No | 112002 | |
著者(漢字) | 舟橋,久幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フナハシ,ヒサユキ | |
標題(和) | 小脳プルキンエ細胞におけるイノシトール1,4,5-三リン酸受容体の構造と存在様式 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 112002 | |
報告番号 | 甲12002 | |
学位授与日 | 1996.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1058号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 第一基礎医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細胞内情報伝達系におけるイノシトールリン脂質の重要な役割は既によく知られた事実であり,その伝達経路の詳細が次第に明らかにされてきている。ホルモンや神経情報伝達物質などが細胞膜表面の受容体に結合するとイノシトールリン脂質が分解され,その産物であるイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)およびジアシルグリセロール(DG)が生成されるが,このIP3の受容体タンパク質がイノシトール1,4,5-三リン酸受容体(IP3R)であり,細胞内膜系においてそれ自身がCa2+チャネルを形成する性質を持つことが判明している。 細胞内膜系においてCa2+チャネルを形成することで知られるもう一つの受容体,ライアノジン受容体(RyaR)は,骨格筋内膜系の電子顕微鏡像において横管(T-管)と筋小胞体膜(SR膜)を連結するいわゆる"フット"と称される構造に相当すると考えられている。また最近,精製した分子のネガティブ染色像やクライオ電子顕微鏡像からその高分解能の三次元再構成がなされている。 一方IP3Rは,その特異抗体による免疫染色像から小脳プルキンエ細胞に,そしてとり分け重積した滑面小胞体より成るCisternal Stacks(CS)と呼ばれる特有の袋状構造体に豊富に分布することが明らかにされている。その分子の微細構造に関しては,RyaRと同様に界面活性剤を用いて精製した分子のネガティブ染色像が示されているが,個々の粒子の大きさおよび形状の差異が大きいため,膜内における生理的状態での構造を推定することは困難である。そこで,細胞内におけるタンパク質分子の高分解能表面像を得ることが可能な技術,急速凍結・フリーズレプリカ電子顕微鏡法を用いて小脳プルキンエ細胞内におけるIP3R分子の構造と存在様式を探ることを試みた。 成体マウスをネンブタール麻酔5分後に頭骨を開き,小脳虫部をホルムアルデヒドとグルタルアルデヒドを含む化学固定液に浸しながらスライスして,これを最も新鮮な対照試料とした。また別の個体を,麻酔5分後に断頭し固定開始までの時間を変えて死後2分から1時間までの試料を用意した。各試料をオスミウム酸で後固定後,通常の方法で電子顕微鏡用超薄切片を作製し観察した。 ウシの小脳は,屠殺後1時間以内に化学固定し前項と同様の試料作製過程を経て,その準超薄および超薄切片を作製し,顕微鏡観察によりマウス小脳との比較を行った。一方,両者の小脳をホルムアルデヒドを含む溶液で固定し,その凍結切片を抗IP3R抗体およびフルオレセンイソチオシアネイト(FITC)二次抗体により標識し,蛍光顕微鏡で観察した。 プルキンエ細胞内に特異的にしかも豊富に存在するIP3R分子の構造をフリーズフラクチャーレプリカ法により効率良く検索するための材料としてプルキンエ細胞の分画・単離を試みた。ウシ小脳の皮質をカミソリ刃を用いて氷上で細切し,ポリビニルピロリドン,ウシ血清アルブミン,およびCaCl2を含むHEPES緩衝液に浮遊させた。浮遊液を注射筒に入れ,ゆっくりとナイロンメッシュを通過させることにより組織をホモジェナイズした。この細胞浮遊液をショ糖密度勾配遠心法により分画し,得られた成分を位相差顕微鏡で観察した。また,この成分を化学固定し,前項と同様の過程を経て電子顕微鏡観察をした。 前項のプルキンエ細胞細胞体分画そしてプルキンエ細胞樹状突起が広く分布する生のウシ小脳分子層組織とを金属鏡面圧着法により急速凍結した。また,骨格筋の筋小胞体ベジクル(調製は医学部薬理学教室の飯野,池本両博士による。両博士に感謝いたします。)はマイカ細片法を併用して急速凍結した。これらの凍結試料のフリーズフラクチャー/ディープエッチング後,レプリカを作製しそれらを電子顕微鏡観察した。 急速凍結したウシ小脳分子層を液体窒素で冷却したタンニン酸/アセトンに移し,-80℃のディープフリーザー内で凍結置換固定を行った。固定液をエタノールに置換後,親水性樹脂に包埋した。切片を抗IP3R抗体およびFITC二次抗体で免疫染色してその蛍光顕微鏡像を冷却CCDカメラで撮影した。また,それらを金コロイド標識二次抗体で免疫染色し電子顕微鏡で観察した。 プルキンエ細胞樹状突起内に豊富に存在するCS膜の切片像を透過電子顕微鏡像をディジタル化し,コンピュータによる光回折にかけた。得られた二次元フーリエスペクトルから強度の高い反射を選択し,逆フーリエ変換により光濾過像を得た。 マウス小脳を用いた実験により,プルキンエ細胞内部においては,動物の死後時間経過に伴い急速にCSが形成されることが確認された。 ウシ小脳組織をマウスと比較したところ,皮質の層の厚さ,プルキンエ細胞細胞体のサイズおよび樹状突起の径が非常に大きいことが判明した。免疫染色の結果,ウシ小脳プルキンエ細胞にはマウスと同様に,IP3Rが豊富に分布することを確認した。 密度勾配遠心法によって分離したプルキンエ細胞細胞体の凍結レプリカ像においてはその形状からCSに対応する構造体の膜面に不規則に並ぶ多数の粒子が観察され,IP3Rであろうと推定したが,直接的な同定は不可能であった。 凍結置換後,樹脂包埋・薄切した小脳分子層組織を用いて抗IP3R抗体で免疫染色したところ,プルキンエ細胞細胞体および樹状突起に多くの点状の蛍光標識が認められた。金コロイドを用いた免疫電子顕微鏡法で同様の試料を観察すると予測通り,CSの膜外周部およびその間隙に高密度の金コロイド標識が認められた。 一方,小脳分子層組織の凍結レプリカ像においてはプルキンエ細胞樹状突起に対応する神経突起内部に,表面に格子を有するベジクル状の構造体が認められた。そこで,CS膜面の切片像の光フーリエ解析を試みた。その結果、約16nmの周期を持つ格子の存在が示唆された。 さらに凍結レプリカ試料の広範な検索を試み,表面格子が明瞭に観察できる構造体を検出した。その結果,表面格子は15nm×17nmのほぼ平行四辺形の配列であり,一辺が約12nmの正方形粒子がその構成単位となっていることが明らかとなった。この単位格子はCS膜面切片像のフーリエ解析により存在が示唆された配列に相当すると考えられる。したがって,レプリカ像で観察されたこのベジクル状の構造体は,プルキンエ細胞樹状突起に存在するCSに対応すると考えられる。また,格子の構成単位である正方形粒子は,4個のサブユニットより構成されていた。精製分子のネガティブ染色像と化学架橋実験の結果からIP3Rが四量体構造を形成することが示唆されているが,この正方形粒子の存在はそれを支持する結果である 骨格筋のSR膜ベジクルの凍結レプリカ像に観察されたRyaRは明らかに四量体を単位とする正方形の粒子でありその一辺は約26nmであった。一方,IP3R粒子の一辺(12nm)はその0.46倍であった。RyaRとIP3Rの分子量(565kD,313kD)に基き,両タンパク質を球状とみなしてその比を計算すると,0.83となり観察されたIP3Rの大きさは著しく小さいものであった。精製したRyaR分子のクライオ電子顕微鏡像から三次元再構成を行ったRadermacherらは,RyaRの細胞質側の領域は各ドメイン間の結合が弱くその内部には多量の水分が含まれているため,分子全体の占める体積は分子量に基く推定値よりはるかに大きいことを示した。また,彼らの三次元再構成像におけるRyaRの体積は通常のタンパク質分子を仮定してその分子量から推定される値の2から3倍であろうと議論している。もし,後者の値をそのまま採用するならば,両受容体の辺の比は約0.55程度となる。さらに諸事情を考慮すると両者の比はほぼ観測値に一致する。 今回実験材料として用いたウシ小脳は実験室内で調達することが困難なため死後ある程度時間が経過したものを使わざるを得なかった。現時点における最も重要な課題は,より生理的な条件の下での受容体の分布を検討することである。 | |
審査要旨 | イノシトール1,4,5-三リン酸受容体(IP3R)は、イノシトールリン脂質代謝経路を介する細胞内情報伝達系において細胞内にセカンドメッセンジャーとして遊離されるIP3に対する受容体分子であり、それ自身が細胞内膜上でカルシウムチャネルを形成する。本研究は、主として、急速凍結・フリーズフラクチャー・ディープエッチング法を用いて、細胞内におけるIP3R分子の構造と存在様式を探ることを試みたものである。ウシ小脳分子層の急速凍結フリーズレプリカ像において下記のごとく目的分子の同定および観察を行った。 1. 小脳分子層内のプルキンエ細胞樹状突起のフリーズレプリカ像において点在するCisternal Stacks(CS:積層した滑面小胞体から成るプルキンエ細胞に特有の構造特有の構造体)と推定される構造物の表面には、正方形を形成する4個のサブユニットを構造単位とする規則的な分子配列の存在が観察された。 2. 同様の凍結試料より凍結置換固定を経て作製した切片において金コロイドによる免疫染色を行った結果、CS膜の外周部表面および膜の間隙にIP3R分子が密集することが確認された。 3. 急速凍結固定された試料あるいは化学固定法により作製したCS膜膜面の切片像をフーリエ解析にかけた結果、CS膜内に何らかの規則的な配列が存在する可能性が示された。その配列はレプリカ像において観察された配列粒子の周期とほぼ同等であった。この事実は、フリーズレプリカ像において観察された正方形粒子がIP3Rに相当することを強く示唆するものである。 本研究で明らかにされたin situの細胞内におけるIP3Rの分子構造は、様々な生理状態におけるその構造変化を追跡するための基礎となる知見であり、学位の授与に値すると考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54532 |