内容要旨 | | 1.背景と目的 1982年、Moorheadらは脂質異常、特に低密度リポ蛋白(LDL)がメサンギウム基質を増加させることを報告し、LDLが進行性の糸球体硬化を引き起こす可能性を示した。その後、高コレステロール血症が腎障害を引き起こすと考えられるようになったが、その機序については十分検討されていない。実際、ネフローゼ症候群患者でみられる脂質異常がさらにネフローゼ症候群を悪化させるという悪循環は十分考えられる。そこで脂質異常による糸球体硬化の機序を明らかにすることはネフローゼ症候群患者や高コレステロール血症患者の糸球体障害の進行を防止し、治療方法を考える上で重要であると思われる。一方、動脈粥状硬化の原因として酸化脂質が重要だと考えられている。また、動脈平滑筋細胞と腎メサンギウム細胞は発生起源が同一で機能的にも類似点が多く、動脈粥状硬化と同様の機序で糸球体硬化が生じる可能性がある。さらに高コレステロール血症では、フリーラジカル(ラジカル)の一つスーパーオキサイド(O2・-)が増加することも報告されている。O2・-は細胞障害性が低いが、代謝されるとヒドロキシルラジカル(OH・)が産生され脂質の酸化に重要だと考えられている。 そこで本研究では、ラットで高コレステロール血症と糸球体硬化および脂質酸化との関係を調べた。さらに、脂質酸化抑制作用のあるビタミンE(VitE)により腎障害が抑制されるか否かを調べ、糸球体硬化に脂質の酸化が関与しているか否かを、OH・が産生される各段階での産生物の除去薬ならびにOH・の消去薬を用いて検討した。 2.材料および方法 実験A、Bともラットの食餌は正常食(0.09%コレステロール含有)と4%高コレステロール食を用いた。 <実験A>雄Sprague-Dawleyラット(SDラット、約300g)を正常食(NC群、n=15)あるいは高コレステロール食(HC群、n=15)で、それぞれ10匹づつを8週間、残り5匹づつを20週間飼育し腎障害を比較した。高コレステロール食飼育前および開始後、4、8、20週目に血圧、心拍数、体重、尿中蛋白排泄量(UP)、血清脂質、クレアチニン(Cr)および過酸化脂質の指標としてマロンジアルデヒド(MDA)を測定した。0、4、8週目には尿中ノルエピネフリン排泄量(UNE)も測定し、0、4週目には近位尿細管細胞由来酵素であるN-acetyl- -D-glucosaminidase(NAG)を測定した。また、8週および20週後に左腎を摘出し、PAS染色した後、腎組織を糸球体硬化指数(Sclerosing score,SS)を用いて評価した。硬化度をGrade0:normal(正常な糸球体)、1:mild(巣状硬化部位の割合が1/3未満の糸球体)、2:moderate(巣状硬化部位の割合が1/3〜2/3の糸球体)、3:marked(糸球体における巣状硬化部位の割合が2/3以上の糸球体)、4:global sclerosis(完全硬化した糸球体)の5段階に分けてGrade数にそのGrade数の糸球体の数を掛けて合計したものを算出し、糸球体100個あたりで表した。 <実験B>SDラットを正常食(NC群、n=12)、高コレステロール食(HC群、n=12)あるいは高VitE添加(VitE58.5mg/100g)高コレステロール食(HCE群、n=12)で4週間飼育した。同時に、活性酸素消去および鉄キレートの効果を調べるために、別のSDラット5匹づつにO2・-の消去薬スーパーオキサイドディスミュターゼ(SOD)、H2O2の消去薬カタラーゼ(CAT)、OH・の消去薬ジメチルチオウレア(DMTU)、鉄キレート薬デフェロキサミン(DEF)を4週間腹腔内に持続投与した。ラットは活性酸素消去薬および鉄キレート薬投与と同時に高コレステロール食で飼育した。実験Aと同様に、高コレステロール食前および飼育開始後4週目に血圧、心拍数、体重、UP、UNE、血清脂質、CrおよびMDAを測定し、4週目に腎障害の程度を比較した。 腎摘出時には、NC群、HC群、HCE群よりそれぞれ7匹のラットを選び、血清SOD活性および好中球の放出するO2・-を測定し、腎組織中のMDA、SOD活性、グルタチオンパーオキシダーゼ活性(GSHPx)も測定した。さらに、OH・の産生時に生ずる3価の遊離鉄イオン(Fe3+)を調べるため腎臓の鉄染色を行った。残りのラットと活性酸素酵素消去薬あるいは鉄キレート薬投与ラットでは腎組織中のOH・をサリチル酸法で測定した。 結果は平均値±標準誤差で示した。二群の平均値間の有意差検定にはunpaired t-testを用い、危険率5%未満の場合に有意差ありとした。 3.結果実験Aの結果 高コレステロール食により血圧は4週目より上昇し(NC:120±4,mmHg,HC:130±2,p<0.05)、心拍数は8週目より増加したが、体重の増加には差がなかった。総コレステロール(TC)(8週,NC:78±6mg/dl,HC:406±65,p<0.01)とMDA(8週,NC:1.9±0.1nM/ml,HC:3.7±0.1,p<0.01)が増加したが、HDLコレステロール(HDL-C)は低下した。トリグリセリド(TG)とCrには変化がなかった。UP(8週,NC:8.3±0.1mg/day,HC:36.7±0.2,p<0.01)およびUNE(8週,NC:0.68±0.04 g/day,HC:1.67±0.08,p<0.01)も増加し、UNEと血圧との間には有意な正の相関関係がみられた(r=0.95,p<0.01)。HC群では8週後に軽度の糸球体硬化をみとめたが、20週後には泡沫細胞や間質尿細管への白血球浸潤を伴ってさらに進展した。糸球体硬化指数も20週では著明に増加していた(NC:28±1,HC:143±10,p<0.01)。さらに、糸球体硬化指数と血圧(r=0.79,p<0.01)、尿蛋白排泄量(r=0.84,p<0.01)、MDA(r=0.69,p<0.01)との間に相関関係がみられた。腎臓内の動脈には明らかな変化はみられなかった。 実験Bの結果 高コレステロール食により血圧は上昇したが、VitEおよび消去薬投与群では血圧の上昇が抑制された。高コレステロール食により増加したTCはVitEおよび活性酸素消去薬により抑制されなかったが、血清MDA(NC:1.8±0.1nM/ml,HC:3.1±0.2,HCE:2.0±0.1,p<0,01vsHC,SOD:1.8±0.1,p<0.01)とUP(NC:6.3±0.3mg/day,HC:26.3±0.3,HCE:6.5±0.8,p<0.01 vs HC,SOD:7.3±0.4,p<0.01)の増加は減少した。UNEの増加も抑制されたが、全体で調べると実験Aでみられた血圧との間の相関関係はみられなかった。好中球のO2・-産生は高コレステロール食で増加したが、VitEでは抑制されなかった(NC:2.7±0.3 M/106cell/15min,HC:4.3±0.1,p<0.01vsNC,HCE:4.4±0.6,p<0.05)。腎組織中のMDA(NC:52±5nM/g・protein,HC:95±6,HCE:73±2,p<0.05 vs HC)増加およびGSHPx低下はVitEにより抑制され、SODの減少は正常化した。腎組織中のOH・(NC:0.05±0.005,HC:0.09±0.018,HCE:0.05±0.005,SOD:0.03±0.003,p<0.01vsHC)も高コレステロール食で増加するが、VitEおよび活性酸素消去薬投与群では抑制された。また、糸球体硬化指数とOH・産生との間には有意な相関がみられた(r=0.53,p<0.05,n=35)。 高コレステロール食による4週後の腎組織の変化は8週目に比べ軽度でありVitEおよび消去薬投与によりその変化はさらに軽減した。OH・の産生過程で生ずるFe3+は高コレステロール食ラットでは近位尿細管上皮細胞内と間質に沈着をみとめたが、VitEとDMTU以外の消去薬投与群および正常食ラットではみとめられなかった。また、鉄の沈着が多い組織ほどSSが高値だった。 4.考察 本研究では、ラットに高コレステロール食を投与することにより糸球体硬化と血圧の上昇がみられ、糸球体硬化指数と血圧、総コレステロール、過酸化脂質との間に相関関係がみられた。さらに、VitEにより血圧の上昇は完全に抑制されたにもかかわらず糸球体硬化と腎組織中の過酸化脂質が完全に正常化しなかったことより血圧以外にも糸球体硬化には脂質の酸化が重要であることが示唆された。 また、血管平滑筋細胞と腎メサンギウム細胞は発生起源が中胚葉で、アクチンフィラメントを持つなど類似性があり、高コレステロール血症では、動脈の粥状硬化と同様に、糸球体硬化部位にマクロファージ由来の泡沫細胞やコレステロールエステルの沈着がみとめられる。高コレステロール血症では、動脈内皮からO2・-が放出されるということ、本研究で好中球がO2・-産生を増加させたことより腎臓でもラジカルが脂質を酸化し糸球体硬化を進展させることも考えられる。すでに下記の(1)〜(3)反応によりOH・が産生されることが知られているが、  VitE、SOD、鉄キレート薬DEFにより高コレステロール食によるOH・増加と近位尿細管細胞へのFe3+沈着がみられなかった。さらに、VitEではGSHPxが正常化したことからH2O2も減少したと考えられる。OH・の消去薬DMTUではFe3+が沈着していたが、OH・は低下し、糸球体硬化も軽減したたので糸球体硬化には最終的に生じたOH・が重要であると考えられる。 また、過酸化脂質(LOOH)も遊離鉄イオンFe2+存在下ではFe2+を酸化させFe3+にすると同時にLO・(アルコキシルラジカル)を発生させる(反応4)。  次に生じたOH・やLO・は酸素(O2)存在下で脂質ラジカル(L・)やペルオキシジカル(LO2・)を産生させるが、LO2・が別の脂質を酸化させる悪循環が生じる。VitEはOH・を捕捉しないが、OH・が低下したのはO2・-を捕捉するのでOH・産生が抑制されたためと考えられる。 本研究の結果より、高コレステロール食による糸球体硬化の発症には血圧以外にも脂質の酸化が関与しており、その過程としてO2・-やOH・が重要な役割を果たしているものと考えられた。糸球体硬化に比べ腎内の動脈には変化がみられなかったが、糸球体硬化が生じた原因としては高コレステロール食により糸球体内圧が上昇すること、近位尿細管では酸素消費が多いため酸化ストレスにさらされやすいこと、メサンギウムの一部は基底膜を欠くため内皮下に酸化脂質が侵入しやすいことなどがその理由として考えられる。しかし、これらの疑問を解決するためには、一層の研究を要する。 |