学位論文要旨



No 112077
著者(漢字) 藤島,利江
著者(英字)
著者(カナ) フジシマ,トシエ
標題(和) ビタミンEの活性誘導体の探索とその生理作用
標題(洋)
報告番号 112077
報告番号 甲12077
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第742号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 廣部,雅昭
 東京大学 教授 岩崎,成夫
 東京大学 助教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 新井,洋由
内容要旨

 ビタミンEは、ネズミの抗不妊因子として1922年に発見された脂溶性ビタミンである。その後、このビタミンの強力な抗酸化作用が報告され、現在では、他の酵素等と共に生体を活性酸素から守る抗酸化システムの一要素として捉えられている。しかし、脂質過酸化反応のかかわるビタミンE欠乏性の疾患もある反面、ビタミンEの生理作用のすべてが抗酸化作用のみに依存するかは未だ疑問が残る。近年、ビタミンA、ビタミンDが生体内で酸化を受けて活性本体となり特異的作用を発現することが明らかとなってきた。そこでビタミンEも同様の代謝を受けて活性本体を生ずる可能性を考え、新たなデザインを行い新規ビタミンE誘導体の合成とその作用を検討した。

 

デザインと合成

 天然に存在するビタミンE同族体としては、クロマン環上のメチル基の数と位置および2位の側鎖の飽和不飽和によって、それぞれ4種類のトコフェロール、トコトリエノールがある。これら天然型ビタミンE同族体がすべてクロマン環8位にメチル基を有することに注目して、8位メチル基が酸化を受けて生成する化合物1-3をデザイン、合成した。また、比較化合物として、8位無置換体(4)や、電子供与基を持つ化合物(5)を合成した。

 

 合成スキームを以下に示す。ジメチルハイドロキノン(7)とアリルアルコールとの縮合によりクロマン環を構築した。化合物4に対し、TMS-CNを用いるGattermann型反応にて8位にイミノ基を導入、加水分解を経てアルデヒド(2)を良好な収率で得た。アルデヒド(2)の還元でアルコール(1)は容易に得られたが、酸化反応では目的の8-カルボン酸体(3)は得られなかった。そこで、臭素を導入後、カルボキシル基に変換した。8-アミノ体(5)は、化合物4のニトロ化の後、還元を経て合成した。クロマン環2位の側鎖については炭素数n=0、1、2、3のものを合成した。

 

抗酸化作用の測定と活性の評価

 脂質過酸化のモデルとして、リノール酸メチルの均一エタノール系を用い、ビタミンE誘導体の抗酸化能を検討した。ラジカル開始剤2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)(AMVN)添加後、クラーク型酸素電極で酸素量を経時的に記録した。抗酸化剤非存在下(コントロール)では、一定の速度で脂質の酸化が進み、溶液中の残存酸素量は直線的に減少する。一方、-トコフェロール存在下では、一定期間酸化が抑制されるが、-トコフェロールが消費されるとコントロールと同じ速度で酸化が進むため、酸素吸収曲線に変曲点を持つ。

 2位にジメチルを持つ化合物の酸素吸収曲線を図1に示す。8-ヒドロキシメチル体(1)、および8-無置換体(4)は、-トコフェロールと類似した曲線を描き同程度の抗酸化作用を持つ。8-アミノ体(5)は、-トコフェロールよりも酸化抑制期間における酸素消費が遅く、優れた速効型抗酸化剤といえる。これら一連の化合物の抗酸化能は8位置換基のmと良い相関を持ち、一般に、これらフェノール型抗酸化剤の連鎖禁止能力が水素引き抜き反応における水素の供し易さに依ることと一致する。

 リノール酸メチル(0.26M)エタノール溶液の酸化反応(AMVN 10mM,37℃)

 一方、8-アルデヒド体(2)、および8-カルボン酸体(3)では酸素吸収曲線に変化が見られず、特に、8-カルボン酸体において長い酸化抑制期間(tinh)が観測された。この結果は、これらの誘導体が-トコフェロールとは異なるタイプの持続性抗酸化作用を持つことを示している。8-カルボン酸体について、酸素消費を酸素電極で追うと同時に、8-カルボン酸体の減少をHPLCで定量した(図2)。-トコフェロール型の抗酸化剤一般に観察されるものと異なり、8-カルボン酸体の減少速度はその濃度の1/2乗に比例していた。これは、-トコフェロールが消費され尽くす時刻においても、8-カルボン酸体が残って抗酸化能力を維持していることを示している。

図表図1 酸素吸収曲線 / 図2 ビタミンE誘導体[3]の濃度変化

 2位の側鎖に関しては、炭素鎖の長さに依らず同様の傾向を示した。2位の側鎖は抗酸化剤としての活性にはほとんど影響しないと思われる。

生理活性

 ビタミンE欠乏マウスまたはラットにおける不妊は、ビタミンE発見の端緒となった最も特徴的な欠乏症状である。合成したビタミンE誘導体のうち2位の側鎖がビタミンEと同じ炭素数16のものについて胎仔吸収試験の結果を示す(下表)。ビタミンE欠乏食で飼育した雌マウスを正常な雄マウスと交配させ、胎仔の器官形成期に合わせて化合物を投与し、妊娠18日目に帝王切開により子宮内の状態、および、生存胎仔については外形異常の有無を観察し、効果を判定した。さらに、ビタミンE欠乏食ではなく通常食を与えた群を比較のため設けた。

図表

 ビタミンE欠乏食群(コントロール)は、通常食群に比べて胎仔の体重、胎盤重量が減少しており、さらに各種外形異常の発生頻度が高い。このビタミンE欠乏食群に対して、ビタミンE(-トコフェロール)、またはビタミンE誘導体を投与した群では、いずれも改善がみられた。特に、8-ヒドロキシメチル体(1)は-トコフェロールよりも強い効果を示し、奇形の発生をほぼ完全に抑えた。8-カルボン酸体(3)は用量依存的に効いているが効果はビタミンEと比べると低い。一方、8-無置換体(4)は高い用量の時には弱い毒性を示した。

まとめ

 クロマン環8位に各種官能基を導入したビタミンE誘導体を合成した。8位への官能基導入は抗酸化作用に多様性を与えた。マウスの生殖試験において8-ヒドロキシメチル体がビタミンEを上回る生物活性を示した。

審査要旨

 藤島の研究はビタミンEの活性体の候補を提唱するものである。

 ビタミンE(-トコフェロール、1)は抗不妊作用物質として明確かつ特異的な作用をもつ。しかし、その働きは抗酸化作用という、非特異的な単純な化学反応性によって説明されている。ビタミンEは食品中に多量に含まれ、また顕著な過剰症を示さない。これはクーデヒドロコレステロールまたビタミンA(レチノール)の場合と同様であり、ビタミンEもそれ自体は特異的な作用をもたずに、代謝的な変換をうけてはじめて作用を発揮している可能性を示唆している。このような考えのもとに、トコフェロール類に共通に存在する8位メチル基に注目し、その酸化誘導体を合成し、生物活性を明らかにし、同時に抗酸化性を評価した。

 -トコフェロールの8位酸化体アルコール(2)及びカルボン酸(3)についてビタミンE欠乏マウスに対する効果をみた。その結果、高度のビタミンE欠乏で起こる胎児吸収に対してはアルコール(2)はトコフェロール(1)と同様に強い抑制作用を示した。しかし、カルボン酸(3)は逆に胎児吸収を増強した。一方、ビタミンE欠乏がやや不完全の時には、胎児には奇型が多発する。これに対しトコフェロールは抗催奇性を示すが、アルコール(2)はトコフェロールと同等あるいはそれ以上に強い抗催奇性を示した。そして8位のメチル基の存在しないデスメチル体(4)は、抗酸化性は1や2と同一であるにも拘ず、抗催奇作用は弱いものであり、このCH3基の重要性を示している。

 化学的抗酸化性については、とくにカルボン酸が特徴的な持続的な抗酸化性を示し、8-カルボキシルクロマノール類の抗酸化剤としての有用性を示唆した。

 本研究による活性ビタミンEの存在の可能性は、更に検討を要するものの、生物学、医学、薬学研究に大きなインパクトを与えるとみられ、藤島の研究は博士(薬学)の学位にふさわしいものと判断される。

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