学位論文要旨



No 112048
著者(漢字) 中尾,睦宏
著者(英字)
著者(カナ) ナカオ,ムツヒロ
標題(和) オートシェイピング法を用いた血圧バイオフィードバック療法の高血圧症に対する臨床的効果
標題(洋) Clinical effects of blood pressure biofeedback treatment on hypertension by an auto-shaping method
報告番号 112048
報告番号 甲12048
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1104号
研究科 医学系研究科
専攻 第一臨床医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 関根,義夫
 東京大学 助教授 中安,信夫
 東京大学 助教授 小塚,裕
内容要旨 目的

 バイオフィードバック(Biofeedback,以下BFと略)とは、本来知覚できない生体情報を、工学的機器の力を借りて感知できる形の信号に変えて呈示し、その信号を制御する試みを繰り返すことでその変容を目指すものである。血圧のBFの有用性を示す報告は多いが、降圧の程度は文献によりまちまちである。

 今回の研究の目的は、(1)我々が開発した血圧BFシステムの高血圧治療への有効性を、自己血圧測定のみを行う群と、自己測定とBFを行う群を比較することで検討し、(2)BF治療中の生理データの変動を調べ、(3)BF療法の降圧効果に影響を与える因子を明らかにすることである。

対象および方法

 (1)被験者:東京大学分院内科高血圧外来を受診している本態性高血圧患者30名(男10名、女20名)。年齢は38歳から65歳までで平均年齢は55.8歳であった。降圧剤を服用している者が12名いたが、いずれも単剤で、ブロッカー服用例はなかった。

 (2)コントロールの設定:被験者は、無作為にA群、B群の2群に分けられた。A群は、2週間家庭で自己血圧測定をした後、治療期間に入った。治療期間は3週間、1週間の間隔をあけて計4回外来でBF治療をした。その後2週間自己血圧測定を継続し、計7週間の研究期間を終了した。一方、B群は、2週間家庭で自己血圧測定をした後、コントロール期間に入った。コントロール期間は治療期間と同じ3週間であり、BFをせず週1回外来受診した。その後2週間自己血圧測定を継続してから、A群と同じく治療期間として3週間、1週間隔で計4回外来でBF治療をした。その後2週間自己血圧測定を継続し、計12週間の研究期間を終了した。

 (3)BF治療:今回のバイオフィードパックシステムは、フィナブレスより出力した血圧情報をパソコンでリアルタイムに情報処理し、auto-shaping法を用いてディスプレイから信号をフィードバックするものである〔図1〕。

図I

 auto-shaping法とは、ある目標値に対する達成度により目標値を順次変更していく操作を、パソコンプログラムにより自動化したものである。本研究では1トライアルで70%以上の時間目標収縮期血圧以下に維持できた場合次のトライアルでは自動的に目標収縮期血圧が5mmHg低く設定され、70%以上の時間維持できなかった場合は、同じ目標収縮期血圧で次のトライアルを行った。フィードバック信号(リアルタイムの収縮期血圧)は黄色の棒グラフの形で呈示され、血圧の増減によって水平方向に伸縮した。目標値以上に血圧が上がった場合、その越えた部分が赤色になり被験者は自らの努力でその部分を減らそうと試みるわけである。20分以上安静をとった後、1分間のベースライン血圧を測定し、そのセッションの目標収縮期血圧を治療者が設定した。その後は、3分練習、1分休憩を1トライアルとして連続5トライアルが1セッションとして行われた。

 (4)メンタルストレステスト:治療期間前後とコントロール期間前後に3分間の暗算負荷テスト(4桁から2桁の減法の繰り返し)を行い、暗算中の最大血圧と暗算前の平均血圧の差を求めた。

 (5)BF中の生理変化:BFセッション中、フィナプレスにより血圧、脈拍数を測定した。他に、呼吸数、皮膚電気抵抗、皮膚温、心拍変動を同時に記録した。各指標に関して、セッション間(4回)とトライアル間(安静時間と5トライアルで6回)の影響を調べるため、分散分析を行った。

 (6)BF著効群の特徴:(治療期間前後の医師測定収縮期血圧の差)/(治療期間前の医師測定収縮期血圧)(%)を治療効果とした。治療前の高血圧重症度、白衣現象の程度、年齢、性別、肥満度、罹病期間、降圧剤服用の有無、CMIそれぞれについて治療効果との相関を調べた。2群の違いを各変数毎に調べた後、全説明変数を込みにした共分散分析を行った。白衣現象は医師測定収縮期血圧と自己測定収縮期血圧の差が25mmHg以上ある状態とした。CMIは神経症傾向をみる心理テストでI領域からIV領城まで判定基準があるが、I・II領域を神経症傾向(-)、III・IV領域を(+)とした。

結果1)治療期間前後の変化:

 自己測定血圧は両群とも降圧したが、有意差はなかった。A群の医師測定血圧とメンタルストレステストによる昇圧度は、治療期間前後でそれぞれ、17/8(158±16.4/95±10.2→141±12.7/87±7.0)、4/4(+25±10.6/+16±7.1→+21±10.3/+12±7.2)(mmHg.Means±S.D.)減少した。医師測定血圧の収縮期・拡張期(p<0.01)、及びメンタルストレステストの収縮期(p<0.05)に有意差を認めた。一方B群では、平均医師測定血圧とメンタルストレステストによる昇圧度はコントロール期間前後では有意な変化がなかったが、その後のBF治療によりそれぞれ、20/9(164±21.4/93±8.3→144±22.3/84±9.9)、11/5(+38±18.5/+24±15.7→+27±15.0/+19±11.6)mmHg減少した。医師測走血圧の収縮期・拡張期(p<0.01)、及びメンタルストレステストの収縮期(p<0.05)に有意差を認めた。

2)治療中の変化

 分散分析により、収縮期血圧、拡張期血圧、脈拍数、皮膚温それぞれのトライアル間に主効果を認めた(p<0.05)。安静時ならびに第1トライアルから第5トライアルまでの平均の変化はそれぞれ、収縮期血圧で148±16.6,143±13.6,140±14.7,141±14.9,140±14.8,140±14.2mmHg、拡張期血圧で87±11.9,84±9.3,83±8.7,83±8.0,83±8.7,83±9.5mmHg、脈拍数は79±12.4,78±12.5,78±11.5,76±10.9,75±10.8,74±10.4 beats/minとなり、1セッション中トライアルが進む毎に低下した。同様に、皮膚温は33.3±1.2,33.7±1.2,34.1±1.3,34.2±1.3,34.2±1.3,34.0±1.3℃となりトライアルが進む毎に増加した。

3)BF著効群の特徴

 治療効果は平均で10.8±9.5%であった(-8.0%〜24.7%)。治療期間前の医師測定収縮期血圧と治療効果に有意な相関があった(相関係数0.38,p<0.05)。他に、降圧剤服用(服用者12名;6.4±11.2%、非服用者18名;13.8±7.0%,p<0.05)と白衣現象(有り15名;14.9±7.5%,無し15名;6.4±11.2%,p<0.05)の2指標に治療効果の有意差を認めた。治療前の収縮期血圧が高い、降圧剤を服用していない、白衣現象がある、の3要因がそれぞれ治療効果と関連していた。共分散分析を行ったところ、白衣現象が治療効果の変動を説明する最適モデルとなった。上記3要因は交互作用があり、2変数以上を組み込んだモデルはできなかった。

考察

 治療期間前後で、自己血圧に比べ医師測定血圧の低下が著しかったこと、メンタルストレステストの昇圧反応が抑制されたこと、白衣現象がある者の治療効果が多かったことより、BF治療法にはストレスによる循環器系の過剰反応を適正に抑える効果がある可能性が考えられた。治療中においては、心拍数の低下、皮膚温の上昇がみられ、フィードバック中のリラックス効果があったことが示唆された。今回のコントロール研究により、正しい方法で対象を適正に選べば、BF療法は有効な治療方法になると考えられた。今後も、白衣高血圧なども対象に含めて臨床研究を重ね、その有用性を証明していきたい。

審査要旨

 本研究は、(1)オートシェイピング法を用いた血圧バイオフィードバックシステムの高血圧治療への有効性を、自己測定とバイオフィードバック療法を行う群(A群)と自己血圧測定のみを行う群(B群)を比較することで検討し、(2)バイオフィードバック治療中の生理データの変動を調べ、(3)バイオフィードバック療法の降圧効果に影響を与える因子を明らかにすることを目的とし、30人の本態性高血圧患者に対して血圧バイオフィードバック療法を行い、下記の結果を得ている。

 1、自己測定血圧は両群とも降圧したが、その量はわずかだった。A群の医師測定血圧の収縮期・拡張期(p<0.01)、及びメンタルストレステストによる収縮期の昇圧度において(p<0.05)、治療期間前後で有意な低下を認めた。一方B群では、医師測定血圧とメンタルストレステストによる昇圧度はA群と同じ期間では有意な変化がなかったが、その後のバイオフィードバック治療ではA群の治療期間と同じ結果を得た。バイオフィードバック療法により医師測定血圧とストレステストによる昇圧反応が抑制されることが確認された。

 2、治療中においては分散分析により、収縮期血圧、拡張期血圧、脈拍数、皮膚温それぞれのトライアル間に主効果を認めた(p<0.05)。収縮期血圧、拡張期血圧、脈拍数はトライアルが進む毎に低下し、皮膚温はトライアルが進む毎に増加した。治療中はリラックス効果があることが示唆されたが、本治療のメカニズムについては、今後脳波波や自律神経機能の測定などを併せて行い、更に検討を重ねる必要があった。

 3、治療効果を、(治療期間前後の医師測定収縮期血圧の降圧量)/(治療前の医師測定収縮期血圧)と定義したところ、治療前の収縮期血圧が高い、降圧剤を服用していない、白衣現象がある、の3要因がそれぞれ治療効果と関連していた。共分散分析を行ったところ、白衣現象が治療効果の変動を説明する最適モデルとなった。上記3要因は交互作用があり、2変数以上を組み込んだモデルはできなかった。白衣現象は本治療法の適応を考える上で重要な因子となることが推察された。

 以上、本論文では、本態性高血圧を対象とした血圧バイオフィード療法の降圧効果を検討し、医師測定血圧の低下とストレステストによる昇圧反応の抑制を認めた。白衣現象がある者の治療効果が多かったことと考え合わせ、本治療にはストレスによる循環器系の過剰反応を適正に抑える効果があることが示唆された。治療中においては、収縮期・拡張期血圧の低下の他、心拍数の低下と皮膚温の上昇が確認され、フィードバック中のリラックス効果があったことが示唆された。今回の研究より、正しい方法で対象を適正に選べば、血圧バイオフィードバック療法は有効な治療方法になると考えられた。本論文は、今後の血圧バイオフィードバック療法研究を方向づけする意味あるものと考えられ、学位の授与に値すると考えられた。

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