学位論文要旨



No 112067
著者(漢字) 小出,大介
著者(英字)
著者(カナ) コイデ,ダイスケ
標題(和) 病院情報システムによる薬剤の副作用検出と予防に関する研究
標題(洋)
報告番号 112067
報告番号 甲12067
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1123号
研究科 医学系研究科
専攻 保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 楠,正
 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 教授 郡司,篤晃
 東京大学 助教授 北村,聖
内容要旨 I.緒言

 医薬品による副作用の検出で制度化されたものとしては自発報告があるが、我が国は欧米に比べ極端に報告例数が少なく、顕在化していない副作用が多いといわれる。近年は病院情報システム(HIS)が発展し、処方や検査結果がデータベース(DB)として貯えられ、このDBを用いた副作用検出に期待が寄せられている。方法としては検査結果や副作用の治療薬、病名から副作用の発生を検出することが考えられるが、各方法の検出力の違いは十分に明らかにされていない。

 副作用は検出のみならずその予防が重要である。しかも添付文書に反した不適正な使用結果の副作用であれば、重大な問題である。しかし膨大な情報を扱うことを余儀なくされる医療の現状を考えるとHISによる支援が必要である。

 これまでのHISは、端末機が診療の場になく、入力も医師以外の人が行うことが多かった。しかし最近の発達したHISでは医師自らが端末機を操作してデータ入力するため、コンピュータ側も情報の中身を判断して瞬時に情報を返すことで医療支援を行う可能性が開けた。我々はこの考えに基づき既に、過剰な検査に警告するシステムを開発した。その評価で、同種の警告を教育的に利用できる可能性を見い出し、逆に必要な検査が行われていない場合にも警告を出すなど支援の必要性を指摘した。

 そこで医師の処方オーダ時に、1)添付文書指定の検査を行っていない場合、2)指定の検査が異常値の場合、警告する"警告システム"を開発した。従って本研究には目的が2つある。まず警告システムの前提となるHISを用いた副作用検出の可能性を検討する。さらに「医師が必要な検査をしながら安全に医薬品を使用できるよう支援する」という目的で開発された本警告システムの有効性を評価する。

II.警告システムの概要

 副作用で肝障害の頻度が高く、添付文書で肝障害者には禁忌とされ、最低でも3ヶ月に1回肝機能検査(適正な検査)をするよう明記されている皮膚角化症の薬剤チガソン(一般名エトレチナート)を選んだ。

 警告の種類は2つある。適正な検査のない処方への警告と、検査があればその値から肝障害が疑われる患者に本薬剤が処方されることへの警告とである。本薬剤はトランスアミナーゼの上昇頻度が高いため、過去3ヶ月間で一番最近のGOT、GPTのいずれかが異常値または検査なしであれば警告が出る。

III.方法3-1)対象と調査期間

 対象:入院及び外来。

 調査期間:警告システム導入前:1994年9月1日から1年間(コントロール期間)。

 導入後:1995年9月18日から4週間(介入期間)。

3-2)肝障害の疑いの検出と感度・特異度

 調査期間に本薬剤を処方された患者の処方・検査結果・病名から肝障害が疑われる症例を検出する。肝障害の疑いのある症例は、処方からは肝庇護剤の投与、検査結果からはGOT、GPT、-GTP、ALP、LDH、総ビリルビン、直接ビリルビンのいずれかが異常値の場合、病名からは肝疾患の記載を抽出する。

 本薬剤の適応疾患を有するが本薬剤非投与の患者集団から、性・年齢をマッチングさせて投与群の3倍無作為抽出した対照群を設け、この対照群に対する投与群の肝障害のオッズ比を算出する。

 さらにNaranjo Scored Algorithmを用い薬剤と肝障害との因果関係を判定する。評点1以上を因果関係ありとして感度・特異度を計算し、効果的な副作用検出を検討する。

3-3)警告システムの介入効果の評価

 適正な検査のある処方数の変化を介入前後で比較する。次いで肝機能値が異常のケースで医師の対処の違いをみる。さらに適正な検査のある処方割合の介入前後での違いを医師を層としたCochran Mantel Haenszelの統計量を用いた解析で検定する。

IV.結果4-1)基本集計

 本薬剤を使用する患者(重複除外)は、コントロール期間中のみ使用24名、コントロール期間中及び介入後も継続使用30名、介入後から使用1名、計55名存在した。男性42名女性13名、年齢58±13歳(平均±SD)であった。処方医はコントロール期間のみ処方25名、コントロール期間及び介入後も処方12名、介入後から処方2名、計39名であった。

4-2)肝障害の疑いの検出と感度・特異度

 本薬剤使用群で肝障害の疑いは検査値から24例、病名から5例、肝庇護剤から8例、重複を除き計25例検出された。対照群165名中、肝障害の疑いは検査値から35例、病名から8例、肝庇護剤から11例、重複を除くと計44例検出された。これら全体からオッズ比は2.3(95%信頼区間1.2〜4.3)となった。

 薬剤使用群中の肝障害の疑い25例は、16例が副作用と判定された。そして検査からの副作用検出は感度100%、特異度79%、肝庇護剤は感度31%、特異度92%、病名は感度25%、特異度97%と判定された。GOT、GPTのみでは感度31%、特異度90%、さらにALPを加えれば感度75%、特異度87%まで上昇する。

4-3)警告システムの介入効果

 本薬剤の処方回数はコントロール期間に491件(平均41件/月)で、この内適正な検査のある処方は177件(36%)であった。しかし介入後、本薬剤の処方回数38件中、検査がないための警告は23件生じ、その内19件は当日中に検査が行われ、適正な検査のある処方は28件(74%)に上昇した(図1)。

図1.一番最近の肝機能検査(処方時)

 コントロール期間にGOTまたはGPTが100IU/lを超えても本薬剤を処方された患者は2例あり、後に1例はGOT1413IU/lもう1例はALP935IU/lに上昇した。介入後、検査値異常による警告は3件で全て処方は出されたが、高くてもGPT58IU/lであった。また1年以上本薬剤を投与されながら、その期間に1度も肝機能検査記録のない患者が1例あり、本警告後実施した検査でALP1211IU/l、GOT32IU/l、GPT28IU/l、-GTP191IU/lであることが判明した。

 医師を層にした検定の結果も、適正な検査のある処方割合が増加し、併合オッズ比は3.0(95%信頼区間1.4〜6.6)で、有意な介入効果が示された(表1)。

表1.医師毎の適正な検査のある処方頻度
V.考察、5-1)HISによる副作用の検出

 文献から本薬剤で肝障害が20〜30%起こるとあるが、リスクを推定した文献は見当たらない。本研究でこの薬剤による副作用は55例中16例で、29%と文献のデータと一致し、対照群に対するオッズ比が2.3と算出された。しかし医師が副作用に気付かず対処の薬物治療も、検査も、病名もなければ本研究手法で副作用を検出できない。やはり自発報告など臨床現場での副作用検出の活性化は必要である。しかし自発報告を補完する手段としてHISは有効と示唆される。

 検査値からの検出は感度100%と最も良く、警告システムが検査値を基準にしている点は適切と判断される。警告システムでは複雑化を避けて文献を根拠にGOT、GPTのみで副作用を検出し感度31%となったが、今後ALPも加え感度を上げることも可能である。

5-2)警告システムの診療行為への影響

 コントロール期間で適正な検査のある処方が36%と少数であったが、介入後74%に上昇した。また医師を層とした分析でも適正な検査のある処方割合が有意に増加した。これは本警告システムの助言により必要な検査をするように医療行為が変わったことを示す。しかも肝機能検査記録のない長期本薬剤使用者で、警告後検査を行いALP及び-GTP値の高い例を検出できたことは、大きな成果と思われる。ただしこの患者はGOT,GPTは正常域内であり、警告システムでは直接検出できないため、やはり検出項目にALPを加える改良の必要性が示唆される。

 警告システムによる肝障害の可能性がある患者への処方回避はされなかったが、そのケースはGPTが58IU/lで軽度の肝障害と思われた。今後この点は更に観察が必要である。

 定期的な検査を添付文書で要求する薬剤は多い。だが定期的では判断基準が曖昧で本研究のような警告システムの構築は困難である。今後添付文書で要求する検査の時期の明確化が望まれる。さらに本研究の副作用検出も警告システムもオーダ・エントリー・システム及び臨床DBがHISにより構築されて初めて可能である。HISの臨床支援を実証し、その有用性を示す意味からも本研究は意義あるものと思われる。

VI.結論

 本研究ではHISによる副作用検出の可能性を検討した。また副作用予防のため、処方時に添付文書指定の検査をしていない場合やその検査値が異常の場合に警告を出すシステムを開発し、介入効果を評価した。結論は以下の通りである。

 1.HISを用いることで本薬剤の副作用の肝障害の発生率及びオッズ比を容易に算出でき、HISによる副作用検出は自発報告を補完する手段として有効と判断された。

 2.検査値からの副作用検出は感度が最も良いが、GOT、GPTに限ると極端に感度が下がるため、ALPも加え感度を上げる必要性が示唆された。

 3.警告システムは、医師が必要な検査をしながら処方することに寄与した。しかし禁忌症の患者への処方回避への効果はさらに観察を要する。

 4.改めてオーダエントリーシステムを用い、インターラクティブな情報交換で医療支援を行い得ることを実証できた。また実用的な医薬品使用のモニタリング法を提示できた。

審査要旨

 本研究は病院情報システムによる副作用検出の可能性を検討するとともに、副作用予防のため、薬剤の処方時にその添付文書指定の検査をしていない場合や、その検査が異常値の場合に警告を発する警告システムを開発し、その介入効果を評価したものである。具体的には皮膚角化症の薬剤チガソンの副作用である肝障害を例にあげて検討を行い、下記の結果を得ている。

 1.本院の病院情報システムに蓄積されたデータを用い、本薬剤による副作用の疑いをレトロスペクティブに肝機能検査の異常値または肝疾患病名または肝庇護効果のある薬剤の投与から検出した。さらに本薬剤使用群と性・年齢でマッチングした対照群に対するオッズ比から、副作用の危険度の推定を容易に求め、病院情報システムが副作用の自発報告を補完する有用な手段となりえることを示した。

 2.検出された副作用の疑いのある症例に対し、Naranjoのアルゴリズムを用いて薬剤との因果関係を評価し、上記の副作用検出法の感度と特異度を求めた。その結果、検査値からの副作用の検出は感度が最も良いことが判明した。本研究の警告システムでは先行研究で副作用頻度として高いといわれるGOT、GPTに限ったが、これでは感度が低下するため、副作用のモニタリングにはALPなども加えて感度を上げる必要性が考えられた。

 3.本警告システムによる介入以前、添付文書に則って3ヶ月以内に肝機能検査を行いながら本薬剤を処方した割合が36%と少数であったのに対し、介入後2倍以上の74%にまで改善された。よって本警告システムは医師が必要な検査をしながら本薬剤を処方することに寄与した。また介入以前、本薬剤使用者54名中におけるGOTまたはGPTの重度の異常者は3名発生したが、介入後は本薬剤使用者31名中0名であった。従って本警告システムによる禁忌症の患者への処方回避効果を直接確認はできていないため、さらなる観察を要するが、本警告システムの支援により未然に禁忌症の患者への本薬剤の投与を回避されている可能性は十分考えられる。

 4.著者は以前、過剰検査に対し保険限度に則った警告システムを実装した効果の評価を行い、その有効性を証明したが、本研究において改めてオーダエントリーシステムを用いた利用者と病院情報システムとのインターラクティブな情報交換により、医療支援を行い得ることを実証した。さらに本警告システムは処方および警告状況に関するログ収集まで全てコンピュータによる自動化に成功しており、実用的な医薬品使用のモニタリング法についても提示を行った。

 以上、本論文は、病院情報システムが医療の質をあげることに寄与するというその有用性を実証し、新たな病院情報システムの活用に道を開き、さらに医薬品の安全性の研究においても重要な貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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