本研究は上皮様分化を示す2つの代表的な肉腫,滑膜肉腫及び類上皮肉腫について,上皮系マーカー及び間葉系マーカーの発現態度を検討し,さらにその上皮様分化へのhepatocyte growth factor(HGF)及びHGFレセプターであるc-met proto-oncogene産物(c-Met)の関与について検討したものであり,以下の結果を得ている. 1.滑膜肉腫12例(二相性型6例,単相線維性型6例)及び類上皮肉腫11例の生検,手術検体のホルマリン固定,バラフィン包埋切片を用いた上皮系マーカー(サイトケラチン)及び間葉系マーカー(ビメンチン)の発現に関する免疫組織化学的検索を行った.サイトケラチンについては低分子量から中分子量のサブセットが二相性滑膜肉腫の上皮成分及び単相線維性型の上皮様胞巣にびまん性の陽性所見が見られる一方,二相性型の紡錘形細胞成分及び単相線維性型の上皮様胞巣以外の部分では疎らな陽性所見を認めるのみであった.ビメンチンは二相性滑膜肉腫の上皮成分及び単相線維性型の上皮様胞巣はほぼ陰性であるが二相性型の紡錘形細胞成分及び単相線維性型の上皮様胞巣以外の部分にはびまん性の陽性所見を認めた.高分子量のサイトケラチンの発現には乏しかった.滑膜肉腫の上皮様分化は特定の上皮への分化傾向を示していないと考えられた. 類上皮肉腫のすべての腫瘍細胞は上皮系マーカーと間葉系マーカーを同時に発現している特異なものであった. 2.1と同様の検体に対してHGF及びc-Metの発現を免疫組織化学的に検討したところ,二相性滑膜肉腫では上皮成分にHGF及びc-Metのびまん性の陽性所見がみられたが紡錘形細胞成分及び単相線維性型ではいずれも陰性であった.但し,単相線維性型の上皮様胞巣にはc-Metのみの陽性所見が見られた.類上皮肉腫ではHGF及びc-Metは腫瘍細胞にびまん性かつ同時に陽性であった.二相性滑膜肉腫及び類上皮肉腫ではHGF/c-Metシステムがオートクリン的に働いて上皮様形態形成に関与する可能性が示された. 3.二相性滑膜肉腫1例,単相性滑膜肉腫2例,類上皮肉腫2例の凍結検体よりtotal RNAを抽出し,Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)法によりHGEcDNA(743塩基対)を増幅し,HGFcDNAプローブを用いてSouthern blottingを行った.この結果,二相性滑膜肉腫,上皮様胞巣を伴う単相線維性滑膜肉腫の1例及び類上皮肉腫の1例において陽性のバンドを検出し,これらの症例では腫瘍内でのHGFメッセンジャーRNA(HGEmRNA)の存在を確認した.これにより腫瘍組織内でのHGEの産生の可能性が支持された. 4.HGFmRNAの発現が確認された二相性滑膜肉腫及び類上皮肉腫の各1例に対してその局在を知る目的でHGFcRNAプローブを用いたin situ hybridizationを行った.しかし,いずれの症例においても腫瘍細胞にシグナルは検出されず,HGEmRNAの発現量が検出感度以下であったと結論した. 5.HGF及びc-Metの発現についてさらに解析を行うため二相性滑膜肉腫由来細胞株(SW982)及び単相線維性滑膜肉腫由来細胞株(HS-SY-II)を用いた.これらの細胞株よりtotal RNAを抽出しHGFcDNAプローブを用いてNorthern blottingを行った.いずれの細胞株でもバンドは検出されず,HGFmRNAの発現は細胞株では殆ど無いと結論した. 6.これらの細胞株よりタンパク質を抽出し,抗c-Met抗体を用い免疫沈降法及びWestern blottingを行った.SW982では陽性コントロールである扁平上皮癌由来細胞株(A431)と同様の強さのバドが見られたがHS-SY-IIでは陽性のバンドは微弱であった.両者発現には差があり,それぞれの由来する組織型でのc-Metの免疫組化学的検索結果との相関性が見られた. 7.c-Metの発現が強く見られたSW982について,培養上清中にリコンビナントヒトHGE(rhHGF)を添加し,c-Metの活性化をチロシンリン酸化を指標とし検出した(抗c-Met抗体及び抗リン酸化チロシン抗体を用いた免疫沈降法及びWestern blot法).その結果,rhHGF刺激によりレセプターの活性化が確認された. 8.さらにrhHGF添加後72時間培螢し,形態の変化を観察したが明らかな変化は見られなかった.通常の培養条件下では形態形成は誘導できないと結論した. 以上,本論文では二相性滑膜肉腫及び類上皮肉腫でのHGE及びc-Metの免疫組織化学的同時発現を示し,さらに二相性滑膜肉腫については培養細胞株を用いてHGEによるc-Metの活性化を確認した.これらの肉腫ではその上皮様形態形成にHGE/c-Metシステムがオートクリンあるいはパラクリンの様式で関与する可能性を示唆している肉腫の上皮様分化について検討することは,その発生組織由来や組織型形成機序などの腫瘍病理学的な側面の理解だけでなく,広く上皮間葉系相互作用の解析や発生初期に見られる間葉系細胞から上皮細胞への転換現象を解明する上でも重要な知見を提供すると考えられ,学位の授与に値するものと考えられる. |