学位論文要旨



No 112039
著者(漢字) 藤田,寛子
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ヒロコ
標題(和) ウサギ破骨細胞の細胞膜カルシウムレセプターによるクロライドチャネルの制御 : [細胞内カルシウム濃度、G蛋白、リン酸化の関与について]
標題(洋) Involvement of intracellular Ca2+,a G protein and phosphorylation in the activation of Cl- channels by a putative membrane Ca2+ receptor in freshly isolated rabbit osteoclasts
報告番号 112039
報告番号 甲12039
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1095号
研究科 医学系研究科
専攻 第一臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 岩森,正男
 東京大学 助教授 河西,春郎
内容要旨 背景・目的

 破骨細胞は酸および蛋白分解酵素を分泌して骨溶解を行っている。骨吸収窩に面した破骨細胞はアクチン線維のよく発達した明帯で骨表面を取り囲み、その内部に複雑に陥入した絨毛様の波状縁を形成してその部位で活発な骨吸収を営む。この時、骨吸収窩でのCa2+濃度は40mMにも達し、pHは3-4にもなる。一方、破骨細胞において、細胞外Ca2+濃度の上昇は細胞内Ca2+濃度の増加を惹起するが、この反応は細胞膜表面のCa2+受容体を介して行われると考えられている。また破骨細胞は細胞内Ca2+濃度の増加に伴い収縮することが知られている。従って、破骨細胞の機能は骨芽細胞から放出されるサイトカイン等による制御だけでなく、自ら上昇させた細胞外Ca2+濃度によりnegative feedbackを受けている可能性が示唆される。さらに、Zaidiらのグループは、バリノマイシンで膜電位を変化させると、破骨細胞膜のCa2+受容体の機能に変化が生じることを最近報告している。すなわち、細胞膜電位の変化はCa2+受容体の機能の変化を介して破骨細胞の骨吸収機能に関係している可能性が示唆されている。

 我々研究グループは電気生理学的な手法を用い、ウサギ破骨細胞の細胞膜の静止膜電位が約-80mVであり、細胞外液のCa2+濃度上昇により約-20mVまで脱分極することを明らかにしてきた。この脱分極反応には、G蛋白を介する内向き整流K+チャネルのコンダクタンスの低下が関与している。しかしながら、内向き整流K+チャネルの抑制だけでは、細胞膜の膜電位が約-20mVに固定されることは説明できず、他のイオンチャネルの関与が存在すると考えられた。そこで、本研究では、細胞外Ca2+濃度上昇により変化する膜電位の制御に関与する、内向き整流K+チャネル以外のイオンチャネルについて、ウサギの破骨細胞を用いて検討した。

方法

 破骨細胞は、約110g(5日齢)のJapanese-White種のウサギの長管骨を培養液中でミンスし、ボルテックスで撹拌した後、上清より採取した。培養液は10%FCSを含むダルベッコ変法イーグル培地(DME培地)を用いた。細胞浮遊液は4℃で保存し、電気生理実験の30分から1時間前にカルチャーディッシュにまいた。破骨細胞は30分から1時間37℃で培養するとディッシュに接着し、この状態で電気生理学的実験を行った。全ての実験は細胞採取後6時間以内に行った。なお、破骨細胞はTRAP(tartrate-resistant acid phosphatase)染色と細胞の多核形態により同定した。

 電気生理学的な検討は主にwhole-cell clamp法で行った。K+チャネルを抑制するため、細胞内外のK+はCs+に置換した。基本細胞外液組成は(mM)NaCl 131,CsCl 3,MgCl2 1,CaCl2 1,HEPES 10(Na salt,pH7.4)とし、基本細胞内液組成は(mM)CsCl 47.5,MgCl2 1,EGTA 0.1,HEPES 10(TMA salt,pH7.2)とした。細胞外液のCa2+濃度を増加させるときは、isosmoticにNa+を減少させた。また細胞外液の低Cl-濃度の溶液を作成するときも、同様にしてCl-をメタンスルフォン酸に置換した。電圧固定法下で固定電位を-46mVとし、主にランプパルスにより膜電流を測定した。

結果1.細胞外Ca2+濃度の上昇により活性化されるCl-チャネル

 細胞内外のK+をCs+に置換してK+チャネルを抑制し、細胞外Ca2+濃度を1mMから20mMに増加させると、外向き整流を示す電流が活性化された。細胞外Ca2+濃度を1mMに減少させると、この電流は抑制された。またこの電流の反転電位は約-25mVであった。

 本実験系ではCl-の平衡電位が約-25mVであり(細胞外Cl-濃度136mM:細胞内49.5mM)、細胞外Ca2+により誘発される電流はCl-電流であると考えられた。このことを明らかにするために様々な細胞外Cl-濃度における、反転電位の変化を検討した。標準細胞外液(136mM Cl-)では反転電位は-24±1.5mV、細胞外Cl-濃度が70mMのとき-8.5±0.7mV、50mMのとき0±0.5mV、20mMのときは21.5±3.6mVであった(n=3-9)。この反転電位の変化は、Nernstの式から計算されるCl-の平衡電位にほぼ一致した。よって細胞外Ca2+により誘発される外向き整流電流はCl-電流であると結論された。この外向き整流Cl-電流はCl-チャネルブロッカーであるDIDS(4,4’-diisothiocyanostilbene-2,2’-disulphonic acid)により濃度依存性に抑制され、そのIC50は約10Mであった。

2.Ca2+以外の2価イオンの効果、及び細胞内Ca2+濃度とCl-チャネルの活性化について

 破骨細胞において、細胞外のCd2+やNi2+もCa2+と同じく、細胞内Ca2+濃度を上昇させることが知られている。細胞外に0.01mMのCd2+を投与すると、外向き整流電流が活性化された。この電流の反転電位は約-25mVであり、DIDSで抑制されることからCl-電流であると結論された。しかしながら活性化の時間経過をみると、細胞外Ca2+が持続的なCl-電流の活性化を惹起するのに対し、Cd2+は一過性のCl-電流の活性化を起こした。この時間経過のパターンは細胞内Ca2+濃度との変化と類似しており、このことからCl-電流は細胞内Ca2+濃度の上昇を介して活性化されるのではないかと考えられた。細胞内Ca2+濃度の上昇を抑制するため、パッチ電極内のEGTA濃度を20mMに増加させると、細胞外2価イオンによるCl-電流の活性化は抑制された。以上より、細胞外Ca2+により誘発されるCl-電流はCa2+-activated Cl-電流であると結論された。

3.細胞外Ca2+によるCl-チャネルの活性化とG蛋白

 破骨細胞において、細胞外Ca2+濃度の増加は内向き整流K+電流を抑制するが、この抑制には百日咳毒素非感受性G蛋白が関与していることが明らかとなっている。外向き整流Cl-チャネルの活性化にもG蛋白が関与していないかを調べるため、細胞内に100MのGTPSを投与した。パッチ電極のEGTA濃度が0.1mMの場合、細胞外Ca2+濃度が1mMでも、GTPSは外向き整流電流を誘発した。外向き電流の大きさが一定に達した後、細胞外Ca2+濃度を増加させてもさらなる電流量の増大は認められなかった。細胞外液にDIDSを投与するとGTPS誘発電流は抑制された。またパッチ電極のEGTA濃度が20mMのときGTPSは外向き整流電流を誘発しなかった。以上の結果より、GTPS誘発電流は細胞外Ca2+誘発Cl-電流と同一であると結論され、よって細胞外Ca2+濃度上昇によるCl-チャネルの活性化にはG蛋白が関与していることが示唆された。また、百日咳毒素処理はCl-チャネルの活性化を抑制しなかった。

4.Cl-チャネルの活性化とりん酸化

 Cd2+によるCl-チャネルの活性化の時間経過は、細胞内Ca2+濃度の経時的変化と類似していたが、詳細に時間経過を見ると必ずしも両者は一致しなかった。すなわち、Cd2+による細胞内Ca2+濃度の増加は1-2分以内に元のレベルにまで戻るが、Cd2+によるCl-チャネルの活性化の回復には5分以上を要する。この事実は、細胞内Ca2+の増加以外にCl-チャネルの活性化に関与する細胞内機構が存在することを示唆する。一方、Ca2+-activated Cl-チャネルはりん酸化によっても制御されていることが報告されている。細胞内Ca2+の上昇の時間経過とCl-チャネルの活性化の時間経過の差異は、りん酸化の関与によるものではないかと考え、脱りん酸化酵素阻害剤であるokadaic acidの効果を検討した。

 破骨細胞を100nMのokadaic acidで数分間前処置すると、細胞外Ca2+によりCl-電流が非可逆的に活性化された。また、細胞外にCd2+を投与すると持続的なCl-電流の活性化が認められた。Okadaic acid処理後の細胞におけるこれらの事実は、細胞内Ca2+濃度上昇のみならずリン酸化・脱リン酸化の過程がCl-チャネルの活性化に関与している可能性を示唆する。

結論・考察

 ウサギ破骨細胞においては、細胞外Ca2+濃度上昇により内向き整流K+電流が抑制されるだけでなく外向きCl-電流が誘発された。細胞外Ca2+上昇により増大する外向き整流Cl-電流は、Ni2+やCd2+などの2価イオンによっても誘発され、細胞内Ca2+をキレートすることによりその効果が抑制された。GTPSを投与すると細胞外Ca2+濃度が1mMでも外向き整流Cl-電流が誘発された。これらの外向き整流Cl-電流はDIDSにより抑制された。従って、ウサギ破骨細胞における細胞外Ca2+誘発外向き整流Cl-電流はDIDS感受性のCa2+-activated Cl-チャネルを通るものである。細胞膜Ca2+受容体を介して百日咳毒素非感受性G蛋白が活性化されると、細胞内Ca2+濃度が上昇してこのチャネルが開口することになる。また、このチャネルの活性化にはりん酸化・脱リン酸化の過程の関与も示唆された。

 上記の結果と、これまで明らかとなっている内向き整流K+チャネルの変化をあわせて考えると、次のことが推論される。

 ウサギ破骨細胞には、細胞外Ca2+濃度上昇により抑制される内向き整流K+チャネルと、活性化される外向き整流Cl-チャネルが存在する。細胞外Ca2+濃度が低いとき(1mM)においては内向き整流K+チャネルが主に開口しており、膜電位はK+の平衡電位に近い約-80mVを保っている。骨融解により細胞外Ca2+が上昇すると、膜のCa2+受容体を介して内向き整流K+チャネルは抑制される。以前の報告で、この抑制には細胞内Ca2+濃度上昇は関与していないことが明らかとなっている。K+チャネルの抑制と同時に、細胞内Ca2+濃度上昇により外向き整流Cl-チャネルが活性化され、膜電位はCl-の平衡電位に近い約-20mVに脱分極する。膜電位の変化はCa2+受容体の機能を変化させ、また細胞外からのCa2+流入を変えることにより細胞内Ca2+濃度を変化させている可能性がある。また、骨融解に重要であるH+ポンプの機能にCl-が深く関わっていることも報告されており、Ca2+受容体によるイオンチャネルの制御は破骨細胞の機能に重要な役割を担っていることが示唆される。

審査要旨

 本研究は、Ca2+代謝において重要な役割を演じる破骨細胞のCa2+受容体(Ca2+sensor)の機能に関与すると考えられている細胞膜電位の制御機構を明らかにするため、ウサギ破骨細胞の単離培養系において、電気生理学的手法を用いて膜電位に関わるイオンチャネルの同定およびその制御機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.これまでウサギ破骨細胞において報告されていた「細胞外Ca2+濃度の上昇により抑制される内向き整流K+チャネル」だけでは細胞外Ca2+濃度の上昇による膜電位の変化(約-80mVの静止膜電位から脱分極して約-20mVに固定される)を説明できなかったが、K+チャネルを抑制した条件で解析することにより、「細胞外Ca2+濃度の上昇により可逆的に活性化されるDIDS感受性外向き整流Cl-チャネル」の存在を明らかにした。従って、ウサギ破骨細胞の膜電位は、ほぼ生理的な細胞外Ca2+濃度下(1mM)ではK+の平衡電位に近い約-80mVにあるが、細胞外Ca2+濃度上昇により内向き整流K+チャネルが抑制されDIDS感受性外向き整流Cl-チャネルが活性化されることによりCl-の平衡電位に近い約-20mVに脱分極することが示された。

 2.Ca2+と同じく細胞内Ca2+濃度を上昇させるCd2+やNi2+等の2価イオンと外向き整流Cl-チャネルの活性化について検討することにより、Ca2+以外の2価イオンがCa2+と同様に外向き整流Cl-チャネルを活性化すること、及び活性化の時間経過のパターンが細胞内Ca2+濃度の変化と類似していることを明らかにし、このCl-チャネルが細胞内Ca2+濃度の上昇を介して活性化される可能性を考えた。細胞内Ca2+を20mMのEGTAでキレートすると、細胞外2価イオンによるCl-チャネルの活性化は抑制された。以上より、細胞外Ca2+により誘発される外向き整流Cl-チャネルはCa2+-activated Cl-チャネルであることが明らかになった。

 3.細胞内にGTPSを投与したところ、細胞外Ca2+濃度が1mMでも、GTPSは外向き整流Cl-電流を誘発し、外向き電流の大きさが一定に達した後、細胞外Ca2+濃度を増加させてもさらなる電流量の増大は認められず、ここでDIDSを投与するとこの電流は抑制された。パッチ電極のEGTA濃度を20mMにして細胞内Ca2+をキレートしてやるとGTPSは外向き整流電流を誘発しなかった。以上の結果より、GTPS誘発電流は細胞外Ca2+誘発Cl-電流と同一であると結論され、よって細胞外Ca2+濃度上昇によるCl-チャネルの活性化にはG蛋白が関与していること、また、細胞内制御機構においてG蛋白の活性化のdownstreamに細胞内Ca2+濃度上昇が位置している可能性が示唆された。なお、百日咳毒素処理は細胞外Ca2+濃度上昇によるCl-チャネルの活性化を抑制せず、関与するG蛋白は内向き整流K+チャネルの抑制の場合と同様に百日咳毒素非感受性G蛋白と考えられた。

 4.破骨細胞をokadaic acidで数分間前処置すると、細胞外Ca2+濃度上昇によりCl-電流が非可逆的に活性化された。また細胞外にCd2+を投与すると、非処置時には一過性であるCl-電流の活性化が持続性に認められた。以上より、このCa2+-activated Cl-チャネルの活性化にはリン酸化・脱リン酸化の過程も関与している可能性が示唆された。

 以上、本論文は細胞外Ca2+濃度上昇がウサギ破骨細胞の膜のCa2+受容体を介して百日咳毒素非感受性G蛋白を活性化し、その結果内向き整流K+チャネルは抑制され、一方細胞内Ca2+濃度が上昇してCa2+-activated Cl-チャネルが活性化されることによって膜が脱分極するという一連の制御機構がある可能性を示した。この膜電位の変化はCa2+受容体の機能を変化させ、また細胞外からのCa2+流入を変えることにより細胞内Ca2+濃度を変化させている可能性がある。従ってCa2+受容体によるイオンチャネルの制御は破骨細胞の機能に重要な役割を担っている可能性があり、その生理機構の解明に重要な貢献をなすと考えられる本研究は学位の授与に値すると思われる。

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