内容要旨 | | 【序論】 ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)は,健常成人に感染した場合,大部分は臨床症状を示さない不顕性感染をおこす.しかし,骨髄移植時や後天性免疫不全症候群(AIDS)などの免疫不全状態にある患者では,日和見感染をおこし,致命的な間質性肺炎,網膜炎などの疾患の原因になる,これは,一度感染した後宿主に潜伏感染したウイルスの再活性化に起因することが多い.この潜伏感染と再活性化の機序は不明である. HCMVのゲノムは直鎖状二本鎖DNA(229キロ塩基対)である.現在,HCMV実験室株AD169株のゲノムの全塩基配列が明らかになっており,それによるとゲノム上に200以上の読み取り枠(ORF)を推定できる.そのうち54個が,糖蛋白(gp)をコードする遺伝子もしくはそのエクソンと予想できるが,これらの多くは未解析のままである. ORF UL11は長さが852塩基対(予想アミノ酸残基数275)で,膜糖蛋白をコードする特徴をもっている.今までにHCMVの株間変異が,制限酵素断片長の多型性からORF UL11に集中して存在することを示唆する報告がある.したがって,ORFUL11の遺伝子産物は,高度な株間変異を示す膜糖蛋白かもしれないと考えた. 本研究では,ORF UL11の株間変異を塩基配列レベルで明らかにするため,10株のHCMVORF UL11の塩基配列を決定・比較した.また,ポリクローナル抗体を用いて,このORFが実際に蛋白をコードしていることを確認し,さらにその蛋白が感染細胞表面に発現していることを明らかにした. 【実験結果】 HCMV実験室株2株(AD169株とTowne株)と臨床分離株8株のORF UL11を含むゲノム領域をPCRで増幅し,その塩基配列を決定・比較した.調べた10株を相同性から3つのグループに分けた(AD169株を含む6株,Towne株を含む3株,残りの1株).グループ内での相同性は95%以上だった.グループ間での相同性は約80-90%だった.ORF UL11の長さも,828-852塩基対と株間で変異していた.コザックのコンセンサスATGは10株すべてに存在した. これら10株のORF UL11のアミノ酸配列を予想・比較した.塩基配列は各株間で変異していたにもかかわらず,予想アミノ酸配列は10株すべてイン・フレームだった.予想アミノ酸配列の変異は32番システイン残基から予想膜貫通領域のN-末端側までに集中していた.予想膜貫通領域のN-末端側に,スレオニン残基が連続している領域(AD169株で146番・187番スレオニン残基間に相当)があり,いくつかのアミノ酸残基が置換しているほか,アミノ酸配列の長さにも多様性があった.この領域中にはスレオニン残基が多く(AD169株で76.2%),スレオニンリピート領域と命名した.予想膜貫通領域からC-末端側アミノ酸残基は,10株間で同一だった.システイン残基の数と位置は,すべての株で共通していた.AD169株で5か所ある予想N-グリコシド型糖鎖結合部位のうち,4か所はすべての株に存在した.これらの結果から,ORF UL11の予想アミノ酸配列上の変異を,次の2つの種類に分けることができる.1つは予想シグナル配列と膜貫通領域に挟まれた領域全体にあるアミノ酸残基の置換であり,もう1つはスレオニンリピート領域の長さの変化である. 次に,ORF UL11を含むメッセンジャーRNAの存在の有無をノーザンプロット解析で調べた.AD169株を感染させたヒト胎児肺線維芽細胞(HEL細胞)から抽出した細胞質RNAから,ORF UL11をプローブとして,約3.0kbと約4.0kbに2つのシグナルを検出した.これらの2つのシグナルのうち短い方は感染24時間後から,長い方は48時間後から出現した.さらに,AD169株感染4日後のHEL細胞からcDNAライブラリーを作製し,ORF UL11でスクリーニングして得た陽性クローンの塩基配列を決定した.このcDNAは,ORF UL11のセンス鎖由来で,ORF UL11の全長を含み,AD169株のゲノムの塩基配列と全く一致していた.これらのことは,ORF UL11が遺伝子であることを示した. UL11遺伝子がコードする蛋白を同定するために,AD169株の予想UL11蛋白の一部(アミノ酸番号116-136)に対するポリクローナル抗体(抗RA抗体)を,グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白をウサギに免疫することにより作製した.この抗RA抗体がUL11遺伝子から発現する蛋白を検出できるかどうかを,COS細胞を用いた一過性発現実験によって調べた.AD169株UL11遺伝子を発現ベクターpME18Sに挿入し,このプラスミドをCOS細胞の中に導入してUL11蛋白を発現させた.この細胞表面抗原を抗RA抗体でFACS解析したところ,トランスフェクションを行なったCOS細胞群の一部が陽性に反応した.陽性に反応した細胞数の割合は,導入したプラスミドDNA量と平行した.この結果は,UL11遺伝子発現プラスミドがCOS細胞の表面に発現した蛋白を,抗RA抗体が特異的に認識したことを示す. 次に,UL11蛋白がHCMVゲノムから実際に発現しているかどうかを調べた.AD169株感染細胞表面抗原を,抗RA抗体を用いてFACS解析したところ,陽性に反応した.経時的には,感染後1日目から発現があり,その後4日目までその発現量が増加した.この結果より,UL11蛋白は感染後1日目から感染細胞表面に発現する蛋白であると結論した. この抗RA抗体を用いて,AD169株感染3日後のHEL細胞から抽出した蛋白をSDS-PAGEで泳動・分離し,ウエスタンプロット解析した.その結果,感染細胞特異的な80kDに相当するシグナルを1個だけ検出した.塩基配列から予想できるUL11蛋白の分子量は27.5kDだが,この大きさに相当するシグナルは検出できなかった.さらに,HCMVウイルス粒子にもUL11蛋白があるかどうかウエスタンブロット解析を行なって調べたが,抗RA抗体に特異的な抗原を検出することができなかった. 【考察】 本研究で,HCMV ORF UL11が塩基およびアミノ酸配列レベルで高度に株間変異をもつ遺伝子であること,さらに,このUL11遺伝子がHCMV感染細胞表面に感染1日目から発現する膜蛋白(AD169株で80kD)をコードすることを明らかにした. UL11蛋白をAD169株とTowne株の間で比較してみると,全体のアミノ酸配列で71.7%,全体の82%のアミノ酸残基を占める予想細胞外領域では,57%の相同性しか示さなかった.今までに報告があるAD169株とTowne株間の遺伝子の変異は90%程度であり,これらの遺伝子と比べUL11遺伝子は,より多型性があるといえる. 今までに遺伝子の塩基配列の相違から,HCMVをサブグループに分けようとした試みがあった.他の遺伝子より多型性に富むUL11遺伝子は,グループ分けをおこなう際に有用と考える. 本研究で作製した抗RA抗体は,予想膜貫通領域よりN-末端側の一部を抗原としている.この抗原は,抗RA抗体を用いたFACS解析の結果,細胞表面に存在することがわかった.したがって,UL11蛋白の予想膜貫通領域よりN-末端側が細胞外領域,C-末端側が細胞内領域だと推定できる.変異のあったアミノ酸残基は予想細胞外領域に集中していた.これに対して,予想膜貫通領域と細胞内領域のアミノ酸配列,およびシステイン残基の数と位置は10株間で一致した.これらの株間で共通する領域は,UL11蛋白の構造あるいは性質を保つのに寄与しているといえる(たとえばシステイン残基によるジスルフィド結合).以上のことから,UL11蛋白は,ジスルフィド結合でできる基本構造を保ちながら,細胞外領域に株間変異を集中的に含む膜蛋白だと考える. 予想アミノ酸配列から計算すると,UL11蛋白の大きさは31.5kD(シグナル配列を除くと27.5kD)になる.UL11蛋白にはN-グリコシド型糖鎖結合部位がAD169株で5か所あり,またスレオニンリピート領域と命名した領域はO-グリコシド型糖鎖結合部位になりうる.これらの部位への糖鎖付加により,UL11蛋白が計算上より大きくなると考える. 本研究では,UL11蛋白を特徴づける分子内構造として,スレオニンリピート領域に注目した.この領域はスレオニンとセリンの含有率が高い(AD169株で80.9%).これはムチンに特徴的な配列である.UL11蛋白のスレオニンリピート領域と相同性がある糖蛋白の1つでは,そのスレオニン残基にO-グリコシド型糖鎖が結合しているとの報告がある.これらのことから,UL11蛋白もスレオニンリピート領域にO-グリコシド型糖鎖を結合しているムチン様蛋白である可能性がある. 以上のように,本研究で,UL11遺伝子産物が変異に富む細胞外領域をもつ膜蛋白であることがわかった.またこのUL11蛋白がムチン様糖蛋白であることを示唆する事実がいくつか明らかになった.これはUL11蛋白の構造と機能を調べていくうえで重要なポイントになると考える.HCMV感染にこのUL11蛋白がどのようにかかわっているのか,今後明らかにしていきたい. |