プロテインキナーゼC(PKC)はほとんどすべての組織・細胞に存在する蛋白質リン酸化酵素であり、当初に報告された、Ca2+リン脂質依存性にホルボールエステルやジアシルグリセロールにより活性化される古典的PKC(classical or cPKC;,I,II,アイソザイムが含まれる)の他に、活性化にCa2+を必要としないCa2+非依存性PKC(non-Ca2+-dependent or nPKC; ,等)や、ホルボールエステル・ジアシルグリセロール以外のセカンドメッセンジャーにより活性化されると想定されている特殊型(atypical or aPKC;,等)の3群に大別される多数のアイソザイムから構成されている。各細胞には通常複数種のPKCアイソザイムが存在しており、それぞれに特異的な機能を担っていると考えられているがその実態はほとんど明らかにされていない。ホルボールエステル・ジアシルグリセロールにより活性化されるcPKC,nPKCに関しては、様々な組織・細胞において分泌、平滑筋収縮などの細胞機能の制御に関わっていることが示されている。さらに、細胞の最も原始的な"機能"である細胞増殖の過程も、PKCによる調節を受けていることが次第に明らかにされて来た。 ホルボールエステルやジアシルグリセロールがPKCを活性化する薬理的アゴニストであることが報告されてほどなく、これらがマウスSwiss3T3線維芽細胞の増殖を促進することが示された。また、細胞の産生する内因性ジアシルグリセロールが実際、PKCを介してDNA合成を促進することが証明された。さらに、PKCを活性化する様々な生理的アゴニストが、静止期(G0/G1境界期)の線維芽細胞や腎メサンギウム細胞に作用して単独あるいは他の成長因子と相乗的に、PKC依存性にDNA合成を促進することが、数多くの研究者により報告された。その一方で、新生ラット平滑筋細胞においてホルボールエステルが細胞増殖を抑制する事例が報告された。しかしながらPKCがどのような状況下で細胞増殖を促進あるいは抑制するのか、そのメカニズムは十分明らかにされていない。 私はヒト臍帯静脈内皮細胞において、PKCがその作用の時期に依存して細胞増殖を正負両方向に調節することを見い出した。すなわち、成長因子[ウシ胎児血清、上皮細胞増殖因子(EGF)、線維芽細胞増殖因子(bFGF)]添加後1時間以内のG1早期に限ってphorbol-12,13-dibutyrate(PDBu)や1,2-dioctanoylglycerolを投与しPKCを活性化させると、G1期(約12時間)は変化せずにDNA合成([3H]チミジンのDNAへの取り込みを測定)が最大3倍にまで増強された。一方、成長因子添加から5時間後のG1後期からPKCを活性化するとDNA合成は完全に抑制された。さらに、S期(DNA合成期)へ移行した後にPKCを活性化した場合にもDNA合成が強力に抑制された。このとき、細胞周期G1→S期移行に深く関与していると考えられている癌抑制遺伝子産物RB蛋白のリン酸化(リン酸化による易動度減少をウエスタンブロット解析により検出)と、これをリン酸化することが示されているサイクリン依存性キナーゼcdk2の活性化(cdk2C末端アミノ酸配列に対するポリクローナル抗体免疫沈降物のin vitroヒストンH1キナーゼ活性を測定)も、PKCの作用時期に依存して増強あるいは完全抑制と、正反対の調節を受けていることが明らかとなった。PKC賦活剤のこのような作用はすべて、PKCをダウンレギュレートした細胞で消失したことから、ダウンレギュレーション感受性のPKCアイソザイム(cPKCあるいはnPKC)が正負両方向の制御を担っていると考えられた。さらに、PKC活性化による細胞周期G1→S移行阻害は、すでに報告のある平滑筋細胞や今回明らかにした臍帯静脈内皮細胞などでのみ観察される例外的な現象ではなく、むしろ、正常細胞の増殖モデルとして汎用されるヒト2倍体線維芽細胞(IMR-90,WI-38)や、NIH3T3細胞等他の細胞でも比較的普遍的にみられる現象であることを見い出した。 そこで次に、G1後期においてPKC活性化がどのような分子機構によりcdk2活性化を抑制するのかをIMR-90細胞を用いて検討した。細胞を32P正リン酸で代謝標識したのちcdk2を免疫沈降し、ウエスタンブロットとオートラジオグラフィーにより解析した結果、G1後期からPDBuを投与した細胞において、cdk2の蛋白レベルは変化せずに活性化に必須であるThr160リン酸化(ウエスタンブロット上高易動度のバンドとして検出される)が著明に抑制されていることが明らかとなった。さらにThr160リン酸化を触媒するCDK activating kinase(CAK,cdk7/cyclin H複合体)の活性をCAKの触媒サブユニットcdk7のC末端に対するポリクローナル抗体免疫沈降物の組み換えcdk2蛋白に対するin vitroキナーゼ活性として測定してみると、G1後期からPDBu処理をほどこした細胞において、成長因子刺激による活性上昇が完全に抑制されていた。なお、PDBuはcdk2やCAKのキナーゼ活性を直接in vitroで抑制しなかった。また、ウエスタンブロット解析の結果、cdk2の活性化に必須な正の調節因子であるサイクリンAの発現がPKCを活性化した場合に完全に抑制されることを見い出した。一方、cdk4の活性化因子の1つ、サイクリンD1の蛋白レベルはPKC活性化により全く抑制されなかった。抗サイクリンA抗体やアンチセンスサイクリンA発現ベクターのマイクロインジェクションによりS期開始が阻止されることからサイクリンAはS期の開始に必須の役割を担っていると考えられている。PKCによるサイクリンA発現抑制の分子機構を検討するため、サイクリンAのプロモーター領域をルシフェラーゼ遺伝子に連結したレポーターベクター(pGL2-cyclin A)を作成し、NIH3T3線維芽細胞にトランスフェクションして検討した。静止期導入後bFGFで増殖刺激し、さらに5時間後からPDBuを投与するとDNA合成がほぼ完全に抑制されるが、同様の条件下でサイクリンAプロモーター活性もほぼ完全に抑制されることを見い出した。このことは、PKCがサイクリンA発現を遺伝子の転写レベルで抑制することを示す。 さらに、PKCが様々なサイクリン依存性キナーゼの触媒(cdk)/調節(サイクリン)各サブユニットや転写因子のmRNA発現レベルに制御作用を及ぼすか否かをノーザンブロット解析により検討した。サイクリンAのみならず、サイクリンE、サイクリンH、cdc2、cdk7、転写因子E2F1,B-mybの成長因子刺激によるmRNAレベル上昇が、G1後期にPKCを活性化させたIMR-90ならびに臍帯静脈内皮細胞で選択的に完全に抑制されることが明らかとなった。一方、サイクリンD1,cdk2,cdk4のmRNAレベルはPKCによる抑制性制御を全く受けなかった。 さらに、B-mybの細胞周期G1→S移行における役割を明らかにすべく、以下の検討を行った。静止期のヒト2倍体線維芽細胞IMR-90にアンチセンスB-myb発現ベクターをマイクロインジェクションすると血清刺激によるDNA合成を強力に抑制した(ベクターコントロールに対し約60%抑制)。その程度は、E2F1(すでにREF-52細胞においてセンス発現ベクターがS期導入を引き起こすことが示されている)に対するアンチセンス発現ベクターのマイクロインジェクションによる抑制効果と同程度であった。しかしながら、センスB-myb、センスE2F1発現ベクターをIMR-90細胞に単独あるいは同時にマイクロインジェクションしても、PDBuによるDNA合成抑制を解除するに至らなかった。さらに、アンチセンスB-myb、アンチセンスE2F1発現ベクターのマイクロインジェクションにより、いずれもサイクリンA蛋白の発現が強力に抑制された(ベクターコントロールに対し約40%抑制)。この所見は、転写因子B-myb、E2F1のG1→S移行における役割の1つがサイクリンA発現誘導であることを示唆する。実際、REF-52細胞にpGL2-cyclin AとアンチセンスB-mybあるいはアンチセンスE2F1発現ベクターをコートランスフェクションすると、血清刺激によるサイクリンAプロモーター活性の上昇をそれぞれ約50%抑制すること、また、センスB-myb発現ベクターをコートランスフェクションすると静止期細胞においてサイクリンAプロモーター活性を約2倍に上昇させることを見い出した。 以上、(1)cPKCあるいはnPKCがG1後期に活性化されると、ヒト臍帯静脈内皮細胞、ヒト2倍体線維芽細胞を含む複数種の細胞でG1→S期移行を完全に抑制すること、(2)PKCによるG1→S期移行阻害の原因の少なくとも一部はPKCによるcdk2活性化の抑制によること、(3)PKCは、CAK活性化の抑制を介したcdk2Thr160リン酸化の抑制と、サイクリンA発現の抑制の双方によりcdk2活性化を阻害すること、(4)PKCによるサイクリンA発現抑制は転写レベルでの抑制を含むこと、(5)PKCはサイクリンA以外にも複数のcdk/サイクリン各サブユニットと転写因子E2F1,B-mybのmRNA発現レベルを選択的に抑制すること、を見い出した。また、(6)B-mybがヒト2倍体線維芽細胞のG1→S期移行に深く関与しており、サイクリンA発現を正に調節することがその作用機序の少なくとも一つであることを明らかにした。 |