学位論文要旨



No 112007
著者(漢字) 河村,隆
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,タカシ
標題(和) 骨格筋の毛細血管における高分子透過性に関する生体工学的研究
標題(洋)
報告番号 112007
報告番号 甲12007
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1063号
研究科 医学系研究科
専攻 第一基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 熊田,衛
 東京大学 教授 藤正,巖
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 飯野,正光
内容要旨

 骨格筋の毛細血管のような連続毛細血管の壁をアルブミンより大きな高分子が透過する機序に関しては、小胞輸送(vesicular transport)であるかlarge poreを通っての輸送(large pore transport)であるかをめぐって30年間議論が行われてきたが、まだ決着がついていない。小胞輸送とは、血管内皮細胞の血管内腔側(luminal)の細胞膜の一部が陥入して血漿を取り込んだ後、細胞膜から離れて小胞となり、細胞質を拡散して組織側(abluminal)の細胞膜に達して融合して血漿を組織液に放出したり、あるいはその逆の向きに組織液を血漿に輸送することである。large pore transportとは、内皮細胞間間隙あるいは一時的に融合した小胞によるtransendothelial channelを高分子が溶媒牽引による対流と拡散により移動することであり、アルブミンより小さな分子が内皮細胞間間隙の半径約40nmのsmall poreを透過するのと同様である。

 どちらの機序によるかを解明するために、ウサギの下腿筋膜張筋の単一毛細血管について、分子量4万から15万までの蛍光トレーサFITC-デキストラン(FD)に対する透過性を細動脈側毛細血管、中間部毛細血管、細静脈側毛細血管の各部位において計測し、large poreの半径(rlp)と密度(nlp)、小胞の内半径(rvi)と流束(nvt)を推定した。また、上半身(心臓部)挙上により毛細血管内静水圧を増加させたときの透過性の変化を計測した。

 実験方法は、ウサギの頸静脈から平均分子量35600、71200、144000のFD(FD40、FD70、FD150、Stokes-Einstein半径(ae)はそれぞれ4.37、5.68、8.25nm)を注入した後、下腿筋膜張筋の単一毛細血管のそれぞれの部位の周囲の組織の蛍光強度をスリットレーザ蛍光生体顕微鏡で測定し、組織中のトレーサの濃度を求めた。この顕微鏡は、488nmのArレーザをビームスプリッターで2本に分割した後、それぞれを厚さ28mの薄膜状ビームに変換して、筋肉表面に対して40°で照射して対物レンズの焦点面で交叉させて、焦点面内の蛍光物質を選択的に励起して、組織の断層像を得るものである。頚静脈から採取した血漿の蛍光強度からFDの血漿中濃度を求めた。血漿中濃度(Cp)と組織液中濃度(Ci)の経時変化から、large pore transportを仮定した場合の溶媒牽引によるFDの対流速度(Vlp)と毛細血管壁のFDに対する拡散による透過性(Plp)、および小胞輸送を仮定した場合の見かけの透過性(Pvt)を推定した。

 前者の場合、過渡状態の実験であるため、毛細血管壁内の移流拡散方程式により表されるが、この方程式はVlpとPlpの他に平衡状態における毛細血管壁内と血漿中および組織液中とのトレーサの濃度の比を表す分配係数を含み、3個の未知数を推定する必要がある。それを避けるために、VlpとPlpの2個の未知数のみを含んだ定常状態のPatlakの式によるトレーサの流束を用いた式で近似が可能かどうかをCpが一定の場合の計算機シミュレーションにより調べ、よい近似を与えることがわかった。そこでPatlakの式によるCiの理論値が測定値に最も合うようなVlpとPlpをFletcherの修正Marquardt法で求めた。トレーサのaeに対するVlpの依存性を、円柱状の孔を球状の粒子が移動する場合の膜孔理論(pore theory)にあてはめてrlpとnlpを推定した。

 PvtもFletcherの修正Marquardt法で求めた。Pvtのaeに対する依存性からrviとnvtを推定した。

 各部位におけるVlpとPvtのaeに対する依存性は第1図のようになった。Vlpの測定値を黒丸、Pvtの測定値を白丸で示し、膜孔理論による最尤曲線を実線でrlpとともに示し、小胞輸送説による最尤曲線を破線でrviとともに示した。細動脈側から細静脈側にいくにつれてVlpとPvtは有意に増加した。また分子量が大きくなるにつれてVlpとPvtは有意に減少した。いずれの最尤曲線も測定値に良く合った。

第1図 毛細血管の各部位における対流速度(Vlp)と小胞輸送による透過性(Pvt)トレーサ分子半径(ae)依存性

 各部位におけるrlp、nlp、rvi、nvtの推定値については第2表のような結果を得た。

第2表 large pore及び小胞の大きさと密度の推定値

 このように、細動脈側から細静脈側にいくにつれてrlpは増加し、nlpは細動脈側が一番大きく中間部が一番小さくなった。中間部や細静脈側のrlpやnlpはリンパ/血漿濃度比からpore-stripping法により求められた文献値に良く一致した。

 小胞の壁である細胞膜の厚さを8nmとし、壁の内側を厚さ10nmの糖衣が覆っているとして小胞の外直径を求めると、細動脈側で58nm、中間部で101nm、細静脈側で138nmとなり、細動脈側は文献値78nmより小さくなり他の部位では大きくなった。

 文献によると小胞の直径と密度は各部位で有意差がないので、Pvtが各部位によって異なることは小胞輸送に否定的な結果といえる。

 次に、毛細血管内静水圧を増加させる実験は、FD70を注入した後15分以上コントロールの状態で細静脈側毛細血管周囲の蛍光強度を測定した後、ウサギの胸壁下に置いたバルーンを膨張させて心臓の高さを3〜4cm上げた後、15分以上蛍光強度を測定することによって行った。

 膨張後約10分はCiは急激に増加し、その後増加は緩徐になった。最初にCiが急激に増加したのは、large pore説で考えるとVlpが増加したためであり、次にCiの増加が緩徐になったのは水の濾過によって間質液が増加して、トレーサが希釈されたことによると考えられる。そこで、膨張前後のVlpを変え、また膨張後の毛細血管濾過係数を文献値に固定したり、自由に動かしたりして、curve fittingを行うと、Ciの測定曲線と理論カーブは良く一致し、両者の相関係数は0.958±0.013(mean±SEM、n=4)になった。膨張前のVlpは(2.32±1.05)×10-8cm/sで第1表の結果と同等であったが、膨張後のVlpの値は(4.87±1.09)×10-8cm/sになった。前述のrlpとnlpを用いてpore理論により求められた膨張後のVlpの理論値は(2.72±1.04)×10-8cm/sで、計測値との比は1.79になった。毛細血管の細静脈側は内圧の増加により伸展されやすく、rlpが16%増加したことによると考えられる。

 毛細血管内静水圧が小胞輸送に及ぼす影響に関しては、14cmH2Oの静脈圧の増加によってluminalの小胞の数は有意に変化せず、abluminalの小胞が19%減少したという文献がある。膨張前のPvtを求め、膨張後にluminalの小胞が不変でabluminalの小胞が19%減少してabluminalからluminalに輸送されるトレーサが減少することを考慮に入れて、文献値の濾過係数を用いて膨張後のCiの理論値を求めると、膨張前よりも緩徐な増加しかせず、測定値に一致しなかった。

 以上の如く、毛細血管内静水圧を増加させた実験結果は、large pore説では良く説明できるが、小胞輸送では説明が困難である。

 以上2つの実験結果によりアルブミンよりも大きな高分子はlarge poreを移動して毛細血管壁を移動することが示された。

審査要旨

 本研究は、骨格筋の毛細血管のような連続毛細血管の壁をアルブミンより大きな高分子が透過する機序に関して、透過孔説と小胞輸送説のいずれが正しいかを明らかにするため、ウサギ下腿筋膜張筋で単一毛細血管の蛍光トレーサFITC-デキストラン(FD)に対する透過性の計測を行い、透過機序の分析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.FD溶液を静注した後の筋肉の間質液内トレーサ濃度Ciを、新しく開発されたスリットレーザ顕微鏡により計測し、実質臓器である骨格筋において、分子量14万のFD(Stokes-Einstein半径ae=8.25nm)までに対する透過性の計測が可能であることが示された。

 2.過渡的な間質液内トレーサ濃度変化を透過孔説により解析するときは、厳密には移流拡散方程式を用いなければならないが、3個の未知パラメータを推定することが困難である。そこで、2個の未知パラメータのみを含む定常状態のPatlakの式で近似が可能かどうかを計算機シミュレーションにより検証し、4%以内の誤差で近似が可能であることが示され、理論解析がかなり容易になった。

 3.毛細血管の細動脈側、中間部、細静脈側で、3種類のFD(分子量4万、7万、14万)の透過性パラメータ(透過孔説における対流速度Vlp、Peclet数Pe、透過性Plp、小胞輸送説における見かけの透過性Pvt)を推定したところ、Vlp、Plp、Pvtは細動脈側から細静脈側にいくにつれて有意に増加し、Peの平均値はどれも7以上で細動脈側から細静脈側にいくにつれて有意に減少した。各部位におけるVlp値のトレーサのae値依存性から、膜孔理論(pore theory)により、大透過孔(large pore)の半径rlpと密度nlpを推定したところ、rlpは細動脈側で15nm、中間部で20nm、細静脈側で26nmとなって細動脈側から細静脈側にいくにつれて増加し、nlpは部位間であまり異ならなかった。rlpとnlpは従来のpore-stripping法などのwhole organ measurementによる推定結果と良く一致した。各部位におけるPvt値のae値依存性から、小胞輸送説により小胞の内半径rviと小胞輸送速度nvtを推定したところ、細動脈側から細静脈側にいくにつれて、rviは著しく減少し、nvtは著しく増加した。このことは、電子顕微鏡による観察で、小胞の直径が毛細血管の部位間に有意差がないと報告する文献に一致しない。

 4.心臓を挙上して下肢の毛細血管に静水圧を負荷して透過性の変化を計測したところ、負荷後5〜10分間はトレーサのCiは急激に増加し、次にCiの増加は緩徐になった。透過孔説では、前者の変化はVlpが増加したためであり、後者の変化は毛細血管壁からの水の濾過によって間質液が増加して、トレーサが希釈されたことによると考えられた。これらの変化は透過孔説では合理的に説明できるが、小胞輸送説では説明不可能であることが示された。

 5. 3.と4.から連続毛細血管壁でのアルブミン以上の高分子の透過機序は大透過孔を介する対流(cconvection)であることが示された。

 以上、本論文はウサギ下腿筋膜張筋において、毛細血管のFITC-デキストランに対する透過性の解析から、アルブミン以上の高分子が連続毛細血管壁を透過する機序は大透過孔を介する対流であることを明らかにした。本研究は、透過機序に関する透過孔説と小胞輸送説との30年間の論争に決着をつけるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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