学位論文要旨



No 112081
著者(漢字) 眞鍋,史乃
著者(英字)
著者(カナ) マナベ,シノ
標題(和) Cardenolide類の全合成研究
標題(洋)
報告番号 112081
報告番号 甲12081
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第746号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 笹井,宏明
内容要旨

 Cardenolide類は200年以上前から強心配糖体として、心不全、心筋梗塞に対する薬として用いられてきた。代表的なCardenolideを下に示す。共通する特徴的構造として1)A,B環がcisであること、2)C,D環がcisであること、3)14位に水酸基を持つこと、4)17位に熱力学的に不安定な方向に,-不飽和ラクトンを持つステロイド骨格であることが挙げられる。これまで、いくつかのCardenolide類の部分合成は報告されているが、全合成は達成されていなかった。私はCardenolide類の全合成を試み、Digitoxin2のアグリコンである光学活性体Digitoxigenin1の全合成に成功した。

 

逆合成

 逆合成は次のようにおこなった。,-不飽和ラクトンを最後に導入することとし、,-不飽和ラクトンを合成するために必要な17位オレフィンは、ラジカル環化反応によりD環を合成すると同時に導入可能である。また、B-C環は分子内Diels-Alder反応により構築できると予想し、(+)-Miescher-Wielandケトン12を出発原料とした。

 

A-B-C環の合成

 (+)-Miescher-Wielandケトン12のケトンを選択的にアセタール化し、接触還元することでcis-デカリン骨格を得た。この後、分子内トランスアセタール化により、15を得た1)

 

 TMSエノールエーテル16をオゾン酸化すると、-ヒドロキシケトン17が得られた。この-ヒドロキシケトン17をグリコールに還元後、NaIO4によりグリコールを酸化開裂してジアルデヒド18を得た。このジアルデヒド18の2つのアルデヒドは立体的嵩高さの違いから選択的還元がNaBH(OAc)3により可能であった。

 

 

 19に山本によって開発された(E)-2-butenyldiphenylphosphineoxideのアニオンを付加させ、(E,E)-ジエン20のみを得た2)。Swern酸化後、ケテン等価体のジエノフィルとしてチオケテンアセタールを導入し、トリエン11を180℃に加熱すると分子内Diels-Alder反応が進行し、ただ1つの立体異性体10を得た。これは最も立体障害の小さい配座をとる遷移状態を経て反応が進行するためである。

 

 この後、以下のようにエノン9を得た。

 

 

ラジカル環化反応によるD環の構築

 Grignard試薬はエノンにaxial攻撃で1,2-付加し3)、末端のTMS基を除去してラジカル環化に必要なエンイン8を得た。

 

 このエンイン8をAIBN存在下、Bu3SnHを用いてベンゼン中、基質濃度0.02Mでラジカル環化させ、ビニル-スズ結合をシリカゲルにより加水分解して目的物7を40%,還元体28を16%,転位体29を19%で得た。種々の条件を試してみたが、このビニルラジカル環化反応が最も有効であった。

 

Digitoxigeninの完成

 環化物7の二重結合をエポキシ化後、BF3-OEt2によって転位させ、アルデヒド31を得た。ニトリル32に変換後、ニトリルの位を脱プロトン化後、2,6-di-tert-butyl-4-methylphenolによりプロトン化して異性化し、望む-ニトリルをカラムクロマトグラフィーで分離した。benzyloxymethyllithiumを付加し、ベンジル基を脱保護した後、triphenylphosphoranylidene keteneを用いて6を得た。3位のTBS基を脱保護して、Digitoxigenin1を得た。

 

結論

 以上、(+)-Miescher-Wielandケトン12を出発原料として、分子内Diels-Alder反応、ラジカル環化反応により、Digitoxigenin1のキラル全合成に成功した。

参考文献1)a)Bauduin,G.;Pietrasanta,Y.Tetrahedron,1973,29,4225.b)Magnus,P.;Leapheart,Th.;Walker,C.J.Chem.Soc,Chem.Commun.1985,1185.2)Ikeda,Y.;Ukai,J.;Ikeda,N.;Yamamoto,H.Tetrahedron,1987,43,723.3)a)Stork,G.;Stryker,J.M.Tetrahedron Lett.1983,24,4887.b)Trost,B.M.;Flores,J.;Jebaratnam,D.J.J.Am.Chem.Soc.1987,109,613.4)a)Stork,G.;Mook,R.Jr.Tetahedron Lett.1986,27,4529.b)Beckwith A.I.J.;O’Shea.D.M.;Tetrahedron Lett.1986,27,4525.
審査要旨

 Cardenolide類は古くから知られている強心配糖体であり、心不全、心筋梗塞に対する薬物として用いられてきた。これらの化合物に共通する特徴的構造として、1)A/B環がcisであること、2)C/D環がcisであること、3)14位に水酸基を持つこと、4)17位に熱力学的に不安定な方向にブテノリド基を持つステロイド骨格であること、が挙げられる。本論文はDigitoxinのアグリコンである光学活性Digitoxigenin(1)の最初の全合成を達成した経緯を記したものである。

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 逆合成を次のように考えた。即ち、ブテノリド基を最後に導入することとし、それに必要な17位オレフィン体(2)は3のラジカル環化反応によりD環の合成と同時に得られると予想した。また、B/C環は6の分子内Diels-Alder反応により構築し得ると考え、(+)-Miescher-Wielandケトン(7)を出発原料とした。

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 7を既知の方法によりモノアセタール(8)とし、そのシリルエノールエーテル(9)をオゾン酸化すると、ヒドロキシケトン(10)が得られた。グリコールに還元後酸化開裂してジアルデヒド(11)とし、二つのアルデヒド基の立体的環境の差を利用して選択還元を行うことにより、アルデヒドアルコール(12)に変換した。これは山本らの方法により(E,E)-ジエン(13)に導かれ、Swern酸化してアルデヒド(14)とし、ケテン等価体であるケテンチオアセタール(15)を得た。これを加熱すると分子内Diels-Alder反応が進行し、ただ一つの異性体(16)を与えた。この反応の遷移状態を考察すると、最も立体障害の少ない配座を経由したものとして理解することができる。

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 16を脱アセタール化して後還元すると-ヒドロキシ体(17)が高い選択性で得られ、光延反応によって18とした。脱チオアセタール化後ケトアルコール(19)に変換し、これをシリルエーテル(20)に導いた。20とGrignard試薬との反応はaxial側から選択的に1,2-付加し、末端のTMS基を除去してラジカル環化に必要なエンイン(22)を得た。

 ベンゼン中、22をAIBN存在下、Bu3SnHと反応させるとラジカル環化反応が起こり、シリカゲルにより加水分解すると目的の環化体(23)を40%の収率で得た。これをエポキシ化後酸で転位させてアルデヒド(24)とし、さらにニトリル(25)に導いたが、立体異性体の混合物であった。そこで、25を脱プロトン化し、嵩高いプロトン源でプロトン化すると、クロマトグラフィーによって望む-ニトリル(26)を得ることができた。これを27に変換し、脱ベンジル化してアルコール(28)とし、Wittig試薬(triphenylphosphoranylidene ketene)と反応させることによりブテノリド基を導入した。これを脱保護してDigitoxigenin(1)を得た。

 以上、本研究は、(+)-Miescher-Wielandケトンを出発原料にしてその不斉中心を活用し、B/C環の構築を分子内Diels-Alder反応によって、D環の構築をラジカル環化反応によって行い、Digitoxigeninを光学活性体として初めて全合成したものであり、有機合成化学に寄与する研究として、博士(薬学)の学位に値するものと認める。

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