本研究は脳腱黄色腫症(CTX)に関して、被験者の白血球を用いた安全かつ迅速な診断法を開発し、早期の発見、治療を可能にすることを目的としている。CTX患者検体の酵素活性の測定、遺伝子の異常の解析を行い、更に疾患モデル動物の作製を試みて、下記の結果を得た。 1.白血球を用いたステロール27位水酸化酵素活性の測定系を確立して、正常人13人と,この酵素の遺伝子に変異を持つ被験者11人(ホモ/ヘテロ接合体)について酵素活性を測定したところ、CTX患者では正常人に比較して著しく低下していた。 2.被験者のステロール27位水酸化酵素の遺伝子をnon-RI-SSCP法、direct sequence法、及びRFLP法により解析したところ、新たな点突然変異(Arg372→Gln)が発見され、特に患者の家族(12歳の女子)では発症前ながら遺伝子の変異が確認された。また別の家系において、新たな点突然変異型(Arg372→Gln及びArg441→Glnのcompound heterozygote)が確認された。 3.正常人及びCTX患者のステロール27位水酸化酵素のcDNAをクローニングし、COS細胞内で酵素の発現を行ったところ、CTX患者から得た変異を含む酵素タンパク質は合成されたものの、その酵素活性は正常な酵素に比べて著しく低い値であった。 4.マウスに高コレスタノール食(1%含有)を給餌して、高コレスタノール血症マウスを作製したところ、一部のマウスに黄色腫および白内障の症状が認められた。特に白内障に関連して、角膜を生化学的及び形態学的に分析したところ、血管新生と血管腔の形成が確認されたほか、毛様体部分にコレスタノールの蓄積やマクロファージ細胞の出現、増殖、毛細血管の内皮細胞基底膜の増大等が確認された。CTX患者において白内障は高率で発症するが、本研究で確認された形態的変化は、眼房水の微小循環系を障害して、毛様体の正常な機能を阻害し、角膜や水晶体が非生理的状態におかれて白内障が惹起されるという作業仮説が考えられた。 本研究において確立されたCTXの診断法は安全かつ迅速なものである。本法を用いることで発症の可能性の予測と、それに基いた早期治療が可能になるものと期待される。 更に本研究ではステロール27位水酸化酵素の細胞内発現に成功したが、これは対症療法のみが行われている現在のCTX治療に対して、遺伝子治療という根本的治療方法を開発するための端緒となる成果といえよう。 また、本研究で得られたCTXモデル動物における白内障の発症機構に関する作業仮説は、CTXのもたらす多様な臨床症状の発症機構を解明する上で重要な示唆を与えたといえよう。 したがって本研究は学位の授与に値するものと考えられる。 |