学位論文要旨



No 112059
著者(漢字) コーシットサワット,ジャトゥポン
著者(英字) Kositsawat,Jatupol
著者(カナ) コーシットサワット,ジャトゥポン
標題(和) 結膜上皮細胞の角膜上皮細胞への分化転換機構の解析に有用で新しい単クローン抗体
標題(洋) A Novel Monoclonal Antibody Useful for Studying Transdifferentiation of Conjunctival Epithelial Cells to Corneal Epithelial Cells
報告番号 112059
報告番号 甲12059
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1115号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 助教授 浅野,喜博
 東京大学 助教授 新家,真
 東京大学 助教授 水流,忠彦
内容要旨 研究目的

 広範な角膜上皮欠損が長期間持続する場合、角膜周辺部の結膜組織が角膜に侵入し上皮欠損部を被覆する。通常は、侵入した結膜上皮は角膜上皮に分化転換して、角膜の透明性が回復すると考えられている。しかし、分化転換が行われず、結膜上皮の状態を保ち続ける場合もある。現在までのところ、この分化転換過程の機序はほとんど明らかにされていない、のみならず上記の過程が真に分化転換現象であるか否かについても、尚疑問がある。したがって、結膜上皮細胞の角膜上皮細胞への分化転換を実証することは、臨床的に重要であるとともに、学術的にも大きな意義をもつと考えられる。これまで結膜上皮細胞と角膜上皮細胞は形態学的には区別できても、両者を質的に識別しうるような標的分子はこれまでのところ明らかにされていない。そこで、上記の分化転換を細胞及び分子のレベルで明らかにすることを最終的な目標にし、角膜及び結膜上皮細胞を特異的に認識する単クローン抗体を作成し、角膜上皮細胞と結膜上皮細胞を識別する方法を確立することを本研究の目的とした。これまで角膜上皮に対する単クローン抗体はすでに作成されているが、結膜上皮に対する抗体はいまだに作られていない。

 ケラチンは上皮細胞の細胞骨格のタイプ1中間フイラメントであり、細胞の分化状態に関連があると言われている。今回、我々はこのケラチンに注目して、結膜上皮のケラチンを抽出し、これを抗原として使用して結膜及び輪部上皮細胞に対する単クローン抗体を作成することを試みた。

研究方法及び結果I.単クローン抗体の作成

 牛の結膜組織及び角膜組織を採取し、デイスパーゼ IIによって、結膜上皮細胞と角膜上皮細胞シートを分離した。おのおのの上皮細胞からケラチンを抽出し、電気泳動によるケラチン分析を行った。ケラチン分析の結果、両上皮間に明確な相違があることがわかった。そのなかで、結膜上皮にのみ存在する59kDAのケラチンを選択し、マウスに免疫した。この59kDAのケラチンの性状を、表皮ケラチンに対する単クローン抗体であるAE1とAE3を用いて調べた。AE1は大部分の酸性ケラチンを認識し、AE3は全てのアルカリケラチンを認識する。このケラチンはAE3をこ認識され、AE1に認識されなかったことから、アルカリケラチンと考えられた。最終免疫して、3日後に脾臓細胞を得、ミエローマ細胞と細胞融合を行った。家兎の角膜と結膜組織を用いて免疫蛍光染色によるスクリーニングを行い、1つの単クローン抗体、11C28を選択し得た。

II.単クローン抗体11C28の特異性および他の抗体との比較

 11C28の特性を明らかにするため、培養上清を使って調べた。家兎角結膜組織片を用いた組織染色では、輪部および結膜上皮の基底細胞を強く染色したが、角膜は弱く染色されるのみであった。家兎の他の組織の免疫染色では舌体上皮、表皮と食道上皮の基底細胞が染色された。免疫ブロッティングでは角膜上皮と結膜上皮のケラチンに対してともに強い反応が見られたが、反応するケラチンの分子量はそれぞれの組織で異なっていた。免疫グロプリンのクラスはIgMであった。

 11C28を現在まで作成されている他の抗体と比較検討した。AE3は免疫プロッテイングでは11C28と似た所見が見られたが、組織染色ではAE3は角膜上皮と結膜上皮とも同程度の強い反応が見られ、また輪部上皮にも中程度に全層が染まり、11C28とは明らかに染色パターンが異なっていた。6B10は食道上皮の59kDaケラチンに対する抗体としてKurpakusらによって作成されたもので、マウスでは結膜上皮としか反応しないと報告されているが、本研究で家兎角結膜組織片を用いたところ、角膜上皮の表層も染色された。AE1の染色パターンも6B10と同様の所見であった。AE5の場合、角膜上皮全層と輪部上皮の基底細胞層の上層(suprabasal layer)が染色された。すなわち、11C28は既存の抗体とその染色パターンの異なることが明らかとなった。

考察及び結論

 分化転換を判断するために、これまで、形態学的研究が多く行われてきたが、今だに分化転換についてははっきりとした結論はない。特に、上皮細胞の幹細胞である基底細胞は結膜上皮と角膜上皮とも特異的な形態学的相違が無いため、結膜上皮細胞の分化転換を判別するには細胞生物レベルの研究は不可欠と考える。そこで本研究はケラチンを使い、結膜上皮に対する単クローン抗体を作成した。

 得られた単クローン抗体11C28は、組織免疫染色では輪部上皮及び結膜上皮の基底細胞を強く染色するが、角膜上皮への染色性は弱く、両者の識別に役立つ一つのマーカーに成りうると考えられた。6B10、AE1、AE3、AE5という既存の単クローン抗体との比較では、これらのいずれとも染色性の異なることが判明した。また、6B10は今回の研究では家兎の場合、角膜上皮表面の細胞も同様に染まってしまう欠点のあることがわかった。

 11C28は結膜および輪部上皮の基底細胞を強く染色したが、舌体上皮、表皮と食道上皮の基底細胞も染色されたことから、重層扁平上皮の基底細胞に共通に存在するケラチンのエピトープを認識していると考えられた。また、11C28は、免疫ブロッティングでは免疫に用いた59kDA以外の角結膜のケラチンに対しても反応した。免疫ブロッティングと組織染色での結果の相異は、in situでの抗原のマスキング、免疫ブロッティングの操作過程での抗原性の変化、角膜と結膜での抗原量の違いなどが考えられた。

 以上の結果、11C28は輪部上皮及び結膜上皮の基底細胞を強く染色することから、染色パターンの異なる他の抗体と組み合わせることによって、結膜上皮と角膜上皮を特徴つけ識別することが充分可能であると考える。今後、本研究で得られた11C28抗体を活用し、結膜上皮細胞の角膜上皮細胞への分化転換の実証とその機構に迫りたいと考えている。

審査要旨

 本研究は結膜上皮細胞の分化転換機構の解析に有用と考えられる生化学的および分子生物学的に、結膜上皮と角膜上皮細胞を区別できる、結膜上皮細胞に特異的なマーカーすなわち、単クローン抗体を作成することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.結膜上皮のみに存在する59kD結膜上皮ケラチンを抗原として、マウスに免疫し、単クローン抗体を樹立した。11C28と名づけたこの抗体は、蛍光免疫染色では結膜上皮と輪部上皮の基底細胞と強く反応し、角膜上皮にはごく薄く染まるのみであった。

 2.11C28は他の組織の重層扁平上皮すなわち、舌体上皮、表皮と食道上皮の基底細胞との反応が見られた。重層扁平上皮の基底細胞に共通に存在するケラチンのエピトープを認識していると考えられた。

 3.11C28と他の既存の単クローン抗体、すなわち6B10、AE1、AE3、AE5の染色性を比較したところ、これらのいずれとも明確な相違のあることが判明した。

 4.以上のことから、11C28は、既知の抗体とは違う新しい抗体で、角結膜組織を免疫蛍光染色上で識別するのに役立つマーカーになりうると考えられた。

 以上、本研究では、結膜上皮と角膜上皮細胞を免疫蛍光染色上で明確に区別できるマーカーを作成することができた。この抗体を用いる事、または、他の単クローン抗体とを組み合わせる事により、今後の結膜上皮細胞の分化転換の研究に際して、有用な情報が得られるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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