学位論文要旨



No 112055
著者(漢字) 石橋,英明
著者(英字)
著者(カナ) イシバシ,ヒデアキ
標題(和) インターロイキン4のヒト骨芽細胞に対する細胞外基質蓄積促進作用
標題(洋)
報告番号 112055
報告番号 甲12055
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1111号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 講師 松本,俊夫
内容要旨

 骨折治癒過程の詳細を明らかにすることは、骨折治癒を促進し、骨癒合を確実にする方法を新たに開発するために重要である。骨折治癒は、骨折部の血腫形成と、骨折線に接する骨、骨膜、骨髄の壊死組織周囲の炎症から始まる。凝血塊への間質系細胞浸潤と肉芽組織形成が仮骨形成への出発であるが、この凝血塊および肉芽組織に浸潤する炎症性細胞は、主としてT細胞とマクロファージである。

 マクロファージの役割は、壊死組織の貪食、多くのサイトカインを産生することによる仮骨形成への関与が推測されるが、T細胞の役割は全く不明である。しかし、B細胞が骨折部の凝血塊と肉芽組織中にほとんど見られないことから、T細胞は何らかの機序により選択的に動員されていることが考えられる。また、HLA-DR抗原陽性細胞が多数見られることから、抗原提示によるT細胞の活性化機構が働いていると考えられ、T細胞が仮骨形成の端緒を担っている可能性がある。

 T細胞が産生するサイトカインのひとつであるインターロイキン4(IL-4)を含む培地で骨芽細胞様細胞を長期間培養すると、細胞外基質のhydroxyproline量が増加し、細胞外基質が石灰化することが知られている。したがって、T細胞がIL-4を介して骨芽細胞の基質の形成あるいは石灰化を促進している可能性がある。しかし、IL-4の骨芽細胞に対する作用の詳細な機序は不明であり、上述の報告においても、IL-4を含む培地で一定期間骨芽細胞を培養した結果を観察しているに過ぎず、その時間経過については触れていない。したがって、骨折部のT細胞がIL-4を分泌することにより仮骨形成に関与する可能性を検討するにあたって、IL-4の骨芽細胞への作用を時間経過を含めて詳細に検討する必要がある。

 本研究の目的は、以上のようなT細胞の仮骨形成における役割という観点から、骨形成の主な二局面である基質形成および基質石灰化におけるIL-4の促進作用を細胞レベルで明らかにすることである。

 実験には、様々な骨芽細胞形質を安定して発現しているヒト骨膜由来骨芽細胞様細胞SaM-1細胞を用いた。

 まず、SaM-1細胞にIL-4R mRNAが発現していることを確認した。IL-4R mRNAの塩基配列を元に作製した2組のPCR primerを用いて、SaM-1細胞より抽出したtotsl RNAに対し、RT-PCRを行い、予想された大きさの増幅産物ができることが確かめられた。

 次に、細胞増殖に与える影響を調べたところ、IL-4はSaM-1細胞の増殖を遅延させた。

 基質形成については、IL-4によって、コラーゲン、特に骨の主要基質蛋白であり、石灰化の直接の基質であるI型コラーゲンの合成および蓄積が促進されるかを検討した。まず、IL-4のコラーゲン合成と蓄積に対する作用を調べた。コンフルエントに達したSaM-1細胞を、0.3ng/mlまたは3.0ng/mlのIL-4を添加した培地、または無添加の培地で培養した結果、コラーゲン合成活性、prolyl hydroxylase活性、細胞層のhydroxyproline量のすべてが、IL-4により促進あるいは増加され、その促進作用はIL-4処理開始後10日目以後に強く現われていた。また、10日目での検討では、IL-4はI型コラーゲンの合成を促進していた。pro-1(I)のmRNAレベルは、rhIL-4により培養5日目から増強し、10日目以後は、さらに増強した。これらのことから、IL-4はSaM-1細胞のI型コラーゲンの合成および蓄積を促進することが明らかとなった。

 次に、基質の石灰化のために必要なIL-4の投与時期について検討した。培養期間を10日目以前と10日目以後に区分し、それぞれの期間にIL-4を作用させて、20日目と30日目でのカルシウム、リンおよびhydroxyproline量を測定した。その結果、10日目まで培地中にIL-4が存在すれば、その後IL-4が添加されていなくても、20日目で石灰化が起きること、逆に10日目まで培地中にIL-4が添加されていなければ、その後IL-4を添加しても20日目、30日目で石灰化が起きないこと、すなわち、10日目までのIL-4の作用が石灰化誘導のための必要充分条件であることが示された(図1)。

 最後に、IL-4の処理開始後10日目までのSaM-1細胞に対する作用を検討した。一般に、IL-4の細胞に対する作用は、何らかの遺伝子発現を誘導することにより生じるので、IL-4により発現が誘導されるmRNAを、Differential display法を用いて調べた。Differential display法は、比較したい二つの細胞または組織のmRNAを、polyA部分を認識するoligo-dT配列を含むoligonucleotideをantisense primerとして、また、任意に作製した10merのoligonucleotideをsense primerとして用いたRT(reverse transcription)-PCR法で非特異的に増幅されたPCR産物の量を比較することにより、mRNA発現のレベルに差のある遺伝子を検索する方法である。

 その結果、rhIL-4処理により1日目からVI型コラーゲンの1鎖のmRNAレベルが増加することが明らかとなった。また、他のサブユニットとともに、10日目までのmRNAレベルの経時変化を調べたところ、IL-4により、1鎖、2鎖のmRNAレベルが5日目をピークにして促進されていたが、3鎖のmRNAレベルはIL-4の影響を受けず、10日目にはほとんど発現が見られなくなった(図2)。また、VI型コラーゲンの蓄積量をウエスタンブロットで調べたところ、IL-4による増加が見られた。

図表図1:一部の期間にIL-4を作用させた場合の培養20および30日目のcalcium(■)、phosphorus()、hydroxyproline()蓄積量 / 図2:VI型コラーゲンの1、2、3鎖のmRNAレベルの経時的変化

 VI型コラーゲンは、ヘテロトリマーの微細線維コラーゲンで、N末端とC末端側に大きな非コラーゲン性球状ドメインを持ち、その間にコラーゲン様ドメインがある。約100nmのダンベル型の形状で、生体内ではダイマーまたはテトラマーを単位として網目状に広がる高分子を形成している。非コラーゲン性部分には、多くの機能性ドメインがあり、コラーゲン様ドメインにはRGD配列が11個存在し、インテグリンを介した細胞接着能が高いことや細胞との相互作用が活発であることが推測される。以上のようなVI型コラーゲン分子の構造、性質から、IL-4によりSaM-1細胞層に早期に蓄積したVI型コラーゲンが、その後の基質蛋白の蓄積や、細胞接着による細胞への作用を介して細胞分化を進めることにより、コラーゲン合成の増加や石灰化誘導に関与している可能性がある。また、成熟した骨基質内には、VI型コラーゲンがほとんど存在しないが、胎児骨には多く含まれること、骨折部の肉芽または仮骨におけるVI型プロコラーゲンのmRNAレベルは、成熟した骨基質内に比較して著明に増加していることから、VI型コラーゲンが骨形成の過程に何らかの役割を果たしていることが考えられる。

 以上のような、VI型コラーゲンの分子としての性質、組織内での時間的空間的分布から考えて、VI型コラーゲンが骨折治癒に関与すると考えられる。T細胞は、IL-4を介してVI型コラーゲンの産生を促し、石灰化し易い基質形成、あるいは石灰化への骨芽細胞分化を促していると考えられる。

 本研究において、IL-4の骨芽細胞に対する基質形成促進作用と石灰化誘導作用とについて検討した。基質形成については、石灰化の直接の基質であるコラーゲンの産生及び蓄積をIL-4が高めることが示された。石灰化誘導については、IL-4が石灰化の開始を直接刺激するのではなく、より早い時期に細胞に与える影響が間接的に作用して石灰化を誘導することが明らかとなった。特に、IL-4の早期の作用により、他の基質との親和性が高く細胞接着能も高いVI型コラーゲンの蓄積が増加することが明らかとなり、この作用を介して、石灰化しやすい細胞外基質の形成、特にI型コラーゲンの産生、あるいは石灰化に向けた骨芽細胞分化を促進する可能性が考えられた。

審査要旨

 本研究は、T細胞が産生するサイトカインであるインターロイキン4(IL-4)の骨芽細胞に対する基質形成促進作用および基質の石灰化誘導作用を、ヒト骨膜由来骨芽細胞様細胞SaM-1を用いて詳細に検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.SaM-1細胞のiL-4R受容体mRNA発現を、ヒトIL-4R特異的なPCR primerを用いたRT-PCR法で確認した。また、SaM-1細胞の増殖に対するIL-4の影響を調べたところ、IL-4はSaM-1細胞の増殖速度を遅延させたが、最終細胞密度には影響しなかった。

 2.IL-4の骨芽細胞の基質形成に対する影響を検討するために、IL-4のコラーゲン合成と蓄積に対する作用を調べた。コンフルエントに達したSaM-1細胞を、IL-4を添加した培地または無添加の培地で培養したところ、コラーゲン合成活性、prolylhydroxylase活性、細胞層のhydroxyproline量のすべてが、IL-4により促進あるいは増加され、その促進作用はIL-4処理開始後10日目以後に強く現われていた。また、10日目での検討では、IL-4はI型コラーゲンの合成を促進していた。pro-1(I)のmRNAレベルは、rhIL-4により培養5日目から増強し、10日目以後は、さらに増強した。これらのことから、IL-4はSaM-1細胞のI型コラーゲンの合成および蓄積を促進することが明らかとなった。

 3.IL-4によるSaM-1細胞に対する石灰化誘導作用を確かめるために、コンフルエントのSaM-1細胞に対してIL-4を添加した培地で培養したところ、20日目から石灰化が観察され、30日目ではさらに増強した。次に、培養期間を10日目以前と10日目以後に区分し、それぞれの期間にIL-4を作用させて、20日目と30日目でのカルシウム、リンおよびhydroxyproline量を測定したところ、10日目まで培地中にIL-4が存在することが、石灰化誘導のための必要十分条件であることが明らかとなった。

 4.IL-4をSaM-1細胞に作用させた場合の10日目以前に現われるSaM-1細胞に対する作用を検討するために、1日目、5日目にIL-4により発現が誘導されるSaM-1のmRNAを、Differential display法を用いて調べた。その結果、rhIL-4処理により1日目からVI型コラーゲンの1鎖のmRNAレベルが増加することが明らかとなった。また、VI型コラーゲンの1鎖、2鎖、3鎖のmRNAレベルの10日目までの経時変化を調べたところ、IL-4により1鎖、2鎖のmRNAレベルが5日目をピークにして促進されたが、3鎖のmRNAレベルはIL-4の影響を受けず、10日目にはほとんど発現が見られなかった。また、VI型コラーゲンの蓄積量をウエスタンブロットで調べたところ、IL-4による増加が見られた。

 以上の結果は、IL-4の骨芽細胞に対するI型コラゲーン合成および蓄積促進作用、石灰化誘導作用の詳細とVI型コラゲーンの合成を促進することを示すことにより、免疫システムの骨形成への関与に関する新しい示唆を与えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54535