学位論文要旨



No 112046
著者(漢字) 山形,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ヤマガタ,テツヤ
標題(和) インターロイキン-5産生細胞内での、インターロイキン-5の遺伝子制御におけるGATA-4の選択的関与
標題(洋) Of the GATA-binding proteins,only GATA-4 selectively regulates the human interleukin-5 gene promoter in interleukin-5-producing cells which express multiple GATA-binding proteins
報告番号 112046
報告番号 甲12046
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1102号
研究科 医学系研究科
専攻 第一臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 浅野,茂隆
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 谷口,維紹
内容要旨

 インターロイキン-5(IL-5)はT細胞より産生される細胞増殖因子の一つで、B細胞の分化・増殖や、好酸球前駆細胞の好酸球への分化を促すことが知られている。ヒトIL-5遺伝子座は5q染色体上にあり、またそのプロモーター領域である、転写開始点より上流の塩基配列もすでに決定されている。しかし、そのプロモーター領域の機能解析が全く行われていないため、IL-5の発現に関する遺伝子制御の機構については長らく不明のままであった。一般に遺伝子の発現は、そのプロモーター領域に、特定の塩基配列を認識する転写因子が結合する事によって引き起こされる。筆者はIL-5の遺伝子制御の機構を解明する目的で、IL-5プロモーター領域の解析を行うとともに、その発現を制御している特定の転写因子の単離を試みた。

 解析の材料として、IL-5発現細胞株であるATL-16T細胞を用いた。IL-5プロモーター領域を上流より削った各欠失変異体を、ルシフェラーゼ遺伝子に結合し、ATL-16T細胞に形質導入したところ、転写開始点より70塩基上流(-70)付近を削ると大幅にプロモーター活性が落ちるという結果が、以前の実験より得られていた。そこでこの-70付近(-82から-62まで。「G1領域」と呼ぶ)の塩基配列を含むオリゴヌクレオチドを作成し、ATL-16T細胞の核抽出液とともにゲルシフト解析を行ったところ、特異的な結合バンドが観察された。これらのことより、ATL-16T細胞核抽出液にはG1領域に特異的に結合する蛋白質が存在し、この蛋白質の結合によりIL-5プロモーターが活性化されると予想された。そこで、この蛋白質を単離する目的で、G1領域をプローブとして、ATL-16T細胞のcDNA発現ライブラリーをサウス・ウエスタン法を用いてスクリーニングした。その結果、3つのGATAファミリー転写因子であるGATA-2、GATA-3、GATA-4が得られた。IL-5のプロモーター領域の塩基配列を見ると、G1領域が内包する-70領域付近には、AGATAGという配列が有ることに気づく。この配列はGATAファミリー転写因子により認識されるコンセンサス配列(A/T)GATA(A/G)と一致することから、GATAファミリー転写因子がIL-5の発現調節に関わっていることが予想された。GATAファミリー転写因子はこれまでに、GATA-1からGATA-6までの6つが報告されているが、そのいずれもがコンセンサス配列(A/T)GATA(A/G)に結合すると言われている。ヒトGATA-4は未だ単離の報告がない。そこで、ヒトGATA-4の全長cDNAのクローニングと全塩基配列の決定を行った。ヒトGATA-4はマウスGATA-4とアミノ酸にして82.5%の一致を見た。また、血液細胞株での発現パターンをノーザン法で調べたところ、ATL細胞以外の血液細胞株での発現は全く認められなかった。ATL-16T細胞が実際にGATA-2、GATA-3、GATA-4を発現しているかを確認するために、それぞれのプローブを用いてノーザン解析を行った。ATL-16T細胞はGATA-2、GATA-3、GATA-4のいずれをもを発現していることが確認された。そこで、G1領域のGATA配列(G1-GATA)に結合する転写因子がGATA-2、GATA-3、GATA-4のいずれであるかをを解明するために、それぞれに対する抗体を作成し、ATL-16T細胞核抽出液、G1-GATAを含むプローブとともにゲルシフト解析を行った。するとGATA-4に対する抗体においてのみ、蛋白質-DNA複合体のスーパーシフトが見られた。このことは、ATL-16T細胞はGATA-2、GATA-3、GATA-4と言う3つのGATAファミリー転写因子を発現していながら、IL-5プロモーターのG1-GATAにはGATA-4のみが結合することを示している。実際に、GATA-4がG1-GATAに結合するかを見るために、GATA-4を発現ベクターに組み込んだもの(pSSR-GATA4)をCOS細胞に形質導入して発現させ、その抽出液を用いてゲルシフト解析を行った。各変異を入れたラベルしていないオリゴヌクレオチドによる競合実験において、COS細胞で発現させた組み換え型GATA-4は、ATL-16T細胞核抽出液に存在する天然型GATA-4と同様の結合様式を示した。すなわちAGATAG配列に変異を入れたオリゴヌクレオチドでは結合は阻害されず、それ以外の部分に変異を入れたオリゴヌクレオチドでは阻害された。このことから、GATA-4は実際にG1領域のAGATAG配列に結合することが確認された。次に、GATA-4がIL-5プロモーターを実際に活性化するかについて検討を行った。IL-5非産生T細胞株であるJurkat細胞に、IL-5プロモーター領域をルシフェラーゼ遺伝子の上流につないだプラスミド(pUCIL5-Luci)と、pSSR-GATA4を同時に形質導入し、ルシフェラーゼ活性を測定した。しかしGATA-4のみではIL-5プロモーターを活性化することは出来なかった。そこでT細胞活性化シグナルを誘導することで知られるTPA-A23187刺激をそこに加えるとIL-5プロモーター活性は8.5倍に上昇した。なお、TPA-A23187刺激単独ではIL-5プロモーター活性を上げることはできなかった。これらのことより、IL-5プロモーターの活性化には少なくとも2つの因子、すなわちGATA-4とTPA-A23187刺激が必要であることが判明した。また、IL-5プロモーター塩基配列に各種変異を導入した実験より、TPA-A23187刺激はIL-5プロモーター上の-56から-42に存在するCLEO(Conserved Lymphkine Element 0)配列を媒介して伝えられることが示唆された。

 ATL-16T細胞にはGATA-2、GATA-3、GATA-4の3つのGATAファミリー転写因子が発現しているにも関わらず、なぜその核抽出液を使ったゲルシフト解析では抗GATA-4抗体でのみしかスーパーシフトが見られないのだろうが。この疑問を解決する為に、GATA-2、GATA-3、GATA-4のそれぞれをCOS細胞を用いて発現させ、G1領域への結合をゲルシフト解析にて比較した。すると、GATA-2、GATA-3を発現させたCOS細胞抽出液ではほとんどプローブとの結合が見られず、GATA-4を発現させたCOS細胞抽出液でのみ結合するバンドが見られた。このことはGATA-2、GATA-3はほとんどG1-GATAには結合せず、GATA-4のみが結合することを示している。つぎに、GATA-3が結合すると報告されている、T-cell receptor 遺伝子のエンハンサー上に存在するGATA配列(TCR-GATA)に対する結合を比較した。するとGATA-2、GATA-3はTCR-GATAに良く結合したが、GATA-4はほとんど結合しなかった。これはG1-GATA配列における結果と全く逆の結果である。そこで、GATA-2、GATA-3、GATA-4のG1-GATAへの結合親和性の違いがIL-5プロモーターの転写活性にどのように影響するかを検討した。NIH3T3細胞にpUCIL5-Luciと発現ベクターに組み込んだGATA-2、GATA-3、GATA-4のそれぞれを形質導入し、ルシフェラーゼ活性を比較した。その結果、GATA-4を形質導入した場合は、GATA-2やGATA-3と比較して約9倍のルシフェラーゼ活性を示した。逆にTCR-GATA配列を有する合成プロモーターに対しては、GATA-2、GATA-3の方がGATA-4より高い活性を示した。これらの結果は、認識塩基配列に対する結合親和性の違いが、転写活性化能の差に寄与している事を示している。これらの事実より、IL-5プロモーターの-70AGATAG配列にはGATA-4が選択的に結合し、IL-5プロモーターの転写活性を効率よく上げることが結論づけられた。

 一般にアミノ酸配列の一次構造の相同性が高い転写因子は、同一のファミリーに分類される。同一のファミリーに属する転写因子は、それらが認識する塩基配列も同じ事が多い。GATAファミリー転写因子も、結合・転写活性能は皆本質的に相違が無く、それぞれの役割の違いは発現細胞の種類と時間的差によって決まると考えられてきた。本論文は、同一のコンセンサス塩基配列(AGATAG)を認識すると言われてきたGATAファミリー転写因子が、その認識塩基配列に対する結合親和性の違いにより、制御する遺伝子プロモーターに明確な区別が存在することを示した例として極めて興味深いと考えている。

審査要旨

 本研究はB細胞や好酸球の分化増殖に関与しているインターロイキン-5の発現分子機構の解析を試みたのもであり、下記の結果を得ている。

 1.IL-5発現細胞株であるATL16Tを用いて、IL-5プロモーター上に転写活性能を有する20塩基からなるエレメント(G1領域)を絞り込んだ。ATL-16Tの核抽出液を用いてゲルシフト解析を行い、そのエレメントに結合するタンパク質の存在を明らかにした。このタンパク質を単離する目的で、ATL-16Tの発現ライブラリーを、サウスウエスタン法を用いてスクリーニングし、GATAファミリータンパク質がこのエレメントに結合する事を明らかにした。

 2.各GATAファミリータンパク質(GATA-2、GATA-3、及びGATA-4)に対する抗体を作製した。ATL-16T細胞核抽出液中に存在するGATAファミリータンパク質の内、GATA-4が主にG1領域に結合することを明らかにした。また、組み替え発現させた各種GATAファミリータンパク質を用いてG1領域に対する結合親和性をGATA-2、GATA-3、及びGATA-4に関して比較したところ、GATA-4が最もG1領域に結合親和性が強いことを明らかにした。

 3.G1領域に結合するタンパク質がGATA-4であることが明らかとなった時点で、Jurkat細胞を用いた形質導入実験を行った。IL-5プロモーターの活性化にはGATA-4とTPA-A23187刺激の両方が必要であり、いずれか一方ではIL-5プロモーターは活性化されないことを示した。また、IL-5プロモーターに変異を入れた実験より、-70に存在するGATAエレメントと、-45に存在するCLEOエレメントの2つが、IL-5プロモーターの活性化に必要なエレメントであることを明らかにした。

 4.ヒトGATA-4のcDNAをクローニングし、その全塩基配列を決定した。

 以上,本論文はGATA-4のクローニング、及び形質導入実験によりIL-5プロモーター領域の解析を行い、IL-5の発現分子機構を明らかにしたものである。本研究は,これまでほとんど解析の進んでいなかったIL-5の、アレルギー疾患における関与の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値すると考えられる.

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