住血吸虫症は世界中で約2億人が感染している重要熱帯病でありマラリアとともにWHOがその制圧を目標としている感染症のひとつである。ヒトに感染する住血吸虫は門脈系の静脈に寄生する日本住血吸虫、マンソン住血吸虫と膀胱静脈叢に寄生するビルハルツ住血吸虫の三種で、いずれも虫卵によって発熱、血便、血尿などの急性症状と肝硬変や尿路障害などの慢性症状をもたらす。住血吸虫症の治療にはプラジカンテルという特効薬があるが再感染が容易に起こるため十分な効果をあげていない。また中間宿主である貝類の殺滅も困難であり、その制圧にはワクチンなどによる宿主ヒトの感染防御能の誘導が期待されている。本研究はアジア諸地域に多くの流行地が見られる日本住血吸虫症に関して、初感染時の宿主における免疫反応の詳細を明らかにする目的で初感染マウスのサイトカインの動態を検討し、さらに感染防御能のマウス間の系統差に着目し解析を行ったものである。 1.初感染マウス各臓器におけるT細胞サイトカインの動態 感染ミャイリガイ(Oncomelania hupensis nosophora)を破砕して遊出させた日本住血吸虫セルカリアを一群4匹の雌BALB/cおよびC57BL/6マウスに経皮的に感染させ、以後経時的に各部リンパ節や臓器の採取を行った。これらよりRNAを抽出しRT-PCR法によりIL-2、IL-4およびIFNのmRNAを定量し各サイトカインの発現について調べた。その結果、初感染時のサイトカイン応答は臓器によって異なり腹部皮下の所属リンパ節(SLN)、肺、肝臓などのTh0型と腸間膜リンパ節(MLN)や脾臓などのTh2型に大別され、虫体の通過にやや遅れて応答が生じていることが判った。またMLNにおけるIL-4の発現および血清総IgEの顕著な上昇は主に虫卵産生開始時期(4〜5週)以降に見られるが、脾臓ではさらに早くからIL-4が上昇しており、虫体由来の抗原もTh2応答の誘導に関与している可能性が示唆された。 2.感染防御能の系統差 日本住血吸虫成虫粗抗原あるいは線照射セルカリアで免疫したマウスについて感染防御の誘導における系統差について調べたところ、成虫粗抗原で免疫した場合BALB/c、C57BL/6、DBA/2では全ての系統において虫体の回収率は減少した。一方線照射セルカリアで免疫した場合、DBA/2やBALB/cでは虫体の回収率は減少したがC57BL/6では効果が見られなかった。そこでこの事実に注目し感染防御に関わる因子を明らかにするために、各系統のマウスのエフェクター細胞、細胞性免疫、抗体応答などについて比較検討した。その結果、線照射セルカリアで免疫したC57BL/6では、IFNやIL-2などのTh1サイトカインの産生が低いためにマクロファージが十分に活性化されず、感染防御を成立できないと考えられた。 以上、本研究は宿主各臓器で虫体通過に伴うサイトカインの発現を経時的に調べた初めての報告であり、免疫処置や攻撃感染の後の宿主の応答を調べるうえで極めて重要な知見を得る事ができたと考えられる。また感染防御のマウス系統差の解析から日本住血吸虫に対する防御免疫にIFNやIL-2などの関与を示した点はワクチン開発を含む日本住血吸虫症の制圧に貢献するばかりでなく、広く寄生虫感染におけるサイトカインネットワークの理解に大きく寄与するものであり、博士(薬学)の学位論文に値すると判定した。 |