内容要旨 | | 目的 今日の臨床では人工呼吸は呼吸不全の主たる対応手段としてその地位を確立している.呼吸管理の評価手段は血液ガス分析など有数な方法に限られており,呼吸・循環機能を多角的に評価することが困難で,患者に侵襲を加えることが避けられない.一方,再呼吸法は呼気分析法の一種で,原理的にはFickの法則に基づいている.自発呼吸において非侵襲的に肺血流,肺拡散能力,肺水分量,機能的残気量を測定でき,測定理論,および方法論が確立された,しかし,これらの測定は人工呼吸下,特にPEEPが付加された状態では,測定が極めて困難かつ問題も多く,いまだに実用可能な測定法とはいえない.そこで筆者は,人工呼吸へ応用するために,従来の再呼吸法に改良を加え,人工呼吸中でも測定可能なシステムを構築した,そしてこの改良した再呼吸法(以下,本法)の人工呼吸中の非侵襲的総合モニターとしての信頼性と有用性を検証するために,呼気終末陽圧(PEEP:Positive End-Expiratory Pressure)付加モデルおよび肺水腫モデルを作成し,従来の観血的測定法との比較検討を行った.さらに実験から得られた新たな知見から病態生理の考察を行った. 測定システムおよび方法 測定システムは質量分析計(WSMR-1400,WESTRON社製),Bag in box module(自作),呼吸流量計(WLCU-5201,WESTRON社製),valve controller(自作),microcomputerおよび測定Program(自作)から構成されている.Bag in box moduleは人工呼吸の状態で再呼吸法による測定を行うために今回開発した回路で,人工呼吸器と患者の間に設置する.これにより人工呼吸中でも再呼吸法の測定が可能になった. 本システムの呼吸回路はcomputerで制御され,測定時に再呼吸回路に切り替わり,30秒後に元の人工呼吸回路にもどる.また圧,フロー信号を処理することで,人工呼吸中の任意時間に測定を開始しても,吸気の開始時にバルブを作動させるようにアルゴリズムを開発した. サンプルプローブを被験者の口元に接続し,質量分析計にて呼吸気のガス濃度変化を連続的に測定する.さらに,被験者の口元にニューモタコグラフを設置し,流量計にて圧,流量信号を検出する.ガス濃度信号と圧,流量信号がA/Dコンバータを通り,デジタル信号に変換され,100mesc毎にcomputerに入力・記録される.測定終了後は,解析システムによりデータを解析できる. 検証実験1-PEEP付加モデルにおける測定・解析 1.実験方法:雑種成犬10頭にベントバルビタールを静注して麻酔を行い,仰臥位に固定後,気管内挿管を行い,人工呼吸器に接続し,筋弛緩薬を持続静注した.人工呼吸の条件は吸入酸素濃度(FIO2):0.21,一回換気量(TV):20ml/kgで,呼気終末CO2分圧(FETCO2)が35torrを維持するように調節呼吸を行った.大腿静脈からSwan-Ganzカテーテルを挿入・留置した. 2.測定項目は(1)本法による有効肺血流量(QC),肺拡散能力(DLCO),機能的残気量(FRC),呼気終末O2濃度(FETO2),呼気終末CO2濃度(FETCO2)(2)熱希釈法による心拍出量(CO)(3)動,静脈血ガス分析による動脈血酸素分圧(PaO2),静脈血酸素分圧(PvO2),動脈血酸素飽和度(SaO2),静脈血酸素飽和度(SvO2),動脈血酸素分圧(PaCO2),一酸化炭素ヘモグロビン比率(HbCO)である.また,二次項目として,DLCO/FRCとシャント率(QS/QT)を算出した 3.測定時間:PEEP値が0cmH2Oの測定値を対照とし,PEEP値を4(PEEP4群),8(PEEPS群),12(PEEP12群)cmH2Oに変え,それぞれ1時間維持し,設定後15,30,60分の3回測定した.次のPEEPを付加する前に,PEEP値を0cmH2Oに戻し,45分の回復時間をおいた. 検証実験2-肺水腫モデルにおける測定・解析 1.実験方法:人工呼吸中の雑種成犬10頭を用い,100%オレイン酸0.1ml/kgによる血管透過性亢進型肺水腫モデルを作成し,測定を行った.人工呼吸の設定条件はFIO2:0.5,TV:20ml/kgで,PETCO2:35torrを維持するようにを行った. 2.測定項目:本法により測定したQCおよび肺組織量(Qt)を,熱-Na希釈法で測定した心拍出量(CO)および血管外肺水分量(ETV)と比較検討した.また,実験-1と同様にQS/QTを算出した 3.測定時間:オレイン酸投与前の測定値を対照とし,オレイン酸投与5,15,30,60,90,120,150,180分後の計8回測定した. 結果 1.PEEP付加実験の結果 (1)QCとCOの相関関係がPEEP0群でr=0.91,PEEP4群でr:0.78,PEEP8群でr=0.87,PEEP12群でr=0.90であり,いずれも高い相関関係が認められた.(CO-QC)/COとQS/QTの相関関係は高かった(r=0.89). (2)各PEEP群内ではFRCがPEEP付加により有意に上昇し(P<0.0001),またPEEPの上昇と共に,有意に増大した(P<0.0001). (3)各PEEP群内ではDLCOがPEEP付加により有意に上昇し(P<0.0001),またPEEPの上昇と共に,有意に増大した(P<0.0012). (4)各PEEP群内ではDLCO/FRCがPEEP付加により有意に低下し(P<0.0001)またPEEPの上昇と共に,有意に低下した(P<0.001). (5)PEEP12群ではPETO2がPEEP付加により有意に低下し(P<0.0001),PEEP4,8群ではPETO2が低下する傾向を示した.また,PEEP4,8群に対しPEEP12群は有意に低下した(P<0.0002). (6)PEEP12群ではPETCO2がPEEP付加により有意に増加し(P<0.0001),PEEP4,8群ではPETCO2が増加する傾向を示した.また,PEEP4,8群に対しPEEP12群は有意に増加した(P<0.0064). 2.オレイン酸肺水腫実験の結果 (1)QCとCO,(CO-QC)/COとQS/QTとの間に相関はそれぞれr=0.95,r=0.86と高かった.COの変動幅は2.26〜1.02,QS/QTの変動幅は0.21〜0.38であった. (2)本法により測定したQtと熱-Na希釈法により測定したETVの相関は高かった(r=0.86). 考察 PEEP付加実験ではQCとCOの相関関係がPEEP0群,PEEP付加群,全群においては何れも高かった.しかし,本法は換気・ガス交換依存性の測定方法であり,測定したQCは再呼吸中アセチレンガスと接触し,物理的に飽和された肺血流量である.すなわち,QCは心拍出量の中のガス交換が行われた部分(non-shunted肺血流量)と考える.一方,熱希釈法のCOは心拍出量そのものである.従って,両者の間にはCO=QT=QC+QSの関係がある.(CO-QC)/COを算出し,QS/QTとの相関関係を検討した結果(CO-QC)/COとQS/QTの相関は高く(r=0.89),本法により測定したQCは確かに肺血流量のnon-shunted部分であることが証明された. 肺水腫実験においても,COの変動幅は2.26〜1.02,QS/QTの変動幅は0.21〜0.38にもかかわらず,QCとCO,(CO-QC)/COとQS/QTとの間に相関は高く(r=0.86),本法は肺水腫においても肺血流量のnon-shunted部分をQCとして捉えたことが確かであった.よって,PEEP付加,および肺水腫モデルにおいて本法による測定の信頼性が高いものと思われる. 臨床における心拍出量を計測する方法はいくつかあるが,肺水腫のような換気血流比が極端に低い場合,単純な心拍出量の測定の意味所在は検討する余地がある.また,最適PEEPを決めることも実質上換気血流比の最適化につながる.従って,QCの動態変化,または心拍出量のうちQCの割合がわかれば,この換気血流比の状態がモニターすることができる. 肺水腫モデルにおけるQtとETVの相関はr=0.86と高かった.本法により測定したQtは,肺組織に溶解したC2H2の量から算出したものである.QtがETVより低い値を示した理由は両者の測定原理の相異によるものと思われる.本法の測定は換気依存性であり,Qtは実質上十分に換気された部分の肺組織量である.一方,熱-Na希釈法の測定は血流依存性で,人工呼吸中加重側肺に多く分布する血流の影響を受ける.肺水腫もまた加重側肺へ貯留しやすい特性があるため,QtとETVの間に差分が生じたと思われる.しかし,Qtは肺水腫の生成と肺水分量の変化を再現したことから,臨床において肺水腫の早期診断および病態進展の把握に有用である.さらに,DLCOなど測定を加えれば,拡散能力低下の段階から肺水腫の病態を鋭敏に捉えることができ,急性呼吸不全の原因を直接に割り出すことが可能である 本法は複数の呼吸・循環の機能的なパラメーターを同時に測定することによって,直接に呼吸障害の原因所在を割り出し,より明確に病態を把握することが可能である.ただし,本法は換気・ガス交換依存性の測定方法であるため,測定したパラメーターの生理学的意義は,肺胞から有効肺血流へ移動したガス全般の動態を表すもので,測定条件でのガスの通過性,ガス交換能,肺換気,肺循環などの総合的機能の投影である.従って,測定結果に含めた換気の影響について十分な理解が必要であり,測定結果を評価する前に,まず測定条件の把握が必要となる.このことを念頭に置けば,本方法は呼吸の目的であるガス交換の側面から,被験者の呼吸・循環機能を測定するため,人工呼吸の効果をそのまま評価できる優れた特長がある.また,他の肺拡散能力測定法に比べ測定条件に対する制限が少なく,循環状態が不安定な患者においても測定可能である.さらに,無侵襲かつワンタッチで測定でき,測定精度もよく,ICUにおける呼吸管理に有用なモニターとなろう. 結論 再呼吸法をを改良し,人工呼吸下の測定システムを開発し,測定のシステム化,自動化と信号処理アルゴリズムの開発により,測定・解析をリアルタイムに行うことができる. 本法はPEEP下でも,Qc,DLCO,FRC,Qtの測定可能であり,本法による測定値といくつかの従来の観血的方法との間に高い相関性が認められ,人工呼吸を行う呼吸不全患者に対する病態評価の手段として有用性の高い測定法と思われる. |