学位論文要旨



No 111998
著者(漢字) 閔,觀植
著者(英字)
著者(カナ) ミン,カンショク
標題(和) ウマ胎盤ホルモン(絨毛性性腺刺激ホルモンおよびリラキシン)遺伝子のクローニングと遺伝子組換えタンパク質の発現)
標題(洋)
報告番号 111998
報告番号 甲11998
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1714号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 助教授 塩田,邦郎
内容要旨

 胎盤は妊娠維持に必要なホルモンの産生、胎児への栄養の供給、母子間の免疫バリアーとしての機能を担い、胎児の生命維持装置として動物の妊娠維持に必須の役割を果たしている。胎盤は様々なペプチドホルモンに加え、プロラクチン・成長ホルモン様ホルモンおよび黄体形成ホルモン(LH)様ホルモンなど下垂体ホルモンと相同な分子を生合成し分泌している。本論文ではウマ胎盤で発現しているホルモンに焦点を絞り、第1章ではペプチドホルモンであるリラキシンのcDNAクローニングについて、第2章ではサブユニットのヘテロダイマーで糖タンパク質ホルモンであるウマ絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)のcDNAのクローニングについて記した。そして、第3章では第2章で得られたeCG各サブユニットcDNAを同一プラスミド内に組み込んだ発現ベクターを用いて噛乳類細胞で発現させ、生物活性を有するヘテロダイマーを作製した。そして、ポイントミューテーション法により糖鎖付加部位の変異体を作製し、cCG生物活性発現における糖鎖の役割を明らかにした。

第1章 ウマ胎盤Relaxin cDNAのクローニング

 リラキシンは、多くの噛乳類(ウマ、ヒツジ、モルモット、サル、ブタ、ヒト)において、妊娠期の黄体及び胎盤より分泌されるペプチドホルモンである。リラキシンはB鎖/Cペプチド/A鎖よりなる前駆体(プレブロリラキシン)として合成され、プロセッシングによりCペプチド部分が除去され生理学的活性を獲得する。本章ではウマ胎盤よりリラキシンのシグナルペプチドを含む完全長のプレプロリラキシンのcDNAをクローニングした。ウマ胎盤(北海道和種、妊娠70日目)より抽出したmRNAをもとにZAP cDNAライブラリー(Titer5x105)を作成した。スクリーニング/塩基配列決定の結果、ブタのプレプロリラキシンと高い相同性を持つクローン(peRLX5-15)が得られた。cDNAクローン(peRLX5-15)は801bpの塩基対よりなり182のアミノ酸をコードしており、25アミノ酸よりなるシグナルペプチド配列とpoly(A+)配列を含んでいた。データベースを用いて解析した結果、各種動物のリラキシン前駆タンパク質と相同性が高いことが解かった。相同性はそれぞれブタ(75.5%)、サル(67.5%)、ヒト(67.4%)、ラット(60.7%)、マウス(54.6%)であった。他の動物種と比較した結果、ウマリラキシンはCペプチド部分に一つのアミノ酸の挿入、A鎖とCペプチド部分にそれぞれ2つのアミノ酸の欠失が見られた。Northern Blotで解析した結果、異なる大きさのバンド(約1k、約1.8k)及び、Southern Blotの結果複数のバンドが見られた。以上より、ウマプレプロリラキシンの完全長cDNAのクローニングに成功した。

第2章 eCGのcDNAクローニング

 eCGは下垂体のLH、卵胞刺激ホルモン(FSH)、甲状腺刺激ホルモンと同様、及びサブユニットより構成されている糖タンパク質ホルモンである。これまでペプチド部分のみに焦点を当てた研究から、サブユニットのアミノ酸配列は動物種内では共通であるのに対して、サブユニットはホルモン毎に異なり、作用の特異性を持っていると考えられてきた。ところが、ヒト絨毛性性腺刺激ホルモンhCGやヒト黄体形成ホルモンhLHなどでサブユニットの糖鎖を除去すると活性が消失すること、サブユニットともにホルモン毎に異なった糖鎖が付加されていることなど、糖鎖がホルモン機能の特異性に重要な影響を与えていることが明らかになってきた。

 ウマ絨毛性性腺刺激ホルモンeCGは、母体の子宮内膜に侵入した胎児由来の絨毛組織(子宮内膜胚)で合成分泌される。eCG及びサブユニットのcDNAクローニングを試みた。RNAは第1章に記した妊娠70日の北海道和種の胎盤より抽出した。ラット、ヒト、サルのサブユニットの5’-遺伝子配列をもとに設計したミックスプライマーと、すでに報告されたウマサブユニットの終止コドンを含む3’-遺伝子配列をもとに設計したプライマーを用い、胎盤由来のcDNAを鋳型にしたPCRを行い、予想される約387bpの遺伝子断片を得た。この断片の配列を解析した結果、eCGサブユニット遺伝子の全長であることが分かった。この配列は、ヒトと74.2%、ラットと81.5%、マウスと80.0%の塩基配列の相同性があることが明らかになった。

 また、サブユニットについてもすでに報告された塩基配列をもとにPCRを行い、予想される約524bpの遺伝子断片を得た。得られた部分のアミノ酸配列はサラブレットeCGサブユニットと完全に一致する一方、hCGと76.5%、baboonCGとは77.6%の塩基配列の相同性があることが明らかになった。また、ウマ胎盤におけるmRNAレベルでの発現を比べた結果、サブユニットはサブユニットより5倍以上多く発現していることが分かった。したがって、ヒトの胎盤絨毛性性腺刺激ホルモンとは構造、発現調節機構とも異なっていることになる。eCGは分泌初期にはFSH様の作用を、後期にはLH様の作用を示し、それにより妊娠中に二次黄体を形成することが知られている。この遺伝子産物が果たしてLH作用とFSH作用のいずれを強く示すのか、興味深い。

第3章 eCGの遺伝子組換えタンパクの生産とポイントミューテーション法による糖鎖機能の解析

 糖鎖機能を分子レベルで解析するために、第2章でクローニングしたeCGサブユニットとサブユニット遺伝子を用いた組換えeCG発現系を確立した。ベクターはニワトリ-アクチンプロモーターを有し、選別のためのネオマイシン耐性遺伝子を有しているベクターpABWNを用い、CHO細胞にリン酸カルシウム法にて導入した。G418存在下で培養し複数のクローンを得、それぞれの細胞株が野生型eCGおよびサブユニットのmRNAを発現していることを確認した。発現量の多いクローンを用いて培養し、特異抗体を用いてWestern blotを行い、培養上清に糖鎖が付加され、活性を有したeCGが分泌されていることを確認した。

 サブユニットには2カ所(56および82番目)、サブユニットには13番目にN-型糖鎖の結合部位が存在する。また、サブユニットのカルボキシ末端には6〜8ケ所のO-型糖鎖結合部位が存在する。これらの部位のアミノ酸を量換するため、ポイントミューテーション法によりサブユニットの56番目のアスパラギンをグルタミンに置換した変異遺伝体(56/)とサブユニットのO-型糖鎮付加部位を除いた変異遺伝体(/-CTP)を作製した。これらの変異体と野生型eCGを用いて、精巣間質細胞を用いたLH活性測定(テストステロン測定)、および卵巣顆粒膜細胞を用いたFSH活性測定(エストロゲン測定)を行った。その結果、野生型ではLH活性およびFSH活性のいずれも示すが、変異遺伝体(56/)ではLH活性が著しく低下するがFSH活性は低下せずむしろ増加することが明らかになった。ところが、変異遺伝体(/-CTP)ではこれと逆にLH活性はほとんど影響を受けないが、FSH活性は著しく増加することがわかり、eCG糖鎖がLHとFSH活性発現に大きく影響していることがはじめて示された。

まとめ

 ウマ胎盤よりリラキシンとeCGのcDNAをクローニングした。リラキシンは、分娩時の恥骨靭帯の伸張・子宮の収縮阻害・子宮頚部の弛緩を促す等、分娩の成就に必須なホルモンとして知られている。近年、リラキシンは新生児の股関節形成不全の起因因子である可能性が示唆され、その機能に関心が集まっている。ウマの場合でも股関節形成不全の起因因子であるとすると、そのcDNAクローニングの意義は大きい。その塩基配列から明らかになったアミノ酸配列を基にA,B鎖およびCペプチドの特異抗体を作製することで診断に利用することが可能になり、また、遺伝子診断の道も開かれるはずである。

 eCGの糖鎖は細胞間情報伝達系に重要な役割を果たしていることを明らかにした。これまでのeCG分子のペプチド部分の解析を中心にした遺伝子レベルでの研究では、eCGの生物活性の特異性はペプチド部分により決定されていると考えざるを得なかったが、ここで得られた成績は糖鎖の細胞間情報伝達分子としての機能を理解する上で重要である。また、従来、eCG製剤は妊娠馬血清より精製されていたため、製品ロット間で活性が一定せず、使用上、問題があった。そのため遺伝子組換えによる生産も考えられていたが、eCGペプチド上のとの糖鎖が機能しているのか不明であった。本研究でeCGにおける生物活性に必須な糖鎖付加部位と構造が明らかになり、糖タンパク質ホルモンLH活性糖鎖とFSH活性糖鎖を人為的に制御することが理論上、可能となった。

審査要旨

 胎盤は、妊娠維持に必要なホルモンの産生胎児への栄養の供給、母子間の免疫バリアーとしての機能を担い、胎児の生命維持装置として動物の妊娠維持に必須の役割を果たしている。胎盤は様々なペプチドホルモンに加え、プロラクチン・生長ホルモン様ホルモン及び黄体形成ホルモン(LH)様ホルモンなど下垂体ホルモンと相同な分子を生合成し分泌している。本論文では、ウマ胎盤で発現しているホルモンに焦点を絞り、リラキシン及びウマ絨毛性性腺刺激ホルモン(eCG)のcDNAクローニング、哺乳類細胞による組換えeCGの発現系確立、ポイントミューテーションによるeCG生物活性における糖鎖機能の解析により、生理学上興味深い新たな知見を与えたものである。

 第1章ではウマ胎盤よりリラキシンのシグナルペプチドを含む完全長のプレプロリラキシンのcDNAをクローニングした。ウマ胎盤(北海道和種、妊娠70日目)より抽出したmRNAをもとにZAP-cDNAライブラリーを作成し、スクリーニング/塩基配列決定の結果、ウマリラキシンcDNAクローンは801bpの塩基対よりなり182のアミノ酸をコードしており、25アミノ酸よりなるシグナルペプチド配列とpoly(A+)配列を含んでいた。相同性はそれぞれブタ(75.5%)、サル(67.5%)、ヒト(67.4%)、ラット(60.7%)、マウス(54.6%)であった。他の動物種と比較した結果、ウマリラキシンはCペプチド部分に一つのアミノ酸の挿入、A鎖とCペプチド部分にそれぞれ2つのアミノ酸の欠失が見られた。ノザンプロットで解析した結果、異なる大きさのバンド(約1k、約1.8k)及び、サザンプロットの結果複数のバンドが検出されることより、異なる2種類の遺伝子が発現していることが明らかになった。

 第2章ではeCGのクローニングについて示している。ラット、ヒト、サルのサブユニットの5’-遺伝子配列をもとに設計したプライマーを用い、胎盤由来のcDNAを鋳型にしたPCRを行い、予想される、約387bpの遺伝子断片を得た。この断片の配列を解析した結果、eCGサプユニットの全長であることが分かった。この配列は、ヒトと74.2%、ラットと81.5%、マウスと80.0%の塩基配列の相同性があることが明らかになった。また、サブユニットについても既に報告された塩基配列をもとにPCRを行い、予想される約524bpの遺伝子断片を得た。得られた部分のアミノ酸配列はサラブレットeCGサブユニットと完全に一致した。また、ウマ胎盤におけるmRNAレベルでの発現を比べた結果、サブユニットはサブユニットより5倍以上多く発現していることが分かった。従って、ヒト胎盤絨毛性性腺刺激ホルモンとは構造、発現調節機構とも異なることが明らかになった。

 第3章ではeCGの遺伝子組換えタンパクの生産とポイントミューテーション法による糖鎖機能の解析について示している。第2章でクローニングしたeCGサブユニットとサブユニット遺伝子を用いたCHO細胞による組換えeCG発現系を確立し、ポイントミューテーション法によりサブユニットの56番目のアスパラギンをグルタミンに置換した変異遺伝体(56/)とサプユニットのO-型糖鎖付加部位を除いた変異遺伝体(/-CTP)を作製した。これらを用いて、精巣間質細胞を用いたLH活性測定(テストステロン測定)、及び卵巣顆粒膜細胞を用いたFSH活性測定(エストロゲン測定)を行った。その結果、野性型ではLH活性及びFSH活性の何れも示すが、変異遺伝体(56/)ではLH活性が著しく低下するがFSH活性は低下せずむしろ増加することが明らかになった。ところが、変異遺伝体(/-CTP)ではこれと逆にLH活性は殆ど影響を受けないが、FSH活性は著しく増加することが分かり、eCG糖鎖がLHとFSH活性発現に大きく影響していることが初めて示された。また、従来、eCG製剤は妊娠馬血清より精製されていた為、製品ロット間で活性が一定せず、使用上問題があったが、本研究でeCGにおける生物活性に必須な糖鎖付加部位と構造が明らかになり、LH活性とFSH活性を人為的に制御することが理論上可能となった。

 以上の如く、本論文は多くの生化学的な実験を積み重ねることにより、リラキシン及びeCGのcDNA塩基配列を決定したのみでなく、eCGの糖鎖のLH及びFSH生物活性について生理学上新たな知見を加えた。この結果は生化学、生理学的に有意義な貢献であることから、審査員一同は申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与して然るべきものと判定した。

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