学位論文要旨



No 112052
著者(漢字) 田中,栄
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,サカエ
標題(和) 破骨細胞の骨吸収におけるFocal Adhesion Kinase関与
標題(洋) Possible involvement of Focal Adhesion Kinase,pp125FAK,in osteoclastic bone resorption.
報告番号 112052
報告番号 甲12052
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1108号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 教授 加倉井,周一
 東京大学 助教授 高戸,毅
 東京大学 講師 松本,俊夫
内容要旨

 (要旨)骨の形態は、骨組織における骨形成と骨吸収のダイナミックなバランスの上に保たれている。骨形成は骨芽細胞と呼ばれる間葉系の細胞によって司られ、骨吸収は破骨細胞という造血系の細胞によって行われる。破骨細胞は多核の巨細胞であり、in vivo、in vitroの実験からマクロファージ系の前駆細胞に由来することが明らかになっている。破骨細胞は骨吸収のために高度に分化した細胞であり、波状縁という波状の膜構造から酸、ライソゾーム酵素を分泌することによって骨吸収をおこなう。破骨細胞による骨吸収のメカニズムの詳細は明らかではないが、最近チロシンキナーゼを介した情報伝達系が破骨細胞の骨吸収に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。Sorianoらは非レセプター型のチロシンキナーゼをコードするc-src遺伝子のノックアウトによって破骨細胞の機能異常が起こり、その結果大理石骨病という病態を示すことを明らかにした(Soriano et al.,Cell 64:693,1991)。この結果は、c-Srcを介する情報伝達機構が破骨細胞の骨吸収において重要な役割を果たしていることを示す。本論文では、マウス破骨細胞、およびin vitroで形成されたマウスの破骨細胞様細胞を用いて、破骨細胞におけるc-Srcの発現、そしてSrcの基質として注目されているFocal Adhesion Kinaseの破骨細胞の骨吸収への関与を調べた。

第1章破骨細胞における c-Srcの発現

 第1章ではマウス長幹骨より分離した破骨細胞、およびin vitroの破骨細胞形成系において形成された破骨細胞様細胞におけるc-Srcの発現を検討した。破骨細胞形成系としては、高橋らによって開発されたマウス骨芽細胞と骨髄細胞の共存培養系を用いた(Takahashi et al.Endocrinology 123:2600,1988)。この共存培養系では、活性型ビタミンD3の存在下で4日目より破骨細胞様多核細胞(OCL)の形成が始まり、6日目にピークを迎え、その後減少する。特異的な抗体によるWestem blottingで調べた。共存培養におけるc-Srcの発現の変化は、OCL数の時間的な変化と全く一致した。次に骨芽細胞、共存培養細胞、赤津らの方法でenrichしたOCL画分(Akatsu et al.,J Bone Miner Res 7:1297,1992)におけるc-Srcの活性を、外来の基質であるenolaseを用いたimmune complex kinase assayで調べた。その結果、OCLを含む割合が高い画分ほどc-Srcの活性が高いことがわかった。さらに免疫染色を用いてマウス長幹骨より得た破骨細胞、およびOCLにおけるc-Srcの発現を調べたところ、破骨細胞のみならず、OCLにおいても強いc-Srcの染色像が認められた。以上の結果より、破骨細胞においてc-Srcが強く発現していることが明らかになった。破骨細胞におけるc-Srcの機能を調べるための第一段階として、c-Srcの破骨細胞内での局在を電子顕微鏡的に検討した。破骨細胞において、c-Srcは主に酸、酵素を分泌する波状縁に局在し、骨への接着部位である明帯、あるいは波状縁の対側である外側基底膜にはほとんど認められなかった。この結果はc-Srcが破骨細胞の酸、酵素の分泌、あるいは波状縁の形成自体に重要な役割を果たしていることを示唆する。

第2章破骨細胞の骨吸収における Focal Adhesion Kinaseの役割

 破骨細胞におけるc-Srcの役割をさらに詳細に検討するためには、c-Srcのシグナルを受け取る二次メッセンジャーを同定することが重要である。第2章では、最近Srcのターゲットとして注目されているFocal Adhesion Kinase(FAK)に注目し、FAKの骨吸収における役割を検討した。まずSrcチロシンキナーゼ阻害剤の破骨細胞の骨吸収に対する効果を調べた。破骨細胞の骨吸収のモデルとして、OCLによるdentine上での吸収窩の形成系を利用した(Tamura et al.,J Bone Miner Res 8:953,1993)。Herbimycin Aやmethyl 2,5-dihydroxycinnamateなどのチロシンキナーゼ阻害剤は、OCLによるdentine上での吸収窩の形成を用量依存性に抑制した。それと同時に、OCLのF-actinリングの形成も阻害された。この時、破骨細胞内のチロシンリン酸化蛋白の変化を、抗ホスホチロシン抗体を用いたWestem blottingで調べた。破骨細胞においてチロシンリン酸化されている主要な蛋白は115kDから130kDの分子量を示し、これらの蛋白のチロシンリン酸化はHerbimycin Aによって抑制されることが明らかになった。特異的な抗体を用いた免疫沈降、及び抗ホスホチロシン抗体を用いたWestem blottingにより、この蛋白の少なくとも一部はFAKであることを確認した。FAKはv-Srcで癌化した細胞において強くチロシンリン酸化されている蛋白の1つとして、Parsonsらのグループによって同定された(Schaller et al.,Proc Natl Acad Sci USA 89:5192,1992)。その後、正常細胞においても細胞の基質蛋白の認識、接着に伴ってFAKはチロシンリン酸化され、focal adhesionに集積することが明らかにされ、インテグリンを介したシグナル伝達分子の1つであることが明らかになった。FAKは細胞内で接着刺激に伴いチロシンリン酸化されるが、この時のリン酸化部位はSrcのSH2ドメインに結合しうることが明らかにされている。OCLのcell lysateから特異的な抗体(Dr.Parsonsより供与された)を用いてFAKを免疫沈降し、抗ホスホチロシン抗体によるウエスタンブロットによってFAKのチロシンリン酸化を調べると、FAKは接着した破骨細胞において定常的にチロシンリン酸化されていることが明らかになった。また、ハービマイシンAで細胞を処理することによってそのチロシンリン酸化は抑制された。次に破骨細胞におけるFAKの局在を調べるために、抗FAK抗体を用いた免疫染色をおこなった。プレートに接着した状態では、FAKは破骨細胞の細胞膜近傍に局在することが明らかになった。Herbimycin Aの処理により、FAKは細胞の中心部に存在する空胞様の膜構造へと移行した。破骨細胞の骨吸収におけるFAKの働きをさらに明らかにするために、FAKのアンチセンスDNAのOCLの吸収窩形成能に対する効果を調べた。アンチセンスDNAは、マウスFAKのcDNAのATGイニシエーションコドンを含むようにデザインし、ホスホロチオエートによって修飾したものを用いた。FAKに対するアンチセンスDNAは破骨細胞様細胞による吸収窩形成を阻害したが、センスDNAには抑制効果は認められなかった。またアンチセンスDNAと等量のセンスDNAをあらかじめ混合して加えた場合には、吸収窩形成の抑制効果は認められなかった。FAK cDNAの2つの異なる部位に対するアンチセンス、センスDNAを用いて実験をおこなったが同様の結果であった。これら結果は、少なくともFAKの存在が破骨細胞による骨吸収に重要な役割を果たしていることを示唆する。

 以上の諸成績より次の事項を結論することが出来た。破骨細胞のみならず共存培養系で形成された破骨細胞様細胞においてc-Srcの強い発現が認められた。破骨細胞内では、特に酸、酵素の分泌部である波状縁にc-Srcの強い集積が認められた。Focal Adhesion Kinaseは、破骨細胞におけるc-Srcのシグナルを伝える分子の一つとして骨吸収に重要な役割を果たしていることが判明した。

審査要旨

 本研究は、骨吸収を司る細胞である破骨細胞におけるc-Srcチロシンキナーゼの役割を明らかにする目的で、in vitroのマウス破骨細胞形成系を用いて、破骨細胞におけるc-Srcの発現、及びc-Srcの基質として注目されているFocal Adhesion Kinase(FAK)の骨吸収への関与の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1)マウス長幹骨より分離した破骨細胞、およびin vitroのマウス破骨細胞形成系で形成された破骨細胞(OCL)におけるc-Srcの発現を検討した。

 Westem blottingにより、破骨細胞形成系においてOCLの形成に伴いc-Srcの発現の上昇が認められた。Immune complex kinase assayによってc-Srcのチロシンキナーゼ活性を調べると、OCLを多く含む画分ほど高いc-Src活性を認めた。さらに免疫染色を用いてマウス長幹骨より得た破骨細胞、及びOCLにおけるc-Srcの発現を調べたところ、破骨細胞のみならずOCLにおいても強いc-Srcの染色像が認められた。また電子顕微鏡的に破骨細胞におけるc-Srcの細胞内分布を検討したところ、c-Srcは主に酸、酵素を分泌する波状縁に局在し、骨への接着部位である明帯、あるいは波状縁の対側に存在する外側基底膜にはほとんど認められなかった。これらの結果より、c-Srcが破骨細胞の酸、酵素の分泌、あるいは波状縁の形成自体に重要な役割を果たしていることが示された。

 2)破骨細胞におけるc-Srcの役割をさらに明らかにするためにはc-Srcのシグナルを受け取る二次メッセンジャーを同定することが重要である。OCLをc-Srcの阻害剤であるHerbimycin Aで処理するとその骨吸収能は著しく抑制される。このときOCL内で115-130kDの蛋白のチロシンリン酸化が阻害された。免疫沈降、及びWestem blottingを用いてこの蛋白の一部がFAKであることを明らかにした。Herbimycin A処理は破骨細胞におけるFAKのチロシンリン酸化を抑制すると同時に、その細胞内局在を変化させた。またアンチセンスDNAを用いてOCLにおけるFAKの発現を抑制すると、その骨吸収は阻害された。以上の結果よりFAKは破骨細胞においてチロシンリン酸化されており、破骨細胞による骨吸収に重要な役割を果たしていることが明らかになった。

 以上、本論文は破骨細胞においてc-Srcが強く発現しており、そのシグナルを伝えるセカンドメッセンジャーの候補であるFAKが、破骨細胞の骨吸収において重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究は破骨細胞の骨吸収メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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