学位論文要旨



No 112058
著者(漢字) S.M.モノワルール イスラム
著者(英字)
著者(カナ) S.M.モノワルール イスラム
標題(和) フォークト-小柳-原田病の免疫遺伝子学的検討
標題(洋) Immunogenetics of Vogt-Koyanagi-Harada syndrome(VKH)
報告番号 112058
報告番号 甲12058
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1114号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 助教授 新家,眞
内容要旨

 フォークト-小柳-原田病(VKH)は日本人に多い内因性ぶどう膜炎の一つで、両眼性のびまん性肉芽腫性ぶどう膜炎を主体とし、髄膜炎症状、耳なり、皮膚白斑などの眼外症状を呈する疾患である。VKHのぶどう膜炎に対する治療は副腎皮質ステロイド薬の全身使用である。臨床的には6カ月未満に炎症が消腿する非遷延型と、治療にも拘わらず6カ月以上炎症が持続する遷延型に分類される。VKHの、主要組織適合抗原であるHLAとの関連は、以前より血清学的タイピングにより検討されており、HLA-DR4との強い関連が指摘されている。本研究は分子生物学的手法を用いてVKHのHLA対立遺伝子を詳細に検討し、VKHの疾患感受性および臨床経過を規定する特定のHLA遺伝子を調べることを目的とした。対象は57例の日本人VKH患者で、その内訳は遷延型28例、非遷延型29例である。対照群として正常健常人を用いた。血清学的タイピングには補体依存性細胞傷害試験を行った。また対立遺伝子はpolymerase chain reaction(PCR)-single-strand conformation polymorphism(SSCP)法とPCR-restriction fragment-length polymorphism(RFLP)法で調べた。血清学的タイピングはクラスIではHLA-B54が患者群34.0%、対照群16.3%、相対危険度2.7(Pc<0.0.1),クラスIIではHLA-DR53が患者群98.2%、対照群67.5%、相対危険度27.0(Pc<0.0001),HLA-DR4が患者群93.0%、対照群43.2%、相対危険度17.4(Pc<1.0×10-10),HLA-DQ4が患者群82.5%、対照群32.1%、相対危険度9.9(Pc<1.0×10-9)で、患者群は対照群に比較してそれぞれ有意な増加がみられた。またHLA-DR52が患者群12.3%、対照群40.3%、相対危険度0.2(Pc<0.0001),HLA-DQ1が患者群42.1%、対照群71.6%、相対危険度0.3(Pc<0.0001),HLA-DQ3が患者群29.8%、対照群59.9%、相対危険度0.3(Pc<0.0001)、またHLA-DR13が患者群0%、対照群17.1%、相対危険度0.04(Pc<0.01)で、患者群は対照群に比較してそれぞれ有意な減少がみられた。対立遺伝子を調べたところ、HLA-DQA1*0301が患者群100%、対照群67.2%、相対危険度56.5(Pc<1.0×10-5),HLA-DQB1*0401が患者群77.1%、対照群24.6%、相対危険度10.4(Pc<1.0×10-10)で、患者群は対照群に比較してそれぞれ有意な増加がみられた(表-1)。またHLA-DQA1*0301陽性者のみで検討すると、患者群ではHLA-DR4が陽性であるものが有意に多く、相対危険度9.4(Pc<1.0×10-5)であった。臨床経過で検討すると遷延型ではHLA-DRB1*0405が92.9%,HLA-DRB1*0410が7.1%にみられ、全例が両者のいずれかを持っていた。一方、非遷延型ではHLA-DRB1*0405が62.0%,HLA-DRB1*0410が6.9%にみられ、両者のいずれかを持つ者が65.5%であった。すなわち、遷延型は非遷延型に比べ、HLA-DRB1*0405またはHLA-DRB1*0410を有する者が有意差に多かった(相対危険度30.7,Pc<0.001;表-2)。以上より、HLA-DQA1*0301はVKHの疾患感受性に最も関連する因子であり、HLA-DRB1*0405またはHLA-DRB1*0410は疾患の重症度を決める因子と考えられた。またHLA-DQB1*0604が患者群0%、対照群15.6%、相対危険度0.04(Pc<0.001)で対照群に比較して有意な減少がみられ、VKHの疾患抵抗性因子と考えられた。HLAの機能はHLAと結合した抗原ペプチドをT細胞レセプターに認識させることにあるとされている。外来抗原ペプチドはHLA抗原上の2つのヘリックスと底部のシートで囲まれた溝に挟み込まれ、複合体を形成する。HLA分子の多型性は、外来抗原ペプチド、T細胞レセプターとの3分子複合体の形成における効率、安定性に影響を与え、このことがT細胞レセプターによる特定の抗原に対する免疫応答の誘導しいては特定の疾患の発症(抵抗)に関与することが知られている。実際にHLAは様々な疾患の感受性を規定しており、また病型との関連も指摘されている。例えば糖尿病ではインスリン依存性糖尿病、重症筋無力症では早期発症型とある特定のHLAとの関連が指摘されている。VKHに関しては、HLA-DQA1*3010が性、病型と関係なく疾患感受性にprimaryに関与するものと考えられた。HLAとVKHの臨床像との関係を検討した結果、遷延型ではHLA-DRB1*0405またはHLA-DRB1*0410を有する例が有意に多くみられた。現在、HLA-DR*04は12種類の対立遺伝子が知られているが、VKHの遷延型にみられたHLA-DRB1*0405またはHLA-DRB1*0410のアミノ酸配列に共通なアミノ酸は57番目のセリンである。この57番目はヘリックス上に位置し、T細胞の抗原認識に重要な位置であり、この位置のアミノ酸の違いが、ペプチド抗原認識さらには臨床症状に影響を与えたものと推察された。今回の結果は、VKHの遷延型、非遷延型の症例間に免疫遺伝学的関与があることを示唆したものである。このことは一義的にVKHの重症度を決定するものではなく、例えば副腎皮質ステロイド薬の反応性などど関連しているかも知れないが、治療面からはHLA-DRB1*0405またはHLA-DRB1*0410の陽性患者に対しては、より注意を払う必要があることを示したものと考えられた。

表1.HLA-DRB1,DQB1,DQA1の対立遺伝子の頻度表2.遷延化型、非遷延化型におけるHLA-DRB1対立遺伝子の頻度
審査要旨

 フォークト-小柳-原田病(VKH)は日本人に多い内因性ぶどう膜炎の一つで、両眼性のびまん性肉芽腫性ぶどう膜炎を主体とし、髄膜炎症状、耳なり、皮膚白斑などの眼外症状を呈する疾患である。本研究はVKHのHLAとの関連を、57例の日本人VKH患者(遷延型28例、非遷延型29例)を対象として、分子生物学的手法を用いて詳細に検討し、VKHの疾患感受性および臨床経過を規定する特定のHLA遺伝子を調べることを目的としたもので、下記の結果を得た。

 1.血清学的タイピングでは、患者群は対照群に比較して、クラスIではHLA-B54、クラスIIではHLA-DR53、HLA-DR4およびHLA-DQ4が、それぞれ有意な増加がみられた。またHLA-DR52、HLA-DQ1、HLA-DQ3またHLA-DR13は、患者群は対照群に比較してそれぞれ有意な減少がみられた。

 2.対立遺伝子の検討では、HLA-DQA1*0301が患者群100%、対照群67.2%、相対危険度56.5(Pc<1.0×10-5)、HLA-DQB1*0401が患者群77.1%、対照群24.6%、相対危険度10.4(Pc<1.0×10-10)で、患者群は対照群に比較してそれぞれ有意な増加がみられた。またHLA-DQA1*0301陽性者のみで検討すると、患者群ではHLA-DR4が陽性であるものが有意に多く、相対危険度9.4(Pc<1.0×10-5)であった。すなわち、HLA-DQA1*0301はVKHの疾患感受性に最も関連する因子でた。

 3.臨床的には6カ月未満に炎症が消腿する非遷延型と、治療にも拘わらず6カ月以上炎症が持続する遷延型に分類されるが、その2群で検討すると、遷延型ではHLA-DRB1*0405が92.9%、HLA-DRB1*0410が7.1%にみられ、全例が両者のいずれかを持っていた。一方、非遷延型ではHLA-DRB1*0405が62.0%、HLA-DRB1*0410が6.9%にみられ、両者のいずれかを持つ者が65.5%であった。すなわち、遷延型は非遷延型に比べ、HLA-DRB1*0405またはHLA-DRB1*0410を有する者が有意に多かった(相対危険度30.7、Pc<0.001)。

 以上、本論文は、VKHにおいて、HLA-DQA1*0301が疾患感受性に最も関連する因子であり、HLA-DRB1*0405またはHLA-DRB1*0410は疾患の重症度を決める因子であることを明らかにした。これまでVKH患者の対立遺伝子について詳細に検討した研究はなく、また、重症度についてはHLA-DRB1*0405またはHLA-DRB1*0410の陽性患者に対しては、より注意深く治療をする必要があることを示したものと考えられる。以上の点から、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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