薬化学教室では、天然型DNAの鏡像体であるenantio-DNAと天然型核酸の相互作用の研究の結果、L-dAオリゴマーが天然型DNA,RNAと塩基特異的に結合し三重鎖を形成すること、このとき形成された複合体はpoly(dT)との場合よりもpoly(U)との場合の方が安定であり、RNA選択的な相互作用であることを明らかにしてきた。筆者は、enantio-DNAの発展形としてL型ヌクレオチドとD型ヌクレオチドを交互に結合したmeso-DNA(Fig.1)を合成し、天然型核酸との相互作用を中心に物性の検討を行った。 Fig.1 enantio-DNA and meso-DNA1.meso-DNAホモオリゴマーと天然型ホモポリマーの相互作用 まず、単一の核酸塩基からなるmeso-DNAホモオリゴマーについて検討することとし、アデニル酸ホモオリゴマーLD-(dA)12およびチミジル酸ホモオリゴマーLD-(dT)。(n=12,47)を合成した。 合成したmeso-DNAと天然型ホモポリマーを様々な割合で混合し、UV吸収を測定、混合比と吸光度をプロットしたmixing curveを作成した(Fig.2)。0℃におけるLD-(dA)12とpoly(U),poly(dT)のmixing curveはA:U(T)=1:2の点で淡色効果が最大に達しT・A・T、U・A・U三重鎖の形成を示した。一方LD-(dT)47とpoly(A),poly(dA)のmixing curveはA:T=1:1の点で淡色効果が最大となり、A・T二重鎖の形成が示された。なお、チミジル酸ホモオリゴマーは、12-merでは淡色効果を検出できなかったが、鎖長を延長し47-merにすることで複合体の安定性が向上し、淡色効果の検出が可能となった。 Fig.2 Mixing curves 次に、温度の上昇に伴う吸光度の変化を追跡したmelting curveを作成し、複合体の安定性を表すTm値を求めた。LD-(dA)12/poly(U)のTm値は58.5℃、LD-(dA)12/poly(dT)のTm値は48℃であった(in 10mM Tris-10mM MgCl2)。また、LD-(dT)47/poly(A)のTm値は14℃、LD-(dT)47/poly(dA)のTm値は26℃であった(in 10mM Tris-1M NaCl)。 以上の結果から、(1)LD-(dA)12は(i)天然型DNA,RNAと塩基特異的に相互作用して三重鎖を形成し、(ii)RNAとより安定な複合体を形成すること、一方、(2)LD-(dT)47は(i)形成された複合体は二重鎖であり、(ii)DNAとより安定な複合体を形成し、(iii)相互作用はアデニンの場合よりも弱いことが示された。 2.d(LADG)5とd(LGDA)5と天然型DNA相補鎖との相互作用 次に、配列に変化を持たせ、かつ複合体の安定性が期待できる系として、ホモプリン配列を有するmeso-DNAに焦点を当てることにした。 典型的なホモプリン配列を有するmeso-DNAとして、d(LADG)5とd(LGDA)5の2種のオリゴマーを合成し、その天然型DNA相補鎖であるd(DCDT)5、d(DTDC)5との相互作用を調べた。まず、合成したmeso-d(Pu)10と相補鎖D-d(Py)10を様々な割合で混合し、UV mixing curveを作成した(Fig.3)。 0℃におけるmixing curveはd(LADG)5/d(DCDT)5,d(LGDA)5/d(DTDC)5いずれも、pH7.5ではPu:Py=1:1の点で、pH5ではPu:Py=1:2の点で最大の淡色効果を示し、この現象は高温の条件下で消失した。この結果は、d(LADG)5とd(LGDA)5は天然型DNA相補鎖と相互作用し、形成される複合体はpH7.5では二重鎖、pH5では三重鎖であること、すなわち、pH依存的二重鎖/三重鎖選択性を有することを示唆する。pH依存的二重鎖/三重鎖選択性はLD-(dA)12においては観られなかった特徴であるので、G-C塩基対に起因しているといえる。天然型DNAにおいてPy・Pu・Py三重鎖が形成される場合にもpH依存的二重鎖/三重鎖選択性が生じることが知られており、UV、CD等のスペクトルデータの類似性も考えると、ここで形成されたメソ型/天然型三重鎖も2つ目の結合はHoogsteen塩基対を介している可能性が高いと考えられる。 次に、melting curveを測定し(Fig.4)、複合体の安定性を比較した。Tm値は二重鎖を形成する条件下(pH7.5)よりも三重鎖を形成する条件下(pH5)の方が高い値を示した。この結果から、複合体の安定性は、二重鎖よりも三重鎖のほうが高いことが判る。 図表Fig.3 Mixing curves / Fig.4 Melting curves3.メソ型/天然型複合体の構造 核酸のらせんの向きを反映するCDスペクトルを測定したところ、メソ型/天然型複合体のスペクトルと対応する天然型複合体のスペクトルとの間に類似性が認められた(Fig.5)。このことから、メソ型/天然型複合体の構造は天然型と同じ右巻きであろうと推測される。 Fig.5 CD-spectra(in pH7.5) また、非回文的塩基配列を有するメソ型ホモプリンオリゴマーを用いてTm値の比較を行うことにより、相互作用の際の3’、5’配向性を決定した。その結果、二重鎖形成時はantiparallelであり、三重鎖は更にプリン鎖に対し3本目のピリミジン鎖がparallel方向で結合していることが明らかとなった。 4.ヌクレアーゼによる分解 合成したmeso-DNAを天然型DNAを加水分解するホスホジエステラーゼにより処理した。対応する天然型DNAが20分で完全に分解される条件下2時間の処理を行ったが、meso-DNAはほとんど分解されなかった。これはenantio-DNAに匹敵するヌクレアーゼ耐性を有することを示す。半分は天然型のヌクレオチドであるにも拘わらず、エナンチオ型に匹敵する強さを示したことは興味深い結果である。 5.d(LADG)5/d(DCDT)5,d(LGDA)5/d(DTDC)5複合体とEthidium Bromideの相互作用 形成されたメソ型/天然型複合体の構造の情報を得るために、Ethidium Bromide(EB)との相互作用を調べた。meso-d(Pu)aは単独ではEBの蛍光強度に影響を与えないが、相補鎖の存在下ではEBの蛍光強度を大きく増大した(Fig.6)。この効果は、pH7.5においてはd(LADG)5/d(DCDT)5およびd(LGDA)5/d(DTDC)5双方において観られたが、pH5ではd(LGDA)5/d(DTDC)5でのみ観測された。EBの存在、非存在下における複合体の様式、および安定性を調べるためにmixing curveおよびTm値を測定した。結果を(Table 1)にまとめる。 Fig.6 Fluorescence spectraTable 1 メソ型/天然型複合体とEBの相互作用様式は、蛍光が増大することからインターカレーションであろうと考えている。 複合体の様式は、EBの蛍光を増大した条件下ではpHによらず二重鎖であり、逆に三重鎖を形成している条件下では蛍光の増大は観測されなかった。この時Tm値から、EBは三重鎖の安定性には影響を与えず、二重鎖を安定化していることが判る。 pH5において生じたd(LADG)5とd(LGDA)5の違いはTm値によって解釈できる。すなわち、(i)d(LADG)5/d(DCDT)5は三重鎖(Tm=32℃)の方がEBが結合した二重鎖(Tm=22℃)より安定なので、三重鎖が主に存在し、そのためEBのインターカレーションが観測されない。(ii)d(LGDA)5/d(DTDC)5では三重鎖(Tm=21℃)よりもEBが結合した二重鎖(Tm=24℃)の方が安定なので、EBのインターカレーションが観測された、と解釈できる。 さらにEBの結合様式を知るために、pH7.5における滴定曲線からScatchard Plotを作成し、結合定数および二重鎖あたりの結合サイト数を求めた。その結果、(i)d(LADG)5/d(DCDT)5に対する結合サイト1つあたりの結合定数は1.8×106M-1であり、10塩基対あたりのサイト数は1.6個であった。(ii)d(LGDA)5/d(DTDC)5では、結合定数は1.2×106M-1、10塩基対あたりのサイト数は4.4個であった。以上に結果から、2つの二重鎖間の違いは、インターカレーションの強さではなく、結合部位の数の違いに起因していると考えられる。 6.まとめ (1) meso-DNA:LD-(dA)12、LD-(dT)a、d(LADG)5、d(LGDA)5を合成した。 (2) meso-DNAは天然型相補鎖と相互作用する。LD-(dA)12/poly(U)or poly(dT)は三重鎖、LD-(dT)a/poly(A)or poly(dA)は二重鎖を形成する。d(LADG)5/d(DCDT)5、d(LGDA)5/d(DTDC)5はpH7.5では二重鎖、pH5では三重鎖を形成した(pH依存的二重鎖/三重鎖選択性) (3) メソ型/天然型複合体の熱安定性は、二重鎖よりも三重鎖の方が高い。 (4) メソ型/天然型複合体は、右巻きのらせん構造を有する。 (5) メソ型/天然型二重鎖はantiparallel配向、三重鎖形成時の3本目の鎖はparallel配向で結合する。 (5) meso-DNAはヌクレアーゼによる分解に対し、高い耐性を有する。 (6) Ethidium Bromideはメソ型/天然型二重鎖に対してインターカレートし、二重鎖を安定化する。メソ型/天然型三重鎖に対してはインターカレートしない。 以上の結果はmeso-DNAと天然型核酸の相互作用形式を明らかにし、今後の核酸鏡像体の研究に寄与するものである。L型核酸はヌクレアーゼ水解に対する高い安定性から、アンチセンス分子としても注目を集めている。アンチセンス法への適用を図る場合、天然型との相互作用の様式を知り、それに適した塩基配列をターゲット部位に選ぶ必要があるが、このようなアンチセンス研究の分野においても、本研究内容が役立っていくことと期待する。 |