8と65.6%、ウシのCD8と62.3%、ラットのCD8と51.0%、マウスのCD8と49.3%の相同性を有していた。FT8-10cDNAをプローブとして用いてノーザンブロット解析を行った結果、ConA刺激したネコの末梢血リンパ球から抽出されたRNAにおいて2.6と1.2kbの二つのバンドが検出された。COS-7細胞並びにネコ腎由来CRFK細胞でネコのCD8鎖を発現した結果、ヒトのCD8に対するモノクローナル抗体OKT8と反応したが、ネコのCD8を認識するモノクローナル抗体FT-2とは反応しなかった。この結果、ネコのCD8に対するモノクローナル抗体FT-2はCD8鎖単独を認識できないことが示された。

 第2章 ネコのCD8鎖を安定に発現する形質転換細胞の作出では、第1章で同定したネコのCD8鎖を更に解析する目的で、CD8を安定に発現するネコ腎由来CRFK細胞の作出を検討した。

 安定発現のために選択マーカーであるネオマイシン耐性遺伝子を含む発現プラスミドpRVSVneoに、ネコのCD8遺伝子を含むNcoI-SalI断片を挿入したプラスミドを作製した。このプラスミドをネコ腎由来細胞であるCRFK細胞に導入した後、ネオマイシン(G418)存在下で培養し、ネオマイシン耐性の細胞を3回クローニングした。その結果、ヒトのCD8鎖を認識するモノクローナル抗体OKT8で70%の陽性率を有する細胞(Cf8)が得られた。この細胞はネコのCD8に対するモノクローナル抗体FT-2では認識されなかった。更に、CD8の発現を確認するためにノーザンブロット解析を行った結果、1.9kbのバンドが検出された。コントロールとして用いたCRFK細胞にバンドは検出されなかった。以上の結果、ネコのCD8鎖を安定的に発現するCRFK細胞は作出されたものと考えられる。

 第3章 ネコのCD8鎖遺伝子のクローニングでは、ヒト、マウス、ラットCD8はジスルフィド結合からなる鎖と鎖のヘテロ2量体を形成していることから、ネコの免疫系においては、まだ報告のないネコのCD8鎖をコードする遺伝子の同定を行った。

 ヒトのCD8鎖をコードする遺伝子をもとに2対のプライマーを設計した。これらのプライマーを用いてネコの胸腺由来cDNA libraryからnested PCRを行った。その結果、約430bpの遺伝子が増幅された。この増幅された遺伝子の塩基配列を決定した結果、ヒトのCD8と83%の高い相同性を有していた。この増幅された遺伝子をプローブとしてネコ胸腺由来cDNA libraryのスクリーニングを行った。その結果、3つのクローンが単離された。3.8kbpのcDNAを含むクローンFTb-6の制限酵素地図を作製し、CD8鎖をコードするORFの塩基配列を決定した。CD8は630塩基がコードする210アミノ酸残基からなっていた。アミノ酸配列を他の動物のCD8と比較した結果、ヒトのCD8と71.2%、ラットのCD8と54.5%、マウスのCD8と48.8%、ニワトリのCD8と32.2%の相同性を有していた。また、ネコの末梢血リンパ球からRNAを抽出してノーザンブロット解析を行った結果、約1.7kbのRNAが特異的に検出された。

 以上の結果、得られたcDNAはネコのCD8鎖をコードしているものと考えられた。

 以上の通り、ネコT細胞表面抗原CD8分子の鎖および鎖の遺伝子を世界に先駆けて単離し、ヒトやマウスでCD8鎖の発現にはCD8鎖の存在が必要であることより、今回作出されたCD8を安定に発現しているCf8細胞を用いてネコのCD8鎖の発現解析において有用であると考えられた。これらの知見は学術上貢献するところが少なくない。よって審査一同は、申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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