学位論文要旨



No 112053
著者(漢字) 小林,真己
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,マミ
標題(和) 大唾液腺悪性腫瘍の再発因子に関する病理組織学的並びに免疫組織化学的検討
標題(洋)
報告番号 112053
報告番号 甲12053
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1109号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 水野,正浩
 東京大学 助教授 坂本,穆彦
内容要旨 I.はじめに

 大唾液腺上皮性悪性腫瘍は様々な組織型を示し,組織型により臨床経過や予後は一様ではない.これまでは腫瘍の再発の有無を含めた予後の検討において,その多くは初回治療例と再発例が同一に扱われている.同一施設で手術摘出された症例のみを用いて詳細な病理組織学的検討がなされ,かつ確実に予後を追跡できた症例についての再発因子の系統的検討は今日までのところ十分にはなされていない.

 他方,最近では様々な臓器において癌関連遺伝子産物と予後との相関について報告されており,唾液腺腫瘍でもその関連は興味のもたれるところである.

 本研究ではまず大唾液腺悪性腫瘍患者のうち腫瘍が手術摘出され,かつ確実に予後を追跡できた症例を用い,臨床的並びにH-Eレベルでの病理学的検索により再発因子の抽出を行い,何が真の再発因子となりうるか検討した.更に抽出された再発因子が免疫組織化学的にも裏づけられるか,また免疫染色が大唾液腺悪性腫瘍の生物学的性状の解明の一助となるかについても併せて検討した.

II.対象および方法

 対象は1962年から1989年までに財団法人癌研究会付属病院頭頚科で初回治療として腫瘍摘出術を行い,臨床的に完全に切除されたもので,術後経過を追跡できた31症例を用いた.初回腫瘍摘出術より5年以内に再発したものを再発群,5年以内に再発しなかったものを非再発群とし,初回原発巣摘出時の発生部位,男女比,平均年齢,再発率について統計学的に分析し,再発群では,初回摘出時からの5年生存率についても,Kaplan-Meier法での生存曲線を用いて比較検討した.なお舌下腺悪性腫瘍は症例数が3例と少なかったため,本研究の対象からは除外した.

 病理組織学的な検索項目は組織型,腫瘍の最大径,切除断端の癌の有無(以下ewと略す.),リンパ管侵襲,リンパ節転移,神経周囲浸潤の有無である.組織型についてはWHO分類(第2版,1991年)を用い,次の組織型については各亜型についても検討した.腺癌は管腔形成が顕著な高分化型,管腔形成がみられず,充実性に増殖する低分化型,その間の中分化型の3型,粘表皮癌は粘液産生細胞が顕著な高分化型,粘液産生細胞が極少で,扁平上皮細胞が優勢な低分化型,その間の中分化型の3型,腺様嚢胞癌は篩状型(cribriform),管状型(tubular),充実型(solid)の3型の亜型に分けた.

 統計処理には平均年齢および腫瘍の最大径について,2群の母集団の平均値の間に違いがあるかどうかを検定する目的でt検定を用い,ew,リンパ管侵襲,リンパ節転移,神経周囲浸潤の有無については,母集団の数が小さいためフィッシャー検定を用いた.

 癌関連遺伝子産物の検索方法は免疫組織化学的染色法を用い,各々の抗体を用いて,酵素抗体間接法Streptoavidin biotin peroxidase complex(sABC)変法にて染色した.

 免疫組織化学的検索は,いずれの抗体に対しても各腫瘍の最大割面の切片を各1枚用いた.染色の陽性・陰性の判定は,腫瘍の最大割面の辺縁部の新鮮な腫瘍細胞を2000個数え,弱陽性に染色されているものも陽性細胞とみなし,腫瘍細胞の30%以上が陽性だったものを陽性,5%以上30%未満が陽性だったものを疑陽性,それ以下を陰性とした.また,p53,PCNA,Ki-67に関しては核が陽性のもののみを,c-erb B-2は細胞質,細胞膜のいずれか,あるいは両者が陽性を示すものを,nm23に関しては細胞質が陽性のものを陽性と判定した.

III.結果A..臨床的および病理組織学的事項と再発因子

 初回腫瘍摘出時の年齢は耳下腺悪性腫瘍では8歳差で再発群が,顎下腺悪性腫瘍では10歳差で非再発群が高齢であった.

 再発群の5生率では耳下腺で20.0%,顎下腺で16.7%であった.組織型別頻度は耳下腺の再発群では腺癌が高率であったが,非再発群では粘表皮癌が高率であった.顎下腺の再発群では腺様嚢胞癌が高率であったが非再発群では腺様嚢胞癌と粘表皮癌との間に差はみられなかった.

 各種再発因子の解析では,再発群は非再発群に比し,男性に多く(男:女2.5:1),やや年齢が高く(再発群平均56.9±12.6歳 非再発群52.9±18.8歳),腫瘍の最大径が大きく(再発群平均43.3±21.7mm[T1 3例,T2 7例,T3 7例,T4 4例],非再発群29.7±10.4mm[T1 1例,T2 8例,T3 1例,T4 0例]),リンパ節転移陽性のもの(陰性と陽性の比 再発群0.5:1 非再発群9:1),神経周囲浸潤陽性のもの(陰性と陽性の比 再発群0.4:1非再発群4:1),予後不良のもの(予後良好群と不良群の比 再発群0.24:1 非再発群2.33:1)が多く,組織型で腺癌の比率(10/31)が高かった.しかし,このうちt検定およびフィッシャー検定にて有意差を認めたのは,腫瘍の最大径とリンパ節転移,神経周囲浸潤の陽性率,予後の良・不良のみであった.

 組織型別にみても,傾向としては非再発群の方が再発群よりも小さく(粘表皮癌では有意差あり),同様の結果を示していた.また,再発群については腺癌では男:女が2.33:1,粘表皮癌では男:女が6:0で男性に再発の頻度が高かった.

 組織型別予後は耳下腺,顎下腺共に再発群では粘表皮癌が最も予後不良であった.

 組織型別再発因子の検討では,腺癌の再発に影響している因子には性別,最大径,リンパ管侵襲や神経周囲浸潤があるが,どの因子にも有意差は認められなかった.また,組織学的分化度に関しては分化度と再発との密接な関係は認められなかった.しかし,予後との関係では予後良好群は全て高分化型であり,不良群は全て中・低分化型であり,予後と組織学的分化度の間には密接な関係が認められた.一方,組織学的分化度以外の因子に関しては再発群が予後不良群に,非再発群が予後良好群にほぼ一致していた.

 粘表皮癌ではいずれの因子も再発群が予後不良群に,非再発群が良好群にほぼ一致していた.

 腺様嚢胞癌の再発因子としては年齢が低く(有意差あり),最大径が大きいことであった.組織亜型では,再発群でsolid1例,cribriform2例,tubular2例であった.

 腺様嚢胞癌の再発群,非再発群各々の予後を比較すると,性別と組織亜型以外の因子に関しては再発群が予後不良群に,非再発群が良好群にほぼ一致していた.

B.癌関連遺伝子産物および増殖因子の免疫組織化学的意義

 癌抑制遺伝子であるp53についての,再発の有無と陽性率の関係では,いずれの部位でも,再発群が非再発群よりもp53陽性率が高かったが,再発の有無との間に有意差はみられなかった.

 一方癌遺伝子であるc-erb B-2は,いずれの部位でも再発群,非再発群共に高率に染色され,陽性率と再発の有無の間に有意差を認めなかった.

 癌転移抑制因子nm23の陽性率は再発群に低く,PCNA及びKi-67は再発群に陽性率が高い傾向を認めたが,有意差はなかった.

 組織型と各癌関連遺伝子産物の陽性率の関係については,全症例群のp53,PCNAでは腺癌の陽性率が他の2者より高く,耳下腺腫瘍の再発群のp53,PCNAでは腺癌,粘表皮癌の,非再発群では腺癌の陽性率が高かった.また,全症例群と耳下腺腫瘍の再発群におけるnm23では粘表皮癌の陽性率が最も低く,Ki-67では粘表皮癌が最も高かったが,非再発群のnm23では粘表皮癌の陽性率が最も高く,Ki-67では粘表皮癌が最も低かった.c-erb B-2においては再発群,非再発群共に各組織型間に大きな差はなく,すべて高率に染色されていた.しかし,再発群では粘表皮癌が,非再発群においては腺癌が他の2者に比し,やや高い陽性率を示した.顎下腺悪性腫瘍の再発群ではPCNAを除く4種の癌関連遺伝子産物については粘表皮癌が腺様嚢胞癌よりも高い陽性率を示した.一方,非再発群においてはp53,c-erb B-2を除く他の3種の癌関連遺伝子産物については粘表皮癌よりも腺様嚢胞癌の方が陽性率が高かった.この結果のうち,顎下腺悪性腫瘍の再発率と関連していたのはnm23のみであった.以上各組織型と各癌関連遺伝子産物の陽性率の関係をまとめると,再発群においては各染色とも粘表皮癌の陽性率がもっとも高い傾向にあるが,非再発群においては粘表皮癌がもっとも低く,腺癌の陽性率が高い傾向にあった.

IV.考察

 以上の結果で示した如く臨床的および病理組織学的事項については,平均年齢,男女比,5年生存率,組織型別頻度で再発群と非再発群の間で大きく異なっていた.従って大唾液腺悪性腫瘍の臨床的並びに病理組織学的事項などを検討する場合,再発群と非再発群を分けて検討する必要があると思われた.

 また再発因子については,全組織型をまとめると再発群は非再発群に比し腫瘍の最大径が大きく,リンパ節転移の陽性率,神経周囲浸潤の陽性率が有意に高く,予後(5年生存率)も有意に不良で,男性に多かった.組織型別では腺癌においては有意差のある再発因子はなかった.しかし,粘表皮癌において,再発群は年齢がやや高く,腫瘍の最大径が大きく,リンパ節転移陽性,神経周囲浸潤陽性のものが有意に多かった.また,再発群は全例分化度が低分化なものであり,全例男性であった.再発群は非再発群に比し,有意に予後不良であった.腺様嚢胞癌では有意差を認めた再発因子は年齢であった.

 一方,免疫染色に関しては,今回の研究では症例数の不足により全染色とも陽性率と再発の間に有意差を認めるには至らなかった.しかし,結果の箇所で述べたように,p53,c-erb B-2,PCNA,Ki-67に関しては再発群に染色の陽性率が高い傾向を,nm23では再発群に陽性率が低い傾向を認めた.また,組織型と各癌関連遺伝子産物の陽性率の関係については,結果のところで述べたように再発群においては各染色とも粘表皮癌の陽性率がもっとも高く,非再発群においては粘表皮癌がもっとも低く,腺癌の陽性率が高い傾向にあった.この結果は(1)その臨床的な振舞いを異にする2つの異なった型が存在する粘表皮癌と(2)これらの3型のうちではもっとも再発率が高く予後の不良な腺癌の特徴を示唆するものと考えられた.また,これらの検討の中では特に,大唾液腺腫瘍のnm23を用いた免疫組織化学的研究は本邦はもとより,諸外国からの報告もなく,本研究が第一報である.今後さらに症例数を増やして,検討をすすめ,nm23をはじめとするこれらの免疫染色結果と,臨床的並びに病理組織学的所見との対比を行い,大唾液腺腫瘍の本態解明の一助としたい.

審査要旨

 本研究は様々な組織型を示し,組織型により臨床経過や予後は一様ではない大唾液腺上皮性悪性腫瘍について,同一施設で手術摘出されかつ確実に予後を追跡できた症例のみを用いて,臨床的並びにH-Eレベルでの再発因子の系統的検討を行った.また免疫染色が大唾液腺悪性腫瘍の生物学的性状の解明の一助となるかについても併せて検討し,下記の結果を得ている。

 1.臨床的および病理組織学的事項では,平均年齢,男女比,5年生存率,組織型別頻度に関して,再発群と非再発群の間で大きく異なっていた.従って大唾液腺悪性腫瘍の臨床的並びに病理組織学的事項を検討する場合,再発群と非再発群に分けて検討する必要があると思われた.

 2.臨床的並びにH-Eレベルでの再発因子は以下に示す如くであった.全組織型をまとめると再発群は非再発群に比し腫瘍の最大径が大きく,リンパ節転移の陽性率,神経周囲浸潤の陽性率が有意に高く,予後(5年生存率)も有意に不良で,男性に多かった.組織型別では腺癌においては,再発群と非再発群の間に有意差を認めた因子はなかった.しかし,粘表皮癌においては,再発群は年齢がやや高く,腫瘍の最大径が大きく,リンパ節転移並びに神経周囲浸潤陽性のものが有意に多かった.また,再発群は全例組織学的分化度が低く,全例男性であった.再発群は非再発群に比し,有意に予後不良であった.腺様嚢胞癌においては,再発群は非再発群に比し,有意に年齢が低かった.

 3.免疫染色に関しては,今回の研究では症例数の不足によりいずれの染色においても陽性率と再発の間に有意差を認めるには至らなかった.しかし,以下のような傾向は認められた.即ち全腫瘍でみると,p53,PCNA,Ki-67では染色の陽性率の高い症例の方が,nm23では染色の陽性率の低い症例の方が再発しやすい傾向がみられた.また,耳下腺腫瘍ではp53,c-erb B-2,nm23,PCNA,Ki-67で,顎下腺腫瘍ではp53,nm23で同様の傾向を認めた.原発部位を問わず,組織型の違いによって全腫瘍をみると,腺癌ではPCNAで,粘表皮癌ではp53,c-erb B-2,PCNA,Ki-67で,腺様嚢胞癌ではKi-67で染色の陽性率の高い症例の方が,腺癌および粘表皮癌のnm23では染色の陽性率の低い症例の方が再発しやすい傾向がみられた.他方,部位別・組織型別にみると耳下腺悪性腫瘍で腺癌においてPCNAで,粘表皮癌ではp53,c-erb B-2,PCNA,Ki-67で,腺様嚢胞癌ではPCNAおよびKi-67で染色の陽性率の高い症例の方が,腺癌および粘表皮癌のnm23においては染色の陽性率の低い症例の方が再発しやすい傾向がみられた.顎下腺悪性腫瘍では粘表皮癌のp53,PCNAで染色の陽性率が高い症例の方が,腺様嚢胞癌のnm23で染色の陽性率が低い症例の方が再発しやすい傾向がみられた.以上各組織型と各癌関連遺伝子産物の陽性率の関係をまとめると,再発群においては各癌関連遺伝子産物とも粘表皮癌の陽性率がもっとも高い傾向にあるが,非再発群においては粘表皮癌がもっとも低く,腺癌の陽性率が高い傾向にあった.この結果は(1)その臨床的な振舞いを異にする2つの異なった型が存在する粘表皮癌と(2)これら3型のうちではもっとも再発率が高く予後の不良な腺癌の特徴を示唆するものと考えられた.

 以上,従来の報告では条件の異なる症例が同一症例群として扱われるなど必ずしも適切とは言えない方法で検討されることが一般的であった大唾液腺悪性腫瘍において,本研究では症例を同一施設で扱われたものに限り,できるだけ症例選択に偏りが生じないように努め,更に再発群・非再発群の厳密な群別も行ったうえで,臨床的並びにH-Eレベルでの再発因子を明らかにした.しかし,再発と各種免疫染色の陽性率との間には相関関係を見出すには至らなかった.大唾液腺腫瘍のnm23に関する免疫組織化学的研究は本邦はもとより,諸外国からの報告もなく,本研究が第一報である.このように本研究は,大唾液腺悪性腫瘍の再発因子の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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