学位論文要旨



No 112057
著者(漢字) 崔,丞済
著者(英字)
著者(カナ) チョイ,スンゼ
標題(和) 末梢神経の再生および骨格筋の回復における年齢の影響に関する研究
標題(洋) A study on aging effects in peripheral nerve regeneration and skeletal muscle recovery
報告番号 112057
報告番号 甲12057
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1113号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 山内,昭雄
 東京大学 教授 加倉井,周一
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 高戸,毅
内容要旨 I.末梢神経の再生過程における年齢の影響1.目的

 現在、加齢現象が神経の再生に影響を与えることはわかっているが,それがどの程度にどのようなメカニズムで生じるかに関してはあまり知られていない。さらに、神経縫合後の回復過程、特に神経再生後期における加齢現象の影響について詳しく論じた報告はほとんど見られない。本研究は、神経再生の年齢による変化を経時的に、多方面からとらえることにより、加齢によって生じる変化の中で何が神経の再生機能に影響を与えるかを検討し、さらに神経再生の速度、程度を決定する一般的な因子を明らかにする目的で行った。

2.方法と材料

 Wistar系の2カ月齢(n=25)と10カ月齢の雄ラット(n=29)の右腓骨神経を腓骨筋との付着部より25mm中枢部で切断後、ただちに顕微鏡下に縫合した(10-0ナイロン、2針縫合)。術後4、8、16および24週目で神経伝導速度(以下MNCV)、誘発筋電図波形(長腓骨筋)の潜時、最大振幅を測定した。また、縫合部より約10mm末梢部で腓骨神経を採取し、光顕的、電顕的に観察を行つて、再生した有髄線維の数、直径、ミエリン鞘の厚さについて組織学的に検索した。対照として左腓骨神経と長腓骨筋を利用した。

 右側(神経縫合側)の測定値を同一の個体の左側(コントロール側)の測定値で除した値を%表示し、回復率と呼称して検討に用いた。2カ月齢と10カ月齢のラットとの関係をMann-Whitney U-testにて統計的に分析した。P<0.05を有意差ありと判定した。

3.結果1)再生早期における影響

 術後4,8週目におけるMNCVの回復率は2カ月齢ラットで50±6%、86±3%、10カ月齢ラットで23±5%、65±6%であった。いずれの時期においても2カ月齢ラットで高い回復率を示したが(4週p0.01,8週p.05)、術後4週目の早期においてその差は特に著明であった。誘発筋電図の潜時、最大振幅に関しても同様で、4週、8週目とも2カ月齢ラットの方が良好な神経再生を示したが、この傾向は4週目において特に顕著であった(潜時 p<0.01,最大振幅p<0.05)。最大振幅と有髄線維の数、MNCVと有髄軸索の直径およびミエリン鞘の厚さとの間には、それぞれに密接な相関を認めた。Myelin remnantsは2カ月齢のラットでは術後4週目まで、10カ月齢のラットでは術後8週目でも観察された。

2)再生後期における影響

 MNCVの回復率は16週後で92±3%を示した。一方、10カ月齢のラットでは、16週後で76±2%、24週後で79±3%であった。両グループ間における統計学的な有意差は16週後においてのみ認められた(16週p<0.01)。

 潜時、最大振幅については両グループ間に術後16週、術後24週ともに統計的な有意差が認められなかった。再生した有髄線維の数は、2カ月齢のラットでは16週後176±4%、24週後175±2%、一方、10カ月齢のラットでは、16週後127±12%、24週後124±3%であった。有髄線維の短径、ミエリン鞘の厚さに関しては、術後16週、24週には2カ月齢のラットと10カ月齢のラットの間に有意の差は認められなかった。

II.筋肉の回復における年齢の影響1.目的

 加齢とともに筋肉容量と代謝の変化により筋肉機能は減少し、筋肉回復機能も減少するということはわかっている。しかし、それらの多くは、筋肉回復後の早期に限っての観察の結果であり、長期的に追跡した報告、特に速筋(fast-twitch muscle)と遅筋(slow-twitch muscle)に関して比較した報告はほとんど見られない。本研究は、筋肉の回復に関する加齢の影響を経時的に、多方面より検討する目的で行った。

2.方法と材料

 Wistar系雄ラットの2カ月齢(n=63)と15カ月齢(n=61)を使用した。ラットの代表的な速筋(fast-twitch muscle)である右長趾伸筋(EDL)の支配神経を右長趾伸筋との付着部より5mm中枢部で切断し、ただちに顕微鏡下に縫合した(10-0ナイロン、1針縫合)。代表的な遅筋(slow-twitch muscle)であるひらめ筋(SOL)も同様に行った。術後4、8、16および24週目で等尺性収縮力、誘発筋電図波形(長腓骨筋)の潜時、最大振幅を測定した。また、筋肉を採取し、湿性重量をはかってからH-E染色で観察を行って、再生した筋線維の面積について組織学的に検索した。走査電顕も行って筋表面の形態と結合組織量も比較した。左側に関しても、対照をとるため同様の検査を施行した。

 右側(神経縫合側)の測定値を同一の個体の左側(コントロール)の測定値で除した値を%表示し、回復率と呼称して検討に用いた。2カ月齢と10カ月齢のラットとの関係をMann-Whitney U-testにて統計的に分析した。P<0.05を有意差ありと判定した。

3.結果

 術後4、8週における筋肉湿性重量の回復率は2カ月齢ラットではSOLで94±1%、97±1%、15カ月齢ラットでは76±3%、82±2%であった(p<0.01)。いっぽう、EDLでは2カ月齢ラットで80±4%、87±3%、10カ月齢ラットでは60±3%、69±4%であった(p<0.01)。しかし、術後16、24週は2カ月齢のラットと10カ月齢のラットの間に有意の差は認められなかった。潜時については術後4週のみ有意差が認められた。最大振幅は有意差が認められなかった。

 15カ月齢ラットでのSOLは術後4週から8週まで、EDLは術後8週から16週まで著明な等尺性収縮力の回復を示した。再生した筋線維の面積も術後4、8週目までは著明な年齢差を見せたが(p<0.01)、術後16、24週では有意差が認められなかった。しかし、epimysiumとperimysiumでの結合組織量は術後24週目でも15カ月齢ラットで多かった。

III.結語1.神経再生について

 われわれは、24週にわたる経時的観察を行って、神経再生早期においては、再生速度に幼若ラット(2カ月)と成熟ラット(10カ月)の間で加齢による影響が見られることを明らかにした(この事実は、2カ月齢のラットが10カ月齢のラットに比べて術後4、8週目にMNCV、潜時、最大振幅が早く回復したことや組織学的にWallerian degenerationが早く進行したこと、軸索とミエリン鞘の再生が早く進行したことで証明された)。しかし、後期過程においては逆にこれらの間における差があまり見られないことが判明した。したがって、神経再生はその過程においては年齢による差があるものの、最終的な完成度に関しては幼若ラットと成熟ラットの間では年齢による差がないことになる。

2.筋肉の回復について

 術後16、24週での筋肉容量、潜時、最大振幅、等尺性収縮力などの回復結果から、成熟ラットも時間が経過するとともに筋肉の回復が得られることがわかった。そして、遅筋(SOL)のほうが速筋(EDL)より早く再支配されることも判明した。

 以上の結果から、今日すでに臨床的に広く行なわれている神経移植および筋肉移植に関して、再生早期の管理に十分注意すれば、中高齢者においても高い成功率をあげ得ることが期待される。ただし、年齢が神経や筋肉の回復過程に及ぼす影響は複雑で、非画一的な要因を多数含むことが知られており、最終的な結論を出すためには今後も多方面からの研究が必要と思われる。

審査要旨

 本研究は神経再生および筋肉再生における年齢差を調べるため、神経モデルではWistar系の2カ月齢と10カ月齢の雄ラットの腓骨神経を切断後、顕微鏡下に縫合してから術後4、8、16および24週目で神経伝導速度,誘発筋電図波形(長腓骨筋)の潜時、最大振幅を測定、また光顕的、電顕的に観察を行って、再生した有髄線維の数、直径、ミエリン鞘の厚さについて組織学的に検索したものである。筋肉モデルではWistar系の2カ月齢と15カ月齢の雄ラットの代表的な速筋(fast-twitch muscle)である右長趾伸筋(EDL)の支配神経と代表的な遅筋(sIow-twitch muscle)であるひらめ筋(SOL)の支配神経をそれぞれ切断後、顕微鏡下に縫合してから術後4、8、16および24週目で等尺性収縮力、誘発筋電図波形(長腓骨筋)の潜時、最大振幅を測定、また湿性重量、再生した筋線維の面積、筋表面の形態と結合組織量も比較したものであり、下記の結果を得ている。

 1.再生早期では術後4,8週目でMNCVの回復率が2カ月齢ラットで50±6%、86±3%,10カ月齢ラットで23±5%、65±6%であった。いずれの時期においても2カ月齢ラットで高い回復率を示したが、術後4週目の早期においてその差は特に著明であった。誘発筋電図の潜時、最大振幅に関しても同様で4週、8週目とも2カ月齢ラットの方が良好な神経再生を示したが、この傾向は4週目において特に顕著であった。最大振幅と有髄線維の数、MNCVと有髄軸索の直径およびミエリン鞘の厚さとの間には、それぞれに密接な相関を認めた。

 Myelin remnantsは2カ月齢のラットでは術後4週目まで、10カ月齢のラットでは術後8週目でも観察された。

 2.再生後期ではMNCVの回復率が16週後で92±3%を示した。一方、10カ月齢のラットでは,16週後で76±2%,24週後で79±3%であった。両グループ間における統計学的な有意差は16週後においてのみ認められた。潜時、最大振幅については両グループ間に術後16週、術後24週ともに統計的な有意差が認められなかった。再生した有髄線維の数は、2カ月齢のラットでは16週後176±4%、24週後175±2%、一方、10カ月齢のラットでは,16週後127±12%、24週後124±3%であった。有髄線維の短径、ミエリン鞘の厚さに関しては、術後16週、24週には2カ月齢のラットと10カ月齢のラットの間に有意の差は認められなかった。

 3.術後4、8週における筋肉湿性重量の回復率は2カ月齢ラットではSOLで94±1%、97±1%、15カ月齢ラットでは76±3%、82±2%であった。いっぽう、EDLでは2カ月齢ラットで80±4%、87±3%、10カ月齢ラットでは60±3%、69±4%であった。しかし、術後16、24週は2カ月齢のラットと10カ月齢のラットの間に有意の差は認められなかった。潜時については術後4週のみ有意差が認められた。最大振幅は有意差が認められなかった。15カ月齢ラットでのSOLは術後4週から8週まで、EDLは術後8週から16週まで著明な等尺性収縮力の回復を示した。再生した筋線維の面積も術後4、8週目までは著明な年齢差を見せたが、術後16、24週では有意差が認められなかった。しかし、epimysiumとperimysiumでの結合組織量は術後24週目でも15カ月齢ラットで多かった。

 以上、本論文は末梢神経の再生および筋肉の回復における年齢の影響について、再生早期においては、再生速度に幼若ラットと成熟ラットの間で加齢による影響が見られることを明らかにした。しかし、後期過程においてはこれらの間における差があまり見られないことが判明した。そして、遅筋(SOL)のほうが速筋(EDL)より早く再支配されることも判明した。本研究はこれまで未知に等しかった、神経および筋肉再生の年齢による変化を長期間経時的に、多方面からとらえることにより、神経および筋肉再生の速度、程度を決定する一般的な因子を明らかにしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク