高等植物内には、様々な配糖体と、これらに対する加水分解酵素が共存している。加水分解酵素に対する研究は、配糖体の植物内での存在意義解明につながることが期待される。しかし、青酸配糖体の代謝に関する-glucosidaseを例外として、その実体が詳細に解明されている植物加水分解酵素はほとんどない。 代表的植物配糖体の一つであるスピロスタン型配糖体は、ステロイドサポニンの一種であり、抗真菌、溶血といった薬理活性を持ち、植物体を収穫した後、乾燥などの処理を行っている間に、不活性なフロスタン型配糖体から生成する。グルコース1分子の遊離を伴うこの変換反応は、外界からの真菌の侵入に対する植物の防御反応の一つであるとも考えられる。しかし、その反応を触媒する酵素の実体については不明であった。サポニンに関する研究は、構造決定と薬理活性に関するものに限られ、その植物内での存在意義が興味の対象となることは殆どなかった。 本研究は、フロスタン型からスピロスタン型への変換を、これら配糖体の植物内での生理的存在意義解明につながる鍵反応ととらえ、その触媒酵素[furostanol glycoside 26-O--glucosidase(F26G)]の実体を解明することを目的としたものである。 F26G活性の検出 実験材料として、サポゲニン成分がdiosgeninのみである熱帯産ショウガ科植物Costus speciosusを用い、まず本植物の主なフロスタン型配糖体であるprotogracillinを基質として、生成するスピロスタン型配糖体gracillinを、順相HPLCにより分離、定量するF26G活性の評価系を新たに確立した。この系で定量した生成gracillin量とglucose oxidase-peroxidase法により定量した遊離D-glucose量が一致することを確認している。 本植物において、フロスタン型配糖体は、栽培植物では根茎に、また、栽培植物の茎頂より誘導したin vitro培養植物体では葉、根、茎の全草に蓄積するが、F26G活性の存在部位が、これらフロスタン型配糖体の蓄積器官に一致することを確認した。すなわち、青酸配糖体とその加水分解酵素の場合と同様に、F26Gとフロスタン型配糖体も、生理的条件下の細胞内では局在化している可能性が想定された。 F26Gの精製および諸性状の検討 栽培植物根茎を酵素源として、硫酸アンモニウム沈殿(30〜60%)、陰イオン交換カラムクロマトグラフィー、疎水性および陰イオン交換HPLC(Ether-5PW、DEAE-5PW)を用いて、SDSポリアクリルアミドゲル上、銀染色で二本のバンド(54000、58000)を与える精製酵素標品を得た。G3000SWXLを用いたゲルろ過HPLCにおいて、分子量110000に相当する画分に、タンパク、酵素活性いずれも対称な単一ピークとして溶出することから、本酵素は二量体構造を持つことを明らかにした。また抗ペプチド抗体を用いた実験から、SDSポリアクリルアミドゲル上で検出された2本のバンドそれぞれに含まれるタンパクは、そのN末近傍の配列が類似している、また、同一の遺伝子産物に由来するものである可能性を指摘している。 次いで精製酵素の諸性状を検討し、protogracillinに対するKm値53M、至適pHは5.0から5.5、代表的-glucosidase阻害剤であるglucono-1,5-lactone、および、スピロスタン型配糖体のアグリコンdiosgeninにより、効果的に活性が阻害されることなどを明らかにしている。また、精製F26Gは、各種市販-glycosidaseの加水分解酵素活性と比較し、フロスタン型配糖体の26位グルコシド結合に対し非常に特異的であることを明らかにした。 培養植物全草からも、栽培植物根茎の場合と同様な方法により、諸性状が一致する精製酵素標品を得、植物の形態は異なるが、共通した酵素がフロスタン型配糖体からスピロスタン型配糖体への変換反応を触媒していることを示した。 F26Gの構造解析 〜cDNAクローニング、および塩基配列の決定〜 逆相HPLCにより一本のピークとして溶出した精製酵素から、数種の部分アミノ酸配列を得、これらがいずれも既知-glucosidaseの内部配列と高い相同性を持っており、それぞれのポリペプチド上の相対位置を推定した。このアミノ酸配列の情報をもとにオリゴヌクレオチドプライマーを設計し、培養植物体全草から調製したcDNAを鋳型として、PCR法により本酵素遺伝子の部分断片を増幅した。さらに、RACE法を組み合わせ、最終的に、ORFの全長に相当する約1.7kbのcDNAクローンを数種得た。その中で、ベクターに組み込み大腸菌を形質転換した際、F26G活性を有するタンパクの発現が確認されたクローンにつき全長の塩基配列を決定し、ORFが1686bp、562個のアミノ酸よりなる分子量63.5kDaのタンパク(CSF26G1と名付けた)をコードしていることを明らかにした。 CSF26G1の予想されるアミノ酸配列の中には、精製F26Gの部分消化によって得られたペプチド全てに相当する配列が含まれていたが、精製酵素から決定した156残基中、18残基が一致しなかったことから、得られたcDNAクローンはF26Gのアイソザイムの一つをコードするものであると結論している。 以上本研究は、植物中でのステロイドサポニンの変換反応を触媒する特異的な加水分解酵素につき、その検出・精製・遺伝子クローニング・大腸菌での発現を行い、植物配糖体およびその加水分解酵素の生理的役割の解明に向けて重要な手がかりをもたらしたものであり、植物生化学、天然物化学の発展に寄与するところが多く博士(薬学)の学位に値するものと認めた。 |