本研究はエスノグラフィの手法を用いて、地域社会で生活するがん体験者にとっての健康の意味を導き出し、その構造を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。 1.インタビューと参加観察により収集したデータを、言語間の関係と差異の体系を発見することにより分析し、地域社会で生活するがん体験者にとっての健康を構成する17領域のカテゴリを導き出した。その17領域とは、(1)結局は自分だという思い、(2)がん、(3)普通に生活しているとはいえない、(4)普通の生活、(5)つらい、(6)がんのことが心の片隅にあっても普通でいられる、(7)甘えちゃいけない、(8)今を大切に生きる、(9)開き直る、(10)気持ちを安定させる、(11)自信をつける、(12)自律する、(13)病気のことが頭に浮かぶ、(14)言葉を呑み込む、(15)生活の基盤、(16)心のよりどころとなる、(17)がんによる切実な恐怖を感じさせないである。 2.結局は自分だという思いを、本研究のテーマをあらわすカテゴリとして抽出し、このカテゴリを核に17領域のカテゴリ間の構造を導き出した結果、がん体験者にとっての健康は、『病気体験と普通の生活との関係』と『結局は自分だという自覚構造』の2側面から示すことができた。 3.『病気体験と普通の生活との関係』では、病気(がん)の体験により特別なことになってしまった普通の生活が、結局は自分だという自己をつかむことで再び日々の生活の一部となるプロセスのなかに、がん体験者の健康があらわされていることを説明した。 4.『結局は自分だという自覚構造』では、がん体験者は結局は自分だという思いを用いて、つらい状況に対処していけることを説明した。結局は自分だという思いによって、甘えちゃいけない、今を大切に生きる、開き直るという態度や、気持ちを安定させ、自信をつけ、自律しようとする行為が生じていた。ただし、病気のことが頭に浮かび、言葉を呑み込むような状況下では、普通であることが一層特別なこととなってしまっていた。がん体験者が結局は自分だという思いをつかむためには、生活の基盤や心のよりどころとなるものがあり、がんによる切実な恐怖を感じないといった状況に対する解釈が必要であった。 以上、本論文は、地域社会で生活するがん体験者は普通の生活をするという文脈のなかで健康をとらえており、結局は自分だという思いがその文脈の意味を左右する鍵をにぎっていることを明らかにした。さらに、人は本来がんを体験した後も、結局は自分だと思い、普通の生活をしていくことができる力をもっていることを確認した。本研究は、がん体験者の健康という現象を帰納的方法によって明らかにしたものであり、今後がん体験者の健康に関する理論の構築に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |