序 Indolactam-V(1)は当教室の遠藤により初めて合成され、TPAタイプの発癌プロモーターであるテレオシジン類の生物活性発現の基本単位であることが示されている。テレオシジン類および1は特徴的な9員環ラクタム構造を有し、室温溶液中で、アミド結合のシス、トランスの異性化に起因する二種の安定な立体配座異性体(twist型とsofa型)の平衡にある。遠藤、大野はインドール環をベンゼン環に変換し、またラクタム環の大きさを変えることで、twist型とsofa型の間のエネルギー障壁が大きな化合物であるBenzolactam(BL)類(2)、(3)をデザイン、合成し、この2種の立体配座をそれぞれ単独で、室温下安定に再現することに成功した1)。これによりテレオシジン類の活性立体構造はtwist型あるいはそれから低いエネルギー障壁を経て変化するシスーアミド構造を持つ構造であると結論づけた2)、3)。 従来、あまり考慮されることのなかった分子の疎水性領域ではあるが、生体内受容体と基質との相互作用を考える上では、親水性領域(水素結合)に加え、分子の形状、疎水性相互作用も考えあわせた総合的な評価をする必要がある。今回、BLの疎水性残基の固定により、幾つが興味深い知見が得られたので以下に報告する。 デザイン、合成 生物活性の増強にはある程度以上の大きさを持つ疎水性領域が必要だが、厳密な立体要求性はなく、位置要求性に関しても不明な点が多い。そこでアミドカルボニル基の位(2位)からn-decyl基が伸びるBL-V8-C10(4)を合成したところ、2の1/30程度の生物活性を有することが判った。8位、9位二置換体であるBL-V8-TM(5)では、2のおよそ1/300に活性が低下することより疎水性残基の占める空間的位置も生物活性発現に関与することが示唆され、2の疎水部を架橋した三環性化合物(6)、(7)をデザインした。 さらに、2とは2位が逆の立体配置を持つepi-Benzolactam(epi-BL)-V8-310(8)は立体配座の分類上r-cis-sofa型に属するが、意外にも 2のおよそ1/10の生物活性を有する。デザインした三環性化合物7は第三の環構造であるC環を導入することで8員環ラクタム部であるB環の立体配座とC環である疎水部の空間的位置関係をよりrigidにする事ができ、epi-BL類の立体構造の生物活性発現への関与も調べられる点でも有効である。 合成は、以下のスキームで4-methyl-3-nitroanilineより16ステップで目的化合物に導いた。また、イミンへの縮合に用いるketoe ster 9はC環の大きさに合わせ-alkenylalcohol等より適宜調製した。Heck反応によって得られた三環性化合物を接触還元することで三環性BL同族体(10)、(11)、(12)並びに三環性epi-BL同族体(13)、(14)、(15)を得た。 ジアステレオ分離に関しては、B環の2位、5位についてはB環環化の後シリカゲルカラムにより、またエキソメチル体11、12及び14、15のC環ベンジル位については逆相HPLC(Eluent:CH3CN-H2O)を用いて分離した。合成した化合物の確認は高分解能質量スペクトルで行っている。 立体構造解析 合成した化合物10、11、12、13、14、15の立体構造はNMRのケミカルシフト、カップリング定数、デカップリング、及びNOEによって決定した。三環性BLではC環が16員環から12員環までいずれの大きさの環であってもB環はtwist型を取っていた。一方、三環性epi-BLではC環が14-16員環の時、B環はr-cis-sofa型を取るが、13員環である13cはtwist型、そして12員環の14c、15cはfold型を取っていることが明らかになった。これは、アルキル鎖でC環を架橋する際にB環に新たなひずみが生じ、他の立体配座に固定されたと考えられる。 生物活性 生物活性の指標にはヒト急性前骨髄球性白血病細胞株HL-60の増殖抑制能と単球への分化誘導能を用いた。なおグラフ中、化合物番号の後の括弧内はC環の大きさを表している。 テレオシジン類(天然体)と同じ立体配置である三環性BLはすべてtwist型で、2と4の中間の生物活性を有し、4と比較して疎水性領域がより有利な方向へ固定された。またC環が小さくなるにつれて生物活性は徐々に低下する。一方、三環性epi-BLでは、B環がr-cis-sofa型を取る化合物の生物活性は、疎水性領域が固定されることで対応する大きさのC環を持つ三環性BLを上回り、2の1/3程度、8を凌ぐことが明らかとなった。r-cis-sofa型とテレオシジン類の活性立体配座であるtwist型は、親水性部分の空間的配置に関して相同性があることより(上図10a、13a)、三環性epi-BLの疎水性領域は活性発現に関して三環性BLよりも更に有利な位置を占め得ると考えられる。また、twist型を取っている13員環化合物13cは疎水性領域の減少にも関わらず2の1/10程度の活性を有しており、疎水部の張り出す方向も活性発現に重要であることを示している。 図表 まとめ 疎水性領域の親水性部分に対する方向性に制限を加えた各種三環性BL及びepi-BLを合成し、立体構造解析並びに生物活性試験を行うことで、BL類の立体構造と生物活性発現の関係を総合的に理解するための情報を得た。また、親水性部分に関しても三環性のepi-BLが、対応するBLと同等以上の活性を有することより骨格の立体構造ではなく、必要な官能基の空間的な配置が生物活性発現に重要であることを示すことが出来た。 (1)Ohno,M.,Endo,Y.,Hirano,M.,Itai,A.and Shudo,K.Tetrahedron Lett.34,8119-8122,1993. (2)Endo,Y.,Ohno,M.,Hirano,M.,Takeda,M.,Itai,A.and Shudo,K.BioMed.Chem.Lett.4,491-494,1994. (3)Endo,Y.,Ohno,M.,Hirano,M.,Itai,A.and Shudo,K.J.Am.Chem.Soc.in press. |