学位論文要旨



No 112065
著者(漢字) 山本,精一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,セイイチロウ
標題(和) 時間によって変化する曝露の複数の生存時間に対する因果効果の推定
標題(洋) Estimation of the Causal Effects of Time-Varying Exposures on Multivariate Failure Times
報告番号 112065
報告番号 甲12065
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1121号
研究科 医学系研究科
専攻 保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 丸井,英二
 東京大学 助教授 桜井,恒太郎
 東京大学 助教授 大江,和彦
 東京大学 助教授 今泉,敏
内容要旨 1.はじめに

 医学・疫学研究では、関心あるエンドポイントに対する曝露の因果効果を調べることが一つの大きな目的である。本論文では、ある疾患や症状の再発といった複数のエンドポイントまでの複数の生存時間に対し、治療などの曝露が因果効果を持つかを調べるにはどの様に解析を行えばよいかを考える。本論文の方法は、表在性膀胱癌の再発に対し薬剤投与が効果を持つかを調べる研究、糖尿病患者の食事療法が腎症と心疾患両方の発症までの時間に対しどの様な効果を持つかを調べる研究、繰り返す心筋梗塞発作までの時間に対して喫煙がどの様な効果を持つかを調べる研究などに有効である。これらの研究の特徴は、複数の生存時間が同一人に由来していることから反応変数間に相関が生じ、それらを考慮する解析を行わねばならないことである。相関を無視して解析を行うと分散を誤って推定することになり、曝露効果の推定や検定が妥当でなくなる。これまでにも様々な解析方法が提案されているが、現実の臨床での治療や職業曝露のような時間とともに変化する曝露の因果効果を調べる場合に、これらの方法による推定値が妥当であるか、あるいは妥当であってもどのような解釈ができるかについては十分に議論されていない。そこで本論文では、時間によって変化しうる曝露が因果効果を持つことが従来の方法で調べられるための条件を示し、さらに従来の方法が不適当な場合でも適用可能な曝露の因果効果の指標およびその推定方法を提案することを目的とする。

2.従来の方法

 生存時間に対する様々な要因を調整して曝露の効果を推定する場合、何らかの統計モデルを用いることが多い。その中でもハザードの比を共変量によってモデル化する比例ハザードモデルと呼ばれる方法がよく用いられる。これは時点tでのk回めの発症のハザードをモデル化する方法といえるが、複数の生存時間が同じ個人のものであることから生じる相関を考慮する方法の違いによって次の2つのタイプに分けられる。

2.1.周辺モデル

 これはk回めの発症に対するハザードを過去の発症歴を考慮せずにモデル化する方法である。これは発症の同時分布ではなく周辺分布をモデル化することから周辺モデルと呼ばれ、経時データの統計解析法として定着しつつあるGEE(generalized estimating equations)の生存時間解析への応用ということができる。例えば次のモデルが考えられる。

 

 この他に時点tまでの共変量もモデルに含めるものが考えられる。比例ハザードモデルは「時間に依存するベースラインのハザード」を特定することなしに曝露歴や共変量によるハザードの比だけを推定することが特徴である。したがって比例ハザードモデルをあてはめた結果得られる効果の指標は、曝露歴によるk回めの発症のハザードの比となる。これは周辺モデルでも、次に述べる条件付きモデルでも同様である。周辺モデルでは、個人に由来する測定値間の相関を頑健な分散共分散行列を用いることによって考慮する。

2.2.条件付きモデル

 このモデルと上のモデルとの違いは説明変数として過去の発症歴を含むことである。

 

 などがその例になる。このモデルでは過去の発症歴を与えた下では測定値は独立であると仮定することによって測定値間の相関を考慮していることになる。

3.因果帰無仮説とno unmeasured confoundersの仮定

 曝露効果の因果帰無仮説を定義するために、実際に観察された生存時間とは異なる「もし仮にある曝露歴に従ったとした場合に観察されるであろう仮想的な生存時間」を考える。このとき、曝露効果の因果帰無仮説は

 

 となる。(3)の下ではk回め(すべてのk)の生存時間に関して、「曝露を受け続けた場合の生存時間」「曝露を全く受けなかった場合の生存時間」「任意の曝露歴に従った場合の生存時間」「観察された生存時間」が全て等しくなる。次に

 

 という仮定が成立しているとする。これをno unmeasured confoundersの仮定と呼ぶ。時点tでの曝露の効果を推定するためにはこの仮定が不可欠である。したがって、(4a)はそれを満たすように研究計画や予後要因の観察計画を立てることが必要となる基本的な仮定といえる。ここでは簡便のために「時点0より後の共変量歴なしでも(4a)が成立している」という仮定(4b)が成立しているとする。(4b)の下で、(3)から次を導くことができる。

 

 ここでk回めの発症までの生存時間に治療が効果を持つかを調べる研究を例にとると、因果帰無仮説(3)とno unmeasured confoundersの仮定(4b)が成立している場合、時点tの直前までの曝露歴と時点0での共変量を与えた下で、

 

 の両方が起こっているとき、周辺モデル(1)の「曝露歴の効果がない」に対する検定は因果帰無仮説(3)の妥当な検定とならない。なぜならb)よりk-1回めの生存時間が短かった人の中に時点tで曝露を受ける人が多くなり、a)よりk-1回めの生存時間が短かった人の中にk回めの生存時間が短い人が多くなる。その結果、時点tで曝露を受けた人の方が受けなかった人よりもk回めの生存時間が短くなる傾向となり、誤って曝露の効果ありとしてしまう。上のa,b)が成り立っている場合、「過去の発症歴は時間依存性交絡要因である」という。

4.因果帰無仮説の検定

 本論文の結果として次の2つの定理を得た。

 

 上の例で示した通り、過去の発症歴が時間依存性交絡要因である場合には(1)では(3)の妥当な検定ができないが、次の定理が成り立つ。

 

 曝露の無作為割付を行った場合、無作為化した時点で(4b)が成立していることから、多変量ログランク検定など無作為化に基づく検定は(3)の妥当な検定となることを定理2より導くことができる。

5.従来のモデルによる因果効果の推定の問題点

 3節の例で述べたように過去の発症歴が時間依存性交絡要因であるような場合、周辺モデルを用いると曝露の因果効果の大きさを推定することはできない。この場合でも条件付きモデルによるハザード比は因果効果を表す。しかしながら、そのハザード比が示す効果は過去の発症歴を与えた下での曝露の直接的な因果効果であり、過去の発症歴を介在した間接的な効果は表さない。その結果、全体としての因果効果に対しては過少評価になる。そこで、過去の発症歴が時間依存性交絡要因である場合でもない場合でも一貫して用いることができる、全体としての因果効果を表す指標を導入する。

6.生存時間で定義する因果効果の指標とその推定法

 k回めの発症までの実際に観察された生存時間と仮想的な生存時間に関して次のような関係を仮定する。

 

 (ただしk>0)。これは加速モデルの複数の生存時間への拡張であり、曝露によって生存時間がk倍されるというモデルである。つまり、kはk回めの生存時間に対し、

 

 を意味する因果効果の指標となる。本論文ではkの2つの推定法を提案した。

7.

 頻回再発のネフローゼの再発までの時間(再発時間)に対し免疫抑制剤cyclosporinが効果を持つかを調べた臨床研究を例にとる。この研究では研究に参加してから初めての再発があった時点で無作為化が行われ、その後患者はcyclosporinかplaceboを投与され続けた。したがって、この研究では過去の発症歴が曝露の予測因子となっておらず、周辺モデルの解析で妥当な因果帰無仮説の検定ができる。周辺モデルで妥当な解析ができない例を作るために、試験薬剤(cyclosporinかplacebo)が投与されていない試験参加前のデータを加えてデータを加工した。元データではcyclosporinのplaceboに対する効果、加工データではcyclosporinのno cyclosporin(placebo+no drug)に対する効果を調べることとする。元データと加工データの両方に対し周辺モデルをあてはめたところ、cyclosporinによって1回めの再発のハザードは元データで0.28倍(p<0.001)、加工データで0.13倍(p<0.001)となり、2回めの再発のハザードは元データで0.38倍(p=0.046)、加工データで0.05(p=0.005)倍となった。この結果は加エデータで(見かけ上)cyclosporinの再発予防効果が1回めの再発に対し0.28/0.13=2.2倍、2回めの再発に対し0.38/0.05=7.6倍大きくなっていることを意味する。その原因を探るために、3節のa),b)を調べるモデルをあてはめたところ、過去の再発時間が長い人の方が次の治療を受けやすく、過去の再発時間が長い人の方が次の発症までの時間が長いという結果を得た。すなわち、加エデータでは過去の発症歴(この例では再発時間)が時間依存性交絡要因であるといえる。この結果、周辺モデルでcyclosporinの効果が大きくなる方にバイアスがかかっていたといえる。そこで、本論文で提案した指標を用いて、元データおよび加工データにおけるcyclosporinの因果効果を推定したところ、薬剤投与による1回めの再発時間の延び()は元データで2.12倍、加工データで2.46倍となり、2回めの再発時間の延びは元データで1.73倍、加工データで2.46倍となった。依然として加工データの方がcyclosporin効果は大きく推定されているものの(1回めの再発で2.46/2.12=1.16倍、2回めの再発で2.46/1.73=1.42倍)、バイアスは小さくなっているといえる。残りのバイアスはデータ加工によって生じた見かけ上のplacebo効果を利用可能なデータで十分除けなかったことが原因と考えられる。

8.まとめ

 本論文では、過去の発症歴が時間依存性交絡要因である場合、時間によって変化する曝露の複数の生存時間に対する因果効果は、従来の方法で十分に調べることができないことを示した。その場合でも本論文で提案した指標とその推定法を用いると、no unmeasured confoundersと加速モデルの仮定の下で、曝露の因果効果を正しく推定できる。単なる関連を調べたり、予測モデルを作ることのみが目的の研究とは違い、因果効果を調べることが目的の研究では、安易にモデルを用いるのは危険であり、モデルを用いる場合にはそれが基づいている仮定を調べ、仮定が成り立っていない場合には別の方法も考慮する必要がある。本論文はそのひとつのアプローチを示したといえる。

審査要旨

 本研究は、時間によって変化しうる曝露が因果効果を持つことを従来の方法で検証できるための条件を示し、さらに従来の方法が不適当な場合でも適用可能な曝露の因果効果の指標およびその推定方法の提案を目的としたものである。主たる成果は以下のようにように要約される。

 1.「時点tまでに測定された曝露歴、共変量歴、発症歴をすべて与えた下では、時点tで曝露を受ける確率はそれ以降の仮想的な生存時間によらない」というno unmeasured confoundersの仮定が成立し、過去の発症歴が時間依存性交絡要因でない場合、周辺モデルの「曝露歴の効果がない」に対する従来の検定は因果帰無仮説「k回め(すべてのk)の生存時間に関して、任意の曝露歴に従った場合の生存時間と曝露を全く受けなかった場合の生存時間が等しい」の妥当な検定となる。

 2.no unmeasured confoundersの仮定が成立していても、過去の発症歴が時間依存性交絡要因である場合には周辺モデルでは妥当な検定ができないが、条件付きモデルの「曝露歴の効果がない」に対する従来の検定は因果帰無仮説の妥当な検定となる。

 3.過去の発症歴が時間依存性交絡要因であるような場合、周辺モデルを用いると曝露の因果効果の大きさを推定することはできない。しかしこの場合でも条件付きモデルのハザード比は因果効果を表すものの、そのハザード比が示す効果は過去の発症歴を与えた下での曝露の直接的な因果効果であり、過去の発症歴を介在した間接的な効果は表さない。その結果、全体としての因果効果に対しては過少評価になる。

 4.過去の発症歴が時間依存性交絡要因であるかどうかにかかわらず用いることができる、全体としての因果効果を表す指標kを提案した。これはk回めの生存時間に対し、「(曝露を全く受けなかった場合の生存時間)=(実際に観察された生存時間のうち曝露を受けなかった時間)+(実際に観察された生存時間のうち曝露を受けた時間)/k」として定義される(ただしk>0)。つまり、kはk回めの生存時間に対し、「k=曝露を受け続けた場合の生存時間/曝露を全く受けなかった場合の生存時間」を意味する因果効果の指標となる。

 5.本論文ではkの2つの推定法を提案した。一つは無作為化に基づく方法であり、もう一つはある時点での推定曝露確率に基づく方法である。

 6.頻回再発型ネフローゼ症候群に対する免疫抑制剤の効果を調べる臨床試験データに、本研究で提案した上記の方法を適用し、その適用可能性を例示した。

 以上、本研究は時間によって変化しうる曝露が因果効果を持つことが従来の方法で調べられるための条件を示し、さらに従来の方法が不適当な場合でも適用可能な曝露の因果効果の指標およびその推定方法を提案した。すなわち、因果効果を検証することが目的の研究で、従来見過ごされていた考慮すべき点を明確にし、モデルが依拠している仮定が成立しない場合には、より妥当な方法を適用すべきことを具体的に示したものであり、学位の授与に値すると判断した。

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