子宮内膜腺癌は、日本では欧米諸国に比して罹患率が低い癌とされてきたが、近年になり次第に増加しつつある癌の1つとして注目されている。子宮内膜腺癌の発生については、エストロゲンの関与が指摘されてきたが、最近では癌遺伝子、癌抑制遺伝子の関与も報告されている。更に、近年、子宮内膜腺癌をエストロゲンの関与の強い型とエストロゲンの関与がほとんど考えられない型の2型に分けて考えるようになり、特に後者の癌の発生要因として癌遺伝子及び癌抑制遺伝子等の関与が想定されている。 一方、子宮内膜腺癌の前癌状態として捉えられてきた病変に子宮内膜増殖症がある。子宮内膜増殖症は、細胞異型の有無によって癌への移行率が全く異なることが疫学的に示されたため、WHO新分類では、細胞異型と構造異型の観点から子宮内膜増殖症を4分類しているが、日本ではまだ一般にこの分類を取り入れていないため、前癌病変としての位置付けの区分が不明確である。 本研究においては、子宮内膜増殖症症例をWHO新分類に基いて病理組織学的に分類し、日本の現行の取扱い規約(WHO旧分類)と対比させた。また、子宮内膜腺癌症例については以下の事項を検討するために組織学的分化度別、筋層浸潤の深達度別について分類した。各症例の性ホルモンレセプターの発現状況、細胞の増殖能、癌遺伝子産物の発現及び癌抑制遺伝子p53の過剰発現については免疫組織化学的に検索し、子宮内膜増殖症と子宮内膜腺癌との関係、細胞異型を伴う子宮内膜増殖症と伴わない子宮内膜増殖症との関係、構造異型の単純な子宮内膜増殖症と複雑な子宮内膜増殖症との関係、及び、子宮内膜腺癌における癌遺伝子、癌抑制遺伝子の発現および増殖能についての検索結果と組織学的分化度、深達度並びにホルモン状況との関係を調べた。そして、これらの検討を通じて、1)子宮内膜腺癌に発現している因子を病理組織学的特徴との関係において明らかにすること、及び、2)子宮内膜増殖症の子宮内膜腺癌に対する病理組織学的位置付けを明らかにすることを目的とした。 材料と方法 東京大学医学部付属病院病理部で扱った1985年から1994年までの子宮内膜増殖症生検材料96例及び子宮内膜腺癌手術材料84例の計180例を用いた。 1.病理組織学的検討:全例のヘマトキシリン-エオジン染色標本を用い、検索した。子宮内膜増殖症については、WHO新分類及びWHO旧分類に基いて分類し、対比させた。子宮内膜腺癌については子宮体癌取扱い規約に従って組織学的Grade分類及び筋層浸潤の深達度分類を行なった。 2.免疫組織化学的検索:ホルマリン固定パラフィン包埋標本を用い、LSAB法にて免疫染色を行なった。用いた1次抗体は、マウス抗エストロゲンレセプターモノクローナル抗体、マウス抗プロゲステロンレセプターモノクローナル抗体、マウス抗p53モノクローナル抗体、マウス抗bc1-2モノクローナル抗体、マウス抗ras p21モノクローナル抗体、ウサギ抗EGFレセプターポリクローナル抗体、ウサギ抗c-erbB-2遺伝子産物ポリクローナル抗体及びマウス抗Ki-67核抗原モノクローナル抗体(MIB1)である。 3.免疫組織化学的検索結果を病理組織学的所見と対応させ、本研究で得られた結果の統計学的有意差の有無を検討した。 結果 1.病理組織学的所見:子宮内膜増殖症96例は、WHO新分類の単純型子宮内膜増殖症49例(旧分類の嚢胞性腺増殖症43例、腺腫性増殖症6例)、複雑型子宮内膜増殖症8例(旧分類の腺腫性増殖症8例)、単純型子宮内膜異型増殖症9例(旧分類の嚢胞性腺増殖症1例、異型増殖症8例)、及び、複雑型子宮内膜異型増殖症30例(旧分類の異型増殖症26例、腺腫性増殖症4例)であった。子宮内膜腺癌84例は、子宮体癌取扱い規約のGrade1症例58例、Grade2症例20例、Grade3症例6例であった。筋層浸潤については、筋層浸潤のないもの11例、筋層の内側1/3までの浸潤32例、筋層の1/3から2/3までの浸潤23例、筋層の2/3を越える浸潤18例であった。 2.免疫組織化学的検索結果:エストロゲンレセプターの発現は子宮内膜増殖症の94.8%に、子宮内膜腺癌の70.2%に認められた。プロゲステロンレセプターの発現は子宮内膜増殖症の93.8%に、子宮内膜腺癌の75.0%に認められた。p53蛋白の過剰発現は、子宮内膜増殖症の8.3%に、子宮内膜腺癌の28.6%に認められた。bc1-2蛋白の発現は、子宮内膜増殖症の87.5%に、子宮内膜腺癌の51.2%に認められた。ras p21の発現は、子宮内膜増殖症の47.9%に、子宮内膜腺癌の73.5%に認められた。EGFレセプターの発現は、子宮内膜増殖症の69.8%、子宮内膜腺癌の75.9%に認められた。c-erbB-2遺伝子産物の発現は、子宮内膜増殖症の17.7%に、子宮内膜腺癌の49.4%に認められた。Ki-67 labeling indexは、子宮内膜増殖症では25.7±15.4、子宮内膜腺癌では49.7±18.9であった。 3.病理組織学的所見と免疫組織化学的検索結果との関係考察 子宮内膜増殖症は、現行の子宮体癌取扱い規約(WHO旧分類)では、異型を構造異型と細胞異型との総合的な判断で診断しているが、子宮内膜増殖症の前癌状態としての経過は細胞異型の有無によって全く異なることが報告されており、WHO新分類では、構造異型と細胞異型の観点を明確に区別して4分類している。日本にこの分類が取り入れられるのに先立って、東大病院の子宮内膜増殖症例96例をこの4分類で検討してみたところ、今までの嚢胞性腺増殖症については、新分類の単純型子宮内膜増殖症に大部分が含まれ、今までの異型増殖症については、新分類の複雑型子宮内膜異型増殖症に大部分が相当し、これらについては特に問題はないと考えられたが、今までの腺腫性増殖症には細胞異型の点で様々な程度の症例が含まれてしまっていたことがわかった。新分類では細胞異型が少しでもあれば、構造異型の程度にかかわらず子宮内膜異型増殖症に入れられるため、前癌病変として適切に対処されることが可能となるであろう。 子宮内膜腺癌の発生については、エストロゲンの持続的優位な環境の存在が癌発生の促進に関わっていると考えられてきたが、近年、エストロゲンでは発生の説明がつかない内膜腺癌も注目されている。本研究においては、エストロゲンレセプター及びプロゲステロンレセプターの発現は子宮内膜増殖症に高率に認められ、子宮内膜腺癌に対して有意差があり、更に、癌のGradeの上昇に伴って、発現の低下が認められた。エストロゲンレセプター、プロゲステロンレセプターの発現のない癌ではエストロゲンの関与以外の発生要因を主として考えなければならず、特に、Gradeの高い癌においてその発生母地にエストロゲン環境以外の要因の関与を考える必要があることがわかった。 子宮内膜腺癌に対する癌関連遺伝子の関与については複数の遺伝子が発生、進展の様々な段階に少しずつ関わっていると想定される。本研究においては、癌抑制遺伝子p53の過剰発現が子宮内膜腺癌に有意に認められ、子宮内膜増殖症では細胞異型を伴う子宮内膜増殖症に認められ、p53は子宮内膜腺癌の癌化の初期に関与していることが示唆された。また、p53の発現が高い例で筋層浸潤が顕著なことから、癌の進展にもp53が関与している可能性が考えられた。また、p53の過剰発現とエストロゲンレセプターの発現との逆相関も示され、特にエストロゲンの関与が考えにくい症例の癌発生の一要因としてp53の突然変異が注目されることがわかった。 癌遺伝子bc1-2の子宮内膜腺癌との関連はまだあまり報告されていないが、本研究により、bc1-2の発現はGradeの低い内膜腺癌に高率であることが示された。また、子宮内膜増殖症にも高率に発現しており、プロゲステロンレセプターの発現との間に正相関も認められ、正常内膜で報告されたのと同様のホルモン依存性の発現が主であることがわかった。この他の癌遺伝子に関しては、本研究において、ras p21の発現が、分化度の高い癌の癌化の初期に関与している可能性が示唆され、一方、c-erbB-2が、前癌状態から癌へと進む段階に関与していることが示唆された。c-erbB-2については、更に、発現が高率な例ほど筋層浸潤が深いことから、癌の進展にも関与している可能性が示された。 また、細胞の増殖能の指標としてKi-67の検索を行なったが、Ki-67のlabeling indexには、複雑型子宮内膜異型増殖症と子宮内膜腺癌Grade1との間で有意な差が示され、しばしば日常診断で問題となる両者の鑑別にKi-67の検索が一助となる可能性が示された。 |