ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)のコードするRex蛋白は、転写後のウイルスRNAに作用し、非スプライス型RNAの発現を誘導する因子である。その結果、非スプライス型mRNAにコードされるGag,Pol,Envのような蛋白の合成が始まり、ウイルスの増殖が可能となる。RexはウイルスRNA上の制御配列RXEに結合し、核内でのRNAの安定化、核外への輸送の活性化あるいはスプライシング反応の阻害を行なうと考えられている。このようにユニークな作用をもつRexであるが、その作用には細胞性因子の関与が示唆されており、RNA-Rex複合体と細胞性因子との相互作用を介して前駆体RNAの安定化やスプライシング、輸送系をコントロールすると考えられている。しかし、具体的にどのように機能しているのか、その作用機構についてはほとんどわかっていない。したがって、Rexが作用する細胞性因子を明らかにすれば、転写後のmRNAが細胞質へ輸送されるまでの制御メカニズムを解明する手掛かりとなるばかりでなく、ウイルス増殖の制御も可能となることが期待される。そこで本研究ではRexの作用機構の解明を目的とし、Rexの機能を亢進する細胞側の因子のクローニングを行った。 この目的で、Rexの作用効率が低いハムスター由来のCHO細胞を利用した。この細胞株にRex発現プラスミドとEnv遺伝子を組み込んだレポータープラスミドを導入しても、この細胞株はRexの作用効率が低く、非スプライス型RNAをほとんど誘導しない。そこでここにヒトリンパ球由来のcDNA発現ライブラリーを導入し、Rexの作用に必要な因子が補足されると非スプライス型RNAが誘導され、それにコードされるEnv蛋白が発現するという系によって目的の因子のスクリーニングを行った。ヒトリンパ球由来cDNA発現ライブラリーをCHO細胞に導入、Env蛋白の発現を125I標識された抗体で検出することによりアッセイしたところ、Rexに依存して非スプライス型RNAを細胞質に誘導する1クローンを取得した。構造解析の結果、取得したクローンはスプライシング因子SF2/ASFであることが判明した。このSF2/ASF発現プラスミドの量依存的にこの活性は上昇することから、確かにSF2/ASFはRexの機能を亢進する機能をもつことがわかった。 つぎに、核内でのレポーターRNAの状態をノザンプロット法により解析したところ、SF2/ASFの発現により核内においてレポーターRNA量の増大が認められた。この際、RexとSF2/ASFを共発現してもさらにRNA量が上昇することはなく、両者が協調的に作用する活性は核内においては認められなかった。しかし、RexはRNA輸送に関与することも示唆されていることから、RexとSF2/ASFが協調的に働き、核内でレポーターRNA量が上昇していたとしてもすぐに輸送されるために、これを観察できない可能性がある。実際、核内では変化がないにもかかわらず、Rex単独の時と比べ、SF2/ASFとRexの発現により細胞質には非スプライス型RNAが大量に誘導されており、何らかの協調的作用を想定しなくてはならない。そこで、SF2/ASFがRexの機能を亢進するメカニズムとして、 (1)SF2/ASFは核内のpre-mRNAの安定化に働き、その結果Rexによって非スプライス型RNAが核外に蓄積する。(2)SF2/ASFはスプライソソームに組み込まれる因子であり、RexもRXEに対するRNA結合蛋白であることから、これらが蛋白どうしで相互作用してスプライシング反応への移行を阻止することにより非スプライス型RNAが細胞質に蓄積する。以上の可能性を考えそれぞれについて検討した。 まず、SF2/ASFによるレポーターRNAの安定化モデルを検証するため、核内でのRNAの減少速度を解析した。アクチノマイシンDで細胞を処理してレポータープラスミドからの転写を停止させた後、一定時間さらに培養し核内RNAのノザンプロット分析を行った。その結果、SF2/ASFの発現により核内でのレポーターRNAの減少が緩慢になることが観察され、SF2/ASFによりRNAが安定化されることが示された。Rex単独ではレポーターRNAの安定性に変化は認められなかった。また、RexとSF2/ASFを共導入してもさらにRNAが安定化されることはなく、この場合においても両者が協調的に作用する活性は認められなかった。しかし、実際には核内で協調的に作用していたとしても、すぐに細胞質へ輸送されてしまうために観察できない可能性が残っている。他方、Rexが効率よく作用するFL細胞において、同様にアクチノマイシンD処理を行い核内RNAを解析したところ、Rexのみの発現でレポーターRNAの安定化作用が認められた。このことから、Rexが効率よく作用できる細胞ではRex単独で核内レポーターRNAが安定化され、CHO細胞ではそれが認められないことが明らかとなった。したがって、CHO細胞でのRexの作用効率低下の一つの原因として、核内でのRexによるレポーターRNA安定化作用の喪失があげられ、この作用にSF2/ASFが関わっている可能性が考えられた。 つぎに、スプライソソームに組み込まれる可能性を検証するため、これらの因子が細胞内で相互作用しているかどうかを、two-hybridシステムを用い検討した。酵母の転写因子Gal4のDNA結合ドメインおよびherpes simplex virusの転写因子VP16の転写活性化ドメインに目的の蛋白とのキメラ蛋白を発現するベクターを作製し、レポーター遺伝子として、chloramphenicol acetyltransferase(CAT)遺伝子の上流にGal4結合配列を組み込んだプラスミドを用いた。これらをCOS7細胞に導入し、目的の蛋白どうしが相互作用すればレポーター遺伝子の転写が活性化されることを指標にそれぞれの蛋白どうしの相互作用を検討した。CAT活性の測定の結果、SF2/ASFとRexには相互作用が観察されなかった。そこで、さらにRexとSF2/ASFとの結合を介在させる因子を想定した。SF2/ASFにはp32と呼ばれる結合蛋白の存在が知られている。そこでRexとの相互作用を検討したところ、p32とRexの相互作用が観察された。よって、Rexはp32を介してSF2/ASFと相互作用する可能性が考えられた。 SF2/ASFとRexの蛋白どうしの相互作用は認められなかったが、実際の細胞内ではRexはRXEに結合しており、RXE上に結合したRexとSF2/ASFが相互作用する可能性がある。このRNAを介した蛋白-蛋白相互作用を、RNAゲルシフト法を用い解析した。Rex、SF2/ASF、p32蛋白質は、大腸菌で発現、精製したものを用い、プローブとしては、HTLV-1 RXE RNA(242ヌクレオチド)を用いた。その結果、p32は、RexのRXE結合活性を増大させるが、SF2/ASFは何の作用も示さないことが判明した。したがってこの実験系においても、SF2/ASFとRexあるいはp32を介したRexとSF2/ASFの相互作用は認められなかった。このことから、SF2/ASFを介したスプライソソームへの組み込みの可能性は以上のアッセイ系の結果からは否定的である。 Rexが非スプライス型RNAの発現を効率よく誘導するには、Rexが結合するRXE領域以外に5’スプライス部位が必要である。SF2/ASFは、5’スプライス部位に直接結合する現在まで知られている唯一の蛋白質因子である。このことからも、SF2/ASFがRexとともに作用して非スプライス型RNAを誘導する可能性が考えれるが、今回示したように核内においてSF2/ASFが単独で作用を示し、SF2/ASFとRexの相互作用も認められなかった。したがって、SF2/ASFがRexの機能を亢進する活性を示したのは、RNAの安定化作用ですべて説明されるのか、あるいはスプライシング反応にも作用することによるのかは、今後の解析を待たねばならない。 以上、本研究において私は、Rexの作用メカニズムの解明を目的とし、Rexの機能を亢進する細胞性因子の単離を試みた。その候補としてスプライシング因子SF2/ASFを単離し、RexとSF2/ASFが協調的に働いて細胞質に非スプライス型のウイルスレポーターRNAを誘導することが明らかになった。その一方で、核内でのRexとSF2/ASFの協調的な作用は観察されなかった。これは、RexによるRNA輸送の活性化により、すぐに非スプライス型RNAが核外へ輸送されることに起因しているのではないかと考えている。核内のみでのRNAの挙動を正確に解析するには、in vitroのアッセイ系の構築が必要であろう。 |