肥満細胞は骨髄中の多能性血液幹細胞を起源とする組織性の細胞であり、組織微小環境で産生される種々のサイトカインに応答して増殖し、組織固有の形質を持つ肥満細胞サブタイプに分化成熟する。肥満細胞表面上に存在する高親和性IgE受容体がIgEを介して特異抗原で架橋されると、肥満細胞は急速に活性化し、顆粒内容物であるヒスタミン、セロトニン等を放出すると同時に、膜リン脂質から遊離されたアラキドン酸からプロスタグランジンD2(PGD2)やロイコトリエンC4(LTC4)を産生する。これら肥満細胞由来の化学伝達物質は即時型アレルギー応答、アナフィラキシーショックの主要因となるものの、気管支喘息やアトピー性皮膚炎等アレルギーの臨床的知見に頻繁に見られる慢性化した病変を説明し得るものではない。慢性のアレルギー炎症像の要因として、最近、IgE/抗原刺激により活性化した肥満細胞による多種多様なサイトカインの発現誘導と放出が注目を集めている。 マウス骨髄細胞をインターロイキン3(IL-3)存在化数週間培養すると、均一な肥満細胞集団(BMMC)が得られることが知られている。BMMCはその培養が容易で大量調製が可能なこと、機能的IgE受容体を発現していること、及び多種多様のサイトカインに応答すること等の理由から、肥満細胞研究のモデル系としてよく用いられている。私は、慢性アレルギーの原因を解明すべく、肥満細胞の活性化に伴う長期応答について着目し、BMMCを用いて、特に脂質代謝の視点から解析を行った。その結果、ある特定のサイトカイン存在下にBMMCをIgE/抗原刺激すると、即時応答で見られる迅速なPGD2の産生に続いて、刺激後数時間の間に第二相のPGD2産生が起こることを見い出し、その分子的機構について解析を行った。更に、遅発相における各種サイトカインの発現との関連について検討した。 1.遅発型PGD2産生の細胞生物学的・生化学的解析(1)IgE/抗原刺激による二相性PGD2産生 IgEで感作したBMMCを、様々なサイトカイン(IL-1,IL-3,IL-10)存在下に抗原により刺激した。刺激1時間後に上清に放出されたPGD2を定量したところ、どのサイトカイン共存下に抗原刺激した場合でも同程度のPGD2産生が見られた(約1 ng/106 cells)。サイトカイン単独では、PGD2産生は見られなかった。一方、刺激5時間後に上清のPGD2を測定したところ、殆どの場合1時間後とほぼ同じ値を示したのに対し、IL-1+IL-10共存下に抗原刺激したBMMCの場合のみ、PGD2量は約3 ng/106 cellsに増加していた。そこでIL-1+IL-10存在下にIgE/抗原刺激した時のPGD2産生の経時変化を細かく解析したところ、刺激後1時間以内にピークに達する第一相(即時相)と、刺激後2時間から上がり始め5時間から10時間後にピークに達する第二相(遅発相)から成ることがわかった。抗原刺激なしにIL-1+IL-10で培養した場合、即時相でのPGD2産生は見られず、遅発相のPGD2産生がわずかに観察された。 (2)シクロオキシゲナーゼ(COX)の解析 IL-1+IL-10+IgE/抗原刺激によるBMMCの遅発型PGD2産生がどのように調節されているかについて、まずアラキドン酸をプロスタノイドに変換する酵素であるCOXに注目して調べた。COXには、広い組織に恒常的に発現しているCOX-1と、炎症刺激や増殖因子刺激により誘導されるCOX-2が存在することが知られている。 IL-1+IL-10+IgE/抗原刺激したBMMCのライゼートを経時的に採取し、抗COX-1、抗COX-2抗体でそれぞれイムノプロットして両酵素の発現を調べたところ、COX-1蛋白の発現は刺激後48時間まで一定であったのに対し、COX-2蛋白は未刺激のBMMCには存在せず、IL-1+IL-10+IgE/抗原刺激2時間後から発現が認められ、5時間から10時間後に最大に達し、その後減少した。抗原非存在下にIL-1+IL-10で培養した場合、弱いCOX-2蛋白の発現が認められた。他のサイトカイン存在下では、COX-2蛋白の発現は殆ど認められなかった。以上の結果から、遅発相におけるPGD2産生は、経時変化及びサイトカイン特異性においてCOX-2蛋白の発現と相関していた。 即時相及び遅発相における2種のCOXアイソザイムの役割を更に明らかにするため、COX阻害剤のPGD2産生に対する効果を検討した。アスピリンは、COXを不可逆的に阻害することが知られている。BMMCをアスピリンで5時間前処理した後、細胞を洗浄し、アスピリン非存在下にIgE/抗原で刺激すると、いずれのサイトカイン存在下においても即時相のPGD2産生は完全に消失した。これは、即時型PGD2産生が常在性のCOX-1により調節されていることを意味している。これに対し、遅発型PGD2産生はアスピリン前処理の影響を全く受けなかった事から、新規に誘導されたCOXによって制御されているものと考えられた。実際、遅発型PGD2産生はCOX-2特異的阻害薬であるNS-398により完全に抑制された。この結果から、IL-1+IL-10+IgE/抗原刺激によって惹起される遅発相のPGD2産生は、COX-2によって制御されているものと結論された。 COX-2発現誘導におけるIL-1、IL-10、IgE/抗原各々の役割について、RNAブロット及びイムノブロットにより詳細に検討した。IL-10はCOX-2 mRNAの発現誘導に不可欠の因子であり、IL-10非存在下(IL-1+IgE/抗原)ではCOX-2 mRNAの発現は非常に弱いものであった。IgE/抗原はIL-10+IL-1によって誘導されるCOX-2 mRNAの半減期を延ばす効果が顕著であった。IL-1はCOX-2 mRNAの発現には全く影響を与えず、COX-2蛋白の安定性を増すことにより蛋白レベルでCOX-2の発現を増強することが明かとなった。 (3)ホスホリパーゼA2(PLA2)の解析 PLA2はアラキドン酸代謝の初発反応、すなわち膜リン脂質からのアラキドン酸遊離を司る酵素であり、肥満細胞には85-kDaの細胞質PLA2(cPLA2)と分泌性のII型PLA2(sPLA2)が存在することがわかっている。また、IgE/抗原刺激に伴う即時相でのアラキドン酸遊離にcPLA2の活性化が起こることが既に示されている。 BMMCにおけるcPLA2蛋白の発現をイムノブロットにより調べたところ、IL-1+IL-10+IgE/抗原刺激後48時間まで有意な変化は認められなかった。sPLA2の発現量はcPLA2に比べて少なく、イムノブロットや通常のRNAブロットでは検出できなかった為、RT-PCRによりそのmRNAの発現レベルを検討した。その結果、IL-1+IL-10刺激後2時間から10時間にかけて、5時間をピークにsPLA2の発現が上昇することがわかった。COX-2の場合とは異なり、IgE/抗原刺激はsPLA2の発現を更に上昇しなかった。sPLA2の酵素活性はBMMCライゼート中では殆ど検出されなかったが、これを酸抽出した後、抗sPLA2抗体カラムによって精製すると、sPLA2の酵素活性が著しく上昇することを見いだした。このことから、BMMC中にはsPLA2の活性をマスクする何等かの因子が存在し、抗体カラム操作中にこの因子が除かれたものと考えられた。この方法によって検出されたsPLA2活性を各サイトカイン処理間で比較したところ、IL-1+IL-10によりsPLA2蛋白が未刺激の細胞と比べて有意に増加することが確かめられた。 抗sPLA2抗体を培養系に添加したところ、遅発相のPGD2産生は有意に抑制された。また、分泌されたsPLA2が基質となる細胞膜に結合するのを妨げるヘバリンによっても遅発型PGD2産生は強く抑制された。この結果から、sPLA2がBMMCにおける遅発型PGD2産生に関与しているものと結論した。 2.サイトカインの発現の解析 肥満細胞をIgE/抗原で刺激すると、種々のサイトカインの発現が誘導されることが知られている。本研究において、アラキドン酸代謝系の酵素(COX-2及びsPLA2)の発現が、IgE/抗原刺激だけでなく、培養系に加えるサイトカインの影響を強く受けることを見いだした。そこで、BMMCにおける内在性サイトカインの発現が、外来性サイトカインの影響をどのように受けるかについて検討した。 (1)サイトカインの発現の多様性 広義の炎症性サイトカインとしてIL-1とIL-6を選び、その発現を調べた。比-1の発現はBMMCをIL-1を含むサイトカインの組合せで刺激した時に強く認められ、最大の誘導はBMMCをIL-1+IL-10存在下で5時間培養した時に見られた。IgE/抗原刺激依存性は殆ど認められなかった。IL-6は調べた限り最も豊富に発現されるサイトカインであり、COX-2発現と類似したサイトカイン依存性、IgE/抗原依存性が認められた。IL-10+IL-1+IgE/Agにより5時間刺激した時に最大の発現が見られた。また、c-kit ligand(KL)存在下に培養した場合にも発現が誘導された。 広義の抗炎症性サイトカインとして、IL-10とIL-13の発現を調べた。IL-10の発現はBMMCをIL-10を含むサイトカインの組合せで刺激したときに強く認められ、刺激10時間後にピークに達した。弱いながらもIgE/抗原依存性が観察された。最大の発現は、細胞をKL+IL-10+IL-1で刺激したときに見られた。IL-13はBMMCに恒常的に発現されており、IL-1+IL-10+IgE/抗原刺激により刺激後2時間をピークとして一過的に発現が上昇した。 広義の造血系サイトカインとして、肥満細胞増殖因子であるKLの発現を調べたところ、IL-10+IL-1により強い誘導が認められた。この結果は肥満細胞がKLを発現するという初めての知見である。 (2)サイトカイン発現とPGD2産生の関連 上述したように、IL-6を除く全てのサイトカインは発現の経時変化や外来性サイトカイン特異性、IgE/抗原刺激依存性がCOX-2の発現と異なっていた。また、IL-13を除く全てのサイトカインは、COX-2よりも遅れて発現が誘導された。また、PGD2産生を強く抑制するインドメタシン存在下においても、サイトカインの発現は影響されなかった。以上より、遅発型PGD2産生とサイトカインの誘導は独立したイベントであるものと結論された。 まとめ 肥満細胞の遅発応答は、PGD2産生とサイトカインの産生によって特徴付けられ、両反応共、周囲の微小環境に存在するサイトカインの影響を強く受けることが明かとなった。各サイトカインの産生を制御することが、慢性アレルギー疾患の病態に影響を与え、治療や予防につながるものと期待される。 |