学位論文要旨



No 112021
著者(漢字) 段,建方
著者(英字)
著者(カナ) ダン,ジェンファン
標題(和) 血管周皮腫の病理組織学的研究
標題(洋)
報告番号 112021
報告番号 甲12021
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1077号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 松谷,章司
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 助教授 金井,克光
内容要旨 緒言

 血管周皮腫(hemangiopericytoma:HPC)はWHO軟部腫瘍組織学的分類では血管周囲性腫瘍(perivascular tumor)として分類され,良性と悪性のものがあることが知られている。本腫瘍を初めて報告したのはStoutとMurray(1942年)で,それ以来50年以上の歴史があるが,いくつかの問題が残されている。

 1.細胞起源について:HPCの細胞起源は伝統的な血管周皮細胞(pericyte)由來説と,近年の未分化間葉系細胞由來説があるが,最終的な結論は出ていない。近年本腫瘍細胞の一部はFVIII-R-Ag陽性を示し,内皮細胞への分化を示しうる腫瘍が含まれている可能性も指摘されていて,組織発生と腫瘍細胞の性格に関する問題はさらに複雑になった。最近の免疫組織化学的研究では,血管周皮細胞は-smooth muscle actinとvimentinが陽性で,desminは陰性であるのが特徴とされており,これらのマーカーをHPCの解析に用いることにより,HPCの細胞起源について新たな結果が得られると期待される。

 2.鑑別診断:血管周皮腫様パターンは,他の間葉系悪性腫瘍,例えば,間葉性軟骨肉腫(MCS),悪性線維性組織球腫(MFH),線維肉腫,悪性神経鞘腫,滑膜肉腫などにも見られることがあり,このような血管周皮腫様パターンを示す肉腫(HPC-like sarcoma)とHPCの鑑別診断は,いままで,除外診断することによってなされてきた。1992年,NemesはHPCの鑑別診断にFXIIIaに対する抗体を用い,HPCではFXIIIaが陽性であることを最初に報告したが,FXIIIaの鑑別診断における有用性については十分に検討する必要がある。

 3.血管新生の機序:いままで数種類の血管新生因子が発見されており,それらの中でEGF(epidermal growth factor),FGFs(fibroblast growth factors),TGF(transforming growth factor),VEGF(vascular endothelial growth factor)などが有名であるが,最も注目されているのがVEGFであり,これは血管内皮細胞に選択的に作用することが他の増殖因子と異なる大きな特徴である。VEGFはさまざまな正常細胞で産生,分泌されるが,多くの腫瘍細胞からも分泌され,腫瘍の血管新生に関与していることが報告されている。HPC並びにHPC-like sarcomaでのVEGFの局在については未だに報告がないので,抗VEGF抗体を用いて免疫組織化学的検討を加える必要がある。

 4.良性と悪性の鑑別診断:HPCには良性のものと悪性のものが存在することが知られているが,その鑑別はなかなか難しい。組織学的には良性のように見えるが,臨床的には再発や転移を来たし,悪性経過をとる症例もあることから,組織学的な良性,悪性の判定は困難であるとされている。一方,悪性腫瘍での変異型p53陽性細胞の出現率は腫瘍の悪性度および予後と相関するとした報告は数多く発表されている。HPCにおけるp53蛋白の発現は未だに報告されてなく,p53蛋白の陽性率とHPCの良性・悪性の分類や予後が相関するかどうか検討する価値があると思われる。

 以上のような問題点をふまえ,本研究では下記の点について調べた。第一に,HPCの細胞性格を明らかにするために,FXIIIa,FVIII-R-Ag,-smooth muscle actin,muscle-specific actin,pan actin,vimentin,desminなどに対する抗体を使用し,免疫組織化学的染色を行なった。さらに二重免疫組織化学的染色により,詳細な検討を加えた。同時に,HPC-like sarcomaでも同様の染色を行い,これらの染色の鑑別診断における意義を検討した。第二に,抗VEGF抗体を使って,HPCとHPC-like sarcomaにおけるVEGFの局在を免疫組織化学的に調べて,血管新生の機序を追求した。最後に,フローサイトメトリーで腫瘍細胞のDNA ploidyを測定し,また,免疫組織化学的染色で抗p53,Ki67,PCNA抗体を使って細胞増殖能を調べ,これらの結果がHPCの良性と悪性の鑑別に有用であるがどうか比較検討した。さらに,良性・悪性の鑑別の客観的な基準を検討した。

材料と方法

 東京大学附属病院病理部にて1970年から1992年までに手術的に摘出され,組織学的に血管周皮腫(HPC)と診断された軟部,骨組織原発の12症例の中の,再発・転移例を含む23検体を対象とした。鑑別診断のため,部分像として血管周皮腫様パターンを有する骨・軟部肉腫(HPC-like sarcoma)27症例を選んだ。

 方法:

 1.臨床的および病理形態学的検討:HPCの各症例の年令,性,手術後腫瘍の再発・転移の有無,核分裂像の数,腫瘍細胞の多形性の有無,出血・壊死の有無について検討した。それから,HPCの症例を良性・悪性の2群を分類した。また,HPCの組織学的亜分類については,Battiforaらに従い,A型,B型,C型の三つの亜型に細分類した。

 2.免疫組織化学:手術材料のホルマリン固定,パラフィン包埋材料を利用し,ABCperoxidase法とABC alkaline phosphatase法を適用した。

 3.二重免疫組織化学:上述の材料を利用し,ABC peroxidase/ABC alkaline phosphatase法を適用した。

 4.フローサイトメトリー(Flow cytometry:FCM):手術材料のホルマリン固定,パラフィン包埋されたHPC原発巣と再発部のブロックを利用し,DNA ploidyをフローサイトメトリーを用いて測定した。

 5.統計学的検定:HPC原発巣のp53,Ki67,PCNA陽性細胞率及びFCMでのS期細胞の割合(%),また,発症年令について,良性と悪性の2群の間で,Mann-Whitney U testを行い,統計学的な有意差を検定した。さらに,HPC原発巣のp53,Ki67,PCNA陽性細胞率及びS期細胞の割合(%)の各2つの変数間の相関をSpearman rank correlation testで検定した。

結果及び考察

 臨床的および病理形態学的検討では,12例中良性とされたものは7例で,悪性とされたものは5例であった。良性群の平均年令は51才で,悪性群の平均年令は31才であった。悪性とされたものにはBattiforaのA型が多かった。抗-sm-actin抗体を用いた免疫組織化学では,BattiforaのA型,B型の腫瘍組織の毛細血管の外側にある一層の細胞が陽性に染色され,毛細血管と接していない腫瘍細胞は染まらなかった。BattiforaのC型の像を示した1例のみ,-sm-actinが局所的に腫瘍細胞に陽性であり,他のC型の症例でも,毛細血管に相当する所にも一層の-sm-actin陽性細胞が見られた。HHF35と抗Pan-actin抗体の染色態度は抗-sm-actin抗体の場合と類似していた。抗Vimentin抗体による染色は全症例に陽性であった。抗Desmin抗体では腫瘍組織の毛細血管の外側に見られた-sm-actin陽性かつVimentin陽性細胞は陰性であり,それ以外の腫瘍細胞も陰性であった。FVIII-R-Ag陽性細胞は明らかな血管内皮細胞以外にも,C型の一部分に散在性に認められた。また,HPCの全症例において抗FXIIIa抗体で陽性所見が得られ,FXIIIa陽性細胞の全腫瘍細胞中の割合は6-35%,平均18%であった。Lysozyme陽性細胞としては血管内の単核球と壊死部のマクロファージがあったが,腫瘍細胞は陰性であった。HPC-like sarcomaでは,悪性線維性組織球腫と線維肉腫がFXIIIa陽性であるが,間葉性軟骨肉腫,悪性神経鞘腫,滑膜肉腫,平滑筋肉腫及び脂肪肉腫はすべては陰性であった。抗VEGF抗体ではHPCの10/12例,HPC-like sarcomaの24/27例に陽性所見が観察された。抗p53抗体,Ki67と抗PCNA抗体はHPCの症例に限り調べた。抗p53抗体では12例の原発巣の中で9例が陽性であり(陽性率9/12,75%),良性例は全て陰性であった。抗Ki67抗体と抗PCNA抗体とも11/12例ずつ陽性であった。良性と悪性の2群の間の統計学的検定で,発症年令はP=0.0230で,p53陽性細胞率はP=0.0409で,K167陽性細胞率はP=0.0424であり,発症年令,p53陽性細胞率とKi67陽性細胞率に関しては危険率5%で統計学的両群の間に有意差が認められた。

 以上をまとめて,本研究ではHPCにおける腫瘍細胞の起源について,HPCとHPC-like sarcomaとの鑑別診断,及び類似の血管パターンの成因について,さらにHPCの良性・悪性の鑑別について検討した。その結果,下記のような結論を得た。

 1.HPCで血管内皮細胞の外側に増殖している細胞には,内皮細胞に接している非腫瘍性の血管周皮細胞と,血管内皮細胞から離れて増殖する真の腫瘍細胞があり,腫瘍細胞には周皮細胞にも内皮細胞にも分化する傾向が認められない。従来,電顕的研究で指摘されていた基底膜の近傍に出現する周皮細胞の特徴を持つ細胞は,腫瘍細胞ではなく,非腫瘍性の血管周皮細胞と考えられた。

 2.HPCとHPC-like sarcomaの鑑別診断には,HPCでは腫瘍細胞がFXIIIa陽性であるため,その免疫染色が補助診断のひとつとなり得るが,悪性線維性組織球腫や線維肉腫でも腫瘍細胞のFXIIIa陽性所見が得られる点に注意する必要がある。HPCにおけるFXIIIa陽性所見の組織発生における意義は,今後慎重に検討していく必要がある。現段階で,HPCの腫瘍細胞の由来について明確な結論を出すのは困難である。

 3.HPCとHPC-like sarcomaで腫瘍細胞にVEGFの局在が見られ,これらの腫瘍における特異な血管パターンの形成に,VEGFが関与している可能性が示唆された。HPCとHPClike sarcomaにおける血管の構成は血管新生の結果と同様で,血管内皮細胞とその外側に位置する血管周皮細胞よりなる毛細血管壁構築像が見られた。

 4.HPCの良性・悪性の2群の間で,p53陽性細胞率とKi67陽性細胞率に統計学的に有意差が認められた。これらの二つのパラメーターを組み合わせることにより,HPCの良性・悪性の鑑別がより客観的になると考えられた。

審査要旨

 本研究は血管周皮腫の細胞起源,鑑別診断,血管新生の機序および良性・悪性の鑑別を明らかにするため,臨床的および病理形態学的検討,免疫組織化学,二重免疫組織化学とフローサイトメトリーの方法を試みたものであり,下記の結果を得ている。

 1. 臨床的および病理形態学的検討では,12例中良性のものは7例で,悪性のものは5例であった。良性群の平均年令は51才で,悪性群の平均年令は31才であり,発症年令について,良性と悪性の2群の間で,有意差がみられた。悪性とされたものにはBattiforaのA型が多かった。

 2. 免疫組織化学では,BattiforaらのA型,B型の腫瘍組織の毛細血管の外側にある一層の細胞が陽性に染色され,毛細血管と接していない腫瘍細胞は染まらなかった。BattiforaらのC型の症例でも,毛細血管に相当する所に一層の-sm-actin陽性細胞が見られた。抗Vimentin抗体による染色は全症例に陽性であった。抗Desmin抗体では腫瘍組織の毛細血管の外側に見られた-sm-actin陽性かつVimentin陽性細胞は陰性であり,それ以外の腫瘍細胞も陰性であった。FVIII-R-Ag陽性細胞は明らかな血管内皮細胞以外にも,C型の一部分に散在性に認められた。また,HPCの全症例において抗FXIIIa抗体で陽性所見が得られ,FXIIIa陽性細胞の全腫瘍細胞中の割合は6-35%,平均18%であった。Lysozyme陽性細胞としては血管内の単核球と壊死部のマクロファージがあったが,腫瘍細胞は陰性であった。

 3. 二重免疫組織化学的染色の結果は,1)FVIII-R-Ag陽性がつ-sm-actin陽性(co-expression)となる細胞は見られない,2)A型,B型の場合に一層の-sm-actin陽性細胞が血管壁外側に位置している,3)C型で見られた単独のFVIII-R-Ag陽性細胞の周囲に常に-sm-actin陽性細胞がみられる,4)血管の間に増殖する細胞は-sm-actin陰性である。これらの所見から,血管内皮細胞の外側に接している細胞と血管内皮細胞から離れて存在している細胞とは位置的に明確な違いを示しており,また,-sm-actinに対する免疫組織化学的にも明らかな相違のあることより,これらは2種類の細胞が存在することが考えられた。-sm-actin陽性細胞は毛細血管内皮細胞の外側に位置している一層の細胞であり,血管周皮細胞の位置的特徴を持っていると考えられ,さらに,免疫組織化学的結果により,-sm-actin陽性かつvimentin陽性で,desmin陰性である点も血管周皮細胞の免疫組織化学的特徴と一致すると考えられた。血管内皮細胞から離れて存在しており-sm-actin陰性の細胞は血管周皮腫の腫瘍細胞であると考えられた。C型の場合は,A,B型の場合と同様,FVIII-R-Ag陽性の内皮細胞と考えれる細胞と-sm-actin陽性の周皮細胞と考えられる細胞が毛細血管に相当する所に存在する。また,単独のFVIII-R-Ag陽性細胞の周囲にも常に-sm-actin陽性細胞がみられる。この所見は血管内皮細胞と血管周皮細胞の組織学的な位置関係と免疫組織化学的特徴を示しているので,この単独のFVIII-R-Ag陽性細胞は非腫瘍性の血管内皮細胞と考えられた。

 4. 本研究の血管周皮腫(HPC)とHPC-like sarcomaの大部分の症例がVEGF陽性を示したことにより,これらの腫瘍における特徴的な血管パターン形成の原因の一つとして,腫瘍細胞によるVEGF産生が関与している可能性が示唆された。

 5. 血管周皮腫の良性・悪性の2群の間で,p53陽性細胞率とKi67陽性細胞率について2パラメーター散布図を作製すると,良性例と悪性例の分布が分離する傾向が見られ,この二つのパラメーターの組み合わせをすることにより,HPCの良性・悪性の鑑別が,より客観的になると考えられた。

 以上,本論文は血管周皮腫の問題点をふまえ,病理組織学的研究から,血管周皮腫の細胞は,血管の間に増殖する細胞で,血管周皮細胞及び血管内皮細胞のいずれの方向への分化も示さない細胞であることが明らかになった。血管周皮腫における特徴的な血管パターン形成には,腫瘍細胞によるVEGF産生が関与している可能性が示唆された。血管周皮腫のp53陽性細胞率とKi67陽性細胞率に統計学的に有意差が認められ,これらの二つのパラメーターを組み合わせることにより,HPCの良性・悪性の鑑別がより客観的になると考えられた。本研究は従来なされておらず,あきらかにできた新知見を得たと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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