電位依存性Ca2+チャネルは多くの興奮性、非興奮性細胞に見出されているが、神経細胞には特に多種類のCa2+チャネルが共存しており、その電気生理学的、薬理学的性質によりT、L、N、P、Q、Rの各タイプに分類されている。成体において、異なるタイプのCa2+チャネルはその相対的発現量や細胞内分布が神経細胞の種類によって大きく異なっており、それぞれ伝導、シナプス伝達、シナプス可塑性などに重要な生理的役割を果たしていると考えられている。一方、発生初期の神経細胞では、電位依存性Ca2+チャネルが膜の興奮性の主体を成し、細胞死あるいは神経突起の形態分化などの神経回路の形成過程に関与していると考えられている。しかし、各タイプCa2+チャネルの発現量や特徴的な細胞内分布を、どのような生体内因子が制御しているかに関しては殆ど報告がない。本論文は中枢神経細胞において電位依存性Ca2+チャネルの発達を制御している因子の同定、およびその生理的意義の解明を目的としており、basic fibroblast growth factor(bFGF)(こよりその発達を制御されるCa2+チャネルを中心に、薬理学的・電気生理学的特性、作用発現までの細胞内情報伝達機構、細胞内分布の特性とその生理的意義について研究した結果をまとめたものである。 本研究では、まず、脱分極刺激で誘発される細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)上昇とwhole cell patch-clamp法を用いて測定したCa2+電流を指標に、培養海馬神経細胞における電位依存性Ca2+チャネルの発達を機能的側面から詳細に検討した。その結果、最近、神経細胞の分化を制御する因子として注目されているbFGFに、Ca2+チャネルの発達を促進する作用があることを見出した。また、bFGFによりその発達が促進されるCa2+チャネルは、LタイプCa2+チャネルと薬理学的、電気生理学的性質が類似していること、及びbFGFによるCa2+チャネルの発達促進作用には新たな蛋白質の合成が関与していることを明らかにした。更に、[Ca2+]i測定系を用いて、神経細胞におけるCa2+チャネルの発現を簡便に評価するスクリーニング系を確立した。 次に、この評価系を用いて、各種サイトカインのCa2+チャネル発達に対する影響を検討した。その結果、interleukin-2(IL-2)、neurotrophin-3(NT-3)、activinにもbFGFと同様のCa2+チャネル発達の促進作用があることを見出した。また、bFGFによるCa2+チャネル発達促進作用に関与している細胞内情報伝達系について詳細に薬理学的検討を加えた。bFGFは多くの細胞内情報伝達系を活性化することが知られているが、本研究の結果からbFGFが受容体チロシンキナーゼを活性化した後、Ras、Rafの活性化を介してCa2+チャネルの発達を促進していることが示唆された。 更に、LタイプCa2+チャネルの発現量の変化と細胞内での局在を、LタイプCa2+チャネルの特異的蛍光プローブである(―)-STBodipy-DHPにより、共焦点レーザー顕微鏡を用いて検討した。bFGF処理した神経細胞では細胞体と神経突起遠位部の分岐点に顕著なLタイプCa2+チャネルの発現が観察された。 最後にbFGFの分岐形成促進作用とLタイプCa2+チャネルの関連について検討を加え、bFGFによる分岐形成促進機構にLタイプCa2+チャネルが関与していることを示唆した。 本研究の結果、bFGFが培養海馬神経細胞に対して、LタイプCa2+チャネルの細胞体における発現量を増大させ、Ca2+チャネル応答の発達を促進することが明らかになった。また、その作用発現にはチロシンキナーゼ、Ras、Rafを介した細胞内情報伝達系が関与していることが示された。更に、bFGFがLタイプCa2+チャネルの神経突起分岐点への特徴的な局在化をもたらすことにより、神経突起の分岐形成を促進している可能性が示唆された。IL-2、NT-3、activinにもCa2+チャネル応答の発達促進作用を見出されたことから、神経細胞におけるCa2+チャネルの発達が多様なサイトカインによって制御されている可能性が示唆された。 本研究の結果は神経細胞におけるCa2+チャネル発現制御機構の解明に重要な手がかりを与えるとともに、発達期におけるCa2+チャネルの生理的役割について重要な知見を与えるものと考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと判定した。 |