学位論文要旨



No 112031
著者(漢字) 于,甬申
著者(英字)
著者(カナ) イウ,ユンセン
標題(和) TGF- II型受容体プロモーターの分離及び機能領域の解析
標題(洋) Isolation and analysis of the promoter for the TGF- type II recepter gene
報告番号 112031
報告番号 甲12031
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1087号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 吉田,光昭
 東京大学 講師 永田,昭久
内容要旨 序論

 Transformation growth factor-(TGF-)はもともと形質転換活性をもつ増殖因子として発見されたが、その後多くの細胞に対し強力な増殖抑制作用を持つことが示されて、TGF-と発癌との関係が注目されるようになった。一般に、増殖因子と癌の関係を研究していく場合、その受容体も含め他形で研究する必要がある。TGF-のような増殖制御因子の場合は特にそうである。

 TGF-に対する受容体はI型からV型まで5つあることが知られているが、その中でもII型受容体(TGF-RII)は、増殖抑制機能に重要であると考えられている。

 ヒトのTGF-RIIはシステイン残基に富む細胞外領域、1回膜貫通領域、セリン/スレオニンキナーゼを含む細胞質領域から成る膜蛋白質である。TGF-RIIのキナーゼ領域は自己のセリン/スレオニン残基をin vitroでリン酸化することができることからTGF-RIIは信号伝達機構役割を担っていると考えられている。

 もし、TGF-が生体内で細胞が増殖しない状態を維持していくのに主要な役割を果たしているとすると、TGF-に応答できない細胞は、無制限に増殖する細胞となる可能性がある。実際、ヒトの悪性腫瘍に細胞株では細胞表面のTGF-受容体の数が減少している例が知られていた。これらのことは、TGF-RIIの発現が細胞増殖の負の制御に関与していることを示唆している。

 私は上記の例から考えて、一般的TGF-と癌細胞の増殖の制御との関係はTGF-RIIの発現の変化が主要な役割を果たすのではないかと考え、TGF-RIIの発現調節機構を解析するため、以下の研究を行った。

結果と考察TGF-RII遺伝子の発現解析

 TGF-RII遺伝子の発現と細胞の形質転換の関連を検討した。各種培養細胞から全RNAを抽出し、TGF-RIIのcDNAをプローブとして、ノーザン法を行った。TGF-RIImRNAの発現は胃癌(MKN28)、子宮頚癌(HeLa)、前骨髄球性白血病(HL60)の各細胞株では非常に低く、肝細胞癌細胞株(HepG2)では非常に多くなっていた。

 DNA型癌ウイルスのアデノウイルスやSV40で形質転換したヒト線維芽細胞株(293、TIG-wt)でも、形質転換前のTIG細胞よりTGF-RIImRNAの発現が1/7以下になっていることを見出した。

 さらに、SV40をCV1細胞に感染(m.o.i.10)させると、TGF-RIImRNAのレベルは感染後24時間では変化しないが、感染後48時間では著名に減少していることを見出した。SV40の感染に伴うTGF-そのもののmRNAの発現変化は見られなかった。

 上記の結果から、多くの癌細胞でTGF-RIImRNAの発現が低いことを確認した。さらに、SV40による形質転換後のTIG細胞のTGF-RIImRNAの発現の減少も見い出した。また、SV40感染後のCV1細胞におけるTGF-RIImRNAの発現も減少するが、この発現減少は比較的早い時期に現われたことで、この変化は染色体上の変異によるものではないと考えられた。同時に、SV40感染によりTGF-mRNAの発現変化は見られないことから、変化はmRNAのレベルが全体として下がるせいではなくTGF-RIIに特異的と考えられる。TGF-RIIはTGF-より細胞の形質転換に深く関係している可能性が高い。HepG2細胞におけるTGF-RIIの高い発現に関してはその機構は不明である。

TGF-RIIプロモーターのクローニングと解析

 TGF-RIImRNA発現調節機構を調べるために、この遺伝子のプロモーター領域の分離を行った。ファージSharon4Aのヒトゲノムライブラリーから、TGF-RIIcDNA5’-末側の337bp断片をプローブとしてプラークハイプリダイゼーションを行い、約30万クローンをスクリニーグし、陽性クローンを得た。その中のゲノム断片の制限酵素マップをサザン法で明らかにし、TGF-RIIcDNAの5’-末開始点上流1.1k、下流330bpの1430bpの領域を含んでいることを確認した。

 プロモーター活性を測定するルシフェラーゼアッセイ用plasmid pGL2Basicに1430bpの領域をつなぎ(pGL32)、ルシフェラーゼアッセイにより、このクローンはプロモーター活性があることを見い出した。

 次に、pGL32の塩基配列をALFシークンサー(Pharmcia)を使い、ジデオキシ法で決定した。塩基配列の特徴はTATAボックス及びCAATボックスが存在しない。また、転写因子結合エレメントとしては、Sp1配列がcDNAの第一塩基を+1として、-25→-20と-142→-137の2カ所にある。また、-185→-180にAP1配列が存在する。

 プロモーター活性に必要な最小領域を決定するために、pGL32から種々の欠失株、変異株を作製し、CV1細胞でルシフェラーゼアッセイを行い、各欠失、変異株の転写活性を測定した。その結果、転写開始領域付近にそれぞれ単独でプロモーターとして機能しうる約80bp程度の2つの領域が互いに接していることがわかった。これらのプロモーター活性がある領域につき、TGF-RII遺伝子のcDNAの第一塩基を含むものをP1、その上流に存在するものをP2と命名した。

 まず、P1の領域について解析した。-22→+55と-15→+330領域にはプロモーター活性があったが、-48→+17と-9→+340領域は活性がなかった。これはP1の活性には+18→+55及び-22→-9の領域中に不可欠な塩基配列が存在することを示している。また-22→+35の領域のプロモーター活性は-22→+55の領域の活性と比べ1/3以下に低下した。これは、P1のプロモーター活性機能を担う塩基配列の末端がが下流側の+35→+55の領域に存在することを示している。

 以上をまとめると、P1のプロモーター活性を担う領域は-15から+55までの領域中にあり、その中でも-15→+35の領域がこのプロモーター活性が不可欠であることを明らかにした。

 次にP2の領域について解析した。-137→-22領域は-1.1k→-22領域と変わらぬプロモーター活性を示した。-105→-22領域は-137→-22領域の1/2プロモーター活性があった。-105→-48及び-1.1k→-48の領域の活性は-105→-22領域のと比べ1/3しかなかった。-48→+17領域はプロモーター活性がなっかた。これらの結果は、P2は-137→-22の領域にある。その中に-137→-105と-48→-22の領域はプロモーターの活性に影響を持つ部分である。

 まとめ、TGF-RII遺伝子はP1ならびにP2の2つのプロモーターによって発現を制御されていると言える。P1のプロモーター活性がある領域には、これまで報告されている特異的塩基配列は転写因子モチーフが存在しない。従って、今回見出したTGF-RIIプロモーターは、まだ知られていない構造を持つ可能性がある。

結語

 TGF-RII遺伝子のプロモーター領域を分離し、その領域の活性にかかわる塩基配列を決定した。この領域は、2つのプロモーター活性を持つ部分から成る。プロモーター1(P1)は約70bp程塩基配列(-22→+55)からなり、その5’側の6bpの塩基配列はP1の活性に不可欠な部分である。プロモーター2(P2)は-137→-22の間にある。その中心活性部分は-105→-48の領域であるが、その5’側および3’側はP2の活性に影響を持つ領域である。上記P2不可欠な領域の中には知られている転写因子のモチーフが存在していない。すなわち、TGF-RII遺伝子のプロモーターはまだ発表されていないモチーフを持つ可能性が大きいと考えている。

 CV1細胞におけるSV40感染にともなうTGF-RIImRNAの発現減少は、細胞の染色体上の転写調節領域の変異によるものではなく、転写因子の変化によるもの可能性がある。TGF-RII遺伝子のプロモーター領域の解析により、この遺伝子の発現に関与する因子の発見につながることを期待している。

審査要旨

 本研究は細胞増殖を制御するTGF-遺伝子の受容体の転写制御メカニズムを知るために、そのプロモーター領域の分離とその機能的解析を行ったもので、以下の結果を得ている。

 1.多くの癌細胞でTGF-RIImRNAの発現が低いことを確認した。さらに、SV40による形質転換後のTIG細胞のTGF-RIImRNAの発現の減少も見い出した。

 2.TGF-RIImRNA発現調節機構を調べるために、この遺伝子のプロモーター領域の分離を行った。そしてルシフェラーゼアッセイにより、このクローンにプロモーター活性があることを見い出した。しかしこの領域はTATAボックス及びCAATボックスが存在しなかった。

 3.このプロモーター活性に必要な最小領域を決定するために、欠失変異株を作成し、その転写活性を測定した。その結果、転写開始領域付近にそれぞれ単独でプロモーターとして機能しうる約80bp程度の2つの領域(P1及びP2)が互いに接していることがわかった。TGF-RII遺伝子の発現は、P1ならびにP2の2つのプロモーター領域によって制御されている、新しいタイプのものであると推定された。

 4.P2のプロモーター活性がある領域には、これまで報告されている特異的塩基配列は転写因子モチーフが存在しない。従って、今回見い出したTGF-RIIプロモーターは、転写活性に関与するまだ知られていない構造を持つ可能性がある。

 以上、本論文はTGF-RII受容体遺伝子のプロモーターの構造について解析し、そこに新しいタイプのプロモーター構造を見い出し、遺伝子の転写制御機構の解明に新しい視点を与えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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