エリスロポエチン(Epo)は赤血球系細胞の増殖と分化を調整する34kDのサイトカインであり、その情報は細胞膜上の特異的受容体を経て細胞内へ伝達される。1989年にエリスロポエチン受容体(EpoR)がクローニングされて以来、この受容体に関する知識は飛躍的に増大した。ヒトエリスロポエチン受容体cDNAは1990年にクローニングされたが、1992年にオールタナティブスプライシングが報告され、少なくとも他に二種の遺伝子産物が存在することが示されている。一つは可溶性の受容体であり他の一種はエクソン7とエクソン8の間のイントロンが挿入されることにより終止コドンが入り、本来のEpoRのC末端の大部分が欠失した形の受容体である。結局、膜貫通型のEpoRには本来のエリスロポエチン受容体(EpoR-F)と細胞質内の大部分が欠失した形のエリスロポエチン受容体(EpoR-T)の二種の受容体があることになる。他の報告によれば、未熟な赤血球系前駆細胞ではEpoR-Tの発現が優勢であるが成熟するにつれEpoR-Fの発現が強くなること、EpoR-Fの発現している細胞にEpoR-Tを共発現させると細胞が死にやすくなることなどから、EpoR-Tは赤血球系の造血において負の方向に制御しておりEpoR-FとEpoR-Tの発現のバランスが赤血球系造血の恒常性維持に重要な役割を果たしているとしている。この説に従えば、EpoR-FとEpoR-Tの発現のバランスが乱されれば赤血球系造血恒常性の崩壊につながり、何らかの血液疾患を引き起こすことも考えられる。たとえば負の制御因子としてのEpoR-Tの発現が失われれば無秩序な赤血球系造血の亢進を招き、真性多血症のような病態を引き起こす可能性もありうる。 真性多血症は骨髄増殖性疾患の一種で、赤血球系細胞を主体とした前駆細胞の自律性増殖により赤血球増加症を来す疾患である。G6PDのアイソザイムの解析よりクローナルな異常であることは判明しているが、その病因は依然として不明である。家族性あるいは散発性の発症をみる類似の病態でEpoRの構造異常が報告されているものの真性多血症においてはまだそうした報告はない。私は前述の2種のEpoRの関係が真性多血症の病因に関わっている可能性を考えて、真性多血症患者の骨髄細胞におけるそれらの発現をRT-PCR法により調べた。正常骨髄細胞では報告されている結果と同じく2種のEpoRの発現がみられたが、患者骨髄細胞ではEpoR-Tの発現が消失しEpoR-Fの発現のみ認められ病因との関係が示唆された。この結果の解釈には二つの説明が考えられる。一つは真性多血症がEpoRのオールタナティブスプライシング異常に起因する疾患ととらえるもので、もう一つは、真性多血症患者骨髄中では正常に較べはるかに多くの赤血球系前駆細胞が存在するためこの構成細胞比の違いがRT-PCRの結果に影響を与えているにすぎないというものである。私は興味深い前者の可能性を検討するために問題の部分を含む患者ゲノムの一部をクローニングしその塩基配列を決定したが、アクセプター・ドナーサイトを含み特に異常は見あたらなかった。 さらに詳細にEpoRのオールタナティブスプライシングを解析するため主にRT-PCR法により、様々な分化段階にある各種血液細胞株における二種のEpoRの発現を検討した。その結果、赤血球系への分化傾向を示す細胞株ではEpoR-Fのみ発現が認められEpoR-Tは発現がみられなかった。一方、赤血球系への分化傾向のない骨髄球系やリンパ球系の細胞株すべてで二種のEpoRとも発現していた。赤血球系細胞株は骨髄中の未熟な赤血球系前駆細胞の分化段階に相当する。従ってこの結果を正常の骨髄造血にあてはめると、以前の報告とは異なって赤血球系への分化が決定したより未熟な段階でEpoR-Tの発現が失われる可能性を示唆する。また、さきの真性多血症患者のRT-PCRの結果は、構成細胞比の違いの影響を受けている可能性が強いことも併せて示された。ただしこれらの解釈には、細胞株の実験結果を正常造血にあてはめていることに留意しなければならない。 以上より全ての系列の血液細胞株でEpoRが発現していること、赤血球系への分化が決定した段階でEpoR-Tの発現が失われEpoR-Fの発現のみになる可能性などが示唆されたが、これをさらに明らかにするためには各系列、分化段階におけるヒト骨髄細胞のmRNAやその蛋白質レベルでの発現を調べる必要があり、今後に待たねばならない。現段階ではEpoR-Tが上記のような発現の挙動をとる事実より赤血球分化の決定に重要な役割を担っている可能性や、血液透析患者にみられるEpoのリンパ球への影響が、今回その発現が明らかにされた受容体を介して働いていることの可能性等を論じておきたい。一方、真性多血症患者のRT-PCRの結果に関しては骨髄構成細胞比の違いによる影響と考えられるが、これは健常者と患者骨髄細胞の各分化段階におけるEpoR-TとEpoR-Fの発現を比較検討すればより明確になるであろう。いずれにせよ最も重要なことはEpoR-Tの蛋白質レベルでの発現や生体における機能を明らかにすることである。 この論文の二つめのテーマとして取り上げたものは血液細胞上でのEpoRの構造に関する疑問であり、他の多くのサイトカイン受容体と同様セカンドサブユニットが存在するかどうかという点で、クローニングされた分子だけでは説明され得ない観察事実が幾つかある。こうした問題点に対して、私はEpo依存性増殖を示すヒト血液細胞株を材料にいくつかの手段を用いてそのEpokの構造を解析した。 TF-1,F-36EおよびUT-7はEpo依存性を持つヒト血液細胞株として頻用されているものだが、まずこれら細胞株のEpoR遺伝子の構造をサザンブロットにより調べた。その結果正常ヒトゲノムと較べ、TF-1及びUT-7ではEpoR遺伝子の再構成ならびに増幅が、またF-36Eでは調べた範囲内では増幅のみが生じていることを確認した。つぎにノーザンブロットによりこれら細胞株におけるEpoR遺伝子のmRNAの発現レベルを調べTF-1、UT-7、F-36Eの順に発現があがっていること、F-36EのEpoR遺伝子mRNAの発現レベルはEpoによる調節を受けないことなどを示した。さらに各細胞株表面上のエリスロポエチン受容体に対してスキャッチャード解析をおこないこれら細胞株のエリスロポエチン受容体のりガンドとの親和性は、クローニングされたEpoR遺伝子を用いてCOS細胞上に再構成した受容体の親和性よりも高いことを示した。 ヒト血液細胞株上のエリスロポエチン受容体の構造を検討するため、I125でラベルしたEpoを用いて化学的架橋法により解析した。3種の細胞株全てで140kDと120kDのリガンドー受容体複合体が認められ、105kDのリガンドー受容体複合体はUT-7で弱く、F-36Eで強く観察された。3つのリガンドー受容体複合体のうち105kDの複合体は、リガンドの分子量を差し引くと70kDとなりクローニングされたEpoR遺伝子の分子量に近いこと、先のノーザンブロット解析で示されたmRNAの発現量と複合体の量が相関していることなどからクローニングされているEpoR遺伝子そのものの産物とEpoとの複合体と考えられた。一方140kDと120kDの複合体に関しては由来は不明であり、この点に関しさらに詳細に解析するため、非血液細胞株(COS-1細胞及びAV-3細胞)にEpoR遺伝子を導入して得られた一過性発現株及び安定発現株を用いて化学的架橋法を行い、血液細胞株における結果と直接比較した。EpoRを発現している非血液細胞株においては2種の細胞株とも120kDと105kDの2本のリガンドー受容体複合体が観察されこれらはF-36Eにおける下2本の複合体とほぼ移動度が一致した。一方、血液細胞株でみられた140kDのリガンドー受容体複合体は全く認められなかった。これらの現象がマウスにおいてはどうかを検討するためマウス赤白血病細胞株(F5-5細胞)と非血液細胞株(COS-1細胞)のマウスEpoR発現株を用いて同様な化学的架橋法による実験を行ったが結果はヒトの場合と同様であった。 続いてEpoRに対するモノクローナル抗体を用いた免疫沈降法を先の化学的架橋法と組み合わせて、さらに解析を進めた。ヒト血液細胞株、非血液細胞EpoR発現株とも観察されているリガンドー受容体複合体はすべて抗EpoRモノクローナル抗体(あらかじめその特異性は確認した)により免疫沈降を受け、これらがクローニングされているEpoR遺伝子産物とともに細胞表面上でエリスロポエチン受容体を構成していることが示された。 以上の実験結果より血液系細胞にのみ認められる140kDのリガンドー受容体複合体は既にクローニングされているEpoR遺伝子産物とは由来の異なるものであり、血液系細胞におけるエリスロポエチン受容体のセカンドコンポーネントとして働いている可能性が強く示唆された。さらにこのサブユニットが血液系細胞のエリスロポエチン受容体のリガンドとの高親和性や赤血球系細胞特異的なシグナル伝達機構に関与していることも十分予想された。 エリスロポエチン受容体はそのcDNAがクローニングされて以来7年が経過したが未解決な点も数多い。ここではそのうち最近報告されたオールタナティブスプライシングと赤血球分化や疾患との関係、また受容体そのものの構造をテーマに取り上げ、その問題点の解明に少しでも貢献すべく行った研究をまとめた。 |