学位論文要旨



No 112066
著者(漢字) 董,貞吟
著者(英字)
著者(カナ) トン,テイチン
標題(和) 学校における環境教育プログラムの計画とその評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 112066
報告番号 甲12066
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1122号
研究科 医学系研究科
専攻 保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 丸井,英二
 東京大学 教授 新美,成二
 東京大学 講師 中村,安秀
内容要旨 I、緒論

 今日様々な環境問題が深刻化しているが、今や環境問題の起因は企業ばかりでなく、われわれの生活のあり方に大きく根ざしているといわれている。広義のライフスタイルのあり方が環境問題を引き起こし、さらにそれが健康障害につながっているといえる。それ故、環境問題への対処、環境保全への努力は、今後すべての人が避けては通れない課題であり、生涯学習の大きな対象となると考える。学校における環境教育は、このような生涯学習の一環であり、基礎的部分として位置付けられる必要がある。

 生徒の環境に関する主な情報源は、学校教育でなくテレビ・新聞などのマスメディアであるため、そこから得た知識は限られており、身近な環境問題には比較的無関心、自分の生活と結びついた環境保全行動の実践率も低いというのが現状である。したがって、環境教育は今後一層力を入れて取り組まれなくてはならないことが示唆される。しかしながら、従来の国内外の学校環境教育に関する研究をみると、指標として知識、態度、或いは行動を用いて個人的要因のみに着目するものが多いが、周囲の関係者のもっている要因や技能、資源環境など、行動を左右する要因を視点に入れた研究は少ない。評価研究については、コントロール群がなく、教育群だけの前後の比較が多い。コントロール群を設定した比較研究の例があっても、異なったアプローチによる教育効果判定研究はさらに少ない。このような実験デザインやデータ分析などの問題により研究結果の実用性が限られていることが批判されている(Leemingら1993;Porterら1995)。以上の問題意識に基づき、本研究は、地球資源を節約し合理的に利用するという「省資源」の概念を焦点とし、自己概念形成期の中学生をターゲットとして、従来行われてきたような意識、行動調査だけにとどまらず、個人を取り巻く家庭や学校がどの程度影響しているかを明らかにした上で教育活動と調査を組み合わせ、結果評価までを含むものとした。また、単一的なアプローチだけでなく、現実の学校教育で実践されている様々な内容・方法を取り入れて比較し、今後どのような環境教育が学校教育の中で必要であるか、実際にどのようなアプローチが効果的であるかを検討すると同時に、学校における環境教育の推進に寄与することを目的とした。

II、方法1、対象者及び実施方法

 第一に、台湾台北市において中学校10校の第一学年生徒1131名とその保護者を対象にし、ベースライン(事前)調査を行った。有効回答数は1115人(98.6%)であった。第二に、上記のベースライン調査実施校の中から更に4校を選び、教育実施対象者(合計453人)を決定し、異なった教育プログラムを各校で実施した。そして事前調査と同じ調査票を用い、プログラム実施2週間後に事後調査(444人)、2ヶ月後に追跡調査(438人)を行った。3回の調査に全て参加した396人のデータを教育プログラムの効果判定の分析対象とした。異なった教育プログラムとして、実験校Iでは主に個人的な働きかけの授業アプローチとして、(1)本研究のために作成したカリキュラムによる5時間のグループ討議、ロールプレイ、実演、OHPなど映像教材を活用した授業、(2)1時間のビデオ観賞とそれについてのディスカッション、及び(3)4時間の清掃工場見学体験などを全期間で7週間合計10時間行った。実験校IIでは学校関与、家庭への働きかけを主とし、学級活動や学校行事などを通じて、全校的に取り組んだ。内容としては、(1)学級会議で環境に関する議題の話し合い、(2)専門家による講演、(3)クイズ・キャンペーン、(4)標語コンクール、(5)ポスター発表会、(6)作文コンテストなどの学芸活動、(7)リサイクル活動、(8)保護者会議、(9)家族へのパンフレット配布などであった。実験校IIIでは実験校Iと実験校IIのアプローチの両方を含んだプログラムを行った。また、残りの1校は対照校として何の活動も実施しなかった。

2、調査(評価)内容

 調査内容は、環境資源の節約に関する行動(節水、節電、減量消費、再利用、リサイクルなど16項目)、知識(13項目)、態度(12項目)、関心度(12項目)、敏感度(各環境現象は地球資源の消耗にどの程度影響を及ぼすと考えているかについて12項目)、先生、仲間、及び家族の影響(14項目)、行動変容を可能にする技能知識(10項目)、実践自信(5項目)、及び学校方針と教育(7項目)とした。また、保護者に対しては、生徒への行動質問項目に対応する15項目についての親自身の実践状況、及び子供へのしつけの2つの要因を調査した。

3、データ整理及び分析

 行動に関する項目を「全く行っていない」(1点)〜「よく行っている」(4点)でそれぞれ採点し、16項目の合計得点を行動実践度として評価した。態度、関心度などLikert-typeの項目は1(0)点から5点の5(6)段階評定を採点し、各尺度の合計得点を算出した。分析は統計パッケージSPSSXを用いた。ベースライン調査結果を検討するため、度数分布や重回帰分析などを行った。なお、教育プログラムの評価には事前調査のデータを共変量として、繰り返しの2元配置共分散分析を行った。

III、結果及び考察1、中学生の環境保全行動、意識について(ベースライン調査による)

 行動項目によって生徒の行動実践度はかなり異なり、「よく行っている」の割合が最高の85.1%から最低の6.6%まで大変ばらついていた。全般的に見ると、「寝る前に電気を消す」(85.1%)「テレビをつけっぱなしにしない」(63.0%)「蛇口をきちんと止める」(56.4%)のような節水、節電など「私有財」の節約の実践率は比較的高かったが、「携行袋の持参」(6.6%)、「家でのゴミ分別やリサイクル」(13.8%)、「買い物時に袋/過剰包装の断り」(22.3%)などの「他人財」、「共有財」の減量消費はかなり低い実践率であったことから、資源を大切にし、自然を尊重する豊かな心を育てるための環境教育の重要性が示唆される。

 知識の平均正答項目は8.6項目(66.1%)と6割台にとどまっており、Roseら(1985)、Ha-usbeckら(1992)など先行研究と同様まだ不十分で、今後とも正確な知識の普及の努力がなされなければならない。そして態度では、1〜5の5段階評定平均値は4.2、関心度では3.8、敏感度では4.3、家族や先生など重要な他者の影響度では4.0、実践自信では3.9という結果であった。生徒達はかなり積極的な態度、高い敏感度、関心度を身につけており、それは環境教育発足から10数年を経た成果ともいえるか、あるいは近年環境に関して急増した情報をマスメディアから得ることで受身的で断片的なイメージがそのまま保持されている可能性があるかもしれない。Ostman & Parker(1992)も今日の生徒たちの環境に対する低理解、高意識の現象は彼らの主要情報源がTVなどマスメディアであることと関連があると指摘している。そのことからも、テレビと違い双方向学習の利点を持つ学校教育において、児童、生徒の発達段階に対応した教材を選択し、指導方法を工夫した環境教育を展開する重要性が一層強調される。なお質問項目別に見ると、親と生徒の環境保全行動の実行状況はかなり一致していたことで、今後の学校環境教育の中でPTAや家庭、地域との連携が必要であることが明らかとなった。学校方針と教育活動については、取り上げた省資源に関する7項目に関して行われた項目と行われなかった項目が約半々と不十分であり、生徒の行動が起こりにくいのではないかと考えられた。

 行動に関連する要因を検討すると、有意な変数は関心度、態度、実践自信、及び親の行動であり、Siaら(1986)の研究と同様、意識面の重要性を示唆するものであった。この結果から、学校における環境教育の中で情意面の教育は不可欠であり、しかも、それは基礎的・核心的な部分として位置付けられなければならないといえるであろう。また、親の行動など家庭教育との連携の重要性が再び証明された。

2、異なった教育プログラムの効果と比較について

 全体的にみると、実験校Iでの主に個人的な働きかけの授業アプローチでは、知識の獲得が顕著であり、2ヶ月後の知識の維持も良好であった。実践自信の増強には有効であったが、2ヶ月後の短期効果が認められなかった。環境行動や関心度、技能知識などには目立った高い伸びが見られたが、統計的に有意な変化が認められなかった。実験校IIでの主に学校行事を通し、全校的に取り組むアプローチでは「学校方針と教育活動」の実践率が対照校に比べ有意に高かったが、生徒の知識、意識面での増強効果が見られなかったことで、学校における環境教育の実施方法を今後見直す必要があることが示唆された。実験校Iと実験校IIのアプローチの両方を含んだ実験校IIIにおいては、知識での明らかな教育効果を認め、2ヶ月後の短期効果も証明された。実践自信の強化にも有効であったが、実験校Iと同様、2ヶ月後の短期効果が見られなかった。また、環境行動の実践率が対照校に比べ有意に高かったが、2ヶ月後にそれを維持していなかった。以上のように、対象者のみへの授業アプローチ、あるいは授業を実施しない全校規模の活動アプローチでは、生徒の省資源行動の変容にまで影響を与えないことが明確となった。つまり、価値解明や行動変容手法の概念にもとづく授業だけでは行動変容にとってまだ不十分であり、学校における環境の改善や雰囲気づくりも重要であることが示唆される。

IV、結論

 今後の学校における環境教育の推進に寄与するために、本研究は中学生の省資源に関する環境意識や行動実態を把握すること、さらに学校環境教育の計画とその効果を明らかにすることを目的として、調査及び教育活動とその評価を行った。その結果、以下のような結論が得られた。

 ・事前調査において明らかになったのは:

 1)、生徒達の節水、節電など省資源行動は比較的多かったが、ゴミ分別やリサイクル、過剰包装に関する減量消費の行動がかなり少なかった。それも親自身の環境行動や親のこどもへのしつけと一致していた。

 2)、生徒の環境資源に関する知識はまだ不十分であったが、かなり態度は積極的で、関心度も高かった。

 3)、環境行動に関わる有意な変数は関心度、態度、実践自信及び親の行動であった。

 ・異なった教育プログラムの効果と比較については:

 4)、主に授業のみのアプローチは知識、実践自信の強化に有効であったが、態度、行動の変容には有意に影響しなかった。

 5)、主に学校の雰囲気を醸成し、全校的に取り組む学校活動のみのアプローチは知識、態度の変容は明確でなかったが、学校でのリサイクル実践率が有意に高まった。

 6)、前述した二つのアプローチを合わせたプログラムは以上2種の効果を得ただけでなく、行動実践度の得点も有意に増加した。

 このことから、今後学校における環境教育の実施は、関連授業を中心とし、学校行事や特別活動をそれに加えたものが有効であると考え、それを基本的なモデルとして提案する。

審査要旨

 本研究は省資源を中心とした環境教育のプログラム開発とその評価に関する研究である。本教育プログラムは、単に対象者の個人的要因のみに着目するのではなく、行動を左右する環境要因をも視点に入れていること、また準実験的デザイン形式をとり、コントロール群を設定し、異なった複数のプログラムの比較を含めた評価研究であることに特色がある。この種の先行研究は、わが国においては極端に少ない。具体的には台湾台北市の中学生1,000名強を対象として、まず、省資源に関する生徒とその保護者の環境意識や行動実態について事前調査を行い、その結果にもとづき教育プログラムを考案し、1.授業プログラム、2.おもに学校行事を通し全校的に取り組む学校活動プログラム、3.授業プログラムと学校活動プログラムの組み合わせの3種のアプローチを計画、実施し、プロセス評価、結果評価を行い比較している。

 結果は下記のごとくである。

 事前調査において明らかになったのは:

 1)生徒達の節水、節電など省資源行動は比較的多かったが、ゴミ分別やリサイクル、過剰包装に関する減量消費の行動がかなり少なかった。それも親自身の環境行動や親のこどもへのしつけと一致していた。

 2)生徒の環境資源に関する知識は、まだ不十分であったが、態度はかなり積極的で、関心も高かった。

 3)環境行動に関わる有意な変数は、関心度、態度、実践自信及び親の行動であった。

 異なった複数の教育プログラムの効果と比較については:

 1)おもに授業のみのプログラムは知識、実践自信の強化に有効であったが、態度、行動の変容には有意に影響しなかった。

 2)おもに学校の雰囲気を醸成し、全校的に取り組む学校活動プログラムは、知識、態度の変容は明確でなかったが、学校でのリサイクル実践率が有意に高まった。

 3)前述した二つのプログラムを合わせたプログラムは、以上2種の効果を得ただけでなく、行動実践度の得点も有意に増加した。

 以上 本論文は、健康的な社会環境づくりの一つとして、人々の環境問題への対処、環境保全への努力が重要であるという考えに立って、それを援助する学校における環境教育のあり方について研究し、中学生をターゲットにした場合の教育プログラムを考案し、関連授業を中心とし、学校行事や特別活動を加えたアプローチが有効であることを実証的に明らかにした。

 本研究は、これまで遅れていた健康教育の評価研究を一歩進めることにも重要な貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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