学位論文要旨



No 112091
著者(漢字) 長田,良雄
著者(英字)
著者(カナ) オサダ,ヨシオ
標題(和) 日本住血吸虫感染マウスにおける防御免疫機構とサイトカインの役割
標題(洋)
報告番号 112091
報告番号 甲12091
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第756号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 北,潔
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 野本,明男
内容要旨

 住血吸虫症は世界中で約2億人の感染者を有する重要熱帯病(WHO)である。ヒトに感染する主な住血吸虫は日本住血吸虫・マンソン住血吸虫・ビルハルツ住血吸虫の3種であり、前二者は門脈系の静脈に、後者は膀胱静脈叢に寄生する。いずれもその虫卵によって急性症状(発熱・血便・血尿)および慢性症状(住血吸虫性肝硬変・尿路障害)をもたらす。この疾患の制圧には生活環を断ち切ることが必須であるが、住血吸虫の中間宿主貝の殺滅は困難であり、特効薬(プラジカンテル)による治療も再感染が起こるため十分な効果を上げていない。しかし動物実験では種々の免疫処置による感染防御の誘導が報告されており、ワクチン開発の可能性が考えられる為、現在様々な免疫学的な解析が行われている。住血吸虫に対する防御免疫では、標的となり得るのは体内移行中の幼虫(シストソミュラ)と考えられている。中間宿主貝の飼育の容易さなどからマンソン住血吸虫の研究が最も進んでいるが、マウスにおけるマンソン住血吸虫感染の場合、インターフェロン・ガンマ(IFN)はマクロファージの活性化を介してシストソミュラを傷害し防御に働くとされ、インターロイキン2(IL-2)やIL-4は虫卵周囲の病変形成に関与していると考えられている。また、産生された虫卵が宿主の応答をTh1型からTh2型に変化させているとの報告が、主に感染マウスのリンパ球の培養系でなされている。しかし、日本住血吸虫とマンソン住血吸虫の寄生虫学的な相違が次第に明らかになってきている上、感染で虫体が通過する過程の各臓器で実際にどのようなサイトカイン応答が起きているのかはほとんど報告されておらず、日本住血吸虫感染でサイトカインが防御に働いているか否かはいまだ不明のままである。本研究では、これらを明らかにする目的で日本住血吸虫初感染マウスにおけるサイトカインの動態を検討した。また、感染防御能の系統差に着目して、サイトカインや抗体の産生など免疫応答の系統間の比較を行い、これらの防御免疫に果たす役割に関する解析を行った。

結果および考察1.初感染マウス各臓器におけるT細胞サイトカインの動態の解析

 感染ミャイリガイ(Oncomelania hupensis nosophora)を破砕して遊出させた日本住血吸虫(日本株)セルカリアを、一群4匹の雌性BALB/cおよびC57BL/6マウスに経皮的に感染させ、以後経時的に各部リンパ節や臓器の採取を行った。プールしたRNAを用いて半定量的RT-PCR法によりIL-2,IL-4,IFNの各mRNAの発現を検討した。両系統間で発現レベルに違いは見られるものの、全体的な傾向は概して同じであった。腹部皮膚の所属リンパ節(SLN)では、いずれのサイトカインも感染4日目をピークとする一過性の上昇を示し、その後低下した。肺においては虫体の通過時期(3〜5日目)後徐々にIFNの、また6週目にはIL-2やIL-4の上昇が観察された。肝臓では、感染3週目よりいずれのサイトカインも上昇を示した。一方、腸間膜リンパ節(MLN)と脾臓ではIL-2やIFNの発現はあまり変化が見られなかったのに対し、IL-4が比較的高い上昇を示した(Fig.1)。血清総IgEは5週から8週にかけて顕著な上昇を示した。門脈からの成虫の回収率は両系統間で差は認められなかった。 以上の結果より、初感染時のサイトカイン応答は臓器によって異なりTh0型(SLN、肺、肝臓)とTh2型(MLN、脾臓)に大別され、虫体の到達・通過にやや遅れて応答が生じていること、MLNにおけるIL-4発現および血清総IgEの顕著な上昇は主に虫卵産生開始時期(4〜5週)以降にみられるが、脾臓ではさらに早くからIL-4が上昇しており、虫体由来の抗原もTh2応答の誘導に関与している可能性が示唆された。また、感染マウスのリンパ球培養の系で従来報告されていたような虫卵産生前後でのTh1/Th2バランスの顕著な変化は観察されなかったことなどから、検討した範囲ではin vivoでこのような変化は生じていないことが示された。

2.感染防御応答の系統差の解析

 成虫粗抗原あるいは線照射セルカリアで免疫したマウスにおける感染防御の誘導について検討したところ、成虫粗抗原免疫を行った場合BALB/c、C57BL/6、DBA/2いずれの系統においても虫体回収率の減少を観察した。一方線照射セルカリアで免疫した場合、DBA/2やBALB/cでは減少が観察されたがC57BL/6では観察されなかった(Fig.2)。この事実に着目して感染防御に関わる因子を明らかにするため、各系統のマウスのエフェクター細胞・細胞性免疫・抗体応答などについて比較検討した。まずチオグリコレート誘導腹腔マクロファージのin vitroでのシストソミュラ傷害能を比較検討したところ、IFN刺激の有無に関わらず系統間で顕著な差は観察されなかった。次に、免疫処置マウスの脾細胞を成虫可溶性抗原(SWAP)存在下に培養したところ、いずれの系統も同程度の増殖応答を示したが、上清のIL-2、IL-4、IFNを測定すると線照射セルカリアを免疫したC57BL/6においては総じて産生が低かった(Fig.3)。

図表Fig.1 MLNにおけるサイトカインの動態 / Fig.2 感染防御応答のマウス系統差Fig.3 脾細胞の抗原依存的サイトカイン産生

 また、各系統の免疫血清の共存によって、マクロファージによるシストソミュラの傷害が促進されるか否かについて検討したところ、免疫方法に関わらずC57BL/6の免疫血清では促進が見られなかった。以上の結果より線照射セルカリアで免疫したC57BL/6では、IFNやIL-2などのTh1サイトカインの産生が低いためにマクロファージが十分に活性化されず、感染防御が成立しないと考えられた。

まとめ

 日本住血吸虫初感染マウスにおいて、サイトカインの臓器別の発現を検討した。その結果、皮膚所属リンパ節・肺・肝臓でTh0型の、腸間膜リンパ節・脾臓でTh2型の応答が観察され、臓器毎に応答が異なることが示された。

 これは、虫体通過各臓器でのサイトカイン発現を経時的に記述した初めての報告であると共に、免疫処置や攻撃感染の後の応答を調べる際に重要な基礎的知見である。

 また、線照射セルカリアを免疫したC57BL/6マウスでは感染抵抗性が誘導できない機序について検討した。その結果、C57BL/6は腹腔マクロファージのシストソミュラ傷害性は他の系統と同等であるが、線照射セルカリアの免疫によってIFNやIL-2を産生するT細胞が十分に誘導されていないことが明らかになった。これは、日本住血吸虫において感染防御のマウス系統差を検討し、かつ日本住血吸虫に対する防御免疫におけるサイトカインの関与を示唆した初めての報告である。

審査要旨

 住血吸虫症は世界中で約2億人が感染している重要熱帯病でありマラリアとともにWHOがその制圧を目標としている感染症のひとつである。ヒトに感染する住血吸虫は門脈系の静脈に寄生する日本住血吸虫、マンソン住血吸虫と膀胱静脈叢に寄生するビルハルツ住血吸虫の三種で、いずれも虫卵によって発熱、血便、血尿などの急性症状と肝硬変や尿路障害などの慢性症状をもたらす。住血吸虫症の治療にはプラジカンテルという特効薬があるが再感染が容易に起こるため十分な効果をあげていない。また中間宿主である貝類の殺滅も困難であり、その制圧にはワクチンなどによる宿主ヒトの感染防御能の誘導が期待されている。本研究はアジア諸地域に多くの流行地が見られる日本住血吸虫症に関して、初感染時の宿主における免疫反応の詳細を明らかにする目的で初感染マウスのサイトカインの動態を検討し、さらに感染防御能のマウス間の系統差に着目し解析を行ったものである。

1.初感染マウス各臓器におけるT細胞サイトカインの動態

 感染ミャイリガイ(Oncomelania hupensis nosophora)を破砕して遊出させた日本住血吸虫セルカリアを一群4匹の雌BALB/cおよびC57BL/6マウスに経皮的に感染させ、以後経時的に各部リンパ節や臓器の採取を行った。これらよりRNAを抽出しRT-PCR法によりIL-2、IL-4およびIFNのmRNAを定量し各サイトカインの発現について調べた。その結果、初感染時のサイトカイン応答は臓器によって異なり腹部皮下の所属リンパ節(SLN)、肺、肝臓などのTh0型と腸間膜リンパ節(MLN)や脾臓などのTh2型に大別され、虫体の通過にやや遅れて応答が生じていることが判った。またMLNにおけるIL-4の発現および血清総IgEの顕著な上昇は主に虫卵産生開始時期(4〜5週)以降に見られるが、脾臓ではさらに早くからIL-4が上昇しており、虫体由来の抗原もTh2応答の誘導に関与している可能性が示唆された。

2.感染防御能の系統差

 日本住血吸虫成虫粗抗原あるいは線照射セルカリアで免疫したマウスについて感染防御の誘導における系統差について調べたところ、成虫粗抗原で免疫した場合BALB/c、C57BL/6、DBA/2では全ての系統において虫体の回収率は減少した。一方線照射セルカリアで免疫した場合、DBA/2やBALB/cでは虫体の回収率は減少したがC57BL/6では効果が見られなかった。そこでこの事実に注目し感染防御に関わる因子を明らかにするために、各系統のマウスのエフェクター細胞、細胞性免疫、抗体応答などについて比較検討した。その結果、線照射セルカリアで免疫したC57BL/6では、IFNやIL-2などのTh1サイトカインの産生が低いためにマクロファージが十分に活性化されず、感染防御を成立できないと考えられた。

 以上、本研究は宿主各臓器で虫体通過に伴うサイトカインの発現を経時的に調べた初めての報告であり、免疫処置や攻撃感染の後の宿主の応答を調べるうえで極めて重要な知見を得る事ができたと考えられる。また感染防御のマウス系統差の解析から日本住血吸虫に対する防御免疫にIFNやIL-2などの関与を示した点はワクチン開発を含む日本住血吸虫症の制圧に貢献するばかりでなく、広く寄生虫感染におけるサイトカインネットワークの理解に大きく寄与するものであり、博士(薬学)の学位論文に値すると判定した。

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